Mike Bloomfield ― 2025/06/07 20:28
私が働いているビジネス(この場合は商売という意味)のプレジデントが来日した。アジアのセールス・リーダーが来ることはあるし、それでもかなりエライ人。さらにプレジデントとなると、もっともっと上で、彼の上にはもう CEO しかいない。
いち社員も気楽にティータイム・セッションで話そう!とはいっても、やはり下っ端はガチガチで、プレジデントが話してばかりいた。
ところが仕事の話が終わって、さぁ、エライ人達は次のスケジュールの確認でも…というところで、必殺「アメリカ人にはトム・ペティ投入作戦」を実行する。素晴らしい効果があった。とてもエライ・プレジデントは最初度肝を抜かれたような顔をしていたが、もう一人のエライ・アメリカ人と私の三人で、飲み物片手にロック談義で大盛り上がり。「ライブ・エイド見た?」「小学生だったけどテレビでやってたよ!」「うちのハズバンドはフィリーの現場で見てたのよ!」などなど…。日本の部長が「大丈夫?あの人プレジデントだよ?」と感心するより心配するほどだった。トム・ペティは世界をつなぐのだ。
マイク・キャンベルの自伝の拾い読みをやめて、冒頭から読み始めた。印象的なところに付箋をつけていく。普段の読書ではやらないが、英語の場合はそうしないと見失ってしまう。
拾い読みしたときは、ラスト・エピソードがジョージで締められたのにびっくりしてしまったが、プロローグで「彼(トム)はおなじミューズから生まれた兄弟であり、なにものをしても引き離すことは出来ない」と、ちゃんとトムさん愛を語っていたので安心した。
まだ冒頭部分だ。知ってはいたつもりだが、それ以上にマイクが貧しい家庭に育ったことを実感した。英語がわからないからという理由で辞書を引くのは稀だが、アメリカ特有の文化についてはググらないとならない。たとえば「ボローニャ・サンドイッチすら賄えないのにギターどころではなかった」というところ。ボローニャ・サンドイッチを知らないと話にならない。
マイクがラジオやテレビを通じてビートルズにのめり込むのは、60年代少年少女のお約束。エド・サリバンショーでも痩せていてダークヘアーのギタリスト(もちろんジョージ)にロック・オン!するのを忘れない。
教則本のお世話にもなるビーチボーイズに続いて、ディランの “Like a Rolling Stone” に衝撃を受けるマイク。バーガーショップのバイトで、椅子をテーブルに上げ、フロアにモップをかけながらこの曲を聞くところは、まるで映画のワンシーンのようだ。やせっぽちで大人しくて、貧しくて、でも音楽を心から愛するマイクの姿はいじらしくて、いとおしい。
さて、”Like a Rolling Stone” でギターサウンドに感動したマイク。この曲のリード・ギターを弾いているのが、マイク・ブルームフィールドだと知って、彼のブルース・ギターを師匠とするようになる。ポール・バターフィールド・バンドのレコードを手に入れ、回転数を落として音を拾いながら練習するのも、これまた60年代ボーイズの定番だ(たしか、デュエイン・オールマンは足でレコードの動きを止めたり戻したりしながらギターの練習をしていた)。
そういえばマイク・ブルームフィールドのことを深く考えたことがなかった。確認してみると、1943年イリノイ州出身というのだから、ディランとは同郷,歳も近かった。ジョージと同い年で、クラプトンよりは年上なので、白人のブルース・ロック・ギタリストとしてはかなり草分け的な存在だろう。マイクがお手本にするにはこの上ない人だ。
ポール・バターフィールド・バンドといえば、何と言っても “Born in Chicago” で、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズもライブでのカバーもある。もちろん素晴らしいのだが、やはり PBB を超えるものはない。”Twist and Shout” はビートルズが最高なのと同じで、誰にも超えることは出来ないだろう。
マイクも書いているが、PBB は熱量がすごい。まさに「噴出」という感じで、その説得力がこの演奏の特徴ではないだろうか。
いち社員も気楽にティータイム・セッションで話そう!とはいっても、やはり下っ端はガチガチで、プレジデントが話してばかりいた。
