Let the Good Times Roll2026/02/01 19:28

 ボブ・ディランのブートレグシリーズ Vol. 18 [Through the Open Window] を購入。バカでかい箱にはこりているので、CD二枚のコンパクトタイプにする。
 最初の一曲は、1956年 ー ディランまだ15歳のときの、プライベート音源。とても印象的だった。曲は “Let the Good Times Roll” ー シェリー&リー が同年に発表した曲なので、ロバート少年は最新ヒット曲を録音したことになる。



 この曲、どこかで聴いたなぁと記憶をたどると、ハリー・ニルソンの録音だった。



 ほかにどんなカバーがあるのかと検索してみると、ロイ・オービソン御大があった。もっとも、彼のあの美声の魅力を活かしているとは言えないと思うが…



 ディランにとってはとてもお気に入りの曲だったらしく、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとのツアーでも披露している。



 残念ながらディラ様とトムさんのツインヴォーカルを楽しめる!というけではないが、このコラボレーションらしい格好良い仕上がりだ。

Mike Cambplell and The Dirty Knobs in LA2026/01/12 19:33

 Heartbreaker’s Japan Party さんのメールマガジンによると、マイク・キャンベル&ザ・ダーティ・ノブズは去年のクリスマスに LA のユナイテッド・シアターでライブを行い、[Christmas All Over Again” をプレイしたとのこと。フロントマン亡きあと、物語の続きがあるバンド、それがトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズである。



 何が素晴らしいといって、スティーヴ・フェローニのドラムスである。前のドラマーさんも悪くはなかったが、桁違いの巧さである。特にこの曲は冒頭のドラムが特徴的なだけに、図抜けていることが分かる。
 マイクは相変わらずのトムさん憑依っぷり。マイクの自伝を読むと、初めて歌ってみようと試みたときから、自分の歌い方も歌声も、トムさんにそっくりであることを自覚していたとのこと。今となってはインタビューに答える喋り方、声もトムさんにそっくりなので、本当に特異なコンビだったと感心する。

 同日のライブでは、”Jammin’ Me” も演奏している。これの面白いところは、マイクがアコースティック・ギターに終始しているところだ。



 マイクのアコギのほかは、ベースと、キーボード、ドラムス。それだけで、これほどしっかりしたロックンロールをかっ飛ばすのだから、彼らの腕の良さが際立つ。
 それと同時に、ディランとの共作でもあるこの曲が、いかに根っからのロックンロールで、ほかにどうにもならない名曲だということだ。スクリーンにディランとのツアーのときの写真が映し出されるが、当時の若きロックンローラーたちの息遣いが再現されていて、とても素晴らしいと思う。
 ディランとマイクが奇跡の共演を果たしたのは、一昨年だったか。今年辺り、また何か一緒にやってほしい。YouTubeのウィルベリーズ映像がいったん下げられたりしているので、ウィルベリーズ関係でなにかあるのかもしれない。期待している。

Steve Cropper2025/12/17 20:53

 12月3日にスティーヴ・クロッパーが亡くなったと聞いた。彼の死去を受けていろいろな写真をネットで見たが、とびきり若い頃(20代?)の美男子っぷりに度肝を抜かれた。

 スティーヴ・クロッパーと言えば、私にとっては「ニール・ヤングと握手する人」である。ボブ・フェスの一番の盛り上がりどころ、”My Back Pages”の冒頭だ。



 ボブ・フェストと言えば、ジョージの出番でのスティーヴ・クロッパーも忘れがたい。ギター・ヒーローのくせに、このときはリズムギターしか弾かなかったジョージ。ボブのためのコンサートだということもあるし、スティーヴ・クロッパーがいるなら、彼に任せるべきだとでも思ったのだろう。ジョージは本当に幸せそうにプレイしている。
 ジョージはあまりライブが得意ではなく、声に波のある人だが、ボブ・フェストは絶好調だった。



 そしてもう一つ、私にとってのスティーヴ・クロッパーは、ブルース・ブラザーズ・バンドの人だ。特にお気に入りは名曲(というか、ブルース・ブラザーズの中でも特にお気に入り) “Soul Man” 。あのギター・リフは超名作である。
 改めて映像を見ると、曲良し、演奏良し、ダンスも良し。非の打ち所がない。

