春鶯囀 (舞楽・管絃)2018/01/06 22:12

 伶学者の雅楽コンサート(No.33)「伶倫楽遊 鶯の囀りというしらべ~春鶯囀を観る、聴く」に行った。

 「春鶯囀」― しゅんのうでん ― と読む。春のウグイスのさえずりという曲なのだから、とても明るく、雅やかで素敵な曲だ。今回は、舞楽と管絃、両方で堪能した。



 伶楽舎のコンサートに行くと毎回思うのだが、やはり古典は良い。復曲も良い。いわゆる「現代雅楽曲」というのは勘弁してほしい。
 今回は前半も後半も完全なる古典で、本当に素晴らしかった。

 普通、管絃と舞楽があると舞楽を後に演奏するのだが、今回は舞楽が先で、管絃が後だった。どうしてかと不思議だったのだが、どうやら演奏する上での体力の問題だったのではないかと思っている。
 春鶯囀の管絃を全曲 ― 「一具」で演奏すると、雅楽で四曲のみ定められている「大曲」で、すっかり疲れてしまうのだろう。実際、後半は途中で気合いを入れ直している楽人の表情などもあって、それが覗えた。
 大曲は四曲のみということは解説にも述べられていたが、あと三曲が何であるのかには一度も触れなかった。伶楽舎は素晴らしい演奏団体なのだが、こういう解説のところで、いま一歩惜しい。ちなみに、あとの三曲は、「皇麞」「万秋楽」「蘇合香」 ― 確かに大曲だ。私はこれらを一具で聴いたことがないと思う。「蘇合香」はいちど伶楽舎が一具で演奏したのだが、この時は都合が悪くて聞きに行けなかったのだ。今回、「春鶯囀」を一具で聞くことが出来たのは幸運だった。
 舞楽も華やかでまさに雅楽の醍醐味。舞人の技量に関しては、もう少し伸びしろがあると思うのだが、それでもとても素晴らしかった。

 伶楽舎の音楽監督であり、私の音大時代、雅楽の先生だった芝祐靖先生は、去年文化勲章を受章された。今回はその記念の展示などもあった。
 また、芝先生の業績をまとめた本「伶倫楽遊 芝祐靖と雅楽の現代」が発売されている。芝家の来歴や、先生の経歴がまとめられているほかは、いくらかのエピソード。あとは業績を列記した資料的な本で、巻末に添えられた、先生自身のコラムの方が面白い。
 筆者が芸大出身のため、芸大でのたのしげな雅楽の授業の様子が描かれていたが、わが母校も同じような雰囲気だったと思う。それにしても、どうしても間が取れなくて、「6秒くらい」と言われた太鼓の人が、秒針を観たという話には驚いた。さすがに自分が雅楽をやっていた時には、そういう話はなかった。もっとも、私が学生のころは、いまや伶楽舎の「太鼓の達人」が一緒だったという事情もあるのだが。
 ちなみに、このブログの2017年10月14日 There Are Places I Remenber の冒頭に登場した音大の和室での話は、芝先生の雅楽の授業中の事である。

 伶楽舎と芝先生の活躍、今後も期待している。

草子洗2018/01/02 16:21

 新春恒例、NHK での伝統芸能放映。楽しみにしていたのだが、けしからぬ事に雅楽の放映がない。

 能狂言はさすがにあった。お正月なので、一番目物(脇能)を放映することが多いのだが、今回は三番目物(鬘物)。宝生流の「草子洗(そうしあらい)」。
 …「草子洗」?!観世流で言う「草子洗小町」?!能楽二百番の中でも、きっての「なんじゃそりゃ」なストーリーをほこる作品ではないか。季節感はあまり無いほうだが、夏の曲ということになっている。水が関連するからだろうか。

 宮中での歌合わせを明日に控えた、大伴黒主(ワキ)は、相手が歌の名手である小野小町とあって、勝ち目はないと考えた。そこで夜、小町の屋敷に忍び込み、小町が明日詠む歌を吟じるのを聴き取り、手持ちの万葉集に書き込む。
 さて、翌日、王(子方)の前に黒主、小町、そして紀貫之ほかの官人が集まり、歌合わせが始まる。小町がまず歌を披露する。