ところが仕事の話が終わって、さぁ、エライ人達は次のスケジュールの確認でも…というところで、必殺「アメリカ人にはトム・ペティ投入作戦」を実行する。素晴らしい効果があった。とてもエライ・プレジデントは最初度肝を抜かれたような顔をしていたが、もう一人のエライ・アメリカ人と私の三人で、飲み物片手にロック談義で大盛り上がり。「ライブ・エイド見た?」「小学生だったけどテレビでやってたよ!」「うちのハズバンドはフィリーの現場で見てたのよ!」などなど…。日本の部長が「大丈夫?あの人プレジデントだよ?」と感心するより心配するほどだった。トム・ペティは世界をつなぐのだ。
マイク・キャンベルの自伝の拾い読みをやめて、冒頭から読み始めた。印象的なところに付箋をつけていく。普段の読書ではやらないが、英語の場合はそうしないと見失ってしまう。
拾い読みしたときは、ラスト・エピソードがジョージで締められたのにびっくりしてしまったが、プロローグで「彼(トム)はおなじミューズから生まれた兄弟であり、なにものをしても引き離すことは出来ない」と、ちゃんとトムさん愛を語っていたので安心した。
まだ冒頭部分だ。知ってはいたつもりだが、それ以上にマイクが貧しい家庭に育ったことを実感した。英語がわからないからという理由で辞書を引くのは稀だが、アメリカ特有の文化についてはググらないとならない。たとえば「ボローニャ・サンドイッチすら賄えないのにギターどころではなかった」というところ。ボローニャ・サンドイッチを知らないと話にならない。
マイクがラジオやテレビを通じてビートルズにのめり込むのは、60年代少年少女のお約束。エド・サリバンショーでも痩せていてダークヘアーのギタリスト(もちろんジョージ)にロック・オン!するのを忘れない。
教則本のお世話にもなるビーチボーイズに続いて、ディランの “Like a Rolling Stone” に衝撃を受けるマイク。バーガーショップのバイトで、椅子をテーブルに上げ、フロアにモップをかけながらこの曲を聞くところは、まるで映画のワンシーンのようだ。やせっぽちで大人しくて、貧しくて、でも音楽を心から愛するマイクの姿はいじらしくて、いとおしい。
さて、”Like a Rolling Stone” でギターサウンドに感動したマイク。この曲のリード・ギターを弾いているのが、マイク・ブルームフィールドだと知って、彼のブルース・ギターを師匠とするようになる。ポール・バターフィールド・バンドのレコードを手に入れ、回転数を落として音を拾いながら練習するのも、これまた60年代ボーイズの定番だ(たしか、デュエイン・オールマンは足でレコードの動きを止めたり戻したりしながらギターの練習をしていた)。
そういえばマイク・ブルームフィールドのことを深く考えたことがなかった。確認してみると、1943年イリノイ州出身というのだから、ディランとは同郷,歳も近かった。ジョージと同い年で、クラプトンよりは年上なので、白人のブルース・ロック・ギタリストとしてはかなり草分け的な存在だろう。マイクがお手本にするにはこの上ない人だ。
ポール・バターフィールド・バンドといえば、何と言っても “Born in Chicago” で、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズもライブでのカバーもある。もちろん素晴らしいのだが、やはり PBB を超えるものはない。”Twist and Shout” はビートルズが最高なのと同じで、誰にも超えることは出来ないだろう。
マイクも書いているが、PBB は熱量がすごい。まさに「噴出」という感じで、その説得力がこの演奏の特徴ではないだろうか。
You Ain’t Going Nowhere ― 2025/06/13 20:04
ポピュラー音楽界は、もっぱら亡くなったブライアン・ウィルソンの話題でもちきりだろう。だが、私は彼やビーチボーイズにはあまり縁がない。[George Fest] で “My Sweet Lord” を歌っていた…くらいかな。
マイク・キャンベルの自伝を冒頭から読み始め進めているのだが、もう何もかもが胸がキュンとする展開で、萌え散らかして悶絶している。