Ugly - Tom O'dell2025/12/14 19:22

 2008年6月にこのブログを始めて以来17年、こんなに記事にブランクを空けたことはなかった。空いてもせいぜい1週間とか、10日くらいだったのだが、このたびはじめて約2か月記事をアップしない日が続いた。
 なんのことはない、現代人らしく仕事が多忙過ぎた。もともと多すぎる業務をこなしているという実感はあったが、11月からはそれに拍車がかかり、さらに毎日出社するという負荷が加わったために、すっかりブログをアップできないでいた。
 その間、ショパン・コンクールが終わり、フィギュアスケートのGPシリーズも終わり、そしてF1もシーズンが終わっていた。

 音楽的には、ピアノの発表会があった。いつもならバッハしか弾かない私だが、今回は忙しすぎてバッハの準備が間に合わず。それまで弾いていたショパンを仕方なしに弾いたのだが ― 発表会のたびに思うのだが、びっくりするほど酷い演奏だった。とんでもなくだめな演奏でも、場数を踏んでるだけあって、落ち着いていたのは良かったのだが。ともあれ、やはり私はバッハ以外はだめだなぁと自覚するに至る。

 トム・オデールが新譜を出しているのに気づいたので、購入。
 彼のアルバムはここ2枚ほど低迷していたのだが、今回はドラムとベースの入ったバンド・サウンドに戻ってくれて嬉しい限りだ。
 私の中で、トム・オデールがちょっとエリオット・スミスのカテゴリーに入りそうな感じがする。初期のアルバムのもっと明るくて弾けた感じは、もっと戻り代があるので、まだまだ期待している。そういえば彼も生で見てみたいアーチストの一人だ。
 改めて聴いてみると、相変わらず苦しそうに歌う、絞り出しスタイル。私が好きなジョージ・ハリスンやトム・ペティのスタイルと共通していると、改めてトム・オデールの良さを認識した。

Midas Man2025/10/12 10:23

 映画「ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男」を見た。原題は “Midas Man” マイダスとはギリシャ神話に登場するミダス王のことで、触れるものが黄金に変わるという男だ。触れたバンドが黄金ビートルズになったという意味だろう。



 どこが見どころかと言えば、もちろんどの程度ビートルズを再現できているかである。ブライアンについてはだいたい知っている話ばかりだったので、それほど興味があるわけではない。
 結論として、どの程度ビートルズに寄せられていたかというと…65点といったところだろうか。ジョンは顔も喋り方も似ているけど、背が低いのと、やや鋭さが削がれてむしろジュリアンに似ていた。ポールは顔の上半分はそっくり!下半分は似ていない。ジョージは、眉を足した(だろう)ことは良いが、それ以外はあの輝くような美少年ぶりは不発。リンゴにいたっては全く似ていなかった。
 演奏する姿はまぁまぁ。選択する楽器も違和感がなかったし、四人の仲の良さがよく出ていた。
 ブライアンは俳優ありきで、べつに似せるつもりもなかったらしい。それはエド・サリバンもしかり。ジョージ・マーティンは姿こそかなり似ていたが、喋り方がまったく似ていないので、中途半端な仕上がり。ビートルズ・ファンは、マーティンの喋り方も熟知しているのだ。

 この映画の苦労のしどころは、ビートルズを描くのにビートルズのオリジナル楽曲を、一切使えないところだ。初期はカバー曲だけでなんとか乗り切れるのかもしれないが、”Please Please Me” “I Want to Hold Your Hand” が大ヒットする重要な場面で、使えないという足かせはいかんともしがたい。その後はだいたいビートルズっぽい雰囲気だけで話が流れていき、この話は別にビートルズのマネージャーじゃなくても良いのでは?ということになった。

 要はビートルズという世界最高のバンドを世に送り出した、大成功者であったブライアンだが、薬物という悪癖と、当時はさらに生きづらかった同性愛者だったことの苦悩を描く映画だった。60年代は魔法の時代であり、音楽文化が黄金期を迎え、色とりどりの花で彩られ、様々な奇跡が起きたが、人間にとってそのスピードはついていけないものであり、その負の側面である薬物によって、多くの人は若くして命を落としいった。ビートルズという象徴的な太陽の影にそんな物語がある。