 蒔かなくに 何を種とて浮草の 波のうねうね 生い茂るらん

 王がこれを褒めると、黒主はこの歌は万葉集にある古歌であり、盗作だと言い出す。

 既にもの凄い展開。まず大伴黒主と、小野小町が同時期に出仕していたかどうか、怪しい。しかも小町の歌を盗み聞きして万葉集に書き込み、盗作だと言い出す黒主が、あり得ないくらい悪い奴。この能の作者、一体、黒主になんの恨みがあるというのか。
 「ちょっと待て」な話としては、紀貫之が同席していることである。小町や黒主はせいぜい9世紀半ばまでの人だと考えられており、貫之は9世紀末から10世紀中盤の人物。そもそも、小町や黒主を含むいわゆる「六歌仙」を「古今和歌集」で前の時代の歌人として評価したのは、貫之である。時代を無視して、適当に有名歌人を並べるあたりが、「なんじゃそりゃ」と言われる所以の第一だろう。

 そもそも、この小町の歌はこれで良いのか。私は詩歌には全く興味も才能もないが、下の句の「波のうねうね」はさすがにどうかと思う。

 さて、黒主に古歌と指摘された小町、猛然と抗議する。けっこうああだ、こうだと言い合う。ともあれ、どういう了見で古歌などと言うのか。すると黒主は懐に持った万葉集にあると言う。小町、針のむしろで窮地に立たされる。「(歌道の)大祖,柿本人麻呂にも見捨てられた」とか、けっこうごちゃごちゃ言う。
 さて小町、草子をよく見ると、どうもこの歌の墨の様子がおかしい。これは最近書き加えられたに違いないと見破った小町、王の許可を得て、この草子を水であらってみる。
 すると、黒主が書き込んだ箇所が流れ落ち、一字も残らない。出雲、住吉、人麻呂、(山部)赤人、小町を助けてくれてありがとう。

 「草子洗」という能のタイトルはこのシーンから来ているのだが、そんな都合の良い事があるだろうか。
 しかも、事が露見した黒主、「自害します!」と言い出す。
 それを小町が押しとどめ、「同じ和歌の道の友なのだから、まぁいいじゃないか」と言う。王「どうだ黒主。」黒主「ありがたいことでございます。」
 待て待て、色々あるけど、ちょっと待て!それで済むのか?しかも、「小町黒主遺恨なく小町に舞を奏せよと」という事になり、小町が風折烏帽子を被り、中の舞いを待ってめでたく終わるという強引な展開。
 歌の名手同士の歌合わせが、どうして小町の舞いでしまるのか。ちゃんと歌でしめるべきではないのか?…最後まで色々謎の能であった。

 作者は不明。能の場合、作者が不明だと大抵、世阿弥作ということにするが、この作品は誰の作品が不明のまました方が無難だろう。あまりにも「なんだそりゃ」過ぎる。
 今回のNHKでの放映は、前場をごっそりカットして、後場だけを放映した。黒主と、その下人(アイ狂言)のシーンがないのは、物足りない。荒唐無稽なストーリーの割に、ストーリー展開や、登場人物が多いところが見所である、この作品としては、ぜひとも前場も放映してほしかった。
 今回の宝生流ではシテツレが官人として二人いたが、観世流だとさらにシテツレの官女が二人登場する。どうせお正月の華やかな趣向というのであれば、こちらで見たかった。

 能の話というのは、だいたい荒唐無稽で、辻褄のあわないことが多い。「草子洗」はそのうちでも最たる物。あまりにも大伴黒主が気の毒なので、彼の名誉を挽回する作品が作られても良いだろう。なんだったら、五番目物(切能)で鬼をやっつけても良い。

新しい雅楽 次の世代へ(子どものための委嘱作品集)2017/05/26 22:35

 昨日、伶楽舎の雅楽演奏会へ行った。去年の秋は都合が悪く行けなかったので、久しぶりだ。

 今回のテーマは、「新しい雅楽 次の世代へ (子どものための委嘱作品集)」



 テーマは実に単純なことで、退屈な(私にとっては退屈ではないが)雅楽を、いかに子どもに聴かせるか、その工夫をこらした演奏会だった。

 私がとっくの昔に、「子ども」ではなくなっているだけに、評価が難しい。
 難解そうで、馴染みのない古典音楽を、どうにか説明や、ストーリー性、奇抜さで子どもにアピールしようとする努力は分かる。
 その一方で、「子どものための音楽」とは、何だろうと考えさせられた。

