The Session Man2024/09/07 20:16

 ニッキー・ホプキンズの伝記映画 「The Session Man セッションマン ニッキー・ホプキンズ ローリング・ストーンズに愛された男」を見に行った。
 当然である。私が好きなピアニストは、グレン・グールド,ニッキー・ホプキンズ,ベンモント・テンチ。



 60,70年代のロック好きなら、この映画を見なければならない。ロックバンドが、ギター、ベース、ドラムスだけで構成されていた次元から、一気に多様でカラフルで魅惑的なサウンドに発展したのは、ニッキー・ホプキンズあってのことだった。ビートルズやローリング・ストーンズ「のような」バンドは数多あるが、ニッキーの存在は唯一無二。彼はその虚弱な体質と引き換えに、天からその才を授けられ、この世に使わされたに違いない。

 いくつも面白い話しが出てきた。マーキー・クラブに出始めたニッキーを見て、ミックとキースが顔を見合わせて「ワァオ」というのは、トムさんとマイクのパターンでもよくある。
 そのキース曰く、曲が半分できてもその先が出来ない時にニッキーに任せると、ちゃんと凄い物ができる。映画の独特な表現なのだが、ニッキーは、キンクス、ストーンズ、ザ・フー、そしてビートルズと、「グランド・スラム」を成し遂げたのだとか。ついでに、解散後のビートル4人のアルバムに参加するという、これまた「グランド・スラム」だそうだ。
 我らがベンモント・テンチはニッキーに会ったことはないが、ニッキーのファン代表の現代の「セッション・マン」。ニッキーの素晴らしさを語る。ニッキーはその音楽を直感的に、しかも完璧に理解し、完璧なピアノを弾いた。ベンモント曰く、「曲のイントロからではなく、途中からはいってくるタイミングも完璧」。その話しのバックで流れているのが、 "Give Me Love" だった。



 それにしても、ニッキーのストーンズに対する貢献度は本当に計り知れない。たしかにロックンロールスターたちが音楽の革命を起こしたが、セッション・マンであるニッキーの存在なしには、今日まで続くストーンズは考えられないだろう。



 ひとつ謎が解けたのが、"Edward" の話。ニッキーのソロ・アルバム [The Tin Man Was a Dreamer] に収録されているのこの曲がどうして Edward なのかと不思議だった。
 キース曰く。スタジオでチューニングをしようとして、ニッキーに「Eをくれ!」と言ったところ、
「え?聞こえない」
「E!」
「なに?」
「エドワードの E!」
 それでニッキーのあだ名がエドワードになったそうだ。なるほど。



 映画の終盤で、ニッキーが自分はショパンの生まれ変わりだと語っていた話がでてくる。生まれ変わりという事がピンとこないひとや、ショパンをよく知らない人には分からないが、私にはよくわかる。
 ニッキー・ホプキンズはショパンの生まれ変わりだということは、かなり納得がいく。その天才性、ピアノに特化した音楽、虚弱体質で、早世する。親指と中指でオクターブをおさえるべらぼうな手。確かにニッキー・ホプキンズはショパンの生まれ変わりだっただろう。

Long After Dark (Deluxe Edition)2024/08/31 22:15

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズが、10月18日に [Long After Dark (Deluxe Edition)] がアナログ・レコード、CD & Bluray で発売になる。
 別に何十年記念でも何でもないが、未発表音源を含む、豪華な曲目が揃っている。まずは本作のトレイラーから。(期限付きらしい)
 毎度ギョッとするのだが、トムさんのコメントの続きだと思ったら、マイクのコメントだったりする。



 "Keep Me Alive"! アルバム発表時に収録されなかった、全TP&HBキャリアの中でも、特別に大好きな曲だ。トムさんはどうしても収録したかったが、ジミー・アイヴィーンと意見が合わず、泣く泣く削除した。
 この曲を演奏するシーンが大好きだ。トムさんの髪がツヤツヤ、マイクの控えめで愛らしい佇まい(あれから変わったものだ…)、そしてスタンの飛び跳ねるようなドラミングとコーラス。このスタンが最高。確かこのセッションを収録した動画では、スタンのヘッドホンの音が大き過ぎて中断し、調整したと思ったら逆にヴォリュームを上げてしまい、みんなが飛び上がるシーンなど、私がハートブレイカーズのファンになった、ごく初期の頃に何度も見惚れていたものだ。