 そのほかに印象的だったのは、シラ・ブラックがけっこう良くフューチャーされていたこと。キャバーンのクローク係だったところから登場している。ブライアンのことを全ては理解していないが、優しく友愛に満ち、支えになろうとする姿が良かった。
 もう一つ良かったのは、ブライアンのアシスタントだった、アリステア・テイラーがしっかり出てきたところ。テイラーは、私が初めてビートルズにはまった小学生の時、ビートルズの情報を得るべくまず図書館でかりた本の著者だった。ビートルズの良き理解者で、欠くべからざる人のはずだが、その後のビートルズを取り巻く環境の変化で彼は歴史から弾き出されてしまった。そのことが私個人として悔しかったのだが、今回は日の目を見た。

 そしてこの映画で一番良かったところは、ジェリー&ザ・ペースメイカーズの “ You'll Never Walk Alone” が流れるところ。これぞ Liverpool !という感じで、すべてを持っていってしまった感じ。良かったなぁ。

Cheap Trick in Budokan2025/10/04 20:57

 三日前の水曜日に、日本武道館でチープ・トリックのライブを見た。
 三日も経ってから言うなと、ファンからは怒られそうだ。詳しくは知らないのだが、どうやらフェアウェル・ツアーだったらしい。

 そもそも、私はチープ・トリックのファンというわけではない。親しい友人たちにファンの一団がいて、彼らと過ごしたときにチープ・トリックのビデオを一緒にみたこと、そのついでにベスト盤を一枚購入したこと。私がチープ・トリックについて知っているのはその範囲である。
 それがどうして、大事な大事な武道館公演などに行くことになったのかというと、例のファンの一団が盛り上がっており、「誰かぴあの会員になっていないか」、「席を取ってくれ」、「私会員だよ、取ろうか?」…という流れでなんとなく私も行くことに。
 しかも私にしては珍しく、武道館のアリーナを引き当てた。一番後ろの方で決して視界は良くなかったが、まぁアリーナが取れたというそれなりの興奮がある。

 コンサートが始まってみると、ちょっと困ったのは全然曲を知らないことだった。こんなに知らないんだ…とびっくりしてしまった。しかしファンである友人たちにとっては「おなじみの」ナンバーだったらしい。
 私の知っている曲が増えたのは後半からアンコールまでで、これなら私も一緒に歌えると楽しく過ごした。

 日本は世界でも有数のチープ・トリック好きの国だそうだ。そもそも、ヒットのきっかけも日本での人気とのこと。その割には観客は大人しいなぁと、バンドメンバーは思わなかったっだろうか。コール&レスポンスなんて、もっと凄くて良いのにと、客席に居ながら思う。アメリカで体験したものすごい歓声や合唱(うるさすぎて騒音である場合もある)を懐かしく思う。

 たぶん、バンドのオリジナル・メンバーの平均年齢も70歳を超えているだろう。それでもパワフルで、たった四人の音であれだけの迫力を出すのだから、偉いものだと、感心しきりだった。

The Boys of Summer2025/09/23 20:13

 ドン・ヘンリーの大ヒット曲 “The Boys of Summer” はマイク・キャンベルが作り、ヘンリーが詞を書いたことは有名だ。
 マイクはただただ、トムのためだけに沢山の曲を作りためていた。1980年代前半、マイクはドラムマシーンも手に入れて、曲のストックもかなりのものになっていた。ジミー・アイヴィーンもそれを知っていて、マイクをヘンリーに紹介したのだろう。
 ヘンリーはマイクの曲を気に入り、”The Boys of Summer” は大ヒットとなった。当時、経済的な危機にあって自宅が抵当に入っていたマイクだが、この曲によってその危機は回避された。そもそも、マイクが自力で曲をどんどん作れることに気づいた妻のマーシーが録音機を買うことを薦め、彼女が自宅の売却を拒否したことによるこの結果だ。マイクの愛妻はどこまでも正しく、マイクいわく「これぞ俺の彼女だ」。

 ”The Boys of Summer” の絶好調ぶりは、マイクの「本命」であるトムさんにとっては複雑なものだった ― と、マイクは感じているようだ。
 当時、ハートブレイカーズは “Rebels” の仕上げに苦労しており、トムはフラストレーションをためていた。そんな頃の出来事が、マイクの自伝に書かれている。