 私は物心ついたころから、「子どもっぽくしたもの」が好きではなかった。押しつけがましくて、馬鹿にされたような気持ちがしたのだ。運動会で、小学1年生は「お遊戯」のような出し物をやらされるのが、嫌でたまらなかった。上級生のように、スポーツで真剣勝負をする方が、よほど格好良い。
 「ホンモノ」が存在することを知りながら、それを「子ども向き」にアレンジされることが、不名誉だと本気で思っていたのだ。
 話が逸れるが、小学生の甥は戦国時代 ― 特に織田信長に夢中だ。私と会うたびに、
「信長クイズか、戦国クイズ出して」という。
 私は手加減せず、
「松永久秀が信長から差し出すように言われて、自分もろとも爆破した茶釜の銘は?」(俗説)などと言う。
 甥は呆然とし、周りの大人は私を非難するのだが、私はこれで良いと思っている。甥は私と同じ歴史好きなのだ。それを尊重し、彼の情熱を自分と対等のものとして、認めるべきである。甥は毎回めげずに、私にチャレンジしてくる。そして私は、戦国時代と、信長について知識のブラッシュアップを怠らない。

 要するに、子どもは小さな大人であって、彼らにも芸術があり、プライドがある。
「この芸術の真の素晴らしさは、『子ども向けのアレンジ』には存在していない」ということを、理解してしまっている子どもも、少なからずいるのではないだろうか。
 演奏や楽曲の善し悪しとは別に、そんなことを考えさせられた。

 ついでのようで申し訳ないが、雅楽を物語の伴奏として用いた、「踊れ!つくも神 童子丸てんてこ舞いの巻」は面白かった。
 面白かったと同時に、「笑ってはいけない雅楽演奏会」状態だった。ハイテンションな語り役は、どこかの劇団員ではなく、伶楽舎の一人であり、個人的によく知っている。笑いを必死にこらえるために、私は琵琶の黒い撥面(ギターで言うピックガード)を見つめていた。

日本の伝統芸能展2017/01/24 21:48

 国立劇場開場50周年記念,日本の伝統芸能展を見に行った。日本橋の三井記念美術館にて。
 実のところ、演劇や音楽はそのものを観賞するか、参加するかで、展覧会で見るものではなないと思っている。そう言いつつ、見に行くのを先送りにしていたのだが、見ないというのも癪なので、ぎりぎりになって見に行った。



 私が好きな邦楽は、雅楽と能楽。雅楽の演奏会にはよく行くし、ニセの新作能をでっちあげたこともある。

2015年4月1日 新作能「エルヴィス」

 そのような訳で、期待していたのは雅楽と能楽の展示。
 まずは、雅楽の舞楽面が数点。琵琶,篳篥,笙などの道具が数点。以上。
 能楽は大鼓,小鼓の胴、能管、能面数点。以上。

 物足りない。
 雅楽なら、もっと豪華絢爛な装束とか、火焔太鼓とか。もっとあるだろうに。
 能面については、旧金剛宗家から受け継いだ能面が54面、しかも重要文化財に指定されているのだがら、全部ずらりと並べれば良いのに。孫次郎の小面「オモカゲ」一つさえあれば良いとでも思ったのだろうか。
 金剛流は戦前に坂戸金剛宗家が断絶し、受け継いできた面をまとめて三井に譲渡したのだが、これは純然たる譲渡だったのか、売却だったのか、ちょっと気になっている。もっと気になるのは、せっかくの能面が美術館に収まっているということだ。面は舞台で用いられるからこそ生きる。ぜひ積極的に使って欲しい。

 屏風の展示室には、「舞楽図」が数点あった。「舞楽図」とくれば期待するのは、俵屋宗達なのだが、もちろんそんなビッグネームは無い。私が見た時は狩野探信でもなく、輪王寺蔵の作品だった。
 描かれている舞楽の数が多くて面白いのだが、どうせなら俵屋宗達が見たい。

