新しい雅楽 次の世代へ(子どものための委嘱作品集)2017/05/26 22:35

 昨日、伶楽舎の雅楽演奏会へ行った。去年の秋は都合が悪く行けなかったので、久しぶりだ。

 今回のテーマは、「新しい雅楽 次の世代へ (子どものための委嘱作品集)」



 テーマは実に単純なことで、退屈な(私にとっては退屈ではないが)雅楽を、いかに子どもに聴かせるか、その工夫をこらした演奏会だった。

 私がとっくの昔に、「子ども」ではなくなっているだけに、評価が難しい。
 難解そうで、馴染みのない古典音楽を、どうにか説明や、ストーリー性、奇抜さで子どもにアピールしようとする努力は分かる。
 その一方で、「子どものための音楽」とは、何だろうと考えさせられた。

 私は物心ついたころから、「子どもっぽくしたもの」が好きではなかった。押しつけがましくて、馬鹿にされたような気持ちがしたのだ。運動会で、小学1年生は「お遊戯」のような出し物をやらされるのが、嫌でたまらなかった。上級生のように、スポーツで真剣勝負をする方が、よほど格好良い。
 「ホンモノ」が存在することを知りながら、それを「子ども向き」にアレンジされることが、不名誉だと本気で思っていたのだ。
 話が逸れるが、小学生の甥は戦国時代 ― 特に織田信長に夢中だ。私と会うたびに、
「信長クイズか、戦国クイズ出して」という。
 私は手加減せず、
「松永久秀が信長から差し出すように言われて、自分もろとも爆破した茶釜の銘は?」(俗説)などと言う。
 甥は呆然とし、周りの大人は私を非難するのだが、私はこれで良いと思っている。甥は私と同じ歴史好きなのだ。それを尊重し、彼の情熱を自分と対等のものとして、認めるべきである。甥は毎回めげずに、私にチャレンジしてくる。そして私は、戦国時代と、信長について知識のブラッシュアップを怠らない。

 要するに、子どもは小さな大人であって、彼らにも芸術があり、プライドがある。
「この芸術の真の素晴らしさは、『子ども向けのアレンジ』には存在していない」ということを、理解してしまっている子どもも、少なからずいるのではないだろうか。
 演奏や楽曲の善し悪しとは別に、そんなことを考えさせられた。

 ついでのようで申し訳ないが、雅楽を物語の伴奏として用いた、「踊れ!つくも神 童子丸てんてこ舞いの巻」は面白かった。
 面白かったと同時に、「笑ってはいけない雅楽演奏会」状態だった。ハイテンションな語り役は、どこかの劇団員ではなく、伶楽舎の一人であり、個人的によく知っている。笑いを必死にこらえるために、私は琵琶の黒い撥面(ギターで言うピックガード)を見つめていた。

日本の伝統芸能展2017/01/24 21:48

 国立劇場開場50周年記念,日本の伝統芸能展を見に行った。日本橋の三井記念美術館にて。
 実のところ、演劇や音楽はそのものを観賞するか、参加するかで、展覧会で見るものではなないと思っている。そう言いつつ、見に行くのを先送りにしていたのだが、見ないというのも癪なので、ぎりぎりになって見に行った。



 私が好きな邦楽は、雅楽と能楽。雅楽の演奏会にはよく行くし、ニセの新作能をでっちあげたこともある。

2015年4月1日 新作能「エルヴィス」

 そのような訳で、期待していたのは雅楽と能楽の展示。
 まずは、雅楽の舞楽面が数点。琵琶,篳篥,笙などの道具が数点。以上。
 能楽は大鼓,小鼓の胴、能管、能面数点。以上。

 物足りない。
 雅楽なら、もっと豪華絢爛な装束とか、火焔太鼓とか。もっとあるだろうに。
 能面については、旧金剛宗家から受け継いだ能面が54面、しかも重要文化財に指定されているのだがら、全部ずらりと並べれば良いのに。孫次郎の小面「オモカゲ」一つさえあれば良いとでも思ったのだろうか。
 金剛流は戦前に坂戸金剛宗家が断絶し、受け継いできた面をまとめて三井に譲渡したのだが、これは純然たる譲渡だったのか、売却だったのか、ちょっと気になっている。もっと気になるのは、せっかくの能面が美術館に収まっているということだ。面は舞台で用いられるからこそ生きる。ぜひ積極的に使って欲しい。