  私たちが ”Rebels” のミックスを行っているとき、トムと私はミキサーの前に並んで座り、何回か聴いていた。トムはつまみを回しながら微妙な調整を繰り返した。ひと仕事終わると、トムは車のステレオでどう聞こえるか聴いてみたいと言った。
 私はできあがったカセットテープを取り出し、私の車へと歩き出した。私が運転席に回る間に、トムは助手席に座った。私はイグニッション・キーを回した。
 ”The Boys of Summer” のコーラスがスピーカーから鳴り響いた。
 私は取り出しボタンをぶっ叩いて止めようとした。しかしそれはカセットの音ではなかった。ラジオが鳴っていたのだ。
「ああもう。ごめん。」私は反射的に謝っていた。
 私はラジオのボタンを押してラジオ局を変えようとした。しかし、またも同じ曲が流れる。トムは唇を引き結んでフロントガラスを見つめていた。私はもう一度違う局にしようとした。しかし、三度同じ曲が流れた。
 私はラジオを叩いて止めた。私たちの間にしばらく沈黙があった。三つの違うラジオ局で流れるなんて。
「ごめん」
「いや。よく出来てた。自信がついただろう?」
 トムとしては良い評価だった。
「そうだな、うまく行って嬉しいよ」
「だな。俺が聞き逃してなけりゃなぁ」

 この場面はやたらとエモい。二人きりの車中で、焦るマイク。黙り込むトム。謝るマイク。謝る必要なんてないのに。本命のトムが苦しんでいるのに、ほかのシンガーを大成功に導いたことへの罪悪感。トムとマイクの信頼関係が分かっているだけに、よけいにつらい 。
 自伝では、次のページでトムが自ら手を折ってしまう。自身信のフラストレーションのやり場を誤ったのだが、ともあれマイクを誰かに盗られたようなストレスが、彼を追い詰めたのだろう。

 ある種の悲劇でありつつ、彼らの絆の強さを表すエピソードだった。

More Cowbell2025/09/13 19:46

 マイク・キャンベル自伝、最近多忙のため、読むのがとても遅い。やっと後半にきた。
 さすがに出世作だけあって、”Damn the Torpedoes” のレコーディングの箇所はかなりの紙数を割いている。
 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズはビートルズのようにアルバムを制作するごとに成長を遂げるべく、新しくジミー・アイヴィーンをプロデューサーを迎えるのは周知のことだ。ジミーは完璧主義で、レコーディングの繰り返しが延々と続いたいう話は知っていたが、その詳細がさらにマイクの自伝によって明らかになった。
 ジミーと、ジミーが連れてきたエンジニア,シェリー・ヤクスは納得行くまで演奏、録音を繰り返すのだが、特にスタンのドラムスのサウンドに納得がいかず、地獄のようなセッションのが続くことになる。
 ある時、とうとうマイクはジミーの「もう一回」にブチ切れてスタジオから出ていってしまった。大人しい(しかも若い頃ほど大人しい)彼にしてはとてもめずらしい出来事だったろう。マイクは子どもを親に預け、妻のマーシーとのラブラブ回復週間を経て、やっとスタジオに戻ってきたのだ。

 シェリー・ヤクスは超絶的に敏感な耳の持ち主で、どんなささいな音も聞き逃さないというのが、マイクの評だ。TP&HB との仕事の前にも数々のレコーディングにかかわっており、その中にはブルー・オイスター・カルトの名もあった。マイク曰く、

 あのカウベル、”Don’t Fear the Reaper” ? あれがシェリーのアイディアだったとしても驚かない。

 突然話が SNL の有名なスケッチに飛ぶので笑ってしまった。このネタは分かる人にしかわからないが、アメリカ人だったらまず知っているくらいの知名度なのだろう。
 幸い、ジミー・ファロンの番組のゲストに、ともにこのスケッチに出演したウィル・ファレルが登場したときに話題になり、スケッチをまるごと紹介してくれた。思い出話として、ジミーが演技をしながらも笑ってしまっていたときに、ウィルも同じく笑ってしまっていたが、ヒゲでかくれていたのだということが披露された。



 さらに面白かったのは、後日談としてクリストファー・ウォーケンが舞台のアンコールに応えようと出ていくと、観客がカウベルを叩いていたとか、イタリアン・レストランで「もっとカウベルが必要ですか?」と聞かれるなど、散々な目にあったとのこと。

