Heartberakers ハイドパークに見参!2017/07/08 22:48

 さていよいよ、9日日曜日は、ロンドンのハイドパークで行われる、"Barclaycard presents British Summer" の最終日、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズが登場する。



 ところで、ハイドパークのことである。
 私はこれまでに4回ロンドンに行っているが、実はハイドパークには行っていない。厳密に言えば、ロイヤル・アルバート・ホールの写真を撮るためにアルバート記念碑のところには行ったが、ハイドパークには用が無いので、入っていないのだ。
 私は旅行ガイドによくある「のんびりお散歩」というものには全く興味がなく、目的地を決めると、まっしぐら、脇目もふらずに最短距離,最短交通手段を取る。そうなるとニューヨークのセントラル・パークやハイドパークを、のんびりお散歩という選択肢は生まれてこない。

 ハイドパークの歴史をWikipediaで見てみると、11世紀のノルマン・コンクェスト後の検地ですでに "Eia"卿の土地として記録されているとのこと。この "Eia" 卿だが、その後イーバリー Ebury と呼び方が代わり、ベルグレーヴィアの通りにその名が残っているそうだ。ついでに言えば、モーツァルトは8歳のとき、ここに滞在し、彼にとって最初の交響曲を作ったと言うことになっている。
 ともあれ、今のハイドパークの原型は、その後ウェストミンスター・アビーの荘園となった。
 16世紀にはヘンリー8世がアビーから荘園を買い上げ、その後王室所有の森,もしくは猟場になった。
 この公園が広く市民に開放されたのは1851年の万国博覧会以降のようだ。

 ハイドパークで大規模なロックコンサートが行われるようになったのは、1968年以降で、ピンク・フロイド、ブラインド・フェイス、そしてザ・ローリング・ストーンズがその始まりを飾った。
 1990年代のプリンス・トラストではボブ・ディランが登場して、その映像は私のお気に入りだ。こういうロックなディランが格好良い。さりげなくゲストのロニー・ウッドが楽しそうにしているのが、また良い。



 さて、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ。前座をつとめるスティーヴィー・ニックスと共演することは予想の範囲内だが、それ以上の何かサプライズがあるのか、そしてトムさんは屋外限定らしき、謎のターバン(ワイト島のディラン様のまねだと思う)で登場するのか?楽しみだ。

Tom Petty & The Heartbreakers in Prudential Center 16th June 20172017/06/19 22:02

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのデビュー40周年ツアーを、ニュージャージー州ニューアークのプルデンシャル・センターで見てきた。
 セットリストは以下の通り。

Rockin' Around (With You)
Mary Jane's Last Dance
You Don't Know How It Feels
Forgotten Man
You Got Lucky
I Won't Back Down
Free Fallin'
Walls
Don't Come Around Here No More
It's Good to Be King
Crawling Back to You
Wildflowers
Learning to Fly
Yer So Bad
I Should Have Known It
Refugee
Runnin' Down a Dream
Encore:
You Wreck Me
American Girl

 ステージ左後方の席で、視野はこんな感じ。



 バンドを背後から見ることになるのだが、これが意外と見やすい席だった。ステージが近いので米粒というわけでもないし、アリーナのように前列の人のせいで、視界に苦労することもない。たまにスクリーンも見れば良い。スマホのカメラからこれなので、実際はもう少し近く見えた。これまでに見たTP&HBのなかでは、ベスト3の場所だった。

 印象に残ったことをいくつか。
 デビュー40周年という特別企画的に、冒頭に "Rockin' Around (With You)" が演奏された。いつものとおり、マイクがまずステージに登場し、ハートブレイカーズの最後としてトムさんが現れる。珍しくまずスピーチをして、この曲が最初のアルバムの、最初のトラックであることを紹介した。「とにかく今日は100%ロックンロールだ!」
 実のところ、会場の大観衆は、この曲で盛り上がり切れなかった感はある。私は大好きだが、グレイテスト・ヒッツしか持っていない人も多いはずで(前列のカップルがその好例)、この曲を知らない人もいただろう。しかし、そこは40周年なので、こういう選曲をして、オリジナルアルバムを改めて聞き直してもらう良い機会だ。

