F.F. Chopin / Ballade No. 32018/05/13 20:26

 ピアノで、「弾けない曲を弾こう!シリーズ」。
 試験でも、発表会でもない、だから仕上がりはどうでも良いという軽い気分で、「難しくて絶対無理だけど、あこがれの大曲を弾く」という企画である。
 先生も笑っておつきあい下さっている。発表会まで間があるので、ショパンの大曲に挑むことしにした。そうだ、「舟歌 Barcarole」にしよう!…と意気込んだところ、珍しく先生から断られた。なんでも、「舟歌」だけは自分もまだ先生から習っていないのだという。大先生(師匠のまた師匠という意味)には、それなりのお考えがあるらしい。
 私は舟歌の譜面やCDまで買っていたのだが、方針転換。バラードの3番にした。

 さて、ショパンのバラードと言えば、すでに1番を弾いているのだが、この時に購入した楽譜がものすごく気に入らない。そのことについては、2015年1月15日に記事にしている。
 もちろんこの楽譜に3番も載っているのだが、気に入らなすぎるので、楽譜を別にもう一冊買うことにした。

 なんでも、最近は「エキエル版」なるものが、もてはやされているそうだ。ポーランドの高名なショパン研究家のヤン・エキエルが校訂に携わった版を、ポーランドの国家事業として編纂した楽譜とのこと。国際ショパン・ピアノコンクールでも、奨励譜とされている。そんなこと言われると、コンクールの参加者はこれしか使いようがないじゃないかと、文句のひとつも言いたくなる。
 ともあれ、ではそのエキエル版なるもので、買ってみようじゃないかと思い、楽譜屋で手に取ってみると…高い!値段が!ものすごく高い!輸入版だから高いのは当たり前だが、それにしても高すぎる!
 ええい、国家事業だか、ショパンコンクールだか何だか知らんが、そんなお金、かけていられるか!
 そんな訳で、購入したのが、こちら。パデレフスキ版である。



 私が音高,音大に通っていた頃は、ショパンと言えばこのパデレフスキ版が定番だった。最近は国内版も出ていて、紙も上質だ。私が最初に買った頃(中学生?)は、輸入版しかなく、東欧の経済状況を反映して紙質が悪かった。
 そうそう、これこれ。ショパンといえばこれよね。

 私の演奏については、おいておく。とにかく手が絶望的に小さいので、バラードを弾いているのだか、ただピアノにしがみついているのだか、よく分からない。

 バラードの名演と言えば、マウリッツォ・ポリーニと、クリスティアン・ツィメルマンが双璧だろう。
 しかしここでは、往年の名演、アルトゥール・ルービンシュタインをあげておく。



 ショパンのバラードは1番が圧倒的な人気で、次が3番らしい。私もそれには同感。2番はもったいぶった感じがあまり好きではなく、4番は近寄りがたく、よそよそしい。ショパンのロマンティシズムと、鬱な ― メランコリックな叙情、それでいて明るくキャッチーで、力強くて、親しみやすい。
 弾き易さでは、― どうだろう。私にとって弾きやすい曲なんてありはしないが、1番よりは3番の方がまだ取り付く島があるような気がする。
 まともに弾けるかどうかはともかくとして、ピアノ弾きであれば、やはり弾きたいと願う大曲,名曲、バラードを楽しむことにしている。

Figure Skating2018/01/10 20:10

 野球とF1がオフシーズンのため、いまはフィギュア・スケートを観戦する時期である。
 私はフィギュア・スケートが好きだ。純粋にスポーツとしても面白いし、そこに音楽やダンスなどの芸術的な要素がからみ、完璧に合致したときの爽快感がたまらない。もっとも、そんな完璧な演技というのは、そうめったに見られるものでもない。
 友人に「師匠」とでも言うべきフィギュア識者がおり、毎年、曲の選定の時点からああだこうだと語り合っている。

 今は男子シングルの技術面の凄まじい進化と、それに芸術性が追随できるか、このせめぎ合いが面白い。
 今シーズンの選曲で一番だと思うのが、アメリカ,ネイサン・チェンのショート・プログラム。初めて聴いたときは本当にびっくりした。それほど素晴らしい曲だった。
 ベンジャミン・クレメンタインの "Nemesis"。



