Red Carpet / Martin & Tom2012/12/02 20:55

 Cool Dry Place に、映画ホビットのジャパン・プレミア レッドカーペット・イベントのレポートをアップした。

 少々唐突だが、そういう事になったのだ。
 私は、ファンタジーに全く興味が無いため、「ホビット」という映画に関する知識は殆どなかったのだが、ただ、モータウン師匠のマーティンが主演だということは知っていた。
 来週の映画公開を控え、ジャパン・プレミアが六本木ヒルズで行われることになったのだが、1000人あまりの招待客の中に、私も加えていただいたのだ。友人の友人が招待状を持っていたとのことで、幸運中の幸運。
 レッドカーペット沿いにこそ入れなかったが、ステージの様子はうまく見ることが出来たのも、ラッキーだった。詳しくは、レポートをどうぞ。





 昨日は凄まじい寒さだった。私はただでさえ、異常な寒がりなのだ。それが3時間以上屋外。使い捨てカイロを、2年前のディランのコンサート以来、初めて購入した。
 観客は思いきり厚着ができるが、スターたちはそうは行かない。首元も寒そうなスーツ姿の男性陣に、女性は肩まで出してものすごい薄着…無理だ。私はスターにはなれない。

 レッド・カーペットというものは、ファンたちとの交流の場であるとともに、プレスにとっても取材の機会らしい。そういうときに変な映り方をすると、それが広く流布するわけだが…その意味で、レッドカーペット下手という人がいる。

 そう、その名はトム・ペティ!どういうわけだが、レッド・カーペットや、それに類するイベントにやってくると、見た目の手抜き方が半端ない!特にハートブレイカーズ以外のイベントだと、「俺、主役じゃないから…」とでも思っているのか、ひどい格好をしている!
 先日のMTVもひどかったし、「コンサート・フォー・バングラデシュ」のDVD化時のプレミアもひどかった(第一、CFBとトムさんは関係ないだろう!?)…どのくらいひどかったかと言うと、画像を上げるのもファンとしてははばかられるくらい。
 そのくせ、ドキュメンタリーや、自分のツアーとなると、ピッカピカに磨き上げて格好良いトムさんになるのだから、油断ならない。まぁ、逆でなくて良かったとは思うが。

The Tears of a Clown2012/12/05 23:06

 我がモータウン・ミュージックの導師、マーティン・フリーマン師匠は無事離日されたとのこと、さて次はどこへ行くのかと思ったら、ニューヨークに現れた。お忙しいことで…NBCの名物朝番組、NBC Todayの、例の場所に登場し、インタビューを受けている。
 Sherlock の撮影は3月からですか。はぁ、そうですか。

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 ジャパン・プレミアの時はきっちり分けていた髪が、今度はとってもラフ。しかも服装が相変わらずオシャレさん。
 師匠!ニューヨークには良いレコード屋が一杯ですな!私のお勧めは、何と言ってもグリニッジ・ヴィレッジの、ブリーカー・ストリート・レコーズです!師匠の大好きなアナログ盤が充実してますよ…

 マーティン師匠のモータウン・コレクションは洒落にならないほど膨大らしいが、その中でも一番のお気に入りの一人が、スモーキー・ロビンソン。中でも、特に"The Tears of a Clown" が大好きだ。
 彼のモータウン編集アルバム、[Made to Measure](このアルバムに関する当ブログの記事はこちら)にも入っているし、ドキュメンタリー番組 [Martin Freeman Goes to Motown] のラストでも、この曲を選んでいる。
 マーティン師匠のお導きにより、目下のところ、私の一番好きなモータウン・ソングも、"The Tears of a Clown"。ポップでキャッチーで、どこか悲しくて、演奏も歌もコーラスも絶妙に上手くて、完璧な一曲だ。



 "The Tears of a Clown" (邦題は「涙のクラウン」と言うらしい)は、スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ1967年のアルバム [Make It Happen] の収録曲で、シングルカットはされていなかった。
 これがUKで1970年シングルカットされるや、ナンバーワン・ヒットになり、それにつられてアメリカでもシングルカット,これまたナンバーワン・ヒットになったという、少し変わった経歴を持っている。
 作曲者は複数居るが、主にスティーヴィー・ワンダーが作ったらしい。制作当時、彼はまだ16歳か17歳の少年だったはずで、その点については、マーティン師匠も[Made to Measure] の解説で指摘している。
 楽曲とアレンジの素晴らしさもさることながら、スモーキーによる歌詞も良い。あっけらかんとした曲調だが、詞は常に人を笑わせなければならない道化師に隠された悲しみを歌っており、同じテーマであるオペラ「道化師 I Pagliacci」(レオンカヴァッロ)にも言及している。

