57th 9th2017/06/16 08:02


 スティングのファン向け。ちなみに私は持っていない。

Sting in Budokan2017/06/09 21:18

 6月6日、日本武道館にスティングのライブを見に行った。

 ちょっと待て、スティングのこと、好きだったか?!

 確かに、別にザ・ポリスもスティングもファンだというわけではない。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのツアーに行けないというストレス発散のために、行くことにしたのだ。
 同行の友人に、ポリスの [Greatest Hits] と [Reggatta de Blanc] しか持っていないと言うと、ポリスとしてはそれで十分だと言われた。スティングのソロは全く持っていない。ロックにジャズを入れ込むのが少し苦手なので、敬遠していた。
 実際のところ、ポリスとスティングのソロが半々くらいの曲目で、私でもけっこう楽しかった。

 スティングという人のことをあまり良く知らなかったのだが、スタイルに自信があるのか、ピチピチのTシャツ姿というのが笑えた。友人曰く、「ちょっとナルシスト」
 恰好はともかく、声は良く出るし、終始楽しそうでこれぞミュージシャン、スターという存在感が素敵だった。

 少し意外だったのが、"Every Breath You Take" の「立ち位置」だった。
 この曲はミドル・テンポの穏やかなラブ・バラードで、私がいかにもポリスと感じる、エッジの利いた曲ではない。トム・ペティで言えば "Free Fallin'" にあたる曲で、コンサートを締める曲ではないと思っていたのだ。実際、"Free Fallin'" は最も人気のある曲の一つだが、決してコンサートの最後にはこない。
 しかし、"Every Breath You Take" はアンコールの2曲目。通常、コンサートの締めに持って来る最大の盛り上がりどころに、位置しているのだ(実際には本当の最後に1曲、おまけ的にアコースティックなソロがある)。
 意外な選曲でありつつ、それでも武道館は十分に盛り上がっていたので、ちょっと "Every Breath You Take" を見直した。

 前座のザ・ラスト・バンドレロスがなかなか良かった。スティングが推しているというのだが、それはプロモーション的にそういうことになっているのか(ダイアナ・ロスとジャクソン5のような)、それとも本当にスティングが気に入ったのかは良く分からない。
 ともあれ、新譜やツアーでも共演しているとのこと。曲が良かったので、さっそくEPを買ってみた。ただし、事情があって、あまり聞き込めていない。

This is the New Year2017/06/04 19:43

 [New Year's Eve] という映画を見たのだが、これが全然期待はずれな映画だった。

 [Love Actually] みたいな作品を狙っていたのだろうが、なんだか全然ダメダメ。映画だから色々ご都合が良いのは構わないのだが、行動に一貫性のない人が多くてイライラする。プロ意識もあまり無い。「結局、みんなパーティが好きでしょ?」というオチで全く共感できない。
 なんと言っても一番駄目だったのが、ロックスター役の某歌手。人気のある人だが、私とは、まったく趣味が合わない。重要な役どころなのに、登場するあらゆるシーンが我慢ならない。
 見た翌日がウクレレのレッスンだったのでそのことをぼやいたら、先生は「うわ、NIぶちさん、嫌いそ-!!ぜってー嫌いだわー!」と爆笑していた。

 そんな駄目だった映画の記事なんて書かなければ良いのだが、一つだけ良かったのが、オープニングニングに使われた曲。
 ア・グレイト・ビッグ・ワールドの "This is the New Year"。



 なんて安上がりなビデオ。これは良い曲。好きだ。
 どうせピアノを前面に押し出すなら、これくらいしてくれると気持ちが良い。
 ハートブレイカーズのベンモント・テンチは最高のピアニストだが、彼のソロ・アルバムが消化不良だったのは、その楽器のポテンシャルを生かし切れていない「ピアノ不足」だったのだと、この曲や、トム・オデールなどを聞くと実感するのだ。

 映画について、付け足すが。ある役で[Knockin' on Heaven's Door] のティル・シュヴァイガーが出てきてびっくりした。彼がでてくるたびに、「ティルだよね?!」と画面の前で言っていた。

Please Call Home2017/05/29 20:51

 まずは、前置き。

 Forza Sebastian! Forza Kimi! Forza Ferrari!