 私は彼を知らなかったので、イントロを最初に聞いたとき、本気でニーナ・シモンだと思った。歌がはじまってからも、しばらくそうだと思っていたほどだ。
 ショートはジャンプの回数が少なく、尺も短いため、要素のバランスがうまくとれて名作ができやすい。ネイサンの今回のSPも非常に良くて、今シーズンのSPの中では一番好きかも知れない。彼がオリンピックで金を取れるかどうかは、アクセルの出来にかなり左右されるだろう。

 今シーズンの大本命ではないが、パトリック・チャンも良い選曲をしている。彼は数年前からかなり選曲が良くて、昨シーズンのビートルズ・メドレー,その前のショパン・メドレーも素晴らしかった。4回転を何種類も跳べる人ではないが、センスの良い選曲に、振り付けとジャンプが、がっちりとはまったときの完成度は凄い。
 今シーズンのSPは、カンザスの "Dust in the Wind"。これは完全にイントロで「勝ち」の選曲だろう。



 クラシック勢の白眉は、宇野昌磨の「トゥーランドット」 "Nessun dorma"。最初の一声ですぐに「カレーラス!」と分かる。



 オリンピックに出るかどうかは分からないが、ロシア,ミハエル・コリヤダの SP モーツァルトも、ちょっと面白い ― いや、彼の場合は一発の4回転ルッツが凄い。もちろん、成功した場合だが、あまりにも凄かったので、あれだけでもいいから見たいくらいだ。せっかくなので、FPのエルヴィス・メドレーも見たい。

ピアノの異音2017/12/13 22:21

 ピアノを弾くと、ときどき異音がする。これは、「ピアノあるある」だろう。

 私が日常、弾いているピアノは、カワイの、K. KAWAIモデル。KG 5D。1980年代前半のもので、象牙鍵盤。セミ・コンサートと呼ばれ、すこし大きい。
 私のような程度の人間が弾くには、過ぎたる良いピアノだ。もちろん、新品で我が家に来たのではない。噂によると、芸大と桐朋、両方受験して落ちた人が弾いていたとか何とか。ピアノは中古市場が発達している。良い木を使っていて、メンテナンスもしていれば、昭和40年代から60年代ごろの日本製量産ピアノにも、良い物が多い。

 さて、ピアノの異音の話。
 これはどんな高級なピアノでもついて回る話らしい。「ビィーン」とか、「ビンビン」とか、そういう金属がふれ合って鳴るような異音が、ときどきする。
 ある音域の鍵盤を叩いたときだけ鳴ったり、鳴る日と鳴らない日があったりする。何年も鳴らなかったのが、突然鳴り出したりもする。
 原因は様々。ピアノの上に乗っている物が作用したり、気温、湿気にも左右される。ピアノの内部はかなり金属の細かい部品があり、微妙な隙間に倍音が響いて鳴ることもある。
 これぞ「ピアノあるある」だが、異音のことを調律師さんに相談したくても、調律師さんが来た時に限って、鳴らないものだ。

 大抵の異音は、放っておけばそのうち止むので、あまり気にしないでいた。
 しかし、ここ最近の異音は酷い。いわゆる「真ん中のド」の辺りを弾くと、大きな音でビィーンと響く。一番鳴らす音域でもあるので、我慢ならない。
 調律師さんが言うには、ピアノの上蓋のちょうつがいが鳴ることもあるので、少し開閉すると止むこともあるとのこと。音が大きいので、私は上蓋を全て閉めて、その上に譜面台を置いている。そこで、楽譜も、譜面台も全て下ろし、大汗をかいて上蓋を開けたり、閉めたりしてみた。

それでも、忌々しい「ビィーン」という異音が止まない。

どうやら、鍵盤のすぐそばで鳴っているような気がする。そう、K. KAWAI のロゴの辺りだ…



 あまりの異音に発狂しそうになった私は、鍵盤の蓋を外してみた。
 真似しないで欲しいのだが、グランド・ピアノの鍵盤の蓋は、開けた状態で垂直に引き上げると、外れるのだ。
外してみたところが、こんな感じ。