 屏風以降の展示は浮世絵などになってしまう。私は近世邦楽に興味が無い。

 結局、やはり音楽,芸能はその演じるものを聴く、見るものであって、展覧会で見るものではないということを、確認するに至った。

八仙 / Start Me Up / Painkiller2017/01/02 11:54

 いつものとおり、ダラダラしているだけの正月である。
 去年末の第九のテレビ放映は、合唱が母校ではなかったのが祟って、まだ見ていない。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは、ちらっと見たが、楽友協会の黄金の大ホールを見ただけで、満足している。曲目が面白くないのが、ニューイヤー・コンサート。いつものことだ。

 元日の朝、テレビで雅楽(舞楽)が放映された。去年は詩吟だったので、がっかりしたのだが、今年はしっかり宮内庁楽部の演奏が放映された。
 曲目は、「八仙」という、ちょっと馴染みのなかったもの。四人の舞人が、鮮やかな冠をかぶり、鶴を模した面をかける。鶴と言うよりは、カラス天狗なのだが。要するに、酉年なので鳥を題材にした舞楽にしたらしい。装束は、鯉の柄に、網を掛けたような、これまた独特な物。
 曲としては、たいして面白くもない。笙が入らないので、音の厚みとしてもやや寂しい。迦陵頻のほうが華やかで可愛くて良かったのではないだろうか。童子舞なので、ハードルが高いのだろうか。

 新年にあたってHPを更新したのは、ザ・ローリング・ストーンズ。"Start Me Up" の動画があがっただけだが、すかっとする。2013年のハイドパーク。夕暮れ前の光溢れるステージに、輝くストーンズ。なんだかありがたい。



 最後に、ちょっとした話題。
 ベンモント・テンチが年末にアップしたインスタグラムのコメントによると、3,4年前に膝を痛めて、今も手術あとが痛いとのこと。スマートで健康そうなベンモントにそんなことがあったとは、知らなかった。
 「今回の痛み止めはイブプロフェン。オーピエイツほどは効かない」と言っている。
 Opiates はあへん系の鎮痛剤なので、市販薬にもなっているイブプロフェンよりは、もちろん強い。
 今年は大規模なツアーがある。痛みは辛いだろうから、大事にしつつ、乗り切って欲しい。

承和の御時 ~雅楽日本化の始まり~2016/05/13 22:28

 5月12日、四谷区民ホールで、伶楽舎の雅楽コンサートがあった。去年末の演奏会は、仕事で行けなかったので、久しぶりの伶楽舎。

 テーマは、題して「承和の御時 ~雅楽日本化の始まり~」



 仁明天皇の時代、承和年間(834-848)に焦点を当てた企画だ。
 なんでも、中国,朝鮮半島,ベトナムなどから伝わった雅楽の原型が、やがて日本独自の音楽として変容していく、その重要な時期が、この承和年間なのだという。

 私も学生時代に習った「賀殿(かてん)」は、遣唐使の一人が彼の地で琵琶をならい、それを日本に伝えた物だという。これは慣れ親しんだ、現行の形式で演奏。

 ここから、遠藤徹氏による復曲作品が続く。
 箏の独奏である、壱越調(いちこつちょう)の「攬合」(何と読むのか実は良く分からず、後世の当て字にならって「かきあわせ」と言う)と、「小調子明珠」は、箏の音を満喫できる。とは言え、近世の琴に比べて音の小さな箏のこと、会場の後ろまで音が届いたかは疑問。こういうときは、マイクとスピーカーを用いても良いのではないだろうか。

 今回一番面白かったのは、これも復曲である、双調(そうじょう)の「柳花苑」。
 これも遣唐使によって伝えられ、承和の時代は現行よりも全体に音域の高い、双調で演奏されたと考えられているのだ。
 本来は女性の楽師が舞と共に演奏していたとのことで、伶楽舎も女性陣だけでの演奏となった。もっとも、伶楽舎の女性達はいわゆる「男装」をしており、奈良,平安時代の女楽とは外見が大きく異なるのだが。
 調子が高いため、小さな琵琶や、一部の管を入れ替えた特殊な笙を用いるなどして、編成からして面白い。普段の雅楽ではあまり見ることの無い、方響 ― ほうきょう。板をぶら下げた鉄琴のようなもの ― の音色も、華やかだ。
 本来、重厚で押しの強い響きの多い雅楽とは趣がことなり、明るく、軽やかな良い演奏だった。