 屏風の展示室には、「舞楽図」が数点あった。「舞楽図」とくれば期待するのは、俵屋宗達なのだが、もちろんそんなビッグネームは無い。私が見た時は狩野探信でもなく、輪王寺蔵の作品だった。
 描かれている舞楽の数が多くて面白いのだが、どうせなら俵屋宗達が見たい。

 屏風以降の展示は浮世絵などになってしまう。私は近世邦楽に興味が無い。

 結局、やはり音楽,芸能はその演じるものを聴く、見るものであって、展覧会で見るものではないということを、確認するに至った。

八仙 / Start Me Up / Painkiller2017/01/02 11:54

 いつものとおり、ダラダラしているだけの正月である。
 去年末の第九のテレビ放映は、合唱が母校ではなかったのが祟って、まだ見ていない。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは、ちらっと見たが、楽友協会の黄金の大ホールを見ただけで、満足している。曲目が面白くないのが、ニューイヤー・コンサート。いつものことだ。

 元日の朝、テレビで雅楽(舞楽)が放映された。去年は詩吟だったので、がっかりしたのだが、今年はしっかり宮内庁楽部の演奏が放映された。
 曲目は、「八仙」という、ちょっと馴染みのなかったもの。四人の舞人が、鮮やかな冠をかぶり、鶴を模した面をかける。鶴と言うよりは、カラス天狗なのだが。要するに、酉年なので鳥を題材にした舞楽にしたらしい。装束は、鯉の柄に、網を掛けたような、これまた独特な物。
 曲としては、たいして面白くもない。笙が入らないので、音の厚みとしてもやや寂しい。迦陵頻のほうが華やかで可愛くて良かったのではないだろうか。童子舞なので、ハードルが高いのだろうか。

 新年にあたってHPを更新したのは、ザ・ローリング・ストーンズ。"Start Me Up" の動画があがっただけだが、すかっとする。2013年のハイドパーク。夕暮れ前の光溢れるステージに、輝くストーンズ。なんだかありがたい。



 最後に、ちょっとした話題。
 ベンモント・テンチが年末にアップしたインスタグラムのコメントによると、3,4年前に膝を痛めて、今も手術あとが痛いとのこと。スマートで健康そうなベンモントにそんなことがあったとは、知らなかった。
 「今回の痛み止めはイブプロフェン。オーピエイツほどは効かない」と言っている。
 Opiates はあへん系の鎮痛剤なので、市販薬にもなっているイブプロフェンよりは、もちろん強い。
 今年は大規模なツアーがある。痛みは辛いだろうから、大事にしつつ、乗り切って欲しい。

承和の御時 ~雅楽日本化の始まり~2016/05/13 22:28

 5月12日、四谷区民ホールで、伶楽舎の雅楽コンサートがあった。去年末の演奏会は、仕事で行けなかったので、久しぶりの伶楽舎。

 テーマは、題して「承和の御時 ~雅楽日本化の始まり~」



 仁明天皇の時代、承和年間(834-848)に焦点を当てた企画だ。
 なんでも、中国,朝鮮半島,ベトナムなどから伝わった雅楽の原型が、やがて日本独自の音楽として変容していく、その重要な時期が、この承和年間なのだという。

 私も学生時代に習った「賀殿(かてん)」は、遣唐使の一人が彼の地で琵琶をならい、それを日本に伝えた物だという。これは慣れ親しんだ、現行の形式で演奏。

 ここから、遠藤徹氏による復曲作品が続く。
 箏の独奏である、壱越調(いちこつちょう)の「攬合」(何と読むのか実は良く分からず、後世の当て字にならって「かきあわせ」と言う)と、「小調子明珠」は、箏の音を満喫できる。とは言え、近世の琴に比べて音の小さな箏のこと、会場の後ろまで音が届いたかは疑問。こういうときは、マイクとスピーカーを用いても良いのではないだろうか。

 今回一番面白かったのは、これも復曲である、双調(そうじょう)の「柳花苑」。
 これも遣唐使によって伝えられ、承和の時代は現行よりも全体に音域の高い、双調で演奏されたと考えられているのだ。
 本来は女性の楽師が舞と共に演奏していたとのことで、伶楽舎も女性陣だけでの演奏となった。もっとも、伶楽舎の女性達はいわゆる「男装」をしており、奈良,平安時代の女楽とは外見が大きく異なるのだが。
 調子が高いため、小さな琵琶や、一部の管を入れ替えた特殊な笙を用いるなどして、編成からして面白い。普段の雅楽ではあまり見ることの無い、方響 ― ほうきょう。板をぶら下げた鉄琴のようなもの ― の音色も、華やかだ。
 本来、重厚で押しの強い響きの多い雅楽とは趣がことなり、明るく、軽やかな良い演奏だった。