まず、マイクの家庭環境の貧しさがなかなか厳しくて、シャイで無口な少年が可愛そうでしょうがない。高校を出たらどこかで働くか、軍隊に入るくらいしか選択肢のなかったマイク少年。ところが、進路指導員が言うには学業成績が抜群に良い。学生生活を通じてすべてAを取っているのだから、進学するべきだとアドバイスする。でも、学校に行くお金はないんだと、涙をこらえながら言うマイク。指導員が資料を見るために後ろを向いた隙にそっと袖で涙を拭くところで、私も大泣きしてしまった。
マイクが学業成績優秀だったという話はいたく私を喜ばせた。私はロックンローラーも好きだが、インテリも好きなのだ。このマイク、学業優秀につき学資金を提供されたことが、ロックの歴史の一部となる。そうでなければマイクはゲインズヴィルには向かわなかった。
基本的に一人でネコ相手にギター(かの有名な日本製のグヤトーン)を弾いていたマイク。一応バンド友達もいるが、あくまでも趣味、遊びの範疇。自分は家族から孤立し、お金もない、寄る辺もない、あるのは音楽への愛情だけ。人生の見通しのなさに孤独と不安を抱えていたある日、キャンパスでなかなか上手なバンド(主にカントリー)の演奏を目にして、感銘を受ける。ブロンドを長く伸ばしたベーシストが印象的に言う。「ありがとう、俺らはマッドクラッチ」。 その時演奏していたのが、ザ・バーズ,バージョンの “You Ain’t Going Nowhere”だった。
程なくしてマイクはマッドクラッチに加わるのだが、そのシーンはもうブロンドを長く伸ばし、シャープな顔つきで、チェロキーらしく頬骨が高く、青い青い、瞳をしている ― トムさんの独壇場だった。マイク曰く、その目の青さは、青すぎて見つめ続けられな硬そうだ。プロ・ミュージシャンとしてのキャリアも積んでいるトムさんは、自信満々で、マイクがバンドに入るということにまったく疑いを持っていなかった。
それから数十年が経ち、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズはボブ・ディランと長いツアーを共にし、ロジャー・マッグインもそれに加わる。そこでマッグインとトムさんがワン・マイクで “You Ain’ Going Nowhere” を歌うのだが、それを見ながらマイクはあの、初めてブロンドのベーシストを見た日のことに思いを馳せるのだ。マイクは、あの瞬間が人生を導いたと信じている。胸に迫るものがあっただろうし、そして読んでいる私も胸が苦しくなるほどキュンキュンして半ば発狂していた。
こちらは2016年マッドクラッチのツアーに、ロジャー・マッグインがゲスト参加したときだろう。トムさんが亡くなる前年だと思うと悲しくなる。でも、当人たちはもちろんそんなことは想像だにせず、ニコニコしながら ― 特にマイクはニコニコしている ― 思い出深い “You Ain’t Going Nowhere” をプレイするのであった。
マイクの自伝は読み進めながら印象的だったり、キュンキュンしたところに付箋をつけているのだが、もうかなり付箋だらけになっている。
英語としてはとても短い文章が多く、簡潔で読みやすい。ハートブレカーズ・ファンで英語読書に挑戦を考えている人には、とてもおすすめだ。
マイク・キャンベルの自伝を冒頭から読み始め進めているのだが、もう何もかもが胸がキュンとする展開で、萌え散らかして悶絶している。
まず、マイクの家庭環境の貧しさがなかなか厳しくて、シャイで無口な少年が可愛そうでしょうがない。高校を出たらどこかで働くか、軍隊に入るくらいしか選択肢のなかったマイク少年。ところが、進路指導員が言うには学業成績が抜群に良い。学生生活を通じてすべてAを取っているのだから、進学するべきだとアドバイスする。でも、学校に行くお金はないんだと、涙をこらえながら言うマイク。指導員が資料を見るために後ろを向いた隙にそっと袖で涙を拭くところで、私も大泣きしてしまった。
マイクが学業成績優秀だったという話はいたく私を喜ばせた。私はロックンローラーも好きだが、インテリも好きなのだ。このマイク、学業優秀につき学資金を提供されたことが、ロックの歴史の一部となる。そうでなければマイクはゲインズヴィルには向かわなかった。