 対照的に良くなかったのが、同じく復曲の「皇帝三台」。
 源博雅による『博雅笛譜』に収録されているものを元にして、楽器編成も承和年間に近づけている。大きな笙である竿(う)、パンフルートのような排簫(はいしょう)、竪琴のような箜篌(くご)などが加わる。
 最初に、排簫、横笛(龍笛より細くて音が高く、軽い)と方響、箜篌の合奏で始まるのだが、ずっとバラバラな印象で、座りが悪い。特に排簫がひどく浮いていて、曲としてまとまっていないという印象。篳篥が入ってきて、やっと音楽としてひっぱてもらえるようになったのだが、結局最後までこの曲良くないな、という印象のままだった。
 復曲者によると、本来入っていたはずの尺八(近世のそれではなく、古代尺八)に関して、どうすれば良いのか分からずに省略したとのこと。その辺りから既に苦しい展開で、無理のある復曲だったのではないだろうか。

 「海青楽」は承和年間の即興演奏を記録した物。これはそれほど印象的ではなかった。

 最後は、現行形式での舞楽「承和楽」。「承和の御時」というくらいなので、その年号の名の付いた舞楽で締めることになった。
 四人の舞いなのだが、舞楽としてはやや動きの少ない、大人しい舞。それだけに、細かい所が目に付き、舞人として上手いと思わせる人は、溜めが上手く、視線の決め方が他とは違うということを認識させた。

 今回は、復曲とはいえ、全てが古典の曲目だった。雅楽による現代新曲に対する評価が辛い私としては、全般を通して楽しめる、良い演奏会だった。

伶倫楽遊 これまでの委嘱曲より2015/05/15 21:52

 B.B.キングが亡くなった。89歳、偉大なるミュージシャンの大往生ではないだろうか。
 彼に関しては、また改めて。

 伶楽舎の雅楽コンサートに行った。今回が自主公演の30回目、伶楽舎創立30周年記念ということでもある。最初の自主公演以来、現代雅楽曲の作曲を委嘱しており、その中から選り抜きの曲を演奏するのが、今回の趣旨だ。



 つまるところ、私の大好きな古典曲はないということ。
 まずは2013年初演の曲から、抜粋だったのだが…初演の時と同じように、私の評価は低い。演奏する方は楽しいらしい。組曲のうち2曲を抜粋して演奏したのだが、2曲目が特に駄目だった。
 作曲者が舞台上でコメントもしたのだが、「聞き所は」と訊かれて、「装束」という、アサッテの方向のこたえ。笑えば良かったのだろうか。どうやら、非日常、異世界を味わえということらしいのだが、これはいただけない。

 次は、芝祐靖先生の、「巾雫輪説」。こちらはさすがに安心して聴ける。
 「巾」という箏の最高音から始まり、だんだんと楽器が加わってゆき、大きな合奏になる。だんだんと楽器が抜けていって終わる雅楽独特の奏法「残楽」の逆バージョンを、意図的に試みた曲だ。
 雅楽の箏はまことに儚く、密やかな音色しかしないのだが、それがきっかけを作り、分厚い合奏を、繭から絹を引き出すように導く。芝先生によると、木の葉からしたたる朝露の雫の一滴からはじまり、やがて流れが集まり、大河になる様子をイメージしたとのこと。ななるほど、まさにそのイメージどおり。
 終盤、堂々たる合奏のある一瞬に、フッと静寂が訪れ、可憐に箏が囁き、また壮大な合奏に戻る所などは、背筋に緊張が走るような素晴らしさだった。

 後半も、まずは芝先生の「瀬見のたわむれ」。鴨長明が催したという「秘曲づくし」の再現に挑んだ意欲作だ。独奏者の集まりで、各楽器の特色が堪能できる。特に龍笛と打楽器のアンサンブルが溌剌としていて良い。
 雅楽の現代曲の多くは古典から離れよう、離れようとする余り、ボンヤリとした作品が多い。それに対して、芝先生の作品の多くは、とてもイメージがはっきりとしており、なおかつそこからの想像がたくましく、確固たる楽曲に仕上げる確かさがある。私にはそれが心地よい。