 この状態で弾いてみると、あら不思議。異音が鳴らない。
 つまり、異音はピアノ本体ではなく、鍵盤の蓋か、蓋と本体の継ぎ目で鳴っていたということになる。場所は中央付近なので、継ぎ目ということはない。
 そこで、鍵盤の蓋をひっくりかえしてみると…



 怪しい金属板発見!
 小さなネジでとりつけられている。怪しい。小さなドライバーで、このネジを締め直してみた。



 すると、異音が止んだではないか。犯人は、この鍵盤の蓋の底にとりつけられた、小さな金属板のネジの緩みだったのだ。

 一体、このプレートが何のためについているのか、皆目分からない。左右で別々の板を継いでいるとは、とても思えないのだが…。
 ともあれ、決死のピアノ分解によって、異音は止んだ。
 繰り返すが、真似しないで下さい。ピアノのメンテナンスは、専門家に任せるか、自分で調律科に入って勉強するかにしましょう。

Le Concert2017/08/19 20:42

 新幹線の移動時間の暇つぶしに、2009年のフランス映画 [Le Concert] を見た。邦題は「オーケストラ!」
 フランス映画だが、映画の前半の舞台はモスクワ、後半がパリになる。

 かつて、ボリショイ交響楽団の伝説の指揮者であったアンドレイだが、政治的な理由でその道を断たれる。しかし、ひょんな事からかつての楽団仲間と共にパリ公演を企てることになる。
 メインとなる曲目はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。この曲と、ソリストに選んだアンヌ=マリーに対して、アンドレイにはある思い入れがあった。



 気楽に見るには良い作品で、鑑賞後も爽やかな気持ちにさせる。以下はネタバレの感想。

 もちろんツッコミどころは満載。邦題は「コンチェルト!」の方が相応しいと思う。
 そもそも、オーケストラを率いる伝説の指揮者が、協奏曲にそれほど入れ込むということが、あるだろうか。どちらかと言えば協奏曲に入れ込むのはソリストの方だ。

 昔の仲間が集まって再びオーケストラを結成するまでは良いのだが、全く合同練習をしないのは、さすがに無理がある。フランス人にとってのロシア人のイメージを面白く演出しているのだろうが、クラシックの演奏家としてはプライドがなさ過ぎて、現実味もない。
 しかも、ぶっつけ本番、協奏曲の冒頭が下手でどうしようもないのに、ソリストが素晴らしく弾き始めた途端に、オーケストラも心を合わせ、急に上手くなるというのは、納得がいかない。心がけ次第で演奏が良くなるほど、音楽は甘くはい。クラシックともなればなおさらだ。
 どうせなら、まず楽団員を集める。合同練習をすると惨憺たる有様。そこにソリストが奮起を促す、団員一同練習に打ち込む ― そして本番に臨み、何か別の困難に直面するが、それを乗り越える ― という展開がほしかった。

 イマイチな展開にも関わらず、最後が感動的なのは、やはりチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のシーンが良すぎた。
 第一楽章と第三楽章を巧みに繋ぎ、12分間聴かせる。ヴァイオリニスト役の女優は、弾く演技がかなり上手い。指揮者の方はテンポと動きがややシンクロしきっていないが、盛装して背筋を伸ばし、両手をあげると、「ああ、こういう指揮者っているな」と思わせる。

 この映画を見てから、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を、イツァーク・パールマンと、アンネ=ゾフィー・ムター、そして18歳の諏訪内晶子さんなどで聴いたのだが、もしかしたら、この曲はチャイコフスキーの中でも一番くらいの名曲ではないだろうか。私はピアノ弾きだが、ピアノ協奏曲よりも良い曲かも知れない。
 何と言っても、あの第一楽章のテーマの格好良さ、美しさが抜群だ。「カルメン」の第四幕からインスパイアされたとも言われているが、もしそうだとしても、あそこまで堂々と、臆面もなく、あらん限りの力で高らかに鳴らされたら、感動しないはずがない。テーマの間に管楽器が鳴らず同音の連続など、行進曲じゃあるまいし、本気で書こうと思ったら勇気が要る。
 そして第三楽章のフィナーレの突っ走り方も格好良い。