 もう一曲、ピックアップされているのが、"Straight into Darkness"。この時期の曲に多い、ちょっと影のある微妙なポップ感の代表曲だろう。



 みんな若いし、細いし、神々しい。Bluray の内容も楽しみだ。
 CD の曲目はどれもワクワクだが、とくに "Wild Thing" が楽しみ。野球大好き人間としても、もちろんリッキー・ヴォーンの入場曲ヴァージョンは素晴らしいと思う。しかしこの1982年ハートブレイカーズのセッションは、控え目に言っても最高すぎる。高らかなトムさんとマイクのギターももちろんだが、スタンとハウイの重いリズムが格好良い。
 このシーンではトムさんが勢い余ってギターのネックでマイクロフォンをぶん殴り、咄嗟に右手で押さえるのだが、この音が CD に収録されるのか、はたまた別のバージョンなのか。Bru rayは、たぶんこれの綺麗な画が見られるのだと思うが、最後の方のマイクがずっと笑顔のように見えるのが、確認できるのか。10月が待ち遠しい。

Do you know Tom Petty?2024/08/26 21:00

 オランダGP決勝。右京さんから、さらっと良い言葉でました。
 「F1 に根性はない」
 勝つために必要なのは根性ではない。その通り!

 ふだんは快適な Work from Home なのだが、月に1回程度は都心のオフィスに出社する。今日は、新しく就任した偉い人(アメリカ人)とのミーティングだった。
 自分のプレゼンのために資料とデータを用意し、喋る内容もスクリプトにしておく。どうせ喋る間に質問が挟まるので、それに答えるのに英語瞬発力は温存するのだ。ちなみに、スクリプトは毎回手書きしている。筆記体でアルファベットを綴るのが好きなのだ。最近は安物の万年筆を買って、ドイツ語を書いたりしている。

 ともあれ、私のプレゼンが終わり、偉い人たちは客先へ出かける前のブレイク。
 ここで、初対面のアメリカ人に対する我が必殺技が炸裂する。
ぶち「アメリカ人に会うと毎回同じ事を訊くのだけど…
Do you know Tom Petty?"

「イェイ!もちろん知ってるよ!」
"I love Tom Petty! I'm a big fan of Tom Petty and the Heartbreakers!"
「ワァオ!アメリカ人はみんな大好きだよ!」

 ほぼ間違いなくこの展開になり、小柄ジャパニーズの私は、「トム・ペティの人」で認識されるのである。
 しかも今日の偉い人の場合、好きな曲は?などと訊き返してきて、"American Girl" とか "Free Fallin'" とかいってワオワオ盛り上がり、しかも彼女はコンサートにも2回行っていると言う!おっと負けちゃいられないぜ、私だって…!…とまぁ、必殺トム・ペティ作戦は今日も成功するのであった。

 アメリカの会社に勤めているので、ロック好きとはいってもビートルズやストーンズは、やっぱり UK だし、ボブ・ディランとなるとちょっと固いかなぁとなる。ザ・バーズとか、ザ・バンドなんて話は、かなりロック友情を深めないとならないだろう。
 その点、トム・ペティはアメリカ人にとって「みんな大好きトム・ペティ。」一瞬でがっちり心を掴む。最悪、トムさんを知らなくても "Free Fallin'" を歌うと、「ああ、あの人か!」となる。



 ちなみに、アメリカ人と言っても様々な人種があるので、トムさんがヒットしない希な場合は、スモーキー・ロビンソンである。

Tom Petty: Somewhere You Feel Free - The Making of Wildflowers in Amazon Prime Video2024/07/13 21:07