 そのような訳で、本当の盛り上がりは "Mary Jane's Last Dance" と "You Don't Know How It Feels" から始まったと言って良いだろう。
 "Forgotten Man" は最新アルバムからの曲だが、そうとは思えないほどノリノリで格好良かった。続く "You Got Lucky" は、トムさんが「1982年の曲だ、みんなわかるだろう?」といって始まる。
 "I Won't Back Down" や "Free Fallin'" など、約2万人が一斉に大合唱するのを聞くと、「いつも同じヒット曲のラインナップ」も致し方が無いと思う。大ヒット曲だけで2時間構成できてしまうのだし、「あの名曲」を合唱せずに帰されるのも悲しい。
 それにしても、"Free Fallin'" が始まる前に、トムさんとマイクは何をあんなに顔を近づけてしばらく…ゴニョゴニョ…やっているのか…何?何なの?!46年以上一緒にやっていて、まだそんな至近距離で、しかもステージ上で、何か話さなきゃ行けないことがあるの?!

 今回のラインナップの中で最も印象的だったのは、"Walls"。エレクトリック・バンド編成だったことがさらに良かった。女性ヴォーカル二人の功績でもある。この大名曲は、もっと知られても良い。
 グレイテスト・ヒッツには入っていないので、前列のカップルも座り込んでいるので、心置きなく楽しめた。

 メンバー紹介はいつ見ても良い。マイクの時の盛り上がりが凄まじく、余りにも盛り上がるので一曲歌い出すのかと思うほどだった。そもそも、紹介のスピーチからして、他の人の倍はある。
 「初めて会ったときは、ひでぇ日本製のギターを持ってて、だめだこりゃと…」
 あらやだ、嬉しい。ひでぇ日本製のギター様々。

 アルバム [Wildflowers] からの3曲連続は、今後の活動を予感させる物で、とても良かった。"It's Good to Be King" などは、それほどみんなのお気に入りでは無いと思うが、だんだんと大迫力に引き込まれ、最後は口を開けて呆然とさせられる。

 たしか "Runnin' Down a Dream" でのピアノ・ソロだと思うのだが、マイクがベンモントのキーボードの上に肘をついて「ゴロニャーン」なポーズを取るのが、心臓に悪い。可愛すぎる!やめて!
 そして膝が痛いのに、ピョンピョン跳ねるベンモント。(ライブの前日にマンハッタンのSteinway & Sons に行ってベンモントがいないかどうかチェックしたことは秘密だ)

 "American Girl" はいつ聴いても名曲。キーはオリジナルと同じDだったと思う。やはり、女性コーラスを入れることによってスコットの負担を減らしたことも功を奏したのだと思う。
 最近までやっていた、むやみに長いエンディングはやめて、スパッと終わらせたと思う。余韻も相まってとても良かった。

 いつもの通り肩を組んで挨拶をして、最後にマイクがステージを後にする。フロント・マンはトム・ペティで、バンドリーダーがマイクなんだなぁと、実感させられた。
 こちらは、今回撮った唯一の動画。



 前座のジョー・ウォルシュ?ごめん、覚えていない!良かったけど、ハートブレイカーズが全てを吹っ飛ばした!

Tom Petty & The Heartbreakers2017/06/17 13:00


 なぜトムさんはあんなにも女優なのか?!(普段はボロボロなのにライブツアーとなると完璧に仕上げてくる)
 なぜマイクはあんなにも格好良いのか?そしてベンモントにゴロニャン・ポーズをとるのか?
 なぜ何もかも最高のバンドなのか?

 それは100%ロックンロールだから!トムさんが自分でそう言っていた!

The Veteran in a New Field2017/06/14 06:48


 とんでもなく暑いニューヨーク!
 MET の The Veteran in a New Field は、以前よりだいぶマシな展示方式になっていた。

突如、ニューヨーク遠征2017/06/11 19:58

 明日から、5泊でニューヨークに行く。目的は、6月17日プルデンシャルセンター(NJ)での、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのライブだ。

 ちょっとまて、お前はハートブレカーズが見られないからと言って、あれやこれやとヤケクソを起こしていたのではないのか?

 そう、私はライブ告知時点で計画されていた、仕事のプロジェクトのために、今回のライブは諦めていたのだ。
 余りにも悔しいので、京都で豪遊したり、スティングのライブに行ったりしたのだ。

 ところが、先月になってプロジェクトが秋に延期になったのだ。秋となると、クラシックのシーズンにかぶる。これではハートブレイカーズの埋め合わせもできないではないか。
 そして、続々と動画サイトにあがるハートブレイカーズのライブ映像。見たい。絶対に見たい!