 どの演奏をはりつけようかと迷った。
 動画と音がシンクロしていないのと、音が悪いのが難だが、やはりパールマンが良い。第一楽章を聴いて、第二楽章が退屈だったら、すっとばして 26分29秒からの第三楽章を聴いても構わない。

Un Sospiro2017/04/06 20:26

 去年、ピアノでスカルラッティを弾いた後、リストの「三つの演奏会用練習曲 第3曲」を弾いていた。
 タイトルをこう書くとピンと来ないかも知れない。「ため息」という通称で良く知られている曲だ。
 「ため息」はショパンの「別れの曲」のように、日本でだけ通じる通称なのかと思ったら、どうやら "Un Sospiro" でも広く知られているようだ。ウィキペディアによると、リスト自身がつけたわけではなく、フランスの出版社がつけたらしい。特にこの「ため息」は素晴らしいネーミングだ。

 どういう訳だか、この曲が収録されているCDを持っていない。ルービンシュタインのリスト集に入っていると思い込んでいたのだが。
 YouTubeでいくらかの演奏を聴いてみたが、いずれも「ため息」というには、やや威勢の良い、賑やかな演奏が多い。冒頭に関しては、もっと密やかで、静かな演奏が好きだ。
 ここでは、チリ出身、20世紀の伝説,クラウディオ・アラウの演奏。



 ちなみに、この動画に使われているリストの肖像画は、ハンガリー,ブダペストにあるリスト記念博物館所蔵のもの。悲鳴をあげる女性に追い回される音楽家のルーツのような人なので、この肖像画もそういう雰囲気を意識しているに違いない。

 アラウの演奏は、コーダのところが、私が弾いた版とは異なる。
 
 「ため息」には、古い古い想い出がある。
 まだ私が 4, 5 歳の頃のこと。生まれて初めて、ピアノの発表会というものに出た。椅子から両足をぶらぶらさせている初心者なので、当然発表会の冒頭に弾いたと思う。
 その発表会のトリが、この「ため息」だった。あれを弾いたのは、現役音楽大学生だったのだと思う。音大生というものは、こういうものなのだ、これがピアノだという印象を強くしたと同時に、「ため息」というタイトルが記憶に焼き付いている。
 あれから数十年、私が「ため息」を弾いている。あの音大生だった人は、いま、どこでどうしているのだろうか。知る術もないが、ただ名曲「ため息」の美しいメロディだけが、今もかわらず流れている。

Florence Foster Jenkins2016/12/18 21:29

 映画「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」[Florence Foster Jenkins] を見た。

 1944年ニューヨーク。裕福なクラシック愛好家フローレンス・フォスター・ジェンキンス(メリル・ストリープ)は、夫(内縁)兼、マネージャーのシンクレア(ヒュー・グラント)の支えを受けながら、芸術活動への援助を行っている。
 好きが高じて、若い伴奏ピアニスト,マクムーン(サイモン・ヘルバーグ)を高額で雇い、高名な教師による声楽のレッスンを受けるのだが、彼女には歌の才能が完全に欠落しており、要するに自覚の無い音痴だった。
 身内だけの小さな演奏会で歌い、批評家を買収できたうちは良かった。しかし、周囲におだてられて音痴の自覚がないフローレンスは、レコードを制作し、音楽の殿堂カーネギー・ホールで演奏会を開くと言い出す。



 この実在した伝説の音痴,フローレンス・F・ジェンキンスについて、このブログでも記事にした覚えがある。いつのことだったかと確認してみたら、2008年7月だった。このブログを始めたばかりのことだ。

2008年7月1日 伝説の歌姫 フローレンス・F・ジェンキンス

 感動とは、作れる物だと思い知る映画だった。
 私にとってフローレンスは楽しい笑いを提供する「ネタ」だったが、映画を作る人の手にかかると、彼女の一生懸命な姿に情が移り、いつの間にか応援してしまう。
 笑いと感動、華やかな画面、古きニューヨークの風景,調度品,ファッションなども存分に楽しめる。