 対照的に良くなかったのが、同じく復曲の「皇帝三台」。
 源博雅による『博雅笛譜』に収録されているものを元にして、楽器編成も承和年間に近づけている。大きな笙である竿(う)、パンフルートのような排簫(はいしょう)、竪琴のような箜篌(くご)などが加わる。
 最初に、排簫、横笛(龍笛より細くて音が高く、軽い)と方響、箜篌の合奏で始まるのだが、ずっとバラバラな印象で、座りが悪い。特に排簫がひどく浮いていて、曲としてまとまっていないという印象。篳篥が入ってきて、やっと音楽としてひっぱてもらえるようになったのだが、結局最後までこの曲良くないな、という印象のままだった。
 復曲者によると、本来入っていたはずの尺八(近世のそれではなく、古代尺八)に関して、どうすれば良いのか分からずに省略したとのこと。その辺りから既に苦しい展開で、無理のある復曲だったのではないだろうか。

 「海青楽」は承和年間の即興演奏を記録した物。これはそれほど印象的ではなかった。

 最後は、現行形式での舞楽「承和楽」。「承和の御時」というくらいなので、その年号の名の付いた舞楽で締めることになった。
 四人の舞いなのだが、舞楽としてはやや動きの少ない、大人しい舞。それだけに、細かい所が目に付き、舞人として上手いと思わせる人は、溜めが上手く、視線の決め方が他とは違うということを認識させた。

 今回は、復曲とはいえ、全てが古典の曲目だった。雅楽による現代新曲に対する評価が辛い私としては、全般を通して楽しめる、良い演奏会だった。

伶倫楽遊 これまでの委嘱曲より2015/05/15 21:52

 B.B.キングが亡くなった。89歳、偉大なるミュージシャンの大往生ではないだろうか。
 彼に関しては、また改めて。

 伶楽舎の雅楽コンサートに行った。今回が自主公演の30回目、伶楽舎創立30周年記念ということでもある。最初の自主公演以来、現代雅楽曲の作曲を委嘱しており、その中から選り抜きの曲を演奏するのが、今回の趣旨だ。



 つまるところ、私の大好きな古典曲はないということ。
 まずは2013年初演の曲から、抜粋だったのだが…初演の時と同じように、私の評価は低い。演奏する方は楽しいらしい。組曲のうち2曲を抜粋して演奏したのだが、2曲目が特に駄目だった。
 作曲者が舞台上でコメントもしたのだが、「聞き所は」と訊かれて、「装束」という、アサッテの方向のこたえ。笑えば良かったのだろうか。どうやら、非日常、異世界を味わえということらしいのだが、これはいただけない。

 次は、芝祐靖先生の、「巾雫輪説」。こちらはさすがに安心して聴ける。
 「巾」という箏の最高音から始まり、だんだんと楽器が加わってゆき、大きな合奏になる。だんだんと楽器が抜けていって終わる雅楽独特の奏法「残楽」の逆バージョンを、意図的に試みた曲だ。
 雅楽の箏はまことに儚く、密やかな音色しかしないのだが、それがきっかけを作り、分厚い合奏を、繭から絹を引き出すように導く。芝先生によると、木の葉からしたたる朝露の雫の一滴からはじまり、やがて流れが集まり、大河になる様子をイメージしたとのこと。ななるほど、まさにそのイメージどおり。
 終盤、堂々たる合奏のある一瞬に、フッと静寂が訪れ、可憐に箏が囁き、また壮大な合奏に戻る所などは、背筋に緊張が走るような素晴らしさだった。

 後半も、まずは芝先生の「瀬見のたわむれ」。鴨長明が催したという「秘曲づくし」の再現に挑んだ意欲作だ。独奏者の集まりで、各楽器の特色が堪能できる。特に龍笛と打楽器のアンサンブルが溌剌としていて良い。
 雅楽の現代曲の多くは古典から離れよう、離れようとする余り、ボンヤリとした作品が多い。それに対して、芝先生の作品の多くは、とてもイメージがはっきりとしており、なおかつそこからの想像がたくましく、確固たる楽曲に仕上げる確かさがある。私にはそれが心地よい。

