MCG 4: Breakdown and a bin.2012/05/17 23:00

 TP&HBはアメリカでのツアーをいったん終え、お休みを挟んでいよいよヨーロッパツアーへと出る。
 こういうバンド活動の活発な時期は、いろいろなニュースや動画が発表されて嬉しい。先日は、ニュー・オーリンズ・ジャズ・フェストにおける、バンドの「ステージ入り」の様子が公開された。

Tom Petty & The Heartbreakers take the stage at Jazz fest

 これは良い。素敵だ。いわゆる、「バグズ目線」というやつだろう。
 ステージに出る直前、なんだか視線を合わせるやら、合わせないやら、変な雰囲気で(緊張?)、そして出て行く ― まず、マイクが出て、そして退場はマイクが最後。なんだか、本当にマイクってハートブレイカーズのお母さんだね。
 ベンモントが手を擦っているのがおかしい。そんなに寒くないでしょうに。今回の"Listen to her heart" は、冒頭のオルガンの音量が大きく、格好良い。

 一方、「マイク・キャンベルのギター大好き!」こと、[Mike Campbell: The Guitars] は、チャプター4。フェンダー,ブロードキャスターの2回目。
 "I need to know" や、"Mary Jane's last dance" のイントロを再現してくれると、鳥肌が立つ。特に、後者はトムさんが弾いているとのこと。ライブではたしか、フェンダーではなかったような気がするけど。音に割れが欲しくて、そうしているのだろうか。レコーディングでのブロードキャスターによる端正な音も好きだ。

 "Breakdown" は、もともとは長い長い曲で、その半ば以降に、何となくマイクが録音したスライドが、トムさんのお気に召して採用になったとのこと。なんでも、朝っぱらからスタジオで音を聞いたらしきトムさんが、マイクの家に電話して「これ良い!」と言ったらしいが…別にマイクがスタジオに来てから言っても構わないだろうに。
 トムさんとマイクは、どういうわけだか曲作りについて、電話で話すことが多いような気がする。なんなの、それ?

 次回は、ギブスンのゴールドトップとのこと。お楽しみに!……
 ちょぉっと待ったぁ!今回も変なものが写っている!



 なんで?!どうしてゴミ箱なの?!どうしてわざわざ引いて、映し込むわけ?老眼鏡の時だって、こんなもの入ってなかったぞ!
 なぞだ。こんな大事な撮影に、ゴミ箱!グランドピアノと同一空間に、絵に描いたようなゴミ箱!!私は却下だ!絶対却下!
 そもそも、この部屋(部屋なのか?)、ピアノに向いていない。床が固そう。下手すると石っぽい?音が異常に固くなって、うるさいじゃないか。上に大きな布をかぶせているが、床への響きはかなり大きい。理想は絨毯なのだが。せめて、木の床で、ゴムの靴をはかせるべきだ!
 そして、ゴミ箱は撤去するべきだッ!!私、今から行って片付けようか?

R.I.P. D. Duck Dunn2012/05/14 21:03

 ドナルド・ダック・ダンの突然の訃報に、心底驚いている。職場で新聞を見て、思わず息をのんでしまった。
 東京のブルーノートでの公演を終え、帰国するという日の朝、眠ったまま息を引き取っていたとのこと。盟友,親友のスティーヴ・クロッパーがファンたちに報告してくれた。亡くなったホテルは、私の職場にも近いようだ。
 最近、こういう話題が多いのだが、ダック・ダンの訃報はことさら衝撃的だ。

 アメリカ・ツアー中の、TP&HBの楽屋に姿を現したのは、つい先日 ― 5月2日フロリダ州エステロでのこと。TP&HBのホームページにも、詳しく載っている。

Estero FL. US

 トムやマイク、ベンモントがフロリダから出てきたばかりのお上りさんだった頃から、お世話になったり、一緒に仕事をしたり、なにかと縁のあったTP&HBと、ダック・ダン。
 このフロリダでのライブでは、ひとまずハートブレイカーズが "Runnin' down a dream" を演奏し終えて、いったんバックステージに引っ込むと、ダック・ダンが奥さんと一緒に来ていたそうだ。ハグしたり、笑ったり、ジョークを飛ばしたり、つかの間の楽しい時間を過ごした、旧友たち。
 そして、オーディエンスのハートブレイカーズを呼ぶ声がたかまり、ステージに戻る ― 

waving goodbye to Dunn and his wife with promises to stay in touch.