 ライブ3週間前になって、チケットサイトを確認すると、1枚買いできる。
 私はクリックした。席は…




 きっと、何も見えないに違いない。マイクかトムさんが、時々前に出てくれば、ちょっと見える程度だろう。
 それでも良い。前回のストーンズ来日公演で、バックスクリーン横の、ステージが見えない席を取ったことがあるが、それはそれで楽しかったのだ。
 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのライブを、同じ会場で「感じる」だけで良い。究極のヤケクソである。私は、それくらい彼らが好きだ。断言できる。本当に、大好きだ。

 3週間前にニューヨークの航空券と、ホテルを手配すると、地獄のような凄まじい金額になった。予約する手がをぶるぶる震えた。
 ミュージカル [Chicago] と[The Phantom of the Opera] も予約。
 3週間前になってニューヨークに付き合ってくれる人なんていないので、ニューヨークで一人旅。美術館三昧で決まり。

 前の会社の同僚で、ニューヨーク好きな友人に行くことを知らせると、なんとびっくり、あちらも同じ時期にマンハッタンに居るという。よし、あっちで会おう!

 さて、5回目のニューヨーク。どうなることやら。ジョー・ウォルシュなんて、まったく予習していない。でも、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのためなら、何でもどうにかしてみせるさ。

When I'm Sixty-Four2017/05/13 17:10

 いつもお世話になっている日本のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ・ファン・コミュニティ,Heartbreaker's Japan Party に教えていただいたのが、ベンモント・テンチによる愛器紹介動画。
 ライブ会場のステージ上で、使用楽器を紹介している。スタイン・ウェイの上にあんなに山積みにして良い物だろうか…



 色々な音が出せる楽器の例として、ビートルズの "When I'm Sixty-Four" のイントロを弾いている。
 "When I'm Sixty-Four" はアルバム[Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band] の収録曲。[Sgt. Pepper] とベンモント,トムさんと言えば、二人が初めて出会った時のエピソードが思い出される。カントムこと、[The conversations with Tom Petty] では、こう語っている。

Q:最初にベンモントに会った時のことを覚えていますか?

TP:ぼくがベンモントに初めて会った時、ベンモントはまだ全然子供で、12歳か13歳そこらだろう。ある日、ベンモントがリパム楽器店にやって来た。そして椅子に腰掛けると、オルガンで古いビートルズのアルバムの曲を弾き始めた。たしか、[Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band] だ。最初から最後まで弾いちゃったんだ。鮮明に覚えているよ。
 何せベンモントはオルガンをやめたとたんに、ハープシコードで "Lucy in the Sky with Diamonds" を弾き始めたんだから。ベンモントを見ようと、ひとだかりが出来ていた。まったく、凄い光景だった。

Q:ベンモントは歌っていましたか?

TP:いや、完全にインストルメンタルだった。楽器だけで全て表現していたんだ。あいつ、何でも弾きこなすからね。たとえば、ぼくらが何もなくて退屈してたりすると、「ベンいじめ」みたいな遊びを始めるんだ。ベンモントが弾けないようなものをやらせるのさ。でも、弾けないなんてのは、まれ。とにかく信じられないほどの天才音楽家だからね。
 ベンモントほどミュージシャンに出会ったことが無いよ。彼は本物の名人さ。

 とにかく、ぼくとバイト仲間はベンモントが演奏するのを見ていて、言い合った「おい、あのガキ信じられるか?」ぼくはそのえらい演奏の上手いガキの姿が、記憶に焼きついてしまった。
 でも、しばらくぼくはベンモントに会う機会がなかった。そう…まさに1970年まではね。ある晩、ぼくのルームメイトが若い男を連れてきた。その男はひげを生やして、髪も凄く長かった。それで、腕にはレコードを抱えている。あの頃は、よくレコードを持って人に会いに行ったのさ。
 ぼくは段々、その男がベンモントだって気づいてきた。そう、「ああ!あのガキ!」ってね。
 そしたら、ベンモントが言った。「そうだよ。いま、ぼくはニュー・オーリンズでバンドをやっているんだ」
ぼくは即座に誘った。「明日の夜、ライブがあるんだ。一緒にやらないか?」
「自分のファルフィーサのオルガンしかないけど」
「オーケー、十分だ。」