 実はこの "The Tears of a Clown"、アルバム・バージョンと、シングル・バージョンが存在する。ビートルズの "Let It Be" にアルバム・バージョンとシングル・バージョンがあるのと同様なのだが、"The Tears of a Clown" 両者の違いは、"Let It Be" ほどは分かり易くない。
 記事にアップしたYouTube の "The Tears of a Clown" はどうやらシングル・バージョンのようだ。YouTubeで他の動画も確認したが、なにぶんにもシングルとアルバムの違いは、ミックスの具合の違いが殆どで、音質が悪いと聞き分けにくい。
 私の耳には、アルバムの方が音のエッジがシャープに立っている、エコーが高音に特に利いている、ややテンポが早い。一方、シングルの方がテンポに落ち着きがあって、角のとれたサウンドになっているような気がする。私は先にシングル・バージョンになれたので、こちらの方が好きだが、そう大きな差ではない。
 マーティン師匠のアルバム [Made to Measure] には、アルバム・バージョンが収録されている。彼はアルバム・バージョンを特に指定したのだろうか。[Goes to Motown] のラストも、アルバム・バージョンに聞こえるが、さて、マーティンが指定したのか?とても気になるところだ。凄まじいマニアである彼のこと、両者の違いは分かっているに違いない。

 名曲 "Tears of a Clown" を語ると幾らでも続きそうだが、ここではもう一点だけ。
 あのイカしたイントロ・リフの背後、ファゴットの印象的な音色で素晴らしい対旋律が鳴っている。あれほど効果的なファゴットの対旋律を他に挙げるとしたら、ベートーヴェンの第九交響曲の第四楽章しか思い浮かばない。
 そもそも、ポップスでこれほど格好良いファゴットというものを聞いたことがない。ビートルズの "For no one"(ホルン)や、"Penny Lane"(ピッコロ・トランペット)に匹敵するだろう。
 このファゴットを吹いているのは、Charles Sirard さんという、当時デトロイト・シンフォニー・オーケストラの主席ファゴット奏者を務めていた人だそうだ。国際ダブル・リード協会(International Double Reed Society)のページにも載っていた。
 インターナショナル・ダブル・リード・ソサイアティなるものが存在することに、驚いてしまった。わぁお。

John Lennon2012/12/08 23:00

 1980年の12月8日、ジョン・レノンが亡くなった。32年前の出来事で、私はそのニュースを記憶していない。
 12月8日と言っても、ジョンが亡くなったニューヨークが8日、しかもその日が終わろうとしていたタイミングで、世界の多くの地域はすでに9日になっていた。

 ジョン・レノンというミュージシャンは好きだ。何と言っても、ビートルズのメンバーである。彼のソロ活動も、もちろん有名で素晴らしいものだったが、私の中では、断然ビートルズ時代のジョンが魅力的だ。
 強いてジョンのソロ時代の作品で好きな物を挙げるとしたら、[Walls and Bridges]か、[Rock 'n' Roll]。明らかに「いかにも」なジョンのソロワークよりは、ビートルズ時代寄り。

 ビートルズ時代のジョンでは、どれが好きかと言えば、圧倒的に初期となる。あの歌唱力、作曲能力、作詞能力、文句のつけようがない。特に声に関しては、その後、ジョンは死ぬまであれほど素晴らしい歌声を聞かせることは無かったと思っている。
 そういう初期のジョンの歌声として一番有名なのは、"Twist and Shout"、それから「シャウト」という意味では、"Mr. Moonlight" を推したい。この曲は冒頭のジョンのシャウトで、その価値の殆どが定まっているのではないだろうか。



 それから、モータウンのカバーである、"Please Mr. Postman"。ウィキペディアによると、マーヴェレッツによるオリジナルは、モータウン・レーベルにとって初めてのビルボードNo.1 ヒットだったそうだ。それは縁起が良い。
 ちなみに、この曲の収録アルバムは、私が今のところ持っているマーヴェレッツ唯一のアルバムである。



 ビートルズがこの曲をカバーするに至ったのは、「EMIが、モータウンの英国内販売権を獲得したから」という、マーケティング的な事情もあったようだが、おそらくメンバーたちも好きな曲だったのだろう。
 パワフルでロックなのに、どこか切なくて胸が苦しくなるようなジョンの歌声に、寄り添うようなポールとジョージ、そして飽くまでもロックなビートルズ。これも名曲だと思う。



 中期ビートルズでは、"She Said, She Said" が好きだ。ビートルズで好きな曲を一つだけ挙げろと言われたら、この曲を挙げることにしている。
 イントロから全般にわたるギターの格好良さ、ジョンの声は言うに及ばず、息のぴったり合ったコーラス、複雑なのにキャッチーで美しい曲の構成。ドラムがまさにこだまするようで、ロックの持つ熱が圧縮されている。この曲の評価がいまいち高くないのは、私にとって大きな謎だ。
 どうやら、この曲の録音には、ポールが加わっていないらしい。その辺り、ポールファンの耳には響かないせいだろうか。初期ジョン・レノンの良さを残しつつ、中期ビートルズのカラフルで挑戦的で、格好良いところが上手く融合しているだけに、ポールの不在は残念だ。

テレビの使い方2012/12/11 22:38

 テレビが壊れた。
 特にテレビ好きという自覚はない。日本のドラマやバラエティ番組は見ない。しかし、野球やF1、フィギアなどのスポーツ観戦には欠かせないし、ニュースなどの情報収集にも必要。タモリ倶楽部、ブラタモリ。そして海外ドラマや、コメディ、音楽関連、映画などのソフトもテレビを使って見る。パソコンでテレビというのは、あまり好きではない。そして、時計代わり。
 そのようなわけで、テレビが壊れると困る。