 F1モナコGPは大満足の結果。本当に良かった。(あと、インディの佐藤琢磨もおめでとう)
 キミはピットインの指示に不満があったようだが、あのままウルトラ・ソフトで走り続けても、周回遅れに引っかかっている内にセブにアンダーカットで抜かれただろうし、リカルドにも抜かれる恐れもあった。キミは1位が欲しかっただろうが、2位を確保したのは悪くない結果だと思う。
 キミはその速さ、うまさを発揮している。まだチャンスはある。
 シャンパン・ファイトで、セブが一生懸命キミに取り付こうとしているのが可愛かった。アイスマンはそう甘くはないさ。

 本題。
 グレッグ・オールマンが亡くなった。
 具合が悪いとは聞いていたので驚きはしなかったが、ロック史に残る人物であるだけに、残念だ。

 オールマン・ブラザーズ・バンドのアルバムは数枚持っている。好きだが、大好きというわけでもない。「長いインプロヴィゼーションが苦手」というのが理由だろう。
 それでも、iPodのアルバムをシャッフルして、たびたび流れるのがABBだ。

 2009年に、デュエインの伝記を読んでいて、このブログの記事にもしている。

2009年6月28日 SKYDOG

 この当時、「デュアン」と表記しているが、最近の私は「デュエイン」と書く。
 グレッグというと、この本で読んだデュエインの深い愛情が印象的で、そこで知識がストップしている。音楽に関しては知識なんてそんなもので、あとは音楽を聞き倒せば良いだろう。

 グレッグが亡くなったと聞いて聞いたABBのアルバムは、デュエインのいたころのもの。
 2枚目のアルバム [idlewild south] の、"Please Call Home" が衝撃的に良かった。
 ごく普通の曲である。"Whipping Post" のようなグレッグ独特の雰囲気やリズムでもない、どこにでもありそうな普通の曲だ。でも、それがひどく哀しく、愛おしい音楽だった。
 いままでに、何回も聞いているはずなのに。私は涙が止まらなくなった。公共交通機関で。私はABBのファンでもないし、グレッグのファンでもない。ただ、ロックファンとして、彼の死が悲しいし、そでだけに、美しい音楽がこたえるのだ。

When I'm Sixty-Four2017/05/13 17:10

 いつもお世話になっている日本のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ・ファン・コミュニティ,Heartbreaker's Japan Party に教えていただいたのが、ベンモント・テンチによる愛器紹介動画。
 ライブ会場のステージ上で、使用楽器を紹介している。スタイン・ウェイの上にあんなに山積みにして良い物だろうか…



 色々な音が出せる楽器の例として、ビートルズの "When I'm Sixty-Four" のイントロを弾いている。
 "When I'm Sixty-Four" はアルバム[Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band] の収録曲。[Sgt. Pepper] とベンモント,トムさんと言えば、二人が初めて出会った時のエピソードが思い出される。カントムこと、[The conversations with Tom Petty] では、こう語っている。

Q:最初にベンモントに会った時のことを覚えていますか?

TP:ぼくがベンモントに初めて会った時、ベンモントはまだ全然子供で、12歳か13歳そこらだろう。ある日、ベンモントがリパム楽器店にやって来た。そして椅子に腰掛けると、オルガンで古いビートルズのアルバムの曲を弾き始めた。たしか、[Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band] だ。最初から最後まで弾いちゃったんだ。鮮明に覚えているよ。
 何せベンモントはオルガンをやめたとたんに、ハープシコードで "Lucy in the Sky with Diamonds" を弾き始めたんだから。ベンモントを見ようと、ひとだかりが出来ていた。まったく、凄い光景だった。

Q:ベンモントは歌っていましたか?

TP:いや、完全にインストルメンタルだった。楽器だけで全て表現していたんだ。あいつ、何でも弾きこなすからね。たとえば、ぼくらが何もなくて退屈してたりすると、「ベンいじめ」みたいな遊びを始めるんだ。ベンモントが弾けないようなものをやらせるのさ。でも、弾けないなんてのは、まれ。とにかく信じられないほどの天才音楽家だからね。
 ベンモントほどミュージシャンに出会ったことが無いよ。彼は本物の名人さ。