 残念ながら、最後の1曲も、私にとってはボンヤリとした現代曲だった。雅楽の楽器は鳴っているのだが…「雅楽」に把われない曲を作ろうと努めたと作曲者自身が言っているだけあって、当然私の価値判断からは乖離してしまう。
 演奏中、突然気付いてしまったのが、琵琶という楽器 ― 正確には、雅楽に用いる楽琵琶 ― の難しさだ。一生懸命に撥を上下させて音を出すのだが、そもそも、そういう奏法に向く楽器ではない。大きな場所で壮大さを意図して鳴らすには、無理がありすぎる。

 今回も、いわゆる「現代曲」な雅楽が苦手なことを確認してしまった。
 伶楽舎の活動方針として、現代雅楽曲を演奏し、名曲を再演し、また再演し、いつか古典になることを目指すという。その志はとても気持ちが良い。私の苦手意識はともかくとして、これからも応援していきたい。

新作能「エルヴィス」2015/04/01 00:00

 新作能「エルヴィス」が、来月、東京の国立能楽堂で披露される。

 まず、後見が舞台正面前方に、ギターを一つ、横たえる。
 そして、ワキと二人のワキツレが登場。
 「これは旅のロックバンドにてトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズにて候。トム・ペティとは我がことなり。我等いまだメンフィスのグレイス・ランドを見ず候ほどに、この度、ツアーの合間に立ち寄りて候。」

 ワキ,ワキツレの道行(みちゆき)を謡った後、一行はグレイス・ランドに到着する。
 「急ぎ候ほどに、はやグレイス・ランドに着きて候。心静かに見物申そうずるに候。」

 一行はグレイス・ランドの展示品を見て、プレスリーの偉業に思いを馳せる。やがて一行はギターの前にやってくる。
 「これなるギターを見候らえへば 昔を今に思い候。いかさま名の高きプレスリーの ギターに相違無く思し召せば。げに有り難き物に候。」
 一同、ギターに見入る。

 そこへ、老人(前シテ)が橋がかりに登場する。
「のうのうあれなる御若者。そのギターのいわれを人にお尋ね候らへば、何と教え参らせて候ぞ。」
 前シテの老人は尉面に、尉髪(白髪のかつら)。小道具に箒を持っている。

 ワキがシテに何者かと尋ねると、
「これはグレイス・ランドに住まいする清掃係にて候。幼き頃よりプレスリーを愛で候ほどに、この所にて、辺りを掃き清め申すものなり。」
 シテの上歌(あげうた)。
 「所はメンフィスの 所はメンフィスの ピンクのキャデラックも年ふりて 昔のエルヴィス面白や 妙なる歌声響かせし 四海を隔てし異国にも 若き男女の夢うつつ 不思議やなその声の 耳をすませば げにも有り難き 音楽なり」

 ワキがギターの来歴を尋ねると、老人は事細かに説明する。あまりの詳しさに、ワキは不審に思う。
「げにや詳しきほどを見るからに。常人(ただびと)ならぬよそおいの。その名を名乗り給へや。」
 すると老人が答える。
「今は何をかつつむべき。これはメンフィス グレイスランドのエルヴィスの霊と現じたり。」

「不思議やさては名所(などころ)の ギターの奇特(きどく)を顕して いかに時代は過ぐるとも ロックの尊き(たっとき)事なれば 何時までもロックの代に。ここにて夜まで待ちもうさんと 告げて通用口へ出でにけり」
 老人はワキ,ワキツレを残して鏡の間に入る(中入り)

 ワキとワキツレがグレイスランド内にとどまっていると、警備員(アイ狂言)に見とがめられる。ワキは、不思議な老人が、自分はエルヴィスの霊だから、夜までここで待つように言ったと、説明する。
 すると警備員はグレイスランドでのエルヴィスの生活を語る。そして夜も更けた頃、ワキ,ワキツレを残して退場する。

 ワキ,ワキツレの待謡(まちうたい)
「メンフィスや この芝草に腰掛けて 月もろともに弁当の 飲み食いするほどに夜も更けて やがてギターの音近々と はやエルヴィス・プレスリーのいでにけり」