 友達に教えてもらったのだが、[Tom Petty: Somewhere You Feel Free - The Making of Wildflowers] の日本語字幕付きががアマゾン・プライム・ビデオで見られる。
 最初、英語の字幕ばかり追ってみてしまったので、日本語字幕は嬉しい。早速鑑賞した。
 鑑賞する人には、是非とも良い音環境を整えて欲しい。パソコンやタブレットのスピーカーなど、もってのほか。Bruethooth 接続のモバイル・スピーカーや、イヤホンもちょっと信用できない。できれば有線スピーカーか、イヤホン、ヘッドホンが良いと思う。
 こちらはYouTubeの動画。同じ内容だが、字幕は英語のみ。



 日本語字幕を見て、最初に英語字幕で見たときと理解がそれほどかけ離れていないので安心した。
 より印象強く思ったのは、2枚組アルバムがふさわしいこのセッションが、結局営業的課題で1枚にカットされたのは、関係者にとって残念だったということ。そして完全版が2020年に即完売したため、2枚組でも成功したことを証明した ―― と締めくくられているが、そこはどうだろう。まず [Wildflowers] が1枚で大ヒットし、その後の新譜、ライブ活動を経て、そして完全版という流れなので、「証明」というのはちょっと違うかな。

 それから毎回驚くのだが、マイクの話す声はあまりにもトムさんとそっくり過ぎる。トムさんが喋っているのかと思ったら実はマイクだったというシーンが何度かあって、ちょっとゾクっとする。
 誰か、マイク・キャンベルのドキュメンタリー映画を作らないだろうか。ハートブレイカーズとして、トムさんの相棒として、セッション・マンとして、ソングライターとして、そしてとうとうバンド・ヴォーカル・フロントマンになるという、中々充実したミュージシャン人生を送っていると思う。

 さて、Heartbreakers Japan Partyさんのメール・マガジンが報じるところに寄ると、TP&HBとの仕事を多く行ってきた、マーティン・アトキンスが、この映画で自分の撮影した映像が無断で使われ、使用料も払われていないとして、ワーナー・ブラザーズを訴えたとのこと。
 そんなことってあり得る…?21世紀も四半世紀を迎えようとする、しかもアメリカでそんな基本的なアーチスト(映像作家を含む)の権利が無視されることなんて…?何かの行き違いか、手違いか、はたまた悪辣弁護士が暗躍しているのか…
 奇妙な世界である。

Petty Counrty2024/07/08 21:46

 実は当初、[Petty Country] を買うつもりはなかったのだ。
 トム・ペティのトリビュート・アルバムとなれば買って当然のはずだが、それがカントリー・ミュージシャンによるものだというところが問題だった。私はカントリーが苦手なのだ。
 ロックのルーツを探って色々な音楽を聞いていた時期、ブルースやゴスペルはとても好きだし、苦手なジャズでさえ、そのルーツの一つであるラグタイムなんかは聴くのも弾くのも好きだったりする。しかし、カントリーだけはその能天気過ぎる雰囲気がだめだった。自分でピアノを弾く場合もそうだが、音楽には――たとえ明るい音楽でも ―― 鬱情が必要だと思っているのだ。
 軽すぎ、明るすぎ、ダサいファッションに貼り付けたような笑顔、カントリーのそういう雰囲気じが苦手なため、更に上流へ遡り、アイリッシュ・ミュージックに落ち着いたという経緯がある。

 まぁ、そういう訳でカントリー界の大物が揃って参加するという触れ込みの、その名も [Petty Country] ―― うーん、どうなんだと思うのは当然だった。
 ただ結局買う気になったのは、マイク・キャンベルとベンモント・テンチが参加していることと、スティーヴ・アールも参加していることだった。スティーヴ・アールは、私の中でカントリーカテゴリーには存在しておらず、私が聴く音楽の人だからだ。

 アルバム全体的には、冒険的なアレンジがほとんどなかったのが面白かった。純粋にトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのファンで、オリジナルの良さを再現しようとする姿勢がそうさせたのだろう。このことは、私にとっては嬉しかった。聴いてて気持ちの良い素敵なアルバムだ。
 世の中には、「ビートルズをクラシック風に」みたいなシロモノがあるが、心底退屈だと思う。