 残念ながら、最後の1曲も、私にとってはボンヤリとした現代曲だった。雅楽の楽器は鳴っているのだが…「雅楽」に把われない曲を作ろうと努めたと作曲者自身が言っているだけあって、当然私の価値判断からは乖離してしまう。
 演奏中、突然気付いてしまったのが、琵琶という楽器 ― 正確には、雅楽に用いる楽琵琶 ― の難しさだ。一生懸命に撥を上下させて音を出すのだが、そもそも、そういう奏法に向く楽器ではない。大きな場所で壮大さを意図して鳴らすには、無理がありすぎる。

 今回も、いわゆる「現代曲」な雅楽が苦手なことを確認してしまった。
 伶楽舎の活動方針として、現代雅楽曲を演奏し、名曲を再演し、また再演し、いつか古典になることを目指すという。その志はとても気持ちが良い。私の苦手意識はともかくとして、これからも応援していきたい。

新作能「エルヴィス」2015/04/01 00:00

 新作能「エルヴィス」が、来月、東京の国立能楽堂で披露される。

 まず、後見が舞台正面前方に、ギターを一つ、横たえる。
 そして、ワキと二人のワキツレが登場。
 「これは旅のロックバンドにてトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズにて候。トム・ペティとは我がことなり。我等いまだメンフィスのグレイス・ランドを見ず候ほどに、この度、ツアーの合間に立ち寄りて候。」

 ワキ,ワキツレの道行(みちゆき)を謡った後、一行はグレイス・ランドに到着する。
 「急ぎ候ほどに、はやグレイス・ランドに着きて候。心静かに見物申そうずるに候。」

 一行はグレイス・ランドの展示品を見て、プレスリーの偉業に思いを馳せる。やがて一行はギターの前にやってくる。
 「これなるギターを見候らえへば 昔を今に思い候。いかさま名の高きプレスリーの ギターに相違無く思し召せば。げに有り難き物に候。」
 一同、ギターに見入る。

 そこへ、老人(前シテ)が橋がかりに登場する。
「のうのうあれなる御若者。そのギターのいわれを人にお尋ね候らへば、何と教え参らせて候ぞ。」
 前シテの老人は尉面に、尉髪(白髪のかつら)。小道具に箒を持っている。

 ワキがシテに何者かと尋ねると、
「これはグレイス・ランドに住まいする清掃係にて候。幼き頃よりプレスリーを愛で候ほどに、この所にて、辺りを掃き清め申すものなり。」
 シテの上歌(あげうた)。
 「所はメンフィスの 所はメンフィスの ピンクのキャデラックも年ふりて 昔のエルヴィス面白や 妙なる歌声響かせし 四海を隔てし異国にも 若き男女の夢うつつ 不思議やなその声の 耳をすませば げにも有り難き 音楽なり」

 ワキがギターの来歴を尋ねると、老人は事細かに説明する。あまりの詳しさに、ワキは不審に思う。
「げにや詳しきほどを見るからに。常人(ただびと)ならぬよそおいの。その名を名乗り給へや。」
 すると老人が答える。
「今は何をかつつむべき。これはメンフィス グレイスランドのエルヴィスの霊と現じたり。」

「不思議やさては名所(などころ)の ギターの奇特(きどく)を顕して いかに時代は過ぐるとも ロックの尊き(たっとき)事なれば 何時までもロックの代に。ここにて夜まで待ちもうさんと 告げて通用口へ出でにけり」
 老人はワキ,ワキツレを残して鏡の間に入る(中入り)

 ワキとワキツレがグレイスランド内にとどまっていると、警備員(アイ狂言)に見とがめられる。ワキは、不思議な老人が、自分はエルヴィスの霊だから、夜までここで待つように言ったと、説明する。
 すると警備員はグレイスランドでのエルヴィスの生活を語る。そして夜も更けた頃、ワキ,ワキツレを残して退場する。

 ワキ,ワキツレの待謡(まちうたい)
「メンフィスや この芝草に腰掛けて 月もろともに弁当の 飲み食いするほどに夜も更けて やがてギターの音近々と はやエルヴィス・プレスリーのいでにけり」