 とにかく、ぼくとバイト仲間はベンモントが演奏するのを見ていて、言い合った「おい、あのガキ信じられるか?」ぼくはそのえらい演奏の上手いガキの姿が、記憶に焼きついてしまった。
 でも、しばらくぼくはベンモントに会う機会がなかった。そう…まさに1970年まではね。ある晩、ぼくのルームメイトが若い男を連れてきた。その男はひげを生やして、髪も凄く長かった。それで、腕にはレコードを抱えている。あの頃は、よくレコードを持って人に会いに行ったのさ。
 ぼくは段々、その男がベンモントだって気づいてきた。そう、「ああ!あのガキ!」ってね。
 そしたら、ベンモントが言った。「そうだよ。いま、ぼくはニュー・オーリンズでバンドをやっているんだ」
ぼくは即座に誘った。「明日の夜、ライブがあるんだ。一緒にやらないか?」
「自分のファルフィーサのオルガンしかないけど」
「オーケー、十分だ。」

 この話で面白いのは、子供だったベンモントのことをトムさんも覚えていたし、ベンモントもトムさんのことを覚えていたことだ。[Runnin' down a dream](本)によると、楽器店で [Sgt. Pepper] を一通り弾いた少年に、トムさんは声を掛けて自己紹介をしたらしい(トムさんだってせいぜい15か16の少年だが)。少年は Benmont という変わった名前を名乗ったこが印象的だったという。一方、ベンモントはトムさんのことを「ブライアン・ジョーンズみたな髪型の人」と記憶していた。確かに、金髪のマッシュルームならそうだろう。

 さて、"When I'm Sixty-Four"。こういう曲を聞くと、ポールは本物の天才だったのだと実感する。ジョンやジョージとはまったく異なるタイプの才能の持ち主で、彼がロックという分野を選ばなくても、ある程度ポップスの分野で成功できたのではないだろうか。
 この曲の鍵は、2本のクラリネットと、1本のバスクラリネット。ジョージ・マーティンの手腕の見せ所だ。



 この3人のクラリネット奏者はどこの誰なのか。Wikipediaには名前しかあがっていない。
 ビートルズのレコーディングでオーケストラ楽器を使う場合、よくロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラのメンバーが呼ばれているので、彼らもそうではないかと想像している。
 そのようなわけで、ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラがモスクワで公演したときの、"When I'm Sixty-Four"。



 ついでにもうひとネタ。
 現在、ベルリン・フィルの主席指揮者はリヴァプール出身の英国人サイモン・ラトルだが、彼が2013年にコメントしているのが面白かった。2018年、自分が64歳になったら、主席指揮者をやめるというのだ。

"As a Liverpool boy, it is impossible not to think of the Beatles' question, 'Will you still need me.., when I'm 64?'"

 64歳というのは、指揮者にとってきつい年齢だろうか?ポールだって64歳をとっくに過ぎても相変わらず元気にやっているし、ベンモントも今年で64歳になる。
 ラトルは2018年にベルリン・フィルは辞めるとしても、その後も活躍するだろう。

Knockin' on Heavern's Door (Song)2017/05/07 20:35

 NHKの語学番組の「旅するドイツ語」が好きだ。テキストも買っている。べつに音大時代に悲惨な結果に終わったドイツ語に再チャレンジしているのではない。舞台がウィーンだから見ているのだ。
 そのようなわけで、ドイツ語で「トイレはどこですか?」は言えるようになった。

 連休の間に、ドイツ語の映画を見たくなり、一番好きな映画の一つである、[Knockin' on Heaven's Door] を見直した。最初に見た時に、このブログの記事にもしている。

2010年4月29日 Knockin' on Heaven's Door

 この時、「吹き替えが欲しい」とコメントしているが、その後吹き替え版も購入している。どうやら、2002年と2009年のDVDを持っているようだが、どちらもあまり映像が綺麗ではない。
 私が持っている物よりも新しい盤としては、2011年のブルーレイと、2015年のDVDが出ているが、画像は綺麗になっているのだろうか。どなたかご存じでしたら教えて下さい。コメント欄か、右柱を参照して、「親サイト」からメアドを見つけて教えて下さると、とても感謝します。

 ボブ・ディランの "Knockin' on Heaven's Door" は映画の挿入歌として作られた。オリジナルは習作のような感じで中途半端だが、1974年の [Before the Flood] ではすでにライブ演奏しており、これが名演奏。ロックの大名曲となり、様々なアーチストにカバーされている。
 映画で使われた ゼーリッヒ Selig のカバーは最高だ。