 後シテ,エルヴィスの霊登場。リーゼントに皮ジャン,革パン。面は中将。
「我見ても久しくなりぬステージの 歓声拍手の鳴り止まぬ いざロックンロールいたそうよ」
 エルヴィスの霊は最盛期のヒット曲メドレーを舞とともに披露する。舞は「腰振」というこの能だけの特別な舞で、「開き」という動作をする際に腰を振るのが特徴。

 キリ「さて感激の監獄ロック 響くギターには退屈を払い おさむる手にはファンを抱き ハートブレイク・ホテルはラジオを撫で ハウンド・ドッグは命を延ぶ メンフィスの歓声拍手を楽しむ 歓声拍手を楽しむ」

 二場,約60分。太鼓入り。「ジャンプスーツ」の小書き(特別演出)あり。

陪臚 / 竹生島2015/01/01 20:09

 テレビで雅楽の演奏が見られる機会はほぼ皆無だが、例外が1月1日の早朝。Eテレで、雅楽の舞楽を放映するのが通例なのだ。
 今年は、録画してみた。演目は舞楽「陪臚」。演奏は宮内庁楽部。
 「陪臚」は平調(雅楽にもナニ調というキーがある。そもそも、西洋音楽のキーを『調』という言葉で表現したのは、雅楽に由来している)の曲で、雅楽を習い始めるとごく初期に練習することが多い。
 私も学生時代吹いた。舞を伴わない『管絃』として演奏するときは、2+4という拍子で、非常にノリが良く、吹きやすかったし、曲そのものが名曲で好きだった。

 舞楽は、舞人が4人。「おいかけ」と呼ばれる飾りのある冠に、赤や金の華やかな装束。そして特徴的なのは、それぞれが盾を持ち、太刀を抜いたり、鉾を振ったりと、武具を用いた派手な動作だ。
 華やかで賑やかで、派手なこの舞、お正月にはぴったりかも知れない。
 楽部の立派な火焔太鼓が見えるのだが、さて奏者の姿がまったく見えない。何せ、火焔太鼓は全長で4メートルほどもある。人間よりずっと大きいので、正面からは打っている人の姿が見えないのだ。
 そこはテレビなので心配無用、ちゃんと横から録って、どえらい力で思い切り太鼓をぶっ叩く楽師さんの勇士も見られた。あの火焔太鼓の迫力は、その場に居ないと実感できない。そこがテレビの残念なところ。
 雅楽を見るといつもおもうのだが、楽師さんが眼鏡をかけているのはどうなのだろう。装束や烏帽子,冠に合わないと思うのだが。プロの能舞台では、眼鏡の楽師さんを見たことがない。いまや、コンタクトレンズもいろいろ選択肢があるのだから、眼鏡はやめたら良いのにと思う。

 さて、雅楽に続いて能も放映されたので、これもついでに録画。
 やはりお正月なので、おめでたい演目である脇能(一番目物)の「竹生島」。観世流で、シテは梅若玄祥さん。シテツレが野村四郎さん。ずいぶん豪華な取り合わせだなと思ったら、「竹生島」という曲がやや変わったものだった。
 竹生島,および弁財天を訪れようとした旅人(ワキ)が、琵琶湖で釣り船に便乗させてもらうのだが、その釣り船に乗っていたのが、シテの老人とシテツレの若い女性。
 竹生島に着くと、旅人が「そういえば、女人禁制のはずだけど、どうして女の人がいるの?」と尋ねる。すると老人が「そういうことは、物を知らない人が言うものだ」と、なかなか言い方がキツい。
 そもそも、弁財天が女性なのだから、女性でも分け隔てなくお参りできるのだ、といってシテとシテツレが旅人をジトっと見るのが可笑しかった。

 さて、実はこの女性が弁財天その人であり、老人は龍神なのだということで、後半にその正体を現す。だから華やかな後シテ,シテツレのために豪華な二人の取り合わせなのだ。
 普通は若い女性を演じたシテツレがそのまま女性の弁財天を、老人を演じたシテがそのまま男性の龍神を演じる。しかし、今回は「女体」というスゴい小書き(特別演出)がされていて、後半になると男女が入れ替わり、老人だったシテが弁財天を、女性だったシテツレが龍神となって現れるのだ。
 この男女入れ替わりの演出、たぶん後場はシテであるはずの龍神の出番が短いため、天女舞を長々と披露する弁財天をかわりにシテにするという意図なのだろう。その意義は分かるのだが…うーん。
 なんだか変。老人が作り物(セットみたいなもの)の小宮に入り、再登場したら美しい天女になって出てくる。そして女性が鏡の間(舞台袖)に引っ込み、出てきたら龍神になっている…違和感がある。あまり好きな演出ではないな。