 後シテ,エルヴィスの霊登場。リーゼントに皮ジャン,革パン。面は中将。
「我見ても久しくなりぬステージの 歓声拍手の鳴り止まぬ いざロックンロールいたそうよ」
 エルヴィスの霊は最盛期のヒット曲メドレーを舞とともに披露する。舞は「腰振」というこの能だけの特別な舞で、「開き」という動作をする際に腰を振るのが特徴。

 キリ「さて感激の監獄ロック 響くギターには退屈を払い おさむる手にはファンを抱き ハートブレイク・ホテルはラジオを撫で ハウンド・ドッグは命を延ぶ メンフィスの歓声拍手を楽しむ 歓声拍手を楽しむ」

 二場,約60分。太鼓入り。「ジャンプスーツ」の小書き(特別演出)あり。

陪臚 / 竹生島2015/01/01 20:09

 テレビで雅楽の演奏が見られる機会はほぼ皆無だが、例外が1月1日の早朝。Eテレで、雅楽の舞楽を放映するのが通例なのだ。
 今年は、録画してみた。演目は舞楽「陪臚」。演奏は宮内庁楽部。
 「陪臚」は平調(雅楽にもナニ調というキーがある。そもそも、西洋音楽のキーを『調』という言葉で表現したのは、雅楽に由来している)の曲で、雅楽を習い始めるとごく初期に練習することが多い。
 私も学生時代吹いた。舞を伴わない『管絃』として演奏するときは、2+4という拍子で、非常にノリが良く、吹きやすかったし、曲そのものが名曲で好きだった。

 舞楽は、舞人が4人。「おいかけ」と呼ばれる飾りのある冠に、赤や金の華やかな装束。そして特徴的なのは、それぞれが盾を持ち、太刀を抜いたり、鉾を振ったりと、武具を用いた派手な動作だ。
 華やかで賑やかで、派手なこの舞、お正月にはぴったりかも知れない。
 楽部の立派な火焔太鼓が見えるのだが、さて奏者の姿がまったく見えない。何せ、火焔太鼓は全長で4メートルほどもある。人間よりずっと大きいので、正面からは打っている人の姿が見えないのだ。
 そこはテレビなので心配無用、ちゃんと横から録って、どえらい力で思い切り太鼓をぶっ叩く楽師さんの勇士も見られた。あの火焔太鼓の迫力は、その場に居ないと実感できない。そこがテレビの残念なところ。
 雅楽を見るといつもおもうのだが、楽師さんが眼鏡をかけているのはどうなのだろう。装束や烏帽子,冠に合わないと思うのだが。プロの能舞台では、眼鏡の楽師さんを見たことがない。いまや、コンタクトレンズもいろいろ選択肢があるのだから、眼鏡はやめたら良いのにと思う。

 さて、雅楽に続いて能も放映されたので、これもついでに録画。
 やはりお正月なので、おめでたい演目である脇能(一番目物)の「竹生島」。観世流で、シテは梅若玄祥さん。シテツレが野村四郎さん。ずいぶん豪華な取り合わせだなと思ったら、「竹生島」という曲がやや変わったものだった。
 竹生島,および弁財天を訪れようとした旅人(ワキ)が、琵琶湖で釣り船に便乗させてもらうのだが、その釣り船に乗っていたのが、シテの老人とシテツレの若い女性。
 竹生島に着くと、旅人が「そういえば、女人禁制のはずだけど、どうして女の人がいるの?」と尋ねる。すると老人が「そういうことは、物を知らない人が言うものだ」と、なかなか言い方がキツい。
 そもそも、弁財天が女性なのだから、女性でも分け隔てなくお参りできるのだ、といってシテとシテツレが旅人をジトっと見るのが可笑しかった。

 さて、実はこの女性が弁財天その人であり、老人は龍神なのだということで、後半にその正体を現す。だから華やかな後シテ,シテツレのために豪華な二人の取り合わせなのだ。
 普通は若い女性を演じたシテツレがそのまま女性の弁財天を、老人を演じたシテがそのまま男性の龍神を演じる。しかし、今回は「女体」というスゴい小書き(特別演出)がされていて、後半になると男女が入れ替わり、老人だったシテが弁財天を、女性だったシテツレが龍神となって現れるのだ。
 この男女入れ替わりの演出、たぶん後場はシテであるはずの龍神の出番が短いため、天女舞を長々と披露する弁財天をかわりにシテにするという意図なのだろう。その意義は分かるのだが…うーん。
 なんだか変。老人が作り物(セットみたいなもの)の小宮に入り、再登場したら美しい天女になって出てくる。そして女性が鏡の間(舞台袖)に引っ込み、出てきたら龍神になっている…違和感がある。あまり好きな演出ではないな。