 ハートブレイカーズとのライブ演奏が凄いのは当たり前。ただ、女性コーラスがうるさいのが玉に瑕。
 私がディラン自身の演奏で意外と好きなのが、[Unplugged]の時の演奏。ニコニコしながら、絶好調に歌い上げるのが素敵だ。



 今回検索して、一番感動したのがこちら。
 1978年のロジャー・マッグインとジーン・クラーク。



 これは胸にズキンとくる。シンプルな演奏に、切々としたヴォーカルが、苦しくなるような突き刺さり方をする。

The Doobie Brothers in Budokan2017/04/29 15:10

 2017年4月26日、日本武道館における、ザ・ドゥービー・ブラザーズのライブに行った。

 私にとってのドゥービーは、「限定的に」好きだというアーチストだ。
 まずミュージック・ビデオやライブ映像、写真などを全く見たことがないので、彼らの容姿を知らない。メンバーの名前も、人数も把握していない。
 アルバムは1971年のデビューアルバムから順番に聞き始め、その音楽はとても私の好みに合い、大好きなアーチストになった。そして1976年の [Takin' It to the Streets] まで聞いたところで、ちょっと違うと思い、それ以降のアルバムは全く聞いていない。
 その話をすると、「分かり易いやつだ」と苦笑される。ウクレレの先生(ギタリスト)曰く、「『オシャレ』が好きじゃないんですね」とのこと。
 ライブを見るのは、今回が初めてだ。

 当日のセットリストを見ると分かるが、17曲中の15曲が、私が持っているアルバムからの選曲で、そう言う意味では「私の好きなドゥービー・ブラザーズ」を楽しめた。

Jesus Is Just Alright
Rockin' Down the Highway
Take Me in Your Arms (Rock Me a Little While)
Another Park, Another Sunday
Clear as the Driven Snow
Spirit
World Gone Crazy
Eyes of Silver
Dark Eyed Cajun Woman
Sweet Maxine
Takin' It to the Streets
The Doctor
Black Water
Long Train Runnin'
China Grove
Without You
Listen to the Music

 武道館のステージはとてもシンプルで、マイクスタンドが横一列に4本並んでいる。私の席は西だったので横の上方から見下ろす形になった。ロックにおけるスタイルとして、この横並びを横から見るのが大好きだ。ワン・マイクも萌えるが、横並びも萌える。

 ステージに登場したメンバーを見てまず驚いたのが、彼らの若々しさだった。私はドゥービーの音楽は好きだが、知識がまったくない。彼らはTP&HBよりもだいぶ先輩だと思っていたので、その若々しさが意外だったのだ。
 確認してみると、トム・ジョンストンとパトリック・シモンズはトム・ペティやマイク・キャンベルより2歳年上。ほぼ同年代で、デビュー年がハートブレイカーズより5年早いとのこと。それにしても若々しい。
 声の素晴らしさも予想を遙かに超えていた。去年だったか、デイヴィッド・クロスビーの声の良さには度肝を抜かれたが、ドゥービーの声も最高だった。サポートメンバーも含めて、コーラスワークも、バンドのイメージを裏切らない素晴らしさだ。

 知っている名曲の数々に大満足だった理由の最大のものは、趣向を凝らさなかったことだ。
 ロックの名曲を「スローバラード・バージョン」とか、「アコースティック・バージョン」にするような工夫とか、趣向が、あまり好きではない。特にドゥービーはアルバムの音でしか知らないバンドなので、オリジナルの雰囲気をそのまま、ステージから大きな音で発してくれたのが嬉しい。
 そういう意味でいうと、ザ・ローリング・ストーンズも、あまり「なんとかバージョン」などをやらず、「ロックンロールはロックンロール」であり、録音した作品への自信がみなぎっている。そういう姿勢が大好きだ。
(例外はボブ・ディランで、彼は録音の前も後も、常に変化し続けるスタイルだ。私がディランが好きな理由な一つでもある。)

 認識を新たにしたのが、知らぬ人はいないほどの名曲 "Listen to the Music"。
 この曲、実はほかのドゥービーのメジャー曲にくらべて、ややスローで穏やかな曲だった。いつもアルバムの冒頭として聴いていて気づかなかったのだが、アップテンポな名曲をいくつも聴いた後、最後に聴くことによって、そのことに気づかされたのだ。