 特に良かったものを2曲。
 まず Dierks Bentley (読み方がわからないくらい、まったく知らない)による、"American Girl"。フィドル、マンドリン、バンジョーなどの、カントリー要素こそ取り入れているが、トム・ペティ・モデルのリッケンバッカーにレスポールのサウンド。ほとんどオリジナルに忠実で、トムさんへの愛情が非常に良く伝わってくる。



 お次は、マーゴ・プライス ――こちらも全く知らない ―― による、"Ways To Be Wicked" これまた原曲に忠実な騒々しさで好印象。なんといっても、マイク・キャンベルが参加…参加どころか、バックコーラス(!)を務め、ギターを弾きまくる。ああ、活き活きしているなぁ。

Vagabonds, Virgins & Misfits2024/06/26 20:48

 案の定、品切れになっていたマイク・キャンベル&ザ・ダーティ・ノブズの新譜 [Vagabonds, Virgins & Misfits] の CD を待ちきれず、MP3で買ってしまった。もちろんCDも買うので二重に購入しているのだが、構うものか。

 期待を遙かに上回る名盤であることは、オープニング曲から分かる。
 "The Greatest" の壮大でワクワクするようなビートルズ・サウンドに、のっけから大泣きしてしまった。なんてことだ、こんな素晴らしい曲を後に残して、トムさんは天国へ行ってしまったのか。



 先日も記事にしたが、やはり "Angel of Mercy" はキラー・チューンだ。サビのポップなノリはちょっと気恥ずかしくなるほどだが、聴く人それぞれの青春を映し出しているようで、笑顔にしかならない。



 さらに、ヘヴィなサウンドと、うねるようなスライドギターから、開く感じのサビの気持ちよい "Dare To Dream" ―― この冒頭三曲の素晴らしさはなかなか類を見ない。



 その後テンポは様々だがヘヴィな曲が続く、そしてキラキラしたサウンドが魅力的な "Innocent Man" 、マンドリンの響きが素敵だ。


 最後に、いろいろな比喩を含んでいるであろう、別れのカントリー・ロック・ナンバー "My Old Friends" これは間違いなく、ベンモント・テンチが参加しているだろう。



 こんな素晴らしいアルバムを出されると、ライブも見たくなってしまう。でもアメリカ以外では無いだろうし、会場も広くないだろう。私が気軽に(?)行けるような、良い感じのマンハッタンでライブしてくれないだろうか。

Angel Of Mercy2024/06/11 20:25

 マイク・キャンベル&ザ・ダーティ・ノブズの新譜 [Vagabonds, Virgins & Misfits] の発売が迫り、収録曲から "Angel or Mercy" のビデオが発表された。
 これがとてつもなく良い!ロックンロール最高!



 軽快で疾走感たっぷり、さわやかで若々しい、まるでハートブレイカーズの青春時代そのもののような雰囲気で泣きそうになる。
 良いところを挙げれば切りが無いが、まずギターサウンドの良さが堪能できる。何か特別な奏法とか、超絶技巧などではないが、リズムギターの迷いのないドライブ感が美しいという次元にまで高められている。スライドも交えたソロは、決して派手ではなく、歌のために最大限かつ最小限のサウンドで心を満たしてくれる。いっそ、使用した全てのギターを一つ一つ報告して欲しいくらいだ。
 マイクのヴォーカルも堂に入った物で、ブレイクに入る前の "Oh" のバックコーラスなど、トム・ペティの声をサンプリングしたのではないかと思うほどそっくり。
 リズムセクションもキリっとしていて、しかもポップで明るい。サビの歌詞 "Angrel of mercy" の後に入るドラムとタンバリンの合いの手なんて、ポップ過ぎて一緒に飛び跳ねるしかない。