"Good to see those boys," Duck said with a chuckle.




 ― これが本当のさようならになってしまうなんて。
 この記事をもう一度読み返して、私は少し混乱してしまった。この記事が上がったときから、文章はこうなっていただろうか…?!今日になって、書き換えられたのではないかという感覚すら覚える。

 私にとってのダック・ダンと言えば、ブルース・ブラザーズ・バンドであり、さらに、「ボブ・フェスト」の時もベースを弾く姿が印象的だった。リハーサル不足気味のこのライブの最中、アタフタするG.E.スミスに、なにやら譜面台に載った紙を指さして教えてくれていた姿が、目に焼き付いている。
 どうか、安らかに。

Larry Crowne : 幸せの教室2012/05/13 20:50

 私は特に映画好きというわけではないので、たまにしか映画館には行かない。
 しかし、トム・ハンクス監督・主演の [Larry Crowne](邦題「幸せの教室」) は、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの音楽が使われていると聞いていたので、見たいと思っていた。そこで珍しく、日本での公開二日目にして足を運んだ。

 スーパーで充実した店員生活を送っていた中年バツ一男のラリー・クラウン(トム・ハンクス)は、ある日突然大卒ではないことを理由に、解雇される。そこで、遅ればせながら大学に通い始める。学部長のすすめに従って、経済学と、スピーチの講義を選択。若い友人もできて、ラリーは新たな人生を拓こうとする。
 一方、スピーチの先生はであるマーシー・テイノー(ジュリア・ロバーツ)は、結婚生活にも、教えることにもうんざり気味。しかし、彼女もラリーとの出会いから人生を変えようと考え始める…




 ストーリーだけ見ると、いかにもトム・ハンクスらしい無害な作品で、なにも映画館で見なくても良さそうなものだが…しかし、TP&HBファンと、ELOファンにとっては、間違いなく映画館で見るべき作品だ。
 音楽が使われているとは聞いていたが、TP&HBは3曲、ELOは2曲も ― しかも、かなり重要なシーンに、フルで使われているという特別扱いを受けているのだ。大画面・大音量で自分の好きなバンドの曲が流れる瞬間の感激は、かなりのもの。
 曲名やシーンは伏せておくが、TP&HBの2曲目は特に、グッとくるシーンで使われる。私には、このシーンが一番良かった。この曲は他の映画でも使われたのだが、今回の[Larry Crowne] での使われかたの方が印象的で良い。
 ELOについては―これまで、これほどELOが優遇された映画があったのだろうか?
 どちらのグループにしても、トム・ハンクスのこだわりが非常に強く出ているようだ。彼が好きで、使いたいのだという意志が表れている。

 映画そのものの評価は、まぁまぁ。善良で、希望があって、大袈裟ではなく、明るい気持ちになる。
 構成的には、ちょっと飛躍があるかな…という点が惜しい。ラリーの若い友人達と関係はかなり丁寧に描かれているが、恋愛面はちょっと飛躍気味かも知れない。あと一、二ステップほしい。スピーチクラスの雰囲気が良くなっていく過程も、もう少し段階をきちんと踏んだ方が良かった。
 いいなと思ったのは、小難しい経済学のマツタニ教授と、そのクラス。別嬪なジュリア・ロバーツ先生のクラスとは対照的だが、これはこれで充実していて、新たな人生への良き糧となる様子がとても良かった。
 マツタニ教授役は、ジョージ・タケイ。どこかで見たことがあると思ったら、私が2008年にニューヨークに行った折、同性婚が合法になったとして結婚したというニュースに出ていた人だった(私はスター・トレックを全く知らない)。

 TP&HB,ELOファンは、今のうちに映画館へ!…ロングランになるかどうかは、自信がない!

MCG Broadcaster2012/05/10 22:39

 「マイクキャンベルのギター大好き!」こと、[Mike Campbell: The Gitars] が再開。
 今回は、Chapter 3 "Irreplaceble Fender Broadcaster Part 1" 。かけがえのないブロードキャスターとのこと。
 ファーストアルバム制作時、トムさんはマイクのストラトキャスターを弾いていたので、マイクはこのブロードキャスターを弾いていた。さすがにネックが真っ黒になっているのだが、「これは絶対にクリーニングしない!する必要もないし、これも楽器の一部だから!」…と言い張っている。どうかなぁ。気持ちは分かるけど。どうなんだろう?