 ともあれ、おめでたい天女と龍神の舞で舞台は終わる。面白い能だった。
 ひとつ残念なのは、アイ狂言が省略されていたこと。時間の都合もあるのだろうが、ここは省かないでほしかった。

雅楽の諸相2014/12/16 23:03

 伶楽舎の雅楽コンサートに行った。
 今回は、「雅楽の諸相」。いろいろなタイプの雅楽の楽曲を紹介するという趣向。



 最初の「五行長秋楽」が一番良かった。
 博雅三位(はくがのさんみ)こと、源博雅が作った曲としては「長慶子」しか現代に伝わっていないが、彼ほどの人ならもっと沢山の曲を作っただろうと推測した芝祐靖先生が、「博雅三位、陰陽寮より作曲を依頼されること」という説話を創作し、この物語の中で博雅が作った曲というのが、この「五行長秋楽」。
 創作説話は、天災、疫病、得体の知れない魑魅魍魎にあふれた洛中を鎮めるために、陰陽寮(加茂保憲,加茂光栄,安倍晴明ら)が、音楽の力で乱れを糺そうと、博雅三位に作曲を依頼するというもの。陰陽寮の面々より博雅はずっと位が高いので、直接は依頼できず、仲介者がいるなど、設定が細かい。博雅は期待に違わぬ曲を作ったが、紆余曲折の末、譜面が焼失し、廃絶曲となったというストーリー。

 面白いのは、芝先生が博雅になりかわり、五行(木火土金水)を基本に、「理屈で」作曲をしたところ。そのため、「この曲は作曲することに意義があり、演奏するためのものではない」と、2002年に作曲されて以来演奏されることがなく、今回が初演となったのだ。
 たしかに、プログラムに載せられた「五声事象対象図」や、「律盤」、「音律五行相生相剋図」などを元に作曲する以上、感性ではなく理屈で作曲されたことになる。
 最初の序や、破などではその理屈っぽさが確かに前に出ているが、颯踏や急声になると躍動感が出て、とても面白い曲になった。

 二曲目以降は純粋に現代曲。
 吉川和夫作曲の「木々の記憶」は、現代雅楽曲の評価が辛い私にしては珍しく、良い曲だと思った。ごく自然に雅楽楽器が用いられており、無理がない。大篳篥や排簫(はいしょう)の使い方がとても特徴的だが、それに偏ることなく、とてもバランスのとれた、美しい、聴きやすい曲だった。
 残念なのは、最後。いよいよ曲が終わろうとした瞬間、客席後方から音がする。私は一瞬、演出のため、後ろから鈴を鳴らしているのかと思ったが、これがなんと携帯電話の呼び出し音。ああ、やってしまった人がいる。
 演奏会に来たら、開演前に電源を切る。最低限のマナーだ。

 三曲目は、曲名と作曲者を挙げないでおく。
 最初から最後まで、「決して笑ってはいけない雅楽演奏会」状態。必死に笑いをこらえなければならず、要するにまったく良くなかった。何も伶楽舎が演奏しなくても良いではないか、せっかくの演奏会に取り入れることはないだろうとまで思わせる、ある意味凄い曲だった。

 四曲目は、雅楽童話「ききみみずきん」。かぶると動物の鳴き声が人の話し声のように聞こえるという不思議なずきんをめぐる物語に、雅楽の演奏をからめたもの。
 ここ数年、伶楽舎は子供のための「雅楽童話」に力を入れており、なかなか好評らしい。私はこれまで聴く機会がなかったので、今回は新鮮だった。
 楽しい演目なので好きだが、ただ今回の演奏会は決して子供向きでもないし、プログラムの構成上も子供が待てるものでもなかったので、その点は残念。

 今回は「諸相」とのことで、色々なタイプの雅楽を楽しめた。
 その一方で、テーマからあぶれたものの寄せ集めとも言えなくない。来年は伶楽舎30周年で、コンサートにもそれなりの趣向があるだろうから、これからも楽しみだ。