 メリル・ストリープはさすがの演技力。見ていて安心感がある。そしてヒュー・グラント。こういう、完璧ではないけど、共感を呼ぶ英国男を演じさせると上手い。
 一番良かったのは、マクムーン役のサイモン・ヘルバーグだ。どこかで見た顔だと思ったら、"Big Bang Theory" のひとだった。マクムーンは、雇い主のあまりの音痴さと、それでも「上手い」とおだてる周囲の人々に呆然としつつも、「真実」を暴露することなく、フローレンスを支える側になってゆく。彼の感覚が映画の観客の心情にもっとも近いだろう。

 さて、自覚のない音痴である富豪夫人をおだてて、レコーディングやカーネギー・ホールまで突き進ませてしまった周囲の人々には、罪があるかどうかという問題。

 映画ではフローレンスを音痴ではあるが、音楽を愛する好人物、努力を惜しまず、誠実な人として描いており、そんな彼女を支える人々を好意的に描くのは当然だろう。理解ある友人たちに、下手な歌声を披露しても、寛容の精神と友情で平穏な調和がとれているのなら、それも良いと思う。歌うことが彼女にとって、生きることであれば、なおさらだ。

 しかし、映画でも少し出てくるが、おだてるだけおだてて、金を引き出していく人もいる。
 登場人物のひとりは、「音楽への冒涜だ」と言った。私は「冒涜」などと言う言葉を使うほど大袈裟な話ではないと思う。しかし、フローレンスを後世まで「嘲笑の対照」にしてしまったという、彼女の尊厳に対する責任を思うと、さすがに「一生懸命やっているのだから応援しよう」だけでは済ませられないような気もする。
 もっとも、8年前の記事でも分かるとおり、私も彼女の録音を聞いて笑っている人の一人なのだが。

 メリル・ストリープの演技は上手い。元々は歌の上手い彼女が、音痴になるように、特別なレッスンを受けたという。見事な音痴ぶりを演じてはいるが、それでもまだ、上手すぎた。本当のフローレンス・フォスター・ジェンキンスはあんなものではない。
 録音だけでは分からないが、おそらく声量も足りていなかっただろう。カーネギー・ホールで、どの程度彼女の音痴程度が「響いた」かは疑問だ。



 音楽の殿堂カーネギー・ホール。「カーネギー・ホールには行くにはどうすれば良い?『練習、練習、練習』」という言葉があるが、実際には「金」でも良いらしい。それなりの借り賃を払い、スケジュールさえ合えば、基本的に音楽的レベルには関係なく、演奏会を開くことが出来る。
 音楽ホールなのだから、本来そうであるべきだろう。ただし、「あのカーネギー・ホールで演奏した!」という宣伝文句には、要注意だ。

Jupiter2016/12/09 22:28

 唐突だが、私は星を見るのが好きだ。
 天気の良い夜は道を歩きながら、よく空を見上げ、知っている星を探す。天体観測を趣味にしても良かったが、寒さが苦手という致命的な弱点のため、そうはなっていない。
 ともあれ、星を確認するために、よくこのサイトを見る。

 今日のほしぞら - 国立天文台暦計算室

 今はちょうど、日没後の南西に金星が煌々と輝いている。さらに火星と、フォーマルハウト(みなみのうお座)が金星とともに三角形を成している。北西にはベガ(こと座),デネブ(はくちょう座),アルタイル(わし座)が沈んでいき、逆に南東からはアルデバラン(おうし座)とカペラ(ぎょしゃ座)が昇ってくる。
 最近、朝は夜明け前に家を出るのだが、北西にプロキオン(こいぬ座)やカストル,ポルックス(ふたご座)が沈む一方、白む南東に昇る春の星々,スピカ(おとめ座)、デネボラとレグルス(しし座),アークトゥルス(うしかい座)が美しい。
 その上、今はちょうど同じ方向に、木星が明るく見えるのだ。同日の朝と夕に、三つの惑星が見られるのは運が良い。

 木星はジュピター(Jupiter)というが、ホルストの組曲「惑星」(1916年)の中でも、一際有名なのが、この [Jupiter] だ。



 ゆったりとした中間部が圧倒的に有名なのだが、私は冒頭が一番良いと思っている。あの格好良さは尋常ではない。一時期、NHKの「N響アワー」のオープニングに使われていた。