 ところで…ここでいきなり初歩的な質問!
 ブロードキャスターとテレキャスターの違いってどこ?私には同じ物に見えるのだけど…
 インターネットというのは便利な物で、すぐに答えが出た。なんでも、テレキャスターは当初、エスクワイア,さらに1950年にはブロードキャスターと名付けられて販売されていたとのこと。ところが、同じような名前のスネアがギブスンにあったので、翌年、改名を余儀なくされたというのだ。
 なるほど、要するに同じものらしい。そう言う訳で、マイクが所有する1950年型はブロードキャスターだというわけ。勉強になった。

 さて、マイクは "American Girl" のサウンドがいかに作られたかを披露してくれている。「トムはここに居ないので、トムのパートはループして、上に重ねる」のだが…いや、べつにトムさんを叩き起こして連れてきてくれても良いんですけど。だめ?女優は準備が必要?
 当人達は12弦を使った音を作りたかったが、二人ともまだ12弦は持っておらず、そこでトムさんのストラトとマイクのブロードキャスターを重ねた。それであの素晴らしいサウンドができたのだから、まさに必要は発明の母。
 コーダの格好良いソロについて、当初マイクは気に入らなかっただが、トムさんが「それ、いいよ!」というので採用になった。さすが、判断力に絶大の自信と信頼のあるトムさん。こういう電撃のように、「自分たちのサウンドはこれだ!」という感覚が走る瞬間には、偶然の産物にしろ、誰かの一瞬の判断にしろ、とびきり冴えたものがあるのだろう。

 そういうわけで、ブロードキャスターのパート1はおしまい。次回、パート2をお楽しみに!
 いや、ちょっと待て。今回、初めて少し気になるものをマイクの背後に見つけたのだが…



 なにこれ?!
 まさかエルヴィスの等身大パネル?!え、どっかのお店のディスプレイを失敬してきたの?!
 この「ギター大好き」シリーズ、まさか背後にチラチラと怪しいものが出没する…みたいな、細工がしてあるのか?なんだか変に面白くなってきた。

 そして…女優の方は、オースティンからファンのみんなにゴキゲンメッセージをくれましたとさ。
 なんだかウグイスみないな格好ですが。ウィンクが可愛いからいいや。

New Orleans Jazz & Heritage Festival Webcast2012/05/07 21:49

 日本時間5月6日午前10時45分ごろから、ニュー・オーリンズ・ジャズ&ヘリテイジ・フェスティバルのウェッブサイトで、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのライブの模様が配信されると言うことで、PCの前でばっちりスタンバイした。よぉし、どんとこーい!
 動画が公表されたのは、4曲分。

Listen to Her Heart
 いつものオープニング曲。やっぱりこの曲で始まるのは最高!大好き。トムさんとマイクが、二人ともリッケンバッカーでキメている。

Have Love with Travel
 この曲は嬉しい選択。マイクが奏でる新しいイントロが格好良い。もちろん、"Girls & Boys" のところで大盛り上がり。

Something Big
 意外な選曲。どのアルバムに入っているのかも、とっさには思い出せない([Hard Promises])。ところが、かなりヘヴィで格好良いプレイではないか!この曲はこんなに格好良かったのかと印象を新たにした。トムさんのソロが入っている。一生懸命でいじらしい。

Mary Jane's Last Dance
 この曲を聴かずして、TP&HBのライブは終われない。この頃になると、アクセスが集中するんだかなんだか、画像が異常に粗くなった。いつものように、トムさんが頑張ってソロを弾くのだが、2010年とはまた違った感じで、良い。しかも、マイクとの掛け合いも長く、パワーアップしている。楽しそうだなぁ…入れて。ウクレレで。
 こちらでは、この曲のみ、今も視聴できる。