CHANEL Pygmalion Special Concert2014/06/18 20:45

 シャネル・ピグマリオン・デイズ・スペシャル・コンサート「21世紀における『クラシック音楽』の行方」に行った。  場所は、銀座シャネルの4階、シャネル・ネクサス・ホール。

 そもそも!シャネルってどこにあるんですか?!…という次元。
 間違えて店舗に入ろうものなら、速攻で出口に案内されるのではないだろうか。

 シャネルは、10年前から若手音楽家の援助としてシャネル・ネクサスホールでのコンサートを開いており(いわゆる企業メセナの一環)、ピグマリオン・デイズというのがそのコンサートのこと。
 今回は、コロンビア大学中世日本音楽研究所とのコラボレーションで、雅楽楽器の演奏家が加わる。彼らが私の知り合いだったという縁で、このコンサートを見に来たというわけだ。
 おしゃれなシャネルビルのホールへおしゃれなスタッフさんに案内され、スタインウェイのピアノやら、シャネルのマークつきの椅子やらがあるホールへ。渡されるプログラムの紙にもお金がかかっている。おおお・・・さすがはシャネル・・・



 演目はすべて一柳慧(いちやなぎとし)の作品で、作曲者自身の解説つき。

 正直言って、私は雅楽楽器を使った現代音楽というものをそあまり買っていない。それでも、ある程度は楽しめた。
 1曲目「龍笛とチェロのための音楽」は、今回のコンサートのために書き下ろしたとのことだが、やや、やっつけ仕事的に聞こえる。
 ピアノと笙(いや、尺八のほうだったかな?)の曲では、ピアニストがピアノ線を引っかき始めた。まぁ・・・そういうのが最先端だった時代もある。今となっては、ピアノ線を棒で叩き始めたらもうアウト!・・・というのが私の感想。
 結局、一番良かったのは、最後のヴァイオリンと笙による、「月の変容」。曲想もしっかりしているし、音色的にも、ヴァイオリンの柔らかい表現が、笙とよく合っていた。

 この手の音楽を聴くと、雅楽の古典作品を聴きたくなる。

 コンサートの終わりには、日本語が非常に上手な、シャネルの社長(たぶん、フランス人)が挨拶。そして、「お飲み物のご用意があります」…なぬッ?!そんな演奏会は初めてだ!
 ロゼのスパークリングワインを、イケメンが細長いワイングラスに注いでいる!アルコールが駄目なひとのためには、ペリエがやはり細長いワイングラスに!しかし私は炭酸が飲めない!
 めずらしいおセレブな雰囲気を味わった、ちょっと面白い演奏会だった。

伶倫楽遊:大名の楽しんだ雅楽2013/12/27 20:50

 年末恒例、伶楽舎のコンサート。毎年、仕事が忙しくて行けなかったり、後半しか見られなかったりするコンサートだが、今年は無事に最初から観賞できた。
 今回のテーマは、「大名の楽しんだ雅楽 - 徳川春宝をめぐって-」。江戸時代の大名 ― 紀州徳川家のお殿様,徳川治宝(はるとみ)の楽しんだ雅楽を中心としている。
  去年の博雅三位以来なのだろうか、今回もチケットは完売したとのこと。雅楽ファンとしては嬉しい限りだ。



 雅楽は奈良時代から平安時代に隆盛期を迎え、その後は寺社仏閣や御所でほそぼそと演奏され、明治維新を期に宮内庁楽所(がくそ)が作られ、現在に至る ― というのが、普通の説明だ。
 室町、戦国から江戸期にかけて、武士は能をたしなみ、江戸時代の庶民の間では歌舞伎や文楽に代表されるような大衆芸術が発達したわけで、古色蒼然とした雅楽が表舞台に立つことはほとんど無かっただろう。
 かといって、私がこれまで想像していたほどの地味な継承では、物が音楽だけに、滅んでしまう恐れがある。寺社仏閣,御所のほかに、時の為政者 ― 武士の間でも、演奏されていたほうが、雅楽が現代まで命脈を保つには合理的な説明になるだろう。なるほど。
 今回、テーマになった徳川治宝(1771-1852)は、若い頃から琵琶や笙を学び、舞や箏もたしなんだとのこと。そして、楽曲の紙面での保存に尽力したため、当時の雅楽演奏のヒントがたくさん残されているのだ。