 壊れたのは、電源スイッチ。消すために押し込んだら、テレビが消えたまでは良いが、そのスイッチボタンがめり込んだまま、戻らなくなった。これでは点けることが出来ない。
 ややや、これはマズイ。こういう時、私はとりあえずドライバーを持ち出して、開く。ビデオや時計が壊れても、とりあえず自分でこじ開け、直すことが多い。腕時計の電池交換も、簡単な仕組みなら自分で交換する。
 さて、今回の場合、電源スイッチの下に仕込まれたバネが完全に破損しており、自力では修復不能になっていた。ここさえメーカーが直せば、テレビの機能そのものに問題はないはず。
 しかし、私のテレビはブラウン管でこそ無いものの、地デジ対応前の古いタイプだ。これを修理に出したところで、直してくれるのか。一体いくら掛かるのか。そもそも今、新品テレビは値崩れを起こしている。
 面倒になって、買うことにした。
 寝室で使う小さなタイプ。国産にはこだわったが、その他録画機能などはあまり興味がなく、お値段はたいしたことが無い。私がある月にモータウンを買いあさった金額より安い!(一体どれだけ買ったんだ)

 テレビというこの20世紀の発明。なかなか大した物で、ビートルズがアメリカ上陸時に一気に知れ渡ったのはテレビの影響だというのは、有名な話だ。
 テレビの普及とともに、映画は滅びると言われて久しい。確かに、集客力は格段に落ちたのだろうが、映画というメディアが滅びるという気配は一向にない。文明人というのは器用な物で、多様な娯楽にはそれなりに多様に順応するらしい。

 インターネットが普及した今では想像もつかないような、テレビの使い方をした時代もある。私が子供時代の記憶として残っているのは、日本の歌番組。誰かアイドルが歌番組で歌うその企画、アイドルが大きなカレンダーの前でじっと立ったまま歌う。数秒ごとにそのカレンダーは、ある年の1月から12月にかわって行く。

 「この画面をカメラで撮影し、現像すれば、アイドルのカレンダーが出来上がります!フラッシュはたかないで下さい!」

 この時、兄がカメラ、カメラと大騒ぎしたかどうかは覚えていない。

 最近買った本に、同じようなことをした ― つまり、テレビの画面を、カメラで撮影した人を発見した。ジョージ・ハリスンである。
 去年の映画、[Living in the material world: George Harrison] と一緒に、「素顔のジョージ・ハリスン」という、豪華写真集が発売されたが、その中に登場する。



 テレビの形状や、写真の画質から言って、撮影したのは70年代だろう。自宅でテレビを見ていたジョージが、大好きなボブのちょっと前の映像を見て、とっさにカメラで撮影したらしい。
 どこぞの一般人じゃあるまいし。そもそもジョージなら、いつだってディランはウェルカムではないか。ディランのジョージ好きはかなりのものらしいが、ジョージの方も凄まじい。
 こんな突っ込みどころ満載の写真を、ばっちり載せてくれるオリヴィアも凄い。そしてやはり彼女は、われわれジョージ・ファン女子の同士なのだと、再認識させられた。本当に、私たちの好きなジョージ、私たちの好きな素敵なジョージを女子目線で理解していらっしゃる。信頼しております。強い嫁、オリヴィアさん。

Ravi Shankar2012/12/12 21:50

 ラヴィ・シャンカールが亡くなった。
 アメリカはカリフォルニア州サンディエゴにて。92歳だった。遠からずそういうニュースがあるだろうとは思ったが、やはりショックだ。ともあれ、日本人の言う「大往生」と表現するべきだろう。
 彼の名前については、日本語表記では「シャンカル」が一番オリジナルに近いらしいが、私は以前からのクセで、「シャンカール」と言うことが多い。

 私が最初にラヴィ・シャンカールの存在を知ったのは、意外にもビートルズ関係ではなかった。
 ビートルズは12歳から好きになったし、その後何度か彼の名前くらいは目にしていただろうが、きちんと記憶はしていなかったらしい。まさにラヴィを「認識」したのは、音楽大学在学中、民族音楽学の講義においてだった。
 「民族音楽学」というのもずいぶん大雑把なカテゴライズだが、とにかくその先生はインド音楽が専門だった。19世紀からはじまる「民族音楽学」の流れが、やがて20世紀の「民族自決」のムーヴメントに乗り、それぞれの音楽を行う当事者たちが自らの音楽でまさに、「討って出た」 ― ラヴィはその代表として紹介されたのだ。
 この際、見たドキュメンタリー作品が、1986年の 「 シタールの巨匠 ラヴィ・シャンカル / PANDIT RAVI SHANKAR 」だった。ラヴィの経歴や、活動を紹介した作品で、ジョージも登場してコメントしている。
 これを見た時期の私は、まさに「ビートルズの中で一番格好良いのジョージだ」と知った頃で、ビートルズとラヴィのインドが、私の中でつながった瞬間だった。