 そして大事なルックスチェーックッ!いや…トムさん以外はほぼ、安全なので特に気をつけることもないのだが…ベンモントの帽子が黄色い。おしゃれぼっちゃんめ。
 マイクはヘンな柄シャツは着ていないので良いのだが…うーん、シャツの色がちょっとおじいちゃんっぽいかなぁ。ハードな革ベストを着ているのだから、シャツは爽やかカラーでも良いと思うけど。…今年流行のシャーベットカラーとか
 問題は、トムさん。髪型は、最高傑作だった2010年からは変えてきている。残念。可愛かったのになぁ。カワイイ、カワイイ言われるのが嫌だったのかしらん。サイドに長くするのはあまり好きじゃ無いのですが。まぁ、いっか。許容範囲で。長さはこまめに調節してください。
 少し、スリムになっただろうか?黒だから?青いスーツもそれなりに様になっているし。脚が細いのはやっぱり強い。せっかくの金髪だから、シャツは鮮やかな色の方が良いと思う。あ、柄はよそうね。

 今年のライブ映像を見たのは、これが初めて。相変わらず格好良くて、上手くて、それでいて新機軸な演奏も聴かせてくれている。これからの展開がますます楽しみだ。

Tunnel Vision / Body 1152012/05/04 14:58

 ロンドンに関する面白い本を探していたら、知人から「トンネル・ヴィジョン Tunnel Vision」という小説を薦められた。
 2001年の小説で、作者はキース・ロウ Keith Lowe。私は英語で読んだのだが、日本語訳(雨海弘美訳 ソニーマガジンズ)も出ている。文庫になっていないのが惜しい。英語も読みやすく、英語学習者にもお勧めだ。

  

 ロンドンの地下鉄(通称チューブ tube)オタクのアンディは、パリでの結婚式を前に、鉄オタ仲間のロルフと酔った勢いで、とんでもない賭けをしてしまう。即ち、「一日で(始発~終電)、ロンドンの地下鉄全267駅を制覇できるか?」(駅名サインを撮影すればクリア扱い。車内からの撮影も可)。「出来ない」と言うロルフが賭けるのは、マニア垂涎のチケットコレクション。そして、「できる」と豪語したアンディは、パリでのウェディングに必要なクレジットカードやパスポート、そしてユーロスターのチケットを賭けてしまう。
 さぁ、アンディは地下鉄マニア夢の「一日で全駅制覇」を達成できるのか?アンディの幸せな結婚の行方は…?!

 ものすごく面白かった。英語となると読書速度が極端に落ちる私でも、どんどん読めてしまう。ストーリー展開がスリリングで、適度にマニアでオタクで、それでいてバカバカしくて笑える。多分、東京などの地下鉄を多少知っていたほうが楽しめる。ロンドンの地下鉄に乗ったことがあればさらに面白いが、乗ったことが無くても、面白いだろう。誰もがいつの間にか、アンディを追って、ロンドンの地下鉄マップを一生懸命に睨みはじめるに違いない。
 今のところ具体的な話は出ていないが、この作品は映画化されるらしい。結末など、やや映画向きに変更されるかも知れないが、私が好きそうな映画になるだろう。

 登場人物はとても少ないのだが、その中で一番魅力的なのは、アンディの旅の道連れとなる、初老のホームレス,ブライアン。いつもビールを飲んで酔いどれているが、なぜかやたらと体力があり、最初は煙たがっていたアンディも、やがてブライアンを頼りにするようになる。
 小説の中盤で、ブライアンはアンディに、ある話をする。1987年に起きた、地下鉄キングス・クロス駅の火災事故の話だ。

 キングス・クロス駅火災事故は、実際に起きた事件で、私もおぼろげに当時のニュースを記憶している。
 1987年11月18日19時30分。投げ捨てられたマッチが火元となり、古い木製エスカレーターなどが燃えて拡大し、31人の死者を出す大惨事となった。私の記憶にも、「木製のエスカレーター」が残っている。後年、初めてロンドンに行ったときにも、一部木製エスカレーターが残っていたのが印象的だった。
 ブライアンが語るには、31人の犠牲者の身元調査の過程で、どうしても一体だけ身元が判明しない男性の焼死体があったと言うのだ。遺体の整理番号から、「ボディ115」と呼ばれる。警察はあらゆる手を尽くしてこの「115」の身元を突き止めようとしたが、どうしても分からない。
 結局、身元不明のまま、この「115」はとある教会墓地の片隅に、葬られることになった ― ブライアンの話はここで終わっている。