 びっくりするのが、こんな名曲を、トムさんがさばききれずに放置していたと言うことだ。トムさん自身がまた有用なソングライターなため、まぁ、マイクのこの曲は誰かに提供してもいいか…というノリか、トムさん自身がそのうち自分で歌うつもりだったのか。
 トムさんを失ったマイクは今、自分自身でやるしかない。そう、やるとなったらやるしかないのだ。人生は悲しみと喪失の連続。それでも生きている人は生きるしかない。そんな誰もが心にかかえる痛みに対する、素晴らしい応援歌 ―― それが "Angel of Mercy" なのだろう。

Live Performance from [Long After Dark]2024/05/21 20:20

 引き続き、ザ・ウォールフラワーズによるトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの [Long After Dark] ライブが楽しみである。

 そもそも、本家TP&HBは [Long After Dark] の発表当時はともかく、その後あまりライブ・ラインナップにその収録曲を選んでいなかった。せいぜい "You Got Lucky" くらいか。
 そんな中、数の少ないライブ・パフォーマンス動画の中で見つけた、超格好良いプレイ。"Finding Out"



 この騒々しさが最高。スタンのドラムが素晴らしいし、フィル・ジョーンズがパーカッションで加わっているので、とても贅沢。
 トムさんとマイクが揃ってテレキャス系のギターを鳴らしまくり、そのくせソロが恐ろしく短い。この曲はマイクとトムさんの共作だが、マイクの曲に限ってソロが短かったりするのだから、不思議な人である。よっぽどトムさんのヴォーカルが好きなんだろうなぁ。
 ヴォーカルと言えば、ハウイのコーラスも最高。やはりスタンと、ハウイが揃っているこの時期のコーラスワークは、他の時期よりも図抜けて充実している。

 [Long After Dark] からの曲のライブ・パフォーマンスということで、もう一曲 "A Wasted Life" ―― 動画のコメントによると、この曲唯一のライブだという。本当だろうか。



 この曲はライブ演奏するには難しすぎるだろう。ベースを重く出来ないのに、スローで言葉数の少ない歌詞。メロディの動きも少なく、ギターリフもゆっくりなので、まとめ上げるのに苦労するに違いない。
 そしてやはり、ハウイのコーラス ―― いや、トムさんとのツイン・ヴォーカルが絶品だ。ハウイが居たからこそ出来た演奏。美しい芸術は壊れやすく、儚い物だけど、けっして忘れられないものだと思い知る。

Long After Dark2024/05/16 21:44

 ザ・ウォールフラワーズが、10月2日に彼らの大ヒットアルバム [Bringing Down the Horse] を LA でパフォーマンスするという。10年ほど前から流行っている、代表的なアルバムを、そっくりそのままライブ演奏するという趣向だろう。
 さらに、彼らのお気に入りである、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの [Long After Dark] もパフォーマンスするというのだからびっくり。これは見物だ。

Jakob Dylan and co. will also pay homage to Tom Petty & The Heartbreakers by playing Long After Dark

 ジェイコブ・ディランは1969年暮れの生まれなので、彼のヒーローである TP&HBが [Long After Dark] を発表したのは1982年11月、彼がもうすぐ13歳になろうとする時期だった。13歳の感性であの [Long After Dark] を訊いたと思うと、ちょっとゾクっとする。
 真っ赤なジャケットには、革ジャンを着てギターを掲げる、ちょっと中性的なトム・ペティ。これだけでジェイコブ少年の心臓は射貫かれたことだろう。
 冒頭の "A One Story Town" という選択も良かった。疾走感があって、ポップなロックンロール。いかにもTP&HBという曲調で絶対に裏切らないという保証がある。



 微妙なのは2曲目。"You Got Lucky" は有名なビデオがあるし、人気のある曲の方だが、実のところファンの間でも意見が割れるのでは無いだろうか。実は私、この曲はそれほど好きではないのだ。やはりシンセサイザーへの拒否感が強いのと、コードが開ききらない感じの曲調で、やや物足りない。ただ歌詞はさすが。それであのビデオが出来たのはどういうわけなのか、よく分からない。
 ただ、"You Got Lucky" の消化不良感を、次の "Deliver Me" で払拭してくれる。ギターの小気味良いサウンドはさすが。