 この話で面白いのは、子供だったベンモントのことをトムさんも覚えていたし、ベンモントもトムさんのことを覚えていたことだ。[Runnin' down a dream](本)によると、楽器店で [Sgt. Pepper] を一通り弾いた少年に、トムさんは声を掛けて自己紹介をしたらしい(トムさんだってせいぜい15か16の少年だが)。少年は Benmont という変わった名前を名乗ったこが印象的だったという。一方、ベンモントはトムさんのことを「ブライアン・ジョーンズみたな髪型の人」と記憶していた。確かに、金髪のマッシュルームならそうだろう。

 さて、"When I'm Sixty-Four"。こういう曲を聞くと、ポールは本物の天才だったのだと実感する。ジョンやジョージとはまったく異なるタイプの才能の持ち主で、彼がロックという分野を選ばなくても、ある程度ポップスの分野で成功できたのではないだろうか。
 この曲の鍵は、2本のクラリネットと、1本のバスクラリネット。ジョージ・マーティンの手腕の見せ所だ。



 この3人のクラリネット奏者はどこの誰なのか。Wikipediaには名前しかあがっていない。
 ビートルズのレコーディングでオーケストラ楽器を使う場合、よくロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラのメンバーが呼ばれているので、彼らもそうではないかと想像している。
 そのようなわけで、ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラがモスクワで公演したときの、"When I'm Sixty-Four"。



 ついでにもうひとネタ。
 現在、ベルリン・フィルの主席指揮者はリヴァプール出身の英国人サイモン・ラトルだが、彼が2013年にコメントしているのが面白かった。2018年、自分が64歳になったら、主席指揮者をやめるというのだ。

"As a Liverpool boy, it is impossible not to think of the Beatles' question, 'Will you still need me.., when I'm 64?'"

 64歳というのは、指揮者にとってきつい年齢だろうか?ポールだって64歳をとっくに過ぎても相変わらず元気にやっているし、ベンモントも今年で64歳になる。
 ラトルは2018年にベルリン・フィルは辞めるとしても、その後も活躍するだろう。

12-String Guitar2017/04/13 22:43

 チャック・ベリーが亡くなったり、J.ガイルズが亡くなったり。
 そうかと思ったら、15年以上前に亡くなったジョージが、未だにリンゴ・ラブラブ爆弾を投下したり。


Olivia Harrison Discovers George Harrison Song Written For Ringo Starr

 ジョージもジョージだが、絶妙に投下してくる当事者である、オリヴィアもなかなかのものだ。さすがは最強の嫁。次はどんなラブコールが飛び出すのか、ドキドキしているおじさん方も多いのでではないだろうか。
とにかく。この世は色々なことがある。

 そんな中で、いつもお世話になっているトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの日本のファン組織,Heartbreaker's Japan Partyに教えてもらった、「12弦ギターを使ったロック史上・最高の曲」というランキングが気になった。

The Top 30 12-String Guitar Songs of All Time

 まてまてまてまて、ちょおっと待て!
 納得がいかないぞ。この雑誌と趣味が合わないのだろうが、とにかく納得がいかない。1位の曲はたしかに偉大だが、12弦と限定して強調するべき脈絡の曲だろうか?(もっとも、このバンドが好きではないという事情もあるのだが…)

 バーズとビートルズの曲でトップ5を固めるべきだ!そもそも "If I Needed Someone" がランクインしていない時点で、論外だ!

 そしてこれ。リッケン馬鹿はかくあるべし!



 どうやら、私の頭では12弦ギターというと、リッケバッカーのエレクトリック・ギターしかないらしい。やはりアイドルの存在は大きい。
 どうでも良い事だが、ウクレレにも8弦というシロモノがあるそうだ。冗談半分で買ってやろうかとも思うが、先生に全力で止められそうだ。

Movie: Into the Great Wide Open (Directed by Brent Carradine)2017/04/01 00:00

 ブレント・キャラダイン監督の映画 [Into The Great Wide Open] の公開が決まった。

 これは、キャラダイン監督が1970年代にマッドクラッチがフロリダからLAまで車で向かった時のエピソードをもとに、ロック・スターを夢見る青年たちの珍道中を、コメディ・タッチで描いたロード・ムービーだ。
 キャラダイン監督によると、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのドキュメンタリー [Runnin' Down a Dream] に登場した、マッドクラッチのゲインズヴィルからLAまでの苦労多き旅の様子を見て、インスパイアされたという。
 お馬鹿コメディとのことだが、ポスターは一見、真面目なロード・ムービー風。そのギャップがなんとも言えない。



映画 [Into the Great Wide Open] あらすじ
 1970年代、フロリダの田舎から、スターになることを夢見て、ロックバンド,ダーティレンチの五人組は、LAへ旅立つことを決心する。しかし旅費が足りず、ありとあらゆる物を売り飛ばし、家族の車を強奪するはめに。
 出発するや、初めて見るサボテンや、雪に大はしゃぎしつつ、道中様々な事件を起こしながら西に向かう。しかし、オクラホマでのトイレ爆破事件をきっかけに、警察に追われることになる。
 音楽あり、カーチェイスあり、乱闘あり。涙と笑いと友情の珍道中は、果たして夢のLAまでたどりつくのか?!