 とは言え、中間部の人気は凄まじく、ホルストの存命中に、愛国的な歌詞が付けられ、[I vow to thee, my country] として親しまれている。今でも、戦没者慰霊式や葬儀のみならず、王族の結婚式でも演奏されるそうだ。



 ジュピターと言えば、もう一つ。ノーベル賞授賞式には出席しないボブ・ディランの曲にも、"Jupiter" が登場する。
 私がかなり好きなアルバムの一つ、[Street Legal] のオープニング・チューン "Changing og the Guards" の、"She was torn between Jupiter and Apollo" という歌詞だ。

 数々のディランの詩の中でも、この曲は特に難解な内容で、支離滅裂にも思える。曲が良いから、大好きな曲だが。
 ともあれ、訳詞をされる方々も苦労しているようだ。"Jupiter" のところは、だいたい「彼女はジュピターとアポロの間で引き裂かれた」としてる。
 果たして、この「ジュピターとアポロ」とは何を指すのか。ギリシャ神話のゼウスとアポロンにあたるから、この二人の間で引き裂かれたのか。私は「木星と太陽の間」ではないかと思っている。どちらにせよ、意味不明だが。

モーツァルトは子守唄を歌わない2016/10/05 21:25

 好きな作家と言えば。

 司馬遼太郎
 塩野七生
 アガサ・クリスティ

 ここにもう一人、加えたい人が居る。
 森雅裕がその人だ。
 その作品の幾つかしか読んでいない。しかし、1985年江戸川乱歩賞を受賞した出世作,「モーツァルトは子守唄を歌わない」は、私が読んだ回数としては、一位の作品だろう(二位は、たぶん「坂の上の雲」)。

 モーツァルトが死んで18年後、ナポレオン率いるフランス軍が進駐するウィーンでのこと。18年前に死んだフリースという医者が作った子守唄を、楽譜屋がモーツァルト作曲として出版すると知って、その娘シレーネ・フリースは憤慨していた。
 ところが、その楽譜屋はベートーヴェンが演奏会に向けて練習していた音楽ホールの貴賓席で、「水浴びした焼死体」となって発見される。それがきっかけとなり、ベートーヴェンはモーツァルトとフリースの死にまつわる謎を追い始める。
 探偵役ベートーヴェンの相棒は、弟子でピアニストのカール・チェルニー。やがて彼らは、モーツァルトを毒殺したという噂のあるサリエリや、モーツァルトも所属していたフリーメイソン、宮廷、フランス軍などを巻き込んだ「真実」に迫る。

 35歳で死んだモーツァルトに関して、毒殺だ、陰謀だという話は昔からある。私はモーツァルトだろうが、そうでなかろうが、歴史に関して陰謀説はまったく信じない人なので、モーツァルトもあの時代はよくあった、若くして死んだ人の一人だと思っている。
 この作品に描かれる内容は全くのフィクションなので、人物の描かれ方なども含めて、本気にはせず、気楽に楽しんでほしい。
 とにかく、この小説は江戸川乱歩賞に相応しいミステリーであり、極上のエンターテインメントだ。
 探偵役にベートーヴェンを起用した時点で、まずこの作品の勝利は決まったような物だ。気むずかしくてぶっきらぼう、皮肉屋で口の悪いこの大作曲家と、天才ピアニストだけど生意気な弟子のコンビ芸は、一読の価値がある。

「先生。思いきってここで死んで、モーツァルトの境地に達することにしますか」
「だから、お前はピアニストなんてやめて、ワイン屋でも始めろ、というんだ」


 曲目としては、モーツァルトのオペラ「魔笛」が重要な存在になっている。しかし、聴いたことがなくても支障は無いだろう。むしろ、ベートーヴェンのピアノ協奏曲5番「皇帝」は、聞いておくと良いかも知れない。何度か演奏シーンがある。
 それから、フルートという楽器が「木管楽器」であり、本来「木製」であることを知っていると良いだろう。キーの沢山ついた金属製の楽器になったのは、19世紀後半以降だ。