 この挿話がとても印象的だった。ググってみたところ、実際、キングス・クロス駅火災事故の犠牲者の中に、身元不明の「ボディ115」があった。ブライアンの話は、実話なのだ。
 当時、この謎の身元不明遺体「ボディ115」はかなり話題になったらしい。警察は行方不明者から該当者を探そうと、大々的に情報を求めたし、法医学者が再現した「115の顔」も、公表されたそうだ。調査はUK外にまで及んだが、結局わからずじまい。

 ニック・ロウは、1990年発表のアルバム [Party of One](ジム・ケルトナーや、デイヴ・エドモンズも参加)に、"Who was that man?" という曲を収録した。この "that man" とは、まさにキングス・クロス駅の「ボディ115」のことだ。



 曰く、「国じゅうの誰にも知られていないあの男 誰にも愛されず だれも彼のために涙しない … あの男は誰だったんだ?」
 大惨事が題材になっている割には、曲の雰囲気が凄まじく正反対なので、面食らう。その辺りがニック・ロウらしさなのだろうか。

 キングス・クロス駅火災事故と、「ボディ115」に関しては、後日談がある。

 火災から17年後の2004年。「ボディ115」の身元が判明したのだ。ザ・ガーディアン紙の記事はこちら
 「トンネル・ヴィジョン」は2001年の小説なので、身元判明の前ということになる。日本語訳も、身元が判明する前の出版だ。

 「115」の正体は、スコットランド出身,当時72歳のアレクサンダー・ファロンという男性だった。妻に先立たれ、離れて住む四人の娘たちとの連絡も希で、ロンドンではホームレス生活だったが、かといって「誰にも知られていない、誰にも愛されていなかった」というわけではない。
 事故当時、「115」の年齢は「40代から、せいぜい60代」と発表されており、娘たちは自分の父親に該当するとは、まったく想像していなかったのだ。
 長いこと父親との連絡が取れていないことを心配したファロンの娘たちは、1997年ごろから「115」は父だったのではないかと疑い始める。しかし、当時は別に有力な「115候補」が存在しいた。ブライアンの挿話にもこの「候補」が登場する。そして、2004年になってようやく、ファロンが「115」として最有力視されるようになり、検証結果、その身元が判明したのだと言う。
  この「ボディ115」をめぐる話は、2006年に Paul Chambers が [Body 115 : The mystery of the last victim of the King's Cross fire] という本にまとめている。いずれ、この本も読んでみたい。

 暗い挿話の話になってしまったが、とにかく「トンネル・ヴィジョン」は面白い本なので、一読をお勧めする。特に、ロンドンに行く人、行った事がある人、ロンドンに興味がある人、ロンドンに行きたい人、そして東京に限らず、地下鉄が何となく好きな人にもお勧めだ。

 さらにロンドン地下鉄を楽しむなら、2012年1月からBBCが放映した6回シリーズのドキュメンタリー [The Tube] がお勧め。こちらはそのエピソード1。ナレーションを担当しているのは、ザ・マイティ・ブーシュのジュリアン・バラット。

目指せ!ユークでロック・フォーク・アイリッシュ2012/05/01 21:12

 今年こそはやるぞ!…と思いつつ、実行に移せていないということは、誰にでもあることだ。
 代表的なところでは、英会話、ダイエット、ジョギング、部屋の片付け…などなど。私の場合、ここ数年ずっと、「ウクレレ」と思い続けてきた。

 そもそも、なぜウクレレなのか。

 私は音痴だが、楽器に対する感覚は悪くない。ピアノはキャリアが長い分だけ最低限は弾けるし、管楽器もこれまでモダンフルート,バロックリコーダー,ホルン,龍笛,ティンホイッスルと、それなりにこなしてきた。打楽器でさえ、能楽の小鼓(幸清流)を、満足の行く程度までは稽古していたのだ。
 しかし、弦楽器となると ― (厳密に言うと、ピアノも(打)弦楽器。ここで言う「弦楽器」は、ネックを持つ構造の弦楽器を指す) ― これまで、一度もやったことがなかった。ヴァイオリン属(擦弦楽器)はまともな音を出す自信が皆無なので、端から視野に入れていない。