基本的に一人でネコ相手にギター(かの有名な日本製のグヤトーン)を弾いていたマイク。一応バンド友達もいるが、あくまでも趣味、遊びの範疇。自分は家族から孤立し、お金もない、寄る辺もない、あるのは音楽への愛情だけ。人生の見通しのなさに孤独と不安を抱えていたある日、キャンパスでなかなか上手なバンド(主にカントリー)の演奏を目にして、感銘を受ける。ブロンドを長く伸ばしたベーシストが印象的に言う。「ありがとう、俺らはマッドクラッチ」。 その時演奏していたのが、ザ・バーズ,バージョンの “You Ain’t Going Nowhere”だった。
程なくしてマイクはマッドクラッチに加わるのだが、そのシーンはもうブロンドを長く伸ばし、シャープな顔つきで、チェロキーらしく頬骨が高く、青い青い、瞳をしている ― トムさんの独壇場だった。マイク曰く、その目の青さは、青すぎて見つめ続けられな硬そうだ。プロ・ミュージシャンとしてのキャリアも積んでいるトムさんは、自信満々で、マイクがバンドに入るということにまったく疑いを持っていなかった。
それから数十年が経ち、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズはボブ・ディランと長いツアーを共にし、ロジャー・マッグインもそれに加わる。そこでマッグインとトムさんがワン・マイクで “You Ain’ Going Nowhere” を歌うのだが、それを見ながらマイクはあの、初めてブロンドのベーシストを見た日のことに思いを馳せるのだ。マイクは、あの瞬間が人生を導いたと信じている。胸に迫るものがあっただろうし、そして読んでいる私も胸が苦しくなるほどキュンキュンして半ば発狂していた。
こちらは2016年マッドクラッチのツアーに、ロジャー・マッグインがゲスト参加したときだろう。トムさんが亡くなる前年だと思うと悲しくなる。でも、当人たちはもちろんそんなことは想像だにせず、ニコニコしながら ― 特にマイクはニコニコしている ― 思い出深い “You Ain’t Going Nowhere” をプレイするのであった。
マイクの自伝は読み進めながら印象的だったり、キュンキュンしたところに付箋をつけているのだが、もうかなり付箋だらけになっている。
英語としてはとても短い文章が多く、簡潔で読みやすい。ハートブレカーズ・ファンで英語読書に挑戦を考えている人には、とてもおすすめだ。
Alfred Brendel ― 2025/06/20 19:49
アルフレッド・ブレンデルが亡くなった。現在のチェコ出身、現在のクロアチア育ちのオーストリア人で、ロンドンで亡くなったそうだ。
ブレンデルといえば、最初にピアノのベートーヴェン全曲を録音したことでも有名で、とにかく正確無比なドイツものの名手であった。特にベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなどに関しては、彼の安心感はほかに類を見ない。その正確すぎる演奏と厳格さゆえに、退屈だとまで言われる始末。若い頃、師につけられたニックネームが「人間メトロノーム」というのだから、その完璧さがよく分かる。
今日はずっと彼の演奏を聞きながら仕事をしていたのだが、ベートーヴェンのヴァリエーション(変奏曲)が印象的だった。私がハイドン、モーツァルトに続いてベートーヴェンのソナタを始めようとしたとき、先生は一度私にヴァリエーションを弾かせたのだ。私自身はヴァリエーションというものにあまり魅力を感じていなかったが、ブレンデルの演奏はその正確さゆえに「変化」が際立ち、とても魅力的だった。
ブレンデルその演奏の厳格さとはまた別の顔として、詩人であったり、文筆家であったり、独特のユーモアセンスの持ち主だった。
ある時、ベートーヴェンを演奏中に楽譜が床に落ちてしまうと、彼は演奏を中断して「いまのはベートーヴェンではなく、私のアクシデントです」と言ったという伝説がある。とっさにこういう事を言える人になってみたい。
ブレンデルといえば、最初にピアノのベートーヴェン全曲を録音したことでも有名で、とにかく正確無比なドイツものの名手であった。特にベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなどに関しては、彼の安心感はほかに類を見ない。その正確すぎる演奏と厳格さゆえに、退屈だとまで言われる始末。若い頃、師につけられたニックネームが「人間メトロノーム」というのだから、その完璧さがよく分かる。