 とにかく、このミステリー小説には 殺人あり、暗号有り、宝探しあり、楽器学あり、ワインあり、歴史あり、活劇あり。てんこ盛りのめまぐるしい展開が、明るさと軽妙さにつつまれて、詰めこまれている。
 もう一つ特筆すべきは、作品の舞台がほぼウィーンの町中に限られていること。このウィーンをベートーヴェンとチェルニーが駆け回るのだが、馬車を使うシーンは1回くらいしかない。ウィーンを訪ねる前に読むと楽しさも増すだろう。

 ひとつ残念なのは、この作品は新品で入手できないことだ。
 1985年の江戸川乱歩賞は、森雅裕と東野圭吾が同時受賞した。後者は今や押しも押されぬ売れっ子作家。一方、我が森雅裕は、作家としての成功の道をたどらず、その著作はどれも絶版になっている。
 どうやら森雅裕という東京芸術大学,美術楽部出身の作家は、大人として、社会人として、必要であるコミュニケーション能力や、自己制御能力に欠けるところがあるらしい。うまく「プロの作家」として振る舞うことが出来ず、その世界からはドロップアウトしてしまった ― もしくは、させられたようだ。

 しかし、森雅裕のファンというのは、確実に居る。「モーツァルトは子守唄を歌わない」もかなりの部数が刷られたはずだし、10年ほど前には復刊企画で発売もされた。古本市場にはたくさん出まわっているだろう。
 明るく楽しいミステリーが好きな方には、一読をお勧めする。

 「モーツァルトは子守唄を歌わない」には、続編「ベートーヴェンな憂鬱症」もある。同じ森雅裕作品としては、芸大を舞台にした、オペラと美術をめぐる学園ミステリー「椿姫を見ませんか」も、とてもお勧め。

Die Fledermaus2016/10/02 21:17

 ヨハン・シュトラウスⅡ作曲のオペレッタ「こうもり Die Fledermaus」のDVDが欲しくて検索してみると、これまたあまり選択肢がない。結局、評判の良いものを選んだら、1983年12月31日,ロンドンはコヴェントガーデンのロイヤル・オペラハウスになった。なんと、30年以上前。
 指揮はプラシド・ドミンゴ。テノールとして有名な彼の、指揮者としての出世作だ。豪華な出演陣に、サービス旺盛な演出。最高にハッピーで楽しい作品に仕上がっている。そもそも、「こうもり」というのは楽しさだけで出来ている。

 あらすじと言っても、馬鹿騒ぎの連続で、他愛も無い。
 法廷侮辱罪で5日間の服役を命じられた裕福な銀行家のアイゼンシュタインに、名バリトン,ヘルマン・プライ。その妻のロザリンデにキリ・テ・カナワ。ロザリンデにしつこく言い寄る元恋人のテノール歌手が歌いまくったあげくに、アイゼンシュタインのかわりに収監される。
 一方、アイゼンシュタインは入獄前の楽しみを提案してきた友人ファルケ(あだ名は「こうもり博士」)の誘いに乗り、オルロフスキー侯爵の夜会に出かける。ロザリンデもその夜会に仮面をつけて乗り込む。一方、ロザリンデの小間使いアデーレも女優に化けて夜会に参加。そして刑務所長のフランクまでやってくる。
 享楽のひとときののち、刑務所に集まった一同は、「こうもり博士」が仕掛けた復讐劇の真相を知ることになる。

 キリ・テ・カナワにヘルマン・プライといえば、この当時最高のメンバーだ。特にヘルマン・プライは私にとって「セヴィリアの理髪師」のフィガロ役が印象深い。コミカルな演技の上手さが最高。キリ・テ・カナワの当惑しつつも夫を手玉に取る妻ぶりに安心感がある。進行する喜劇の案内役でるファルケのベンジャミン・フランクリンもダンディで格好良い。
 この公演は大晦日の祝祭に相応しい豪華な演出で、ゲストのバレエあり、コミック・ソングあり、しまいにはシャルル・アズナヴールまで登場して あの "She" を披露する有様!
 「こうもり」はドイツ語の作品だが、この舞台では、英語とイタリア語も併用。このめまぐるしさも舞台に勢いを加えている。

 「こうもり」と言えば、歌手だけではなく、コメディアンが演じる看守フロッシュのクオリティも重要だ。この舞台のフロッシュでも大笑い。特に良かったのが、チップをくれたアルフレードが「コヴェント・ガーデンの歌手だ」と知るなり、可哀想になってチップを返すところが最高だった。
 指揮者がドミンゴであることも、忘れてはいけない。「オルガ,イーダ」という二人の女性の名前から「アイーダ」(ヴェルディのオペラ)を連想したフロッシュが、「行くぜ、マエストロ!」と「清きアイーダ」を歌い始めると、すかさずドミンゴが歌い出す!