 1920年生まれ、インド出身のラヴィは、自らのシタール演奏、作曲、編曲、コンサートの企画力などを発揮し、1950年代ごろから積極的に世界各国で演奏活動を行っていた。まさに、20世紀民族音楽の攻勢そのものだった。
 彼を傑出した存在にしたのは、積極的な他ジャンルとの交流だった。ヴァイオリニスト,メニューインとの共演は特に有名だし、フルートのランパルなどとも共演している。
 そして60年代、当時まだ20代のビートルだったジョージ・ハリスンを通じて、ロック、ポップス、そしてジャズなどの世界にその影響は広がった。ビートルズ音楽の多様性や、サイケデリック・サウンドの発展、そしてハードロック、ヘヴィメタルにも大きな影響を与えたことは、間違いないだろう。
 さらに、政治状況によって発生した難民を救うべく、チャリティ・コンサートを企画,実施するという、世界初に近い偉業をジョージと共に成し遂げたのも、ラヴィだ。

 私はいくらか「器楽」が好きで、ラヴィの音楽はそちらの耳で聞いている。むしろ、クラシックとのコラボにはあまり興味がない。
 「コンサート・フォー・バングラデシュ」での演奏も迫力があって良いし、この、ジョージも出演したテレビ番組での演奏なども、取っつきやすくて好きだ。



 伝統に則り、飽くまでも純粋に「インド音楽」の深淵を求める人々は、きっとラヴィを非難するのだろう。浅薄で、ニセモノ臭く、商業主義的だ、あれがインド音楽などと認識されては困る ―
 それもまた、真実なのだろう。しかし、それでラヴィ・シャンカールの功績が目減りするとは思えない。彼の存在がなかったら、どれほどの人がインド音楽に触れずに一生を終えたことだろうか。
 自らの民族音楽を演奏するなら、討って出るのだ、ためらう必要も、弱気になる必要もない。自らに誇りがあるのなら、堂々と討って出るのだ ― 私にとって、ラヴィ・シャンカールの存在は、「闘士」だった。
 そして、音楽とともに、自らの思想をも人に伝える術を持つのだ、人間であり、魂と叡智を持つ以上、きっとそれができる。違う思想を持つ人とも、きっと美しく響き合うことが出来る、ラヴィはそう信じていただろう。
 こんにち、私たちは多くの「民族音楽」を耳にする。私はアイルランドのケルト音楽が好きだし、南米の民謡を愛好する人もいる。それらは、ラヴィによっていくらか勇気づけられたに違いないと、私は思っている。

 その結果、彼は素晴らしい音楽世界を展開し、多くの友人を得た上に、多くの尊敬を集めた。ジョージとの友情は言うに及ばず、「コンサート・フォー・ジョージ」での、エリック・クラプトンの表現を借りるなら、「ぼくらのヒーロー」になった。エリックにとっては、単に「プレイヤー」としてのヒーローではなく、偉大な存在としての「ヒーロー」に違いない。
 今、多くのミュージシャンたちが、「ヒーロー」の死去を悲しんでいることだろう。
 私は20世紀を象徴する音楽的存在は、ジョン・ケージ、ビートルズ、そしてラヴィ・シャンカールだと思っている。この三者が、すべて姿を消した。

 2001年、ジョージが58歳で亡くなったとき、その最期を看取った人々の中に、当時81歳だったラヴィが居た。彼の存在が、オリヴィアやダーニにとって、どれほど心強かったことだろう。何と言っても、ジョージ自身が、病との戦いの日々を、ラヴィの存在でどれほど救われたことだろうか。
 ラヴィは、親子ほども年の離れた親友であり、弟子であり、まさに魂における息子であったジョージを失い、どれほど悲しんだだろうか。彼らの深い友情に、改めて思いを馳せずにはいられない。
 「コンサート・フォー・ジョージ」の冒頭のラヴィの言葉が思い出される。

「みなさん、私は今夜ここに、ジョージの存在を強く感じています。これほどたくさん、彼を愛した人々が集っているのです、ジョージも、きっと居ます ― 」

 私自身は特に宗教的でもないし、霊魂の存在について特にどうという考えもない。ただ、あのときのラヴィの言葉だけは、本当だと信じている。

男を磨くトム・ペティ2012/12/15 14:07

 明日、12月16日午前11時から、WOWOWでザ・ローリング・ストーンズの結成50周年記念ライブが生中継される。これは絶対チェック!