 では、撥弦楽器は?そう、ギターだ!ロックンロール・ファンとしては、ギターはどうしてもやってみたい!
 しかし、ギターに関しては演奏不能という簡単に答えが出た。私は極端に体格が悪いのだ。特に手が小さい。ピアニストとしても致命傷というくらい、手が小さい。最大限でもオクターヴしか届かない。そのために、アイリッシュフルートを断念したという経緯もある。ギターとなると、ネックが太くてどうしても指が届かない。
 第一、ギターのボディを体の中心に構えると、ヘッドが体からはるか向こうに位置してしまい、演奏するどころの騒ぎではなくなる。このことは、雅楽の琵琶でも経験した。

 ギター演奏不能。と、なれば当然挙がるのが、「小さなギター」という選択肢である。そう、ウクレレだ!
 なんといっても、我が最愛のジョージ・ハリスンが、ウクレレ・プレイヤーではないか!ウクレレ大好き、ジョージ・ハリスン。まるで行商人のようにウクレレを大量に抱えて各地に出没し、友人という友人にプレゼントしまくる。トム・ペティさんなんぞ、一週間で4つもウクレレをプレゼントされた!
 私はハワイアンには全くが興味がない。目指すは、ウクレレでロック!フォークロック!ゆくゆくはアイリッシュを…!夢は膨らむ。呼び名も、ウクレレよりも「ユーク」の方がそれらしいよね。

 そんな折、私は楽器屋さんで運命的な楽器を目にする。

 マーチンのウクレレ。マーチン・ユーク!

 マーチンですよ、マーチン!ディラン様も、トムさんも、ジョージも、マイクも、みーんなマーチン・ユーザー!私もこれを買って、マーチン・ユーザーになるのだ!
 マーチンだけじゃないぞ、そのうちにギブスンとか、ゼマイティスのハート型とか…!  と、言うわけで今となっては値段を覚えていないが、速攻でマーチン・ユーク・オーナーになった。

 

 しかし、それから実際に演奏を始めるまでが長かった。残念なことに、せっかくのマーチンも弾かれることなく、おきっぱなし。
 これはいかん。私は高い英会話をやめたのを機に、一念発起した。そして、つい先週末から、ウクレレの個人レッスンに通うことになったのだ。だいたい、月に1回ペースで、1時間の個人レッスン。
 グループ・レッスンにしなかったのは、私の音楽嗜好がかなり変わっていて、人と合わないから。ハワイアンに興味が無いし、日本の歌謡曲や童謡も演奏したいとは思わない。私が目指すロック・フォーク・アイリッシュ路線は、個人レッスンでしか叶うまい。

 このとんでもない音楽嗜好の生徒の出現に、先生は大変驚かれた。…それはともかく。私はチューニングの仕方を覚え、弦楽器用のチューナーを買った。なぜか、チューナーは3台も持っている。
 音楽理論上は、頭が完全にピアノの五線譜構造になっている私は、コードに弱い。C、F、G、Am、 Am7、C7 までは分かった。分かったけど、素早く指は動かない。大汗をかきながら、「あー!」とか、「うー!」とか唸っている。それでも、完全な初心者の初回にしては上出来だとの評価で、気分を良くしている。
 宿題は、Moon River。・・・これ、すごくコードが難しくありませんか・・・?!さてはて。
 譜面も、コード表もタブ譜も見ずに、芝生でくつろぎながら適当にウクレレを弾いて楽しむジョージの真似が出来る日は来るのか?こないだろうけど、近づくのか?

 どうでも良いことだが、せっかく習うのだし、テンションを上げるために、例のマーチンのウクレレに、名前をつけた。

 マーティン・フリーマン Martin Freeman

 何かご質問は?
 ありませんね。

アトランタへの道2012/04/29 23:37

1863年11月末、西部戦線では、その後の戦況を決定付けるような戦いが行われた。すなわち、チャタヌーガの戦いである。
 南軍はこの敗戦によって、テネシー州とアトランタ州の州境を守りきることができず、北軍のアトランタへの進軍を許すことになった。
 アトランタ。ジョージア州の州都であり、南部最大の都市。この街を守るか落とすかは、実際の戦況のみならず、人々の心情的にも大きな影響をもたらす。