登場人物
トミー:ダーティレンチのボーカル兼ベーシストで良きリーダー。度胸も決断力もあり、年寄りにも可愛がられるが、車酔いをするため、車中では役に立たない。

ミック:ダーティレンチのギタリスト。無口で大人しいが、いったん乱闘になると一番強い。LAには文通相手の彼女がいる。爆弾の解体が得意。

ランディ:ダーティレンチのドラマー。行く先々で女の子たちのハートをわしづかみにするが、それがトラブルの元となる。

ベン:ダーティレンチのキーボーディスト。バンドで唯一、金持ちのお坊ちゃまだが、大学からトミーによって拉致され、無理矢理LAへ向かわされる。

ジミー:ダーティレンチのローディー。彼女に振られて自暴自棄になっているときに、宇宙人のお告げを聞いて勝手にローディーとなり、LAへ同行する。

モンティ:ミックの飼い犬。ミック以外の人にまったくなつかない。特にトミーとは仲が悪く、ミックをめぐって争ってばかりいる。

デル:怪しい自称音楽プロデューサー。言動が支離滅裂だが、ダーティレンチで一攫千金を狙っている。

バートン:ダーティレンチを追い回す警官。偶然ラジオで聴いたダーティレンチの熱烈なファンになるが、バンド名を聞き逃したため、正体が分かっていない。

 音楽担当はもちろん、TP&HBおよび、マッドクラッチ。
 アメリカでの公開は夏。日本では秋公開予定で、邦題は「爆走!俺たちロックンロールな珍道中」。もう少しマシな邦題は思いつかなかったのだろうか。

天辰保文さん2017/03/18 21:43

 私が初めて天辰保文さんの文章を読んだのは、ジョージのソロ・アルバムだった。
どのアルバムだったのかうろ覚えで、CDケースを片っ端から開いてやっと分かった。[33 & 1/3]。 1991年の文章とのことだが、私が購入したのは、市場に出まわっている最後の方の盤だろう。

 その1991年の文章は、とても印象深かった。というより、当時周りに同じ音楽が好きな仲間がいないなか、天辰さんだけは、自分を理解してくれていると感じた文章だった。ちょっと長いが、引用してみる。

   もともと、ぼくは、ビートルズ時代から、4人の中では、いちばんの贔屓で、何処となく、甘い翳りがあって、独特のムードを放っていた彼が大好きだった。中学、高校の頃だから、これと言ってしっかりした理由があるわけではかったが、彼の作品はビートルズであると同時に、ちょっぴりそこから逸脱していて、ジョージというひとりの個性を備えていた。股を開いてギターを弾く恰好も、悪くなかった。
 たとえば、ジョンが、ありとあらゆる意味で、歌をメッセージにまで高め、人間の弱さを露呈したものでさえも、そこに示唆的な意味が見出せたのに対して、何処となくだらしなさそうで、ジョージはむしろ、共感を覚えさせてくれるようなところがあった。と言って、ポールほど俗っぽくもない。彼の歌には、聴き手と、痛みを共有するようなデリケートなところがあった。そういうジョージをして、ぼくの周囲の女の子たちは、「年をとるととてつもなくいい男になるか、あるいはまったく駄目になるか、どちらかよ」などと、煙草をくゆらせながら、意味深げに喋るのであった。彼には、そういった大人びた女の子のファンが多かった。ロック好きな少年が次第に、大人の領域に足を踏み込み、人生の苦い味や切ない味、奥行きの深さや神秘と言った類いのものに触れていく。そして、新しい世界を少しづつ体験していく。彼のアルバムとの出逢いは、ぼくにとって、いつもそういうものだった。