 最高に盛り上がる「シャンパンの歌」と、「アイーダ」の下りがまとめられた、動画があった。スキンヘッドの人は、オルロフスキー侯爵。女性が演じることになっている。黄色いドレスの女性は、ヒルデガルド・ハイヒェレ演じるアデーレ、次に歌う男性がヘルマン・プライ演じるアイゼンシュタイン。




 「こうもり」と言えば、外せないのは「序曲」。聞いたことの無い人は居ないほど、有名な序曲。シュトラウスの作品の中でも、最高の作品ではないだろうか。
 コヴェントガーデンの「序曲」は動画になかったので、ここは2010年のウィーン・フィル,ニューイヤー・コンサート。指揮はジョルジュ・プレートル。会場はもちろん、楽友協会の「黄金の大ホール」。ニューイヤー・コンサートはシュトラウスのポルカやワルツが多く、やや退屈な曲目なのだが、さすがに「こうもり序曲」は輝いていた。



 このウィーン・フィルはさすがに溜めの大きい演奏だが、ドミンゴとコヴェント・ガーデンはもっと軽快でストレートな演奏だった。私の好みは後者。

 「こうもり」はオペラ全ての作品の中でも、万人に勧められる作品。重苦しい作品は敷居が高いかも知れないが、「こうもり」は気軽に楽しめ、しかも作品としての完成度が高い。クラシックに馴染みの無い方にもお勧め。

Tosca2016/08/12 20:47

 プッチーニのオペラ「トスカ」を Blu-ray で見た。

 21世紀になってからの新しい画像が良いと思ったのだが、Amazon で検索すると、以外と選択肢が少ないのに驚いた。イタリア語のオペラなので、字幕も必須だ。
 あまり多くない選択肢から選ばれたのが、2006年アレーナ・ディ・ヴェローナ。野外劇場でドカンドカンと大砲を撃ちまくる。この会場は夏期のオペラ公演で有名。マリア・カラスのイタリアでのデビューもこの場所だったそうだ。

 トスカというと、歌姫トスカとその恋人で画家のカヴァラドッシ、トスカに横恋慕するスカルピアの愛憎劇。トスカには気の強さ、激しさが求められ、同時に最初から最後まで金切り声を上げ続ける強靱さが必要。
 カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」とトスカの「歌に生き、愛に生き」が有名。トスカを知らなくても、この曲に聞き覚えのある人は多いだろう。
 「トスカ」の鍵となるのは、スカルピアだと思う。バリトンの悪役。この役どころが弱いと、オペラ全体が締まらない。私自身が、テノールよりバス,バリトンの方が好きなので、この舞台でもルッジェーロ・ライモンディが演じるスカルピアが一番良かった。
 こちらは、第一幕のフィナーレ「テデウム」。マーラーに言われれば「鐘が鳴りっぱなし」の騒々しく、荘厳で、エネルギーに満ちた名場面だった。



 「トスカ」はオペラ上演中のハプニング・エピソードには事欠かない。トスカがスカルピアを殺害するシーンで実際に怪我をさせたとか、ナイフが無くて仕方なく絞め殺したとか、ロウソクの演出が決まりなので、延焼が発生するなどの騒ぎが多い。
 第三幕のフィナーレ,つまりオペラのラストシーンは、トスカがサンタンジェロ城から身投げするのだが、トランポリンで歌手が壁の向こうから何度も跳ね上がったという伝説もあるし、兵隊がトスカに続いて次々飛び降りたとかいう話もある。
 私が見たディスクのトスカは飛び降りるのではなく、サンタンジェロ城先端の天使像の上で十字をかざすというシーンで終わっている。ちょっと中途半端ではないだろうか。演出としては難しいところだろうが、ぜひとも飛び降りて欲しかった。