生中継!ザ・ローリング・ストーンズ 50周年記念ライブ One More Shot

 しかし、明日は困ったことに私自身のピアノの発表会。練習もしたいし、投票も行かなきゃならないし、時間に余裕を持って出かけなければならないし…困ったものだ。

 ホリデー・シーズンである。
 いつもお世話になっている、日本のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ・ファン・コミュニティの Heartbreaker's Japan Party では、この映像を見て、気分を盛り上げましょうと言っていた。



 2000年12月に、当時、主はビル・クリントンだったホワイトハウスに招かれ、イカした演奏をきかせてくれた、ハートブレイカーズ。
 二人して格好良いリッケンバッカーを弾くトムさんと、マイク。レコーディング・バージョンよりも大活躍なベンモントのピアノが素晴らしい。そして、ハウイがまだちゃんと歌えている。本当に彼のコーラスはトムさんと良く合っていた。

 演奏そのものとは別に、この動画、突っ込みどころ満載である。
 まず、トムさんの髪が短い!ツンツルテンに短い!これはこの年の10月末、Bridge School Benefit Concert で初めて披露された短髪で、実はシャツもパンツも10月と一緒。どういう息の合い方なのか、マイクの髪まで短いので、なんだか変な感じ。

 そして…言いたくないが…トムさん、太っていますよ。その顎!首!境目がないぞ!あの金髪ガイコツと呼ばれたトムさんは一体どこへ…!?
 20世紀末の精神的危機を脱し、プライベートライフが充実し(女子ファンとしては詳細を言いたくない)、年齢も相まって太り始めたトムさん。
 そして、年が明けて2001年、今や伝説のデブ期に入ったトムさんであった。「伝説の」とつくのは、この時期の太ったトムさんの画像というのは、極端に少ないのだ。画像検索をしても、あまり引っかからない。
 友人が2001年のミニ・ツアーを見に行き、そのステージ上のトムさんの写真をくれたのだが、ショッキングなくらい太っていた。あの写真、今どこにあるのは、覚えていない。
 そして、911。世界同時多発テロ。9月21日に、ハートブレイカーズはチャリティーイベント、 [America : A Tribute To Heroes] に出演。おそらく、デブ期トムさんとしては一番よく目にするのが、これだろう。



 首が…ない。演奏も、ちょっとしっとりさせようとしたのか、でも中途半端な感じ。コーラスのところも押さえた演奏にしたけど、ちょっと決まり切っていない。

 これではイカン!…とトムさんが思ったかどうか。2002年アルバム [The Last DJ] から急に肉(脂?)が落ちたトムさんが登場。
 当時、ボブ・ディランが脂肪吸引をしたらしいという噂が立ったため、「トムさんも同じ所で脂肪吸引をしたに違いない!」…と女子ファンたちの間で話題騒然。
 この年の11月、[Concert for George] ではこんな感じ。



 この "I Need You"、 泣き出しそうな表情のトムさんに、しっとりとした演奏、とても素晴らしい。…が、トムさんのお肌の調子は絶不調。髪にもツヤがない!
 トムさんのお肌の調子の悪さは、[CFG] のインタビュー映像で頂点に達している。私は[CFG]に非の打ち所はないと思っているが、唯一惜しいのが、トムさんのお顔である。やっぱり脂肪吸引はリスクがある!…と、勝手に納得した。潤いを無理矢理抜き出して、良いわけが無い。その上ツアーの最中だったので、乾燥する長時間飛行機なども影響したに違いない!

 さらにこれはイカン!と、思ったらしい。男を磨くことに目覚めたのか何なのか、翌2003年4月、[Sound Stage] に登場したトムさんは、見違えるように若返っていた!



 お肌を再生、髪はほど良い長さに、服は黒で引き締め効果!ライトの具合もばっちり、これぞ女優!ロックンロールスターはこうでなきゃね。
 これ以降、オフの時はとんでもなく酷い格好のトムさんが、アルバムのフォトセッションや、ツアーなど、ここ一番でばっちり決めてくるというパターンが続いている。
 ジョージ映画に登場したトムさんは最高だし、今年の欧州ツアーでのトムさんも凄く格好良かった。これからさらに年齢を重ねて色々大変だと思うが、財力とハリウッドの技術に物を言わせて、頑張って欲しい。期待しています。

One More Shot2012/12/17 21:14

 まずは、ニュースから。こんどのグラミー功労賞が、ラヴィ・シャンカールほか、6組に授与されるとのこと。

グラミー功労賞発表、ビートルズへ影響与えたシタール奏者らに

 このことは、ラヴィが亡くなる前に決まっていたとのこと。彼以外のメンバーに、グレン・グールドと、テンプテーションズが入っているのが興味深い。グールドは今年が生誕80周年・没後30周年だったからだろう。

 さて、昨日は日本時間午前11時から、衛星チャンネルでザ・ローリング・ストーンズ結成50周年ライブの中継があり、無事に鑑賞できた。

 会場は、ニュージャージー州ニューアークの、プルデンシャル・センター。私は2010年にここでTP&HBを見ている。旅行者にも便利な良い会場だ。
 コンサート冒頭に映像があるのだが…時々スコセッシや、イギー、ジョニデ、エルトンのような有名人が出てきて面白いが、内容はやや冗長。無くても良かった。  テレビ中継は世界各国に向けて行われているらしく、ミックが「テレビの前のみんな、元気?!」と声をかける。「東京は!?」と訊かれたので、Yeeeeeah ! と応えておいた。
 ストーンズのプレイそのものは、21世紀以降おなじみになった彼らのスタイルの踏襲。ストーンズの四人に、ベース,キーボード,コーラス二人、ホーン2本。特に前半の曲目で、シンプルな演奏が目だった。
 最初にドラム隊が出てきて、リズムからして "Sympathy for the Devil" で幕が開くのかと思いきや、そうでもなかったのが意外。
 選曲に関しては、出だしの "Get Off of My Cloud" がちょっと意外なほかは(でも格好良い!)、ほぼスタンダードなところではないだろうか。"Dead Flowers" などは、大好きな曲なのでかなり嬉しい。
 "Wild Horses" の前に、コネティカットの銃乱射事件の犠牲者を追悼したのが、印象的で、ちょっと涙腺に来た。