 そしてこのアルバムのなかで私が一番好きな曲、"Change of Heart" ―― 軽快かつ爽快なギターリフ、美しいコーラス、キャッチーなサビ、シンプルで歌を最大に引き立てるギターソロ。絶妙に気持ちを引きつけるブリッジ。何もかも完璧な、"The Waiting" に匹敵する名曲だと思う。
 トムさん自身もこの曲は気に入っていたし、ライブ向きだと考えていたらしいが、なんの呪いが掛かっているのか、なぜかこの曲を演奏するとバンド内の緊張感が高まり、ちょっとしたケンカになるという。面白い曲もあるものだ。



 いかにも80年代という "Finding Out" の速さも軽快に、A面が終わる。私はCDでしか聴いていないが、ジェイコブ少年は次は何が来るのかワクワクしながらB面に返したことだろう。

 B面はA面に比べてややヘヴィ。"We Stand A Chance" はハンドクラッピングにかかるリヴァーヴが大袈裟なところが80年代っぽくて笑える。

 "Straight Into Darkness" は決してスロウな曲ではないが、雰囲気としてはスローバラードのような流れがあって好きだ。それほど有名な曲というわけでもないが、カバーされることが多いのも頷ける。



 "The Same Old You" はオリジナル・マッドクラッチを彷彿とさせる曲だ。トムさんのある意味「無理のある」けど、「すごく愛しくなる」声の聴かせどころだ。
 "Between Two Worlds" はマイクとの共作だけあって、マイクの曲の特徴の一つである、エレキの響きを生かした重さが格好良い曲だ。面白いところでは、最近マイクはダーティ・ノブズでもこの曲を歌っていて、かなりサマになっている。

 最後の "A Wasted Life" は、唯一と言って良い、アコースティック・ギターが大きくフィーチャーされた曲だ。それだけにシンセサイザーはイマイチ。ここはベンモントの生ピアノか、思い切ってストリングスでも良かった。

 改めて聴いてみると、[Long After Dark] はまさにエレキギターの響きの魅力的なアルバムだ。ジェイコブとザ・ウォールフラワーズがどんなギターで演奏するのか、とても見てみたい。
 それを言うなら、TP&HB自身がどんな楽器を使っているのかも気になる。スタジオ録音もさることながら、ライブではどんなギターを使っていたのだろう?また動画あさりの日々となりそうだ。

Dare To Dream2024/05/12 19:50

 マイク・キャンベル&ザ・ダーティ・ノブズが三枚目のアルバム [Vagabonds, Virgins & Misfits] を発売すると発表した。
 最近TP&HB 関連のニュースが無くて寂しかったので、嬉しいサプライズ!制作意欲旺盛なマイクである。
 新譜の発表に先駆けて、"Dare To Dream" のミュージック・ビデオが発表された。




 ブルージーな A メロに対して、メジャーに開けるサビが格好良い。やはりマイクの作曲能力には感服する。マイクによると、たくさんトムさんに渡しておいたが、多すぎてトムさんもさばき切れなかったそうだ。

 ビデオはオクラホマ州、タルサのチャーチ・スタジオを再訪するという趣向、なかなかに感動的だ。
 お話は70年代、LAを目指したオリジナル・マッドクラッチが、デニー・コーデルの誘いでタルサで寄り、結局コーデルのレーベルと契約したと言うところから始まる。
 さらに、LAでの録音がイマイチはかどらないマッドクラッチを、タルサのチャーチ・スタジオに缶詰にして鍛えたという経緯もある。

 このミュージック・ビデオにも当時のマッドクラッチの様子が挿入されている。クレジットにも提供者のジム・レナハンの名前がある。

   およそ50年前、これから夢をつかもうとする若者たち。そして夢を叶え、その先に待ち構えていた別離を乗り越え、マイクがさらに前へ進んでいくロックの長い道。
 世代、流行、時代を超えてロックが持つようになった普遍性を、マイクは体現してくれている。