今日はずっと彼の演奏を聞きながら仕事をしていたのだが、ベートーヴェンのヴァリエーション(変奏曲)が印象的だった。私がハイドン、モーツァルトに続いてベートーヴェンのソナタを始めようとしたとき、先生は一度私にヴァリエーションを弾かせたのだ。私自身はヴァリエーションというものにあまり魅力を感じていなかったが、ブレンデルの演奏はその正確さゆえに「変化」が際立ち、とても魅力的だった。
ブレンデルその演奏の厳格さとはまた別の顔として、詩人であったり、文筆家であったり、独特のユーモアセンスの持ち主だった。
ある時、ベートーヴェンを演奏中に楽譜が床に落ちてしまうと、彼は演奏を中断して「いまのはベートーヴェンではなく、私のアクシデントです」と言ったという伝説がある。とっさにこういう事を言える人になってみたい。
けなげな音楽 ― 2025/06/27 20:50
先日、Heartbreaker’s Japan Party さんのオフ会に参加して、マイク・キャンベルの自伝の話題で盛り上がった。特に M さんと意見が合致したのが、貧しいながらも健気に頑張るマイクが、涙を誘うという点だった。
「けなげ」ということを念頭に置くと、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの音楽の良さの一つが、「けなげ」な感じだと思う。ソング・ライティング的にも繊細でやや儚げな味わいを出すのがうまいし、そもそもトムさんの声質は細くて、苦しげで「けなげ」なのだ。
特にフィルモアの “American Girl” など、観客も一生懸命歌っているあたり、会場全体が「けなげ」な空気に包まれている。もっとも、この「けなげ」という言葉 ー 特に「弱いものが、それでも頑張るような様子」ー に相当する英語がない。無論、ハートブレイカーズは弱くもなんともないが、とにかくそういう音楽を奏でるところが、私の心の琴線に触れるのだ。
けなげな音楽といえば、クラシックでは多くの場合、独奏楽器などで感じられる。むしろ私はそういう理由もあって、ピアノの独奏が好きなのだ。私は手が非常に小さいため、自分で弾いていても、「けなげだなぁ」と思う。
巨匠ロストロポーヴィチにしても、曲がバッハのチェロ組曲のプレリュードだったりすると、その曲の持つ「けなげ」な魅力が十分に味わえる。
バッハはどこまでも理論的、合理的、厳格な音楽を作るが、その上でさらにこの「けなげ」な味わいは、彼の天才性というほかない。チェロ組曲自体が、演奏者の技術向上を目的とした練習曲の側面があり、そこに「人間が成長していく」という過程のいじましさや、けなげさが出ているのではないだろうか。
「けなげ」ということを念頭に置くと、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの音楽の良さの一つが、「けなげ」な感じだと思う。ソング・ライティング的にも繊細でやや儚げな味わいを出すのがうまいし、そもそもトムさんの声質は細くて、苦しげで「けなげ」なのだ。
特にフィルモアの “American Girl” など、観客も一生懸命歌っているあたり、会場全体が「けなげ」な空気に包まれている。もっとも、この「けなげ」という言葉 ー 特に「弱いものが、それでも頑張るような様子」ー に相当する英語がない。無論、ハートブレイカーズは弱くもなんともないが、とにかくそういう音楽を奏でるところが、私の心の琴線に触れるのだ。
けなげな音楽といえば、クラシックでは多くの場合、独奏楽器などで感じられる。むしろ私はそういう理由もあって、ピアノの独奏が好きなのだ。私は手が非常に小さいため、自分で弾いていても、「けなげだなぁ」と思う。
巨匠ロストロポーヴィチにしても、曲がバッハのチェロ組曲のプレリュードだったりすると、その曲の持つ「けなげ」な魅力が十分に味わえる。
バッハはどこまでも理論的、合理的、厳格な音楽を作るが、その上でさらにこの「けなげ」な味わいは、彼の天才性というほかない。チェロ組曲自体が、演奏者の技術向上を目的とした練習曲の側面があり、そこに「人間が成長していく」という過程のいじましさや、けなげさが出ているのではないだろうか。
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