 一曲一曲はあまり引き伸ばさず、省エネな演奏。私はそういうロックのシンプルさが好きなので、これは歓迎。ダラダラとしたジャムやら、延々と続くギターソロなどは、あまり好きではない。
 ミックのダンスも、昔よりはよほどシンプルになり、エネルギーの使い方をきちんと計算している。さすが、ミック。

 ここでは、オーディエンス・ショットと放映が一緒になったような動画。"Brown Suger"



 今回のコンサートは、多彩なゲスト・ミュージシャンの登場が話題になった。
  まずはレディ・ガガ。私は彼女のパフォーマンスを初めて見るのだが…ええと。なんだかよく分からない。彼女自身の曲ではないし、ストーンズのステージなのだから、よく分からないのも当然なのだろうが。"Gimme Shelter" 歌唱に関しては、特にどうと言うこともなく…コメントに困る。
 ステージ衣装について言及するべきなのだとしたら…巨大なウミウシ。
 「レディ・ガガって、ビジュアルのイメージが先行してばかりだけど、音楽的にも実は凄いよね」…という展開には、残念ながらならず。やはり私の守備範囲ではないのだろう。

 一方、ジョン・メイヤーや、ゲイリー・クラーク・Jr. などはさすがに音楽の共通点が多く、自然なコラボになって楽しめた。
 そういう「音楽的な」という意味では、もちろんミック・テイラーも、とても聞き応えがあった。
 それにしても、ストーンズ以降のテイラーを知らないだけに、彼の容姿にはびっくりした。最初、誰だか分からなかった。あのストールはファッション・アドバイザーに駄目出しされそうだ。
 ともあれ、彼がジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズに参加するきっかけになったエピソード(クラプトンが欠席したギグに飛び入り参加した素人で、完璧なクラプトンのコピーをやってのけた!しかもエリックよりも4歳も若かった!)にしても、彼がストーンズで活躍したという経歴にしても、それを裏付ける貫禄たっぷりのギタープレイぶりだった。
でも、最後に現役ストーンズ4人と一緒にお辞儀してたのは…ちょっと違うかな。ミックが気を利かせたんだろうけど。

 もう一人の大物ゲスト、ブルース・スプリングスティーン。
 やはり彼は、私の守備範囲外であることを再確認した。

 ストーンズの一連の50周年ライブはこれにて一段落。
 さて、来年以降ワールドツアーはあるのか?はたまたニューアルバムの制作に入るのか?ストーンズはまだまだロックで楽しませてくれそうだ。

Ave Maria / Bach-Gounod2012/12/22 00:17

 無事に、とは行かないが、とりあえずピアノの発表会は終わった。相変わらず本番に弱く、酷い演奏をしている。それでも、まだ「まし」な演奏をするほうの、バッハの平均律だったので、最低ではなかったのだが。
 ピアノにかまけていたら、ウクレレの練習がすっかりおろそかになってしまった。今になってあわてて宿題を練習している。ウクレレの名前は、マーティン・フリーマン(マーチンのウクレレだから)。

 クリスマス・シーズンだからということで、宿題が、バッハ-グノーの「アヴェ・マリア」。ウクレレ用にそんな編曲があるのかと驚いた。実際には、長さは原曲の半分くらいだろう。

 バッハ-グノーの「アヴェ・マリア Ave Maria」は、おそらくシューベルトの同名曲と同じく最も有名な "Ave Maria" だろう。(もっとも、シューベルトのそれは、歌曲集『湖上の美人』の一部で、純粋な宗教曲ではない)。
 まずは、マリア・カラスの独唱でどうぞ。やっぱり、カラスは凄い。



 圧倒的な迫力。既に評価の定着した歌手だが、改めて聞いてみるとやっぱり凄い。

 さて、この曲の妙な作曲者名「バッハ-グノー」である。
 バッハはもちろん、私も散々お世話になっているヨハン・セバンチャン・バッハ。18世紀前半に活躍したドイツ人で、そういえばBBCドラマ[Sherlock]でもネタになっていた。
 一方、シャルル・グノーは、19世紀後半のフランス人。オペラ「ファウスト」が有名だが、やはり一番知名度があるのは、"Ave Maria" だろう。とにかく、両者は時代がまったく違う。
 そもそもは、バッハが鍵盤楽器のために作った、多分にオタク的な楽曲集「平均律クラヴィーア曲集」にはじまる(この「平均律」という日本語の通称はやや誤訳気味なのだが、ここではおいておく)。「平均律」は、鍵盤楽器で演奏可能な全十二,長調・短調あわせて24曲をそれぞれプレリュードとフーガという形で構成されている。さらに、同じ構成で第二巻もある。バッハはよほどマメでオタク気質だったと思われる。ちなみに、私が今回の発表会で弾いたのは、平均律第一巻15番G-Dur のプレリュードとフーガ。
 この「平均律」第一巻第1曲は当然C-Durで、プレリュードから始まる。まずは、カナダのピアニスト,アンジェラ・ヒューイットの演奏でどうぞ。前半がプレリュード。