 TP&HB でカウベルが印象的な曲はぱっとは思いつかないが、少なくともジム・ケルトナーが突如現れて、”Refugee” にシェイカーを入れることをアドバイスしたことは有名だ。そのことを知って以来、”Refugee” を聞くたびにシェイカーの音に集中している自分を発見する。誰か面白いスケッチにしてくれないだろうか。

Sailing2025/08/27 19:38

 セイルGP, Sail GPは、海上のF1 というべき高速ヨットによるレース・カテゴリーである。国別対抗ではあるが、べつにナショナル・チームがあるわけではなく、そこは出資者やオーナーがいる点、F1レーシング・チームと同じだ。数年前から、セバスチャン・ベッテルがドイツチームに出資し、オーナーの一人になっている。私はセブがオーナーになったことで、初めてセイルGPを知ったというわけ。

 これまでも、セブがヘルメットを被って船に同乗させてもらっている動画などはあったが、この数日公開された動画は少し様子が違った。





 セブが舵輪を操作している!わぁお、びっくり!ヘルメット被ってステアリング状のものを操作する姿は、さすがに様になっている。もちろんこれはレース本番ではなく、デモンストレーション走行だろう。
 ドイツ・チームは強豪とはいえないようだが、セブが関わっている以上、応援せずにはいられない。

 sale, saling といえば、ロッド・スチュワートの録音が圧倒的に有名な “Sailing” ― 1975年のソロ・アルバムのB面に収録されている。この曲そのものはあまりにも有名なので貼り付けは省略する。
 私も小学生か、中学生くらいまではこの曲が好きだった。しかし、音大に進み、フォーク・ロック志向になると、大げさなサウンド、オーバー・プロデューシングが鼻について、好きな曲ではなくなったと思う。
 もともとは1972年サザーランド・ブラザーズの曲だ。こちらは今回初めて聞いた。



 聞いてびっくり、渋くて鈍痛がくるような不思議な曲調。これを聞くと、オーバープロデューシングとは言え、ロッドのバージョンはかなりの名曲、名編曲だということがわかる。そして今やオリジナルはほとんど聞かれず、ロッドのバージョンが広く知られているのも分かるというものだ。

Meeting Stones2025/08/20 21:01

 マイクの自伝を断片的に翻訳するシリーズ。今回は、”Hard Promises” をリリースした頃、ハートブレイカーズはニューヨークでのテレビ出演後に、目的は知らされずに呼び出された。とある建物のエレベーターの中で、一体何事だろうかとトムさんとマイクは顔を見合わせる。
 あるフロアに到着すると、リハーサル・ルームのステージ上にあるバンドがいたのだ…