 最初から最後まで、イカしたロックンロールで突き通した、爽やかで潔い、最高に格好良いコンサートだった。たったの1時間半。でも大満足で、また見たい。

Southern Cross2017/03/28 21:29

 いよいよ、F1 グランプリが始まった。
 今年もオーストラリアが開幕戦。フェラーリのベッテルの勝利に大喜びしている。
 一方で、いつもニコニコ、F1レーサーにしては「いいやつ」のリカルドは、地元グランプリではいつも不運がつきまとう。スタンドに押しかけたリカルド・ファンたちの持つオーストラリア国旗が哀しげだ。

 オーストラリア国旗をみるにつけ、南十字座のことを想い出した。
 南十字座、通称 Southern Cross だが、星座としての英語の正式名称は Crux だそうだ。

 シンガポールに行くに当たって、一つだけ楽しみだったことがある。
 南十字座を見ることが出来るかも知れないということである。

 午後8時、空がすっかり夜の闇になったとき、南の空を見る機会が一回だけあった。
 天上にオリオン座が輝いているのには、感動してしまった。首都圏にいると、南の斜め45度ほどに見える冬のダイヤモンドの数々が、天上にあるのだ。本当に低緯度の土地に来たのだという実感が湧いた。
 肝心の南十字座だが、こちらは見られなかった。シンガポールにおける南十字座が見える季節は3月から始まるが、23時以降にならないと、水平線から昇ってこないのだ。南国とはいえ、やはり北半球なのだ。
 南の夜空は寂しいと、知識で知っていた。実際の星空は、たしかに寂しかった。シンガポールは街灯りのせいもあって、星が見づらい。真っ暗な水平線のむこうに、未だ見ぬ南十字があると思うだけでも、満ち足りた気持ちだった。

 ザ・バンドの7枚目のアルバム [Northern Lights - Southern Cross] の邦題が、「南十字星」であることは、今日はじめて知った。
 「南十字星」という呼び方はやや古い。「星」と言ってしまうと、北極星のような一つの星のように解されかねず、最近ではあまり使われないのではないだろうか。

 アメリカでは、ハワイとフロリダの南端からなら、南十字座が見えるのだそうだ。

Sweet Caroline / Amigos para siempre2017/03/23 23:01

 仕事でシンガポールに来ている。
 会議で缶詰にされており、シンガポールの有名な町の様子は全く見ていない。あまり興味もないのだが、ただ F1 のコースになっているところはちょっと見たかった。

 私の勤務先は外資系(アメリカ)の製造業。外資系の会社のパーティというと、お洒落なカクテル・パーティだの、細長いシャンパングラスを想像するかもしれないが、わが社はそうではない。
 ものすごい大宴会で、80人余りが飲めや、歌えや、踊れやの大騒ぎ。カラオケあり、コスプレあり、日本企業の忘年会どころではない騒ぎなのだ。私自身も、想像していた「外資系」とは全く違うのである。

 アメリカ人重役たちが披露したのが、こちら。ニール・ダイヤモンドの "Sweet Caroline"



 彼らにニール・ダイヤモンドのファンなのかと尋ねたら、特にそういうわけではないとのこと。ただ、非常に有名で、盛り上がり、感動的な曲なので、選んだそうだ。トム・ペティが好きだという話をしたら、ひとしきり盛り上がるのは、アメリカ人と同席したときのお約束。

 パーティの最後は、スペイン人が、ロス・モノロスの "Amigos para siempre" を熱唱した。「ずっと友達」という意味だといっていたような気がする。全員踊りまくっていたので、良く覚えていない。



 さて、私は何をしたのか。
 パーティのオープニングを飾る重責をソロで担い、ティン・ホイッスルでダンス・セットを披露し、大喝采を浴びたまでは良かった。演奏の出来はともかく。
 しかし、ジャパン・ティームとして、なぜ、ピコ太郎の衣装を着て、「スキヤキ・ソング」歌うはめになったのかは、良く分からない。

天辰保文さん2017/03/18 21:43

 私が初めて天辰保文さんの文章を読んだのは、ジョージのソロ・アルバムだった。
どのアルバムだったのかうろ覚えで、CDケースを片っ端から開いてやっと分かった。[33 & 1/3]。 1991年の文章とのことだが、私が購入したのは、市場に出まわっている最後の方の盤だろう。