 ともあれ、おめでたい天女と龍神の舞で舞台は終わる。面白い能だった。
 ひとつ残念なのは、アイ狂言が省略されていたこと。時間の都合もあるのだろうが、ここは省かないでほしかった。

雅楽の諸相2014/12/16 23:03

 伶楽舎の雅楽コンサートに行った。
 今回は、「雅楽の諸相」。いろいろなタイプの雅楽の楽曲を紹介するという趣向。



 最初の「五行長秋楽」が一番良かった。
 博雅三位(はくがのさんみ)こと、源博雅が作った曲としては「長慶子」しか現代に伝わっていないが、彼ほどの人ならもっと沢山の曲を作っただろうと推測した芝祐靖先生が、「博雅三位、陰陽寮より作曲を依頼されること」という説話を創作し、この物語の中で博雅が作った曲というのが、この「五行長秋楽」。
 創作説話は、天災、疫病、得体の知れない魑魅魍魎にあふれた洛中を鎮めるために、陰陽寮(加茂保憲,加茂光栄,安倍晴明ら)が、音楽の力で乱れを糺そうと、博雅三位に作曲を依頼するというもの。陰陽寮の面々より博雅はずっと位が高いので、直接は依頼できず、仲介者がいるなど、設定が細かい。博雅は期待に違わぬ曲を作ったが、紆余曲折の末、譜面が焼失し、廃絶曲となったというストーリー。

 面白いのは、芝先生が博雅になりかわり、五行(木火土金水)を基本に、「理屈で」作曲をしたところ。そのため、「この曲は作曲することに意義があり、演奏するためのものではない」と、2002年に作曲されて以来演奏されることがなく、今回が初演となったのだ。
 たしかに、プログラムに載せられた「五声事象対象図」や、「律盤」、「音律五行相生相剋図」などを元に作曲する以上、感性ではなく理屈で作曲されたことになる。
 最初の序や、破などではその理屈っぽさが確かに前に出ているが、颯踏や急声になると躍動感が出て、とても面白い曲になった。

 二曲目以降は純粋に現代曲。
 吉川和夫作曲の「木々の記憶」は、現代雅楽曲の評価が辛い私にしては珍しく、良い曲だと思った。ごく自然に雅楽楽器が用いられており、無理がない。大篳篥や排簫(はいしょう)の使い方がとても特徴的だが、それに偏ることなく、とてもバランスのとれた、美しい、聴きやすい曲だった。
 残念なのは、最後。いよいよ曲が終わろうとした瞬間、客席後方から音がする。私は一瞬、演出のため、後ろから鈴を鳴らしているのかと思ったが、これがなんと携帯電話の呼び出し音。ああ、やってしまった人がいる。
 演奏会に来たら、開演前に電源を切る。最低限のマナーだ。

 三曲目は、曲名と作曲者を挙げないでおく。
 最初から最後まで、「決して笑ってはいけない雅楽演奏会」状態。必死に笑いをこらえなければならず、要するにまったく良くなかった。何も伶楽舎が演奏しなくても良いではないか、せっかくの演奏会に取り入れることはないだろうとまで思わせる、ある意味凄い曲だった。

 四曲目は、雅楽童話「ききみみずきん」。かぶると動物の鳴き声が人の話し声のように聞こえるという不思議なずきんをめぐる物語に、雅楽の演奏をからめたもの。
 ここ数年、伶楽舎は子供のための「雅楽童話」に力を入れており、なかなか好評らしい。私はこれまで聴く機会がなかったので、今回は新鮮だった。
 楽しい演目なので好きだが、ただ今回の演奏会は決して子供向きでもないし、プログラムの構成上も子供が待てるものでもなかったので、その点は残念。

 今回は「諸相」とのことで、色々なタイプの雅楽を楽しめた。
 その一方で、テーマからあぶれたものの寄せ集めとも言えなくない。来年は伶楽舎30周年で、コンサートにもそれなりの趣向があるだろうから、これからも楽しみだ。