 このプレリュードを伴奏として、グノーが宗教曲詞の "Ave Maria" の声楽部分を作ったのが、バッハ-グノーの "Ave Maria" というわけだ。
 これは完全にグノーのアイディア勝ち。よく思いついたものだ。「平均律」は美しい傑作揃いだが、その中でもこの1巻1番のプレリュードに、ゆったりとしたメロディをつけるという、ある意味楽聖に対する冒涜にでもなりかねない挑戦を、見事に成功させたのだ。

 我々がピアノでこの「平均律の1巻1番プレリュード」を弾くときは、歌曲の伴奏とは異なり、ペダルは踏まず、右手のアルペジオはノンレガート気味に弾く。その方が難しい。
 ヒューイットはかなりなめらかに弾いているが、それは彼女だから許されるので、私たちがやったら、先生に「それじゃアベ・マリア」と駄目を出されることだろう。
 一方、グレン・グールドになると。…ブツブツ加減もここまで来るとさすがに極端。でも、まぁ、グールドはグールドだから、仕方ないか。第一、こう弾けることの方が驚異的なのだ。

Merry Minstrel Musical Circus2012/12/25 22:33

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの公式ページで、12月20日に開かれる何かのイベントに、マイクとベンモントが出るらしいという話は知っていた。それが何なのかは分からないでいたら、TKJさんのコメントをいただいた。なんと、ジェフ・リンが出演したというではないか!(TKJさん、ありがとうございました)

 改めて確認してみると、どうやら話はジョナサン・ウィルソンと、マイクが知り合ったところから始まったらしい。
 今年の夏、ハートブレイカーズが欧州ツアーを行った際のオープニング・アクトを務めたのが、ジョナサン・ウィルソンだった。私もロイヤル・アルバート・ホールの初日に見ている(二日目は…ごめん、割愛した)。
 この時、マイクがジョナサンと意気投合したらしい。何か一緒にやりたいね…という話が盛り上がり、やがてジョナサンからこのホリディ・ベネフィット・コンサートの話を持ちかけた。収益金は、子供達への音楽教育のための活動をしている、Little Kids Rock と、マイクのTazzy Animal Rescue Fund に寄付される。
 マイク・キャンベルというこの最高のギタリスト、コンポーザー、バンドメイトは、控えめでおとなしい人という印象がある一方、人の心をがっちり掴み、友達として人間関係を良く継続することにおいて、かなり長けているらしい。若きジョナサン・ウィルソンは音楽もさることながら、人間的にもマイクに響くものがあったのだろう。

 実際のコンサートは、告知のあったとおり、12月20日 LA の Troubadour で開かれた。
 出演者はマイクと、ジョナサン、やはりハートブレイカーズのベンモント、ボブ・ウィアーと、ジャクソン・ブラウンの出演は予告されていた。ジャクソン・ブラウンもやはりマイクの縁で呼べたのか?そもそもベネフィット関係で伝があったのか。
 そして、何と言っても驚きだったのは、ジェフ・リンが出演したことである。これは完全にマイクの人脈だろう。
 まずは、あのデル・シャノン(もしくは、ウィルベリーズ)の "Runaway"。



 ベンモントのオルガンがさすがにイカしている。そして、ジョナサンと一緒に一生懸命仕切るマイク!ジェフ・リンの歌唱もとても素敵。会場も大いに盛り上がって合唱している。ジェフりん、サムアップして、イェーイ!
 こちらは、"Rooll Over Beethoven"。マイク先生の、ドラム指導も入ります。



 マイクと、ジェフのギターソロの分け合いなどもあって、とても美味しい。
 このコンサートを見に行った人は、本当にラッキーだ。あとほんのちょっとの幸運でもあれば、トムさんまで登場しかねない。
 今年のジェフ・リン新譜2枚発売や、テレビへの出演をなどを見るにつけ、完全オリジナルのルバムも聞きたいし、ライブもやれば良いのにと思っていた。どうせなら、マイクあたりがサポートしても良いし…などと冗談で思っていたら、これが意外と冗談でもないかも知れない。本当にマイクとベンモントなら、ジェフのミニ・ツアーくらい、サポートしてくれそう。

  "Friend of Devil" や、ジャクソン・ブラウンの "Take It Easy" も良いが、やはりとどめは、ジョナサン・ウィルソンと、マイクが奏でる、素晴らしい "Isn't It a Pity" だろう。



 私はジョージの数ある名曲の中でも、この曲が一番好き。マイク、ハートブレイカーズ、もしくはオリジナル・マッドクラッチのカバーバージョンをずっと聞きたいと思いつつ、出来ないでいたのだが、今回その夢の一つがかなった。…どうせならRAHでもやってくれれば良かったのに。
 マイクのスライドも、ジョナサンのヴォーカルもさることながら、ベンモントの熱っぽいオルガンも最高。名曲を名プレイヤーが演奏して、さらにジョージへの愛が溢れれば、こうなる。言うこと無し。素敵なクリスマス・プレゼントになった。