 その1991年の文章は、とても印象深かった。というより、当時周りに同じ音楽が好きな仲間がいないなか、天辰さんだけは、自分を理解してくれていると感じた文章だった。ちょっと長いが、引用してみる。

   もともと、ぼくは、ビートルズ時代から、4人の中では、いちばんの贔屓で、何処となく、甘い翳りがあって、独特のムードを放っていた彼が大好きだった。中学、高校の頃だから、これと言ってしっかりした理由があるわけではかったが、彼の作品はビートルズであると同時に、ちょっぴりそこから逸脱していて、ジョージというひとりの個性を備えていた。股を開いてギターを弾く恰好も、悪くなかった。
 たとえば、ジョンが、ありとあらゆる意味で、歌をメッセージにまで高め、人間の弱さを露呈したものでさえも、そこに示唆的な意味が見出せたのに対して、何処となくだらしなさそうで、ジョージはむしろ、共感を覚えさせてくれるようなところがあった。と言って、ポールほど俗っぽくもない。彼の歌には、聴き手と、痛みを共有するようなデリケートなところがあった。そういうジョージをして、ぼくの周囲の女の子たちは、「年をとるととてつもなくいい男になるか、あるいはまったく駄目になるか、どちらかよ」などと、煙草をくゆらせながら、意味深げに喋るのであった。彼には、そういった大人びた女の子のファンが多かった。ロック好きな少年が次第に、大人の領域に足を踏み込み、人生の苦い味や切ない味、奥行きの深さや神秘と言った類いのものに触れていく。そして、新しい世界を少しづつ体験していく。彼のアルバムとの出逢いは、ぼくにとって、いつもそういうものだった。


 私は煙草をくゆらせながら、意味深げに喋りはしないが、「そう、まさにそれ!」と言わずにはいられなかった。
 ジョージを好きなる女の子と男子たちの、ごく微妙で密やかな愛情の機微を、うまく表現したのが、この解説文だった。ジョージの独特のムードを、「甘い翳り」と表現したのは絶妙である。

 学生時代、ビートルズ・ファンの仲間はいた。しかし、ジョージのファンとなるといない。そういう時に、天辰さんの文章は、ここに私を理解してくれる人がいると、心強く思わせたのだ。
 そういう意味では、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの解説文は、さらにもっと心強かった。私が買った彼らのアルバムの最初は、たしか [Greatest Hits]だった 。その解説を書いたのも天辰さん。
 最後のところで、TP&HBというバンドの存在について表現した文章は、何度も何度も読み返した。

 腕を振り上げたり、仰々しく叫んだりするようなことは一切ないけれど、ロックン・ロールが備えているダイナミクスと、と同時にデリケートな側面を見事に照らしだしながら、ロックン・ロールがいつの時代においてもしたたかに生命力を宿した音楽であることを実感させてくれる。ひょっとすると彼ら以上に歴史に名を残すグループは沢山あるけもしれないけれど、そういった栄光や業績と呼ばれる類いを抱え込みすぎることなく、時代が強要する贅肉など一切身に着けずに、ロックン・ロールの核心に触れようとするときにはいつもこのグループのことが想い出されるような、そういう気がする。

 トム・ペティがこだわる「ロックン・ロール」という言い方が繰り返されているのが、まず良い。「ダイナミズムと、デリケートな側面」、これこそTP&HBの魅力を凝縮した言葉だ。そして、バンドとしての潔さを「時代が強要する贅肉など一切身に着けずに、ロックン・ロールの核心に触れようとする」と表現する。
 TP&HBを好きになったばかりのころ、さすがに仲間はいなかった。(音大なので、「知っている」人はいた)そういう時に触れたこの天辰さんのこの解説文によって、私は一人ではない、完全な孤独ではなく、素晴らしき音楽を理解してくれる人は、この世に確実に存在するのだという確信を得たものだ。

 天辰さんの文章ということで、もうひとつ。これはおまけ。
 ロジャー・マッグインの [Back from Rio] は、吉祥寺のディスク・ユニオンにて600円くらいで購入したと思う。その一節。

 こうやって、この1,2年のロジャー・マッギンの動きを眺めていると、この新作『バック・フロム・リオ』は、出てくるべくして出てきたと言った感じのアルバムだ。彼のカムバックを呪うように、トム・ペティが、ザ・ハートブレイカーズの面々を率いて協力

 「祝う」のまちがいだろう。可愛い誤植。