 しかし、冬の間は、戦闘も一時休戦となった。南北両軍とも、戦力,兵站の整備・補給が必要だったし、人事異動もあったためだろう。

 まず、北軍は西部戦線の事実上の総大将であったユリシーズ・グラントが、北軍全体の現場総司令官のような形で中将に昇進し、東部戦線でリーの南軍と対峙することになった。
 グラントの代わりに西部戦線北軍司令官となったのが、ウィリアム・テクムセ・シャーマン准将である。グラントとは強い信頼関係にあった。双方ともリーのような隙の無い、傑出した司令官ではなかったが、互いに助け合い、なんとか北軍有利に持ってゆく ― 政情的にも、軍事力,経済力的にも北軍有利は当たり前だが ― という、消極的なようで、確実な歩みを進めるタイプだった。
 グラントは、シャーマンに三つの軍団を預け、南軍との決定的な会戦は避けつつ、じりじりとアトランタへ迫る戦略を任せた。実際、チャタヌーガからアトランタまでは200kmほど。どこかで関ヶ原のような決戦を行う必要はなく、とにかくアトランタを落とすことに、まずは重点が置かれた。
 シャーマンという将軍は、不思議な印象を抱かせる。"War is Hell.(戦争は地獄だ)"という、簡潔で、殺し合いそのものを嫌うという思想を実に分かり易い言葉で表現する一方で、南部における進軍の様子ゆえに、南部の一部の人々からはひどく嫌悪されている。また、南北戦争後のネイティブ・アメリカンたちとの戦いでは、まさか嫌戦家とは信じられないような、強硬ぶりなのだ。
 当方は二十一世紀を生き、歴史を遠くから眺めているからこそ、そういうシャーマンの矛盾を不思議に思うのだが、かといって、簡単に彼を悪役にしてしまっては、歴史は面白くなくなる。シャーマンの存在は、歴史を楽しむという知的作業こそ、非常に複雑で、知識と想像力を必要とし、冷静で客観的な視線を持つ娯楽なのだと、考えさせる。

 やや話がわき道に逸れたが ― 一方、南軍側も大きな人事異動があった。
 それまでずっと西部戦線の南部総司令官をつとめていたブラクストン・ブラッグは、南部連合大統領デイヴィスと個人的に親しかったから故に、その地位にあるともっぱら言われ続けていた。実際、そうなのだろう。
 しかし、チャタヌーガの敗戦によって、デイヴィスもブラッグを更迭せざるを得なくなった。代わりに、司令官となったのが、ジョゼフ・ジョンストンである。
 ジョンストンは南北戦争開戦当初は、東部戦線でロバート・E・リーより前に総司令官的な地位にいた人物である。しかし1862年の北軍マクレランによる半島作戦で負傷したため、後送され、その後をリーが継ぐことになった。その後のリーの活躍は既にのべた通りだ。
 ジョンストンは傷を癒やした後、前線に戻ることを希望していたが、デイヴィス大統領との人現関係が良好ではなかった。デイヴィスにはそういう個人的な感情がそのまま政策に反映されてしまうという大きな欠点があった。このため、ジョンストンはしばらく西部戦線の上級司令官同士の調整役といった、閑職にあった。
 ブラッグの更迭により、ジョンストンは1863年冬から、西部戦線司令官となった。その後のアトランタ方面作戦において、彼の地位は二転三転するのだが、重要なのは、ジョンストンが南北戦争の最終盤まで、北軍に対し続けた将軍だということだ。彼が降伏するのは、リーよりも後のこと。それはいずれ述べるとして ― 

 とにかく、アトランタ方面作戦は、1864年5月に始動する。それから約3ヶ月。その夏は熱気がアトランタへと向かうが如き、戦況を示すことになる。

English conversation2012/04/26 22:26

 めずらしく、日記のようなことを書く。
 今日、4年間通った英会話教室をやめた。契約の延長をせず、最後のレッスンを迎えたと言うことだ。

 英語を専門的に勉強したこともなければ、もちろん留学経験もないが、4年前、英会話がまったく出来なかったというわけでもなかった。喋る方は中級という感じで、聞く方はそれよりやや勝っていた。すでにモンティ・パイソンにはまり、読書も英語でするようになっていたし、要するに英語に関して初心者ではなかったようだ。
 ともあれ、4年も通えばいくらか上達するというものだ。それでも、私が一生懸命英語で会話しようとしている日本人であることを理解して、つきあってくれる人が相手での上達なのであって、学習者レベルであることには違いない。