 まず、芝祐靖先生の琵琶独奏で、「春鶯囀 遊声(しゅんのうでん ゆうせい)」。演奏会の始まりに相応しい、重厚で印象深い演奏。さらに静かに笛の唱歌を口ずさむことによって生まれる空気感が素晴らしかった。大名楽人が、ひとり静かに稽古をする様子が目に浮かぶようだ。
 次に、同じく「春鶯囀 颯踏(さっとう)」を、調弦の異なるふたつの箏と共に演奏する趣向。違う調弦の同じ楽器を同時に鳴らすという、やや現代音楽じみた演出だが、そこは雅楽なので、普通に調和しているように感じられた。
 さらに少し変わった拍子の催馬楽,「安名尊(あなとう)」。

 後半は、まず「越天楽」。雅楽において一番良く知られている曲であり、雅楽を習った人間なら、まず暗譜している有名曲を、紀州徳川家の雅楽譜をもとに、演奏してみるという趣向から始まる。
 これが面白い。明治時代に統一規格として定められた「明治撰定譜」以前、それぞれの場所、それぞれの集団の間で伝承されていた雅楽。当然、いくらかの違い ― 多様性があったはず。この紀州徳川家伝来の「越天楽」にもその多様性が見られる。今回の演奏は、その耳慣れた「越天楽」との違いを味わおうという趣向だ。
 私は龍笛吹きなので、はっきり分かったのは、龍笛の節の違い。「三行目」と呼ばれる箇所でお馴染みの「越天楽」とは大きく異なる節が流れると、のけぞってしまうほど、ドキっとする。
 私の耳ではその程度しか分からなかったが、笙では一行につき、数カ所異なるそうだ。
 ちょっと気になったのは、「越天楽」の尺 ― 長さである。「越天楽」の場合、譜面が三行に分かれており、行数を数字にすると、1-1-2-2-3-3-1-1-2-2 という演奏順になる。これがけっこう長く、学生時代はかなりヘトヘトになっていたものだ。
 しかし今回の演奏は、1-1-2-2-3-3-1-2 と、二行分短かった。果たして、これは紀州徳川家伝来の「越天楽」がそういう演奏指定なのか、単に時間の関係で省略したのか…?
 気になったので伶楽舎のメンバーに確認してみたところ、単に時間の関係で省略しただけだとのこと。
 「違いに注目してください」という解説で演奏している以上、この長さの違いは「違い」の内ではないということを説明しておくべきだろう。
 伶楽舎はいつも興味深いテーマに、素晴らしい演奏を聴かせてくれるが、ややプレゼン下手なのが玉に瑕。昔よりだいぶ上手になったと思うが、もう少し改善の余地がありそうだ。

 最後に、華やかな舞楽を二曲。
 「陵王」は、箏と琵琶、さらに和琴(わごん)が加わるという、かなり珍しい編成だった。舞楽は通常、弦楽器を伴わない。
 弦の加わった舞楽は、きらびやかで華やかで、とても素晴らしかった。残念ながら和琴は音が小さ過ぎてほとんど聞こえなかった。視覚の助けを借りて、かろうじて分かると言う程度。一応、控えめにスピーカーも仕込んでいたのだが、それでも埋没してしまった。
 徳川春宝は自ら和琴を演奏し、その音色の素晴らしさを大絶賛している文書が残っているそうだが、これはお殿様のためのお世辞ではないだろうか。

 徳川春宝は、みずから舞も舞ったとのこと。そのような訳で、四人で舞う「甘州」が最後を飾った。やはり美しい装束で四人揃って舞うと、迫力がある。
 今回は以前、舞をやっていた友人(学生時代、私たちが「陵王一具」をやったときの舞人でもある)と一緒だったので、「あの四人で一番上手いのはどれ?!」など、そんな話題も楽しかった。どれも同じように見える舞だが、動きのなめらかさや、顔の持っていきかたなど、よく見ると違いがあって、面白い。

 今回の演奏会は演奏楽曲の全てが古典だった。
 言いたくはないが…やはり古典は良い。雅楽は古典が良い。現代音楽など、チャレンジングな楽曲もあるが、大抵は「やっぱり古典が良いよね」という結論になってしまう。コンサートでは現代曲を後半にもってくるので、終演後に僅かながっかり感が残る。その点、今回は最初から最後まで雅楽の素晴らしさを満喫できるプログラムだった。
 しかし一方で、新しいものに挑むことも大切。難しいところだ。