 それはザ・ローリング・ストーンズだった。
 彼らは “Shattered” の演奏中だった。
 マイクロフォンのところにはミック・ジャガーがいて、チェリー・レッドのギブスンSGを細かなリズムを刻みながら歌っていた。ロン・ウッドとキース・リチャーズがミックの背後に居て、その斜め後ろのドラムスのところにチャーリー・ワッツが居た。ロニーがシルヴァーの彫刻つきのゼマイティスを弾き、キースは黒い5弦、メイプルネックの1972年製テレ・カスタムを爪弾いていた。
 まさにストーンズだった。その8割に過ぎないにしろ、ストーンズだった。
 曲が終わると、キースがミックとなにやらゴニョゴニョと話した。ミックはキースに頷いてみせると、SGをアンプに立てかけ、挨拶しに来た。リチャード(TP&HBのマネージャー)が私たちを紹介した。ミックは明るく愛想の良い感じだった。彼らは数日後に迫った、9月からのツアーに向けてリハーサル中だった。
 私がステージ上を見ると、ものすごい量のアンプの前に、古いサンバーストのフェンダー、Pベースがあった。
「ビルはどこに?」
 ビル・ワイマンの姿はどこにも見えなかった。
 ミックがため息をついた。
 キースはいつも遅れてくるのだと、ミックが説明した。ビルはそれに嫌気が差してしまって、いつも2日後に現れるのだという。ところが今回に限ってキースが時間通りに現れた。日付を誤ってメモしたに違いない。ビルは明日まで来ないだろう。
 トムがミックにギターを弾いていることについて尋ねた。
「ほら、あの二人とだろう?」
 ミックが舞台の方を見ると、キースとロニーがタバコを吸い、飲み物を飲みながら何やら愚痴をいっている。
「俺が弾かないと、あの二人やたらと早くなるから、歌詞が追いつかないんだ。あいつらのテンポを抑えるにはこれしかない」
 トムは、なるほどなるほど、分かるよと言いながら頷いた。私は彼を睨んでやった。
 私たちとさらに数分話して、ミックはステージに戻った。彼はSGを取り上げると、バンドはチャック・ベリーの “Too much monkey business” を演奏し始めた。
 ロニーがハンマー・オンにダブルストップをかけてイントロを奏でると、バンド全員がリズムに乗り出した。ミックはギターを弾きながらマイクロフォンに向かった。
 ミックが最初の歌詞を歌いだそうとしたとき、キースがドスドスとミックに向かってきた。
“Runnin’ to-and-fr–”
 キースが手のひらをミックのギターのネックに打ち付けて、音を消した。ロニーとチャーリーがストップする。チャーリーは天井を仰いでため息をついた。
 キースはブルドッグのように唸り声を上げた。
「てめぇがバンドをリードするのは無しだ!」
 キースは細い指をミックとマイクロフォンに突きつけた。
「L、V!てめぇのしごとはそれだ、Lと fu**ing V!」
リード・ヴォーカル。
 ミックはギターをおろしてローディに手渡した。キースは自分のテレキャスターのヴォリュームを上げると、演奏に戻った。俺のヒーロー。曲はどんどん速くなっていき、ミックは歌詞を押し込むに苦労していた。
 ミックが歌詞につまづいていている間に、バンドは轟音を上げる列車のように突っ走っていく。ミックはトムと私を見やった。彼は手を上げて見せて、肩をすくめた。「ほらな?」
 曲が終わると、ロニーが私たちを見やって言った。
「おーい、誰かベー…」
「俺やる!」私はトムが口を開く前に叫んでいた。
 私はまさにステージへと一目散に走っていった。
 フェンダー Pベースを肩に掛けて、アンプをオンにする。どの曲かも言わずに、キースがしなやかなオープンGのイントロを弾いた。”Tumbling Dice” ― 私たちはすぐに彼に続いた。コーラスにくると、私はミック・テイラーのベースラインを正確に弾いた。キースは驚いたような表情だった。その時、彼は私の存在に気づいたらしい。彼は目を細めた。私はつとめてクールに振る舞おうとしたが、思わず微笑まずにはいられなかった。
 いたって微かではあったが、私は確信している。間違いない。約束できる、誓って言える。キースは私に頷いてみせたのだ。


 さすが、TP&HBとストーンズの組み合わせ。ツッコミどころ満載でニヤケ顔が抑えられない。
 ”Hard Promises” の頃なので、確かにミックはトムさんのことを知っていたはずだ。それで気軽に会わせてもらえたのだろう。
 常に遅刻モードのキースと、噛み合わないビル。その後の展開が予感される。ステージ上でのイチャイチャっぷりもさることながら、キースとミックのいちゃつきはリハーサルでも変わらないらしい。というか、一方的にキースが大暴れしている。そんな様子を見て、天を仰ぎため息をつくチャーリー!チャーリーが一番好きだなぁ。
 ロニーが誰かにベースを弾いてもらうことを提案すると、みなまで言わせず、しかもトムさんを押しやって飛び出すマイクが最高。その前にも訳知り顔のトムさんを睨むマイク。
 もっともキュンとするのは、キースに頷いてもらっただけでもう天にも昇るような気持ちだったマイクの健気さだ。この人は子供の頃から本当に健気だが、30歳になっても変わらない。

 ”Tumblin’ Dice” を確認してみると、確かにビル・ワイマンは参加しておらず、ミック・テイラーがベースを弾いている。そもそも、マイクはブルースブレイカーズの頃から、ミック・テイラーの大ファンなのいだ。
 レコーディングにはニッキー・ホプキンズも参加している。ストーンズのキーボーディストはベンモントも含めて名手が何人もいるが、やはり私はニッキー・ホプキンズが一番好きだ。