 やめるきっかけは、転職をしてお金の使い方を見直そうと思ったこと。そして、この3月に受けたTOEICのスコアが目標レベルを超していたから。
 そもそも、4年も続けたのは長いだろう。いわゆる「マンツーマン」と呼ばれる個人レッスン形式だったので、料金も高かった。そろそろ英語学習の手段を変える時期だと判断した。
 外国語は使わなければ錆びる。元々がたいしたことが無いのだから、退化も早いだろう。これまでよりもリーズナブルに、おそらくグループレッスン形式になるだろうが、また別の形で英会話を続けたいとは思っている。

 ネイティヴ・スピーカーのインストラクターたちが、時々私の英語で驚いたのは、ところどころでブリティッシュ・イングリッシュが混じっていたらしいこと。これは完全に英国コメディの影響。確かに、列は queue と言うし、英語で話しているときに限って、エレベーターは、lift と言う(なぜか日本語の時は普通にエレベーターと言う)。おばあちゃんのことを nana と言ったときは、英国出身の講師に本気で驚かれた。
 ロックの話題などでもいくらかマニアっぽかったらしい。

 ロックの影響で覚えている表現というものも、もちろん多い。代表的なところでは、shadow of a doubt という表現。普通は、Without a shadow of a doubt と言って、「疑いの余地無く」という表現らしいが、私はTP&HBの歌詞で覚えていたため、with a shadow of a doubt で覚えていた。
 これは、テレビ出演したときのプレイ。この、「チョコミント・シャツ」のトムさんが、とびきり可愛くて好き。



 もう一つ、ロックの影響で奇妙な表現をしていたのが、「強い雨」という意味で使っていた hard rain。インストラクターによると、間違いとは言わないが、普通は heavy rain と言うそうだ。そりゃぁ、ディラン様が言ったのだもの。そっちを使いますよ。


Levon Helm2012/04/22 20:30

 2012年4月19日、リヴォン・ヘルムが亡くなった。
 最初に癌だを聞いたのはずいぶんの前のことで、それこそジョージもまだ健在だったころだ。長い癌との戦いの日々だったとともに、良く生きた、充実した、すばらしき日々だったのではないかとも思う。
 ともあれ、ロック・レジェンドの死は寂しい。

 私にとってリヴォン・ヘルムというと、ザ・バンドのメンバーとしてしか知らない。たとえば、ジョージを語るのにビートルズのジョージしか知らないようなもので申し訳ない気がする。
 ザ・バンドも、私は「ザ・ラスト・ワルツ」までのザ・バンドしか聞いていない。その後の再結成や、メンバーのソロ・ワークなどはまだ聞いてない。
 ザ・バンドは良いソングライターが居て、演奏が上手く、バリエーションの効く複数のヴォーカリストがいるという、かなり理想的なロックバンドだったと思う。一般的に「渋い」と言われているのだろうが、私にとってはポップな音楽の部類で、そこが好きだ。
 リヴォンはドラマーとしても、ヴォーカリストとしてもザ・バンドの要であり、彼なしのザ・バンドはあり得ない(もっとも、全てのメンバーについて、同様のことが言えるのだが)。
 やはり印象的なのは "The night they drove old Dixie down" での格好良いプレイだ。



 思えば、このブログでの南北戦争記事連載で、リッチモンドが陥落する前にリヴォンが亡くなってしまったわけだ…

 これはドラマー仲間の楽しいワン・ショット。三人それぞれにポーズが個性を出していてほほえましい。



 初期のリンゴ・スター&オールスターバンドにも参加していたのだ。凄い時期もあったものだ。気の置けない仲間と楽しくプレイしている姿も良いし、内情や感情と利害の対立があるにしても、ザ・バンドのどの作品も最高に良いと思う。



 癌に負けたんじゃない。癌とのつきあいが終わったんだ。お疲れ様。どうかゆっくり休んで下さい。みんなによろしく。リヴォン自身は苦笑いするだろうけど、しばらくザ・バンドを聞くことにする。