天の音楽 世間の楽 ~源博雅をめぐって~2012/12/28 20:41

 12月27日、四谷区民ホールで、伶楽舎の雅楽コンサート、「天の音楽 世間の楽 ~源博雅をめぐって~」を観賞した。
 いつもの伶楽舎なら客席の埋まり具合は七割くらいで、八割も入っていれば大入りという感じだが、今回はなんと完全なる満員だった。楽屋でそのことを言うと、楽団員も目を丸くして「一体どうしたの?!」と驚いていた。私は言ってやった。「陰陽師だよ…陰陽師を甘く見ちゃいけない。」



 今回のコンサートのテーマは、源博雅(みなものとのひろまさ 918-980)。平安時代中期に活躍した公卿であり、雅楽家,各種楽器(特に笛)の名手として知られる人物である。楽譜の編纂や、作曲、編曲などにもその名を残しているほか、彼の死後その楽人(がくじん 雅楽演奏家のこと)としての名声が高まるにつれ、生み出された数々の説話の主人公でもある。
 「ひろまさ」がその名前だが、雅楽関係の人は「はくが」と有職読みしたり、その官位従三位にちなんで「博雅三位 はくがのさんみ」と呼ぶことが多い。私も「博雅三位」と呼ぶ。
 学生時代、雅楽研究をしていた同級生が、資料を見ていると良く分からないことは大体「博雅三位がそうした」とばかり書いてあって、辟易したと言っていた。博雅は、能における世阿弥のような位置づけに似ているような気がする。即ち、その芸術の創始者ではないが、今日まで伝えられるのに大きな役割を果たす、研究者,創造者として大きな功績があったと言えるだろう。

 さて、その博雅三位。少し前にメディアで流行した「陰陽師」という作品で、一登場人物になっている。こちらでは「ひろまさ」と呼ばれているらしい。異能の人の親しい友人で、一緒に事件に巻き込まれ、解決するという、いわゆる「ホームズ&ワトスン」型の冒険譚における、ワトスン役を担ったらしい。
 「らしい」というのは、私が「陰陽師」をまったく受け付けなかったから。「ホームズ」は好きだし、雅楽も好きなのだから見てみようと何度かチャレンジしたのだが、冒頭あたりで大抵ギブアップしてしまった。どこまでもファンタジー門外漢であった。
 とにかく、この「陰陽師」の大ヒットを受け、博雅も有名人となったのだ。今回のコンサートの大盛況は、きっと「陰陽師効果」に違いない。

 プログラムは、まず博雅三位が作曲したと伝えられる、「長慶子 ちょうげいし」から。調は太食調(たいしきちょう)。私も学生時代親しんだ曲で、懐かしい。 
 続いて、古典文学研究家の石田百合子さんのお話とともに、博雅説話に登場する曲の演奏する。大篳篥(おおひちりき)での壱越調(いちこつちょう)の調子。さらに、蝉丸から伝授されたという、琵琶の秘曲「啄木」。静謐な独奏である分、早くも撃沈した人々のイビキ、寝息がよく聞こえる。

 さらに、博雅三位が朱雀門で鬼と一緒に笛を吹いたという説話を元に、芝祐靖先生が「萬秋楽 まんじゅうらく」を構成し、二管のアンサンブルにした「朱雀門梁震 すざくもんりょうしん」。これが素晴らしかった。
 博雅を八木千暁さん、鬼を芝先生が演奏したのだが、お二人の音色の違いが微妙なコントラストを描き、これぞ龍笛!…という笛の醍醐味を堪能させてくれた。プログラムには、芝先生による譜面が載っているのだが、先生はそれぞれのパートを、「鬼」と「三位」と書いていらしたのが印象的だった。

 後半は、博雅三位が生まれたとき、天から妙なる調べが響いたという説話を元に、まず人間界の「楽 がく」として、「皇麞 おうじょう」(「じょう」は、鹿の下に章という異常に難しい漢字)。そして、天からの「音楽」として、増本伎共子さん作曲の新曲「博雅の生まれた日に…」が演奏された。
 現代雅楽曲というものは、大抵私の評価が低い。どうしても古典と比較してしまうので、分が悪いのだ。今回の曲は、まぁまぁというところ。笙と箏、琵琶の使い方はとても良かったが、笛二管はやや無理があり、いまいち。本来は編成に入らないはずの篳篥も、ちょっと生きていなかった。

 ロビーでは、偶然にも母校の前の学長先生と遭遇(どういう訳か、母校の歴代学長は、私が所属していた学科の先生が続いている)。ご挨拶したら、ちゃんと覚えていて下さった。
 楽屋はいつもにましてお客様も多く、大賑わいだった。芝先生にもご挨拶できたが、お元気そうでなにより。
 さすがに博雅パワーほどの企画を連発するのは難しいだろうが、これからのコンサートも、盛況であってほしい。それにしても、「陰陽師」おそるべし…。