 私は煙草をくゆらせながら、意味深げに喋りはしないが、「そう、まさにそれ!」と言わずにはいられなかった。
 ジョージを好きなる女の子と男子たちの、ごく微妙で密やかな愛情の機微を、うまく表現したのが、この解説文だった。ジョージの独特のムードを、「甘い翳り」と表現したのは絶妙である。

 学生時代、ビートルズ・ファンの仲間はいた。しかし、ジョージのファンとなるといない。そういう時に、天辰さんの文章は、ここに私を理解してくれる人がいると、心強く思わせたのだ。
 そういう意味では、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの解説文は、さらにもっと心強かった。私が買った彼らのアルバムの最初は、たしか [Greatest Hits]だった 。その解説を書いたのも天辰さん。
 最後のところで、TP&HBというバンドの存在について表現した文章は、何度も何度も読み返した。

 腕を振り上げたり、仰々しく叫んだりするようなことは一切ないけれど、ロックン・ロールが備えているダイナミクスと、と同時にデリケートな側面を見事に照らしだしながら、ロックン・ロールがいつの時代においてもしたたかに生命力を宿した音楽であることを実感させてくれる。ひょっとすると彼ら以上に歴史に名を残すグループは沢山あるけもしれないけれど、そういった栄光や業績と呼ばれる類いを抱え込みすぎることなく、時代が強要する贅肉など一切身に着けずに、ロックン・ロールの核心に触れようとするときにはいつもこのグループのことが想い出されるような、そういう気がする。

 トム・ペティがこだわる「ロックン・ロール」という言い方が繰り返されているのが、まず良い。「ダイナミズムと、デリケートな側面」、これこそTP&HBの魅力を凝縮した言葉だ。そして、バンドとしての潔さを「時代が強要する贅肉など一切身に着けずに、ロックン・ロールの核心に触れようとする」と表現する。
 TP&HBを好きになったばかりのころ、さすがに仲間はいなかった。(音大なので、「知っている」人はいた)そういう時に触れたこの天辰さんのこの解説文によって、私は一人ではない、完全な孤独ではなく、素晴らしき音楽を理解してくれる人は、この世に確実に存在するのだという確信を得たものだ。

 天辰さんの文章ということで、もうひとつ。これはおまけ。
 ロジャー・マッグインの [Back from Rio] は、吉祥寺のディスク・ユニオンにて600円くらいで購入したと思う。その一節。

 こうやって、この1,2年のロジャー・マッギンの動きを眺めていると、この新作『バック・フロム・リオ』は、出てくるべくして出てきたと言った感じのアルバムだ。彼のカムバックを呪うように、トム・ペティが、ザ・ハートブレイカーズの面々を率いて協力

 「祝う」のまちがいだろう。可愛い誤植。

Mike Campbell for "Jumpin' Jack Flash"2017/03/05 19:53

 昨日は、お世話になっている日本のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ・ファン・コミュニティ,Heatbreakers Japan Party のオフライン・ミーティングだった。年に3回のペース、今回で記念の60回目となった。
 これほど長く、コンスタントに活動を続けている洋楽ファン・コミュニティがあるだろうか。本当に凄い事だと思う。

 TP&HBのファン同士で楽しく交流したり、情報を交換したり、TP&HB以外の音楽でも大いに盛り上がったり。
 知らなかった映像や、音源の情報を得るのも、貴重な体験だ。昨日、そういう新発見で一番良かったのが、これ。
 2013年5月23日に開催された、ザ・ローリング・ストーンズのトリビュート・ライブ,[Stones Fest] での "Jumpin' Jack Flash" にマイク・キャンベルが登場したのだ。ステージ上でも貫禄とオーラが全然違う。



 聞こえるエレキは主にマイクの音。凄まじく格好良い。そもそも、ストーンズの曲ということで、とっくに格好良いのに、ストーンズにも負けない世界最高のロック・バンドのギタリストである。イカしてないはずがない。

 "Jumpin' Jack Flash" の著名なカバーと言えば、アレサ・フランクリンが有名だが、ちょっとソウル風に上手すぎる。ロックの良さの中には、ある種の「拙さ」があると思う。アレサは上手すぎて、私が "Jampin' Jack Flash" に求める方向とはちょっと違う。
 やはり、[Concert for Bangla Desh] でのレオン・ラッセルが最高だろう。

 TP&HBには、1997年フィルモアにおける、"Time is on my side" と "Satisfaction" という伝説のストーン・カバーがある。"Jumpin' Jack Flash" もぜひともTP&HBで披露して欲しいものだ。