コールドハーバー2011/10/01 22:21

 1864年、ノースアンナでのにらみ合いが戦闘の進展をもたらさないとみて、北部連邦ポトマック軍司令官のグラントは、さらに南東へ回り込む作戦に出た。正面からリーの南軍に挑みかかっても、毎回手ひどい被害を受けるばかりであることは、はっきりしている。グラントは戦力が南軍よりも圧倒的に大きいという利点をいかして、リーを側面から崩したいと考えていた。
 しかし、グラントの意図は常にリーの把握するところだった。ひとつはリーの方が数段上手の将だったからだが、もう一つはリーが常に騎兵を使った偵察活動に重点を置き、さらにその情報が十分に活かせたからだった。

 5月30日、グラントはノースアンナ川,パマンキー川を超え、南部連合首都リッチモンドの北東15kmほどの地点で、やはり南下してきた南軍と小さな戦闘を試みた。グラントはここでは自信が持てもてなかったのか、北軍をさらに南東へと移動させた。
 この動きも南軍騎兵が素早く察知している。リーには、グラントがどの辺りに陣を敷くかもおおよその予想がついていた。街道の分岐点に当たる、コールドハーバー付近である。ハーバーとは言っても内陸であり、海とは関係ない。例によって、付近の酒場の名前から来ている。
 リーは甥のフィッツヒュー・リーの騎兵を素早くコールドハーバー付近に配置させ、本体の到着までに優位な地勢を確保しようとした。北軍もシェリダンの騎兵を出してこの陣地争いを始めたが、ぎりぎりの所で南軍本隊が到着し、この最初の争いは南軍が勝利した。
 こうなると、その後の戦闘の様相は、慣れたものであれば、誰にでも予想できた。数の優位性に物を言わせ、さらに戦争の大目標として「攻撃して南部を屈服せしめ」なければならない北軍は、リーに対して大攻勢をかける。
 一方、「粘り強く耐え、第三国の仲介による講和にもってゆき、独立を保」てば良い南軍は、やってくる敵を、優位な地形,陣形でもって迎え撃てば良い。こうなると毎回リーは北軍を圧倒した。
 このコールドハーバーもその例外ではなかった。

 6月3日、グラントは総攻撃を命じたが、あっという間に南軍の応射を受けて大損害を出した。この時、南軍は十字砲火のような、二方向からの発砲を行ったようだ。激突したのは、北軍11000,南軍6000(双方ともいくらかの援軍で増えていた)と、圧倒的に北軍有利な数字だが、北軍は惨敗した。
 南北戦争を通じてのもっとも多量の血がこの戦いで流されたが、べつにその戦闘時間が長いわけでもない。北軍の大規模攻撃は10分ももたなかったとすら言われている。
 あまりにも一方的な戦闘だったため、北軍は負傷者の収容もままならず、実際の死傷者が研究者によってまちまちになっている。ウィキペディアでは損害数として、南軍2500,北軍13000と、どこか間違っているのではないかと思うほどの数字が載っているが、他の資料でも南軍の損害多くて5000弱、北軍の損害はどの資料でも少なくとも10000以上となっている。

 この惨敗で、グラントは改めて、リーはまともに闘って勝てる相手ではないことを思い知った。
 しかし、グラントがそれまでのどのポトマック軍司令官とも違っていたのは、どれほどの損害を出しても、動じないことだった。責任をあれこれ言って回避するとか、ワシントンが悪いとか、配下が悪いとか、そういう事を言うタイプの将軍ではなかった。
 このため、リンカーンもこの動じないグラントを信頼し続けるだけの忍耐を持ち得たのだろう。「あの将軍はだめだ」という演出を、その将軍自ら行うようでは、リンカーンは当然信用できなかっただろう…
 ともあれ、グラントは会戦での決着を放棄した。人員,物資の面において圧倒的優位にある以上、これはもう籠城戦に持ち込むしかない。グラントは、リッチモンドの補給路を大きく回り込み、囲い込むことによって、リーを閉じ込めようとした。
 閉じ込めて、時間をかせぐ。時間は北軍の味方だった。いかにリーが名将だとしても、時を止めることだけはできなかった。

まずは青い本がやってきた!2011/10/04 21:25

 ジョージの伝記映画 [George Harrison: Living In The Material World] に先立ち、本の方が先に届いた。著者は奥さんのオリヴィアということになっているが、ようするにジョージやその周囲の人々のコメントで埋め尽くされている。前書きはマーティン・スコセッシ。



 初めて見た写真の数々で大興奮!いやはや、ジョージの味のある字によるメモなども豊富。[Concert for Bangla Desh] のメモ書きでは、ディランの演奏曲目が "Blowing in the Wind(ママ)" 以外が全然違うのが笑える。エリック・クラプトンが "Let It Rain" を歌うアイディアもあったようだが、これは実現していない。クラプトンの体調のせいだったのだろうか。私はこの曲が好きなので、残念。
 ディランと言えば、いかにジョージがディランを愛していたのかと言うことがひしひしと伝わってくる…と、言うべきか、やっぱりストーカーなんじゃないかと…
 ジョージがカメラ大好き小僧だったことは承知しているが、見ていたテレビにボブが映ったからって、何もそれを写さなくても…。本当に、本当に大好きだったんだ…。

 そしてもちろん、忘れてはいけない。トムさーんチェーックっ!!
 ウィルベリーズ付近で登場。そして、ウクレレ行商人の実態を目撃。ジョージの車って…一体…。トムさん、手が痛くなるまで、ジョージとマンツーマン・ウクレレ・レッスン。ジョージ、この金髪君、いちど手を砕いてますので、手加減してください…。

 本は届いたばかりでまだまだ目を通し切れていないのだが、いやはや、出るわ出るわ…。デイモン・ヒルっ!勇気を出して、援助を申し出てみた!よかった!写真もある!
 ポラロイドをよく見たら、ジョージと、レイ・クーパーと…リチャード・E・グラントっ?!おおおお…60年代には、ブライアン・ジョーンズにアニタ・パレンバーグ!
 これはしっかり時間を取って読み込まねば。

銀河ヒッチハイク・ガイド2011/10/07 22:23

 8月にNHKで放映されて以来、BBCのドラマ[SHERLOCK] にはまっているのだが、そのせいではからずも出演者の過去の作品を見直すことになった。出演者といっても、私の場合はコメディ・ファンなので、すなわちマーティン・フリーマンなのだが。
 正確には、未だに見ていない作品を今更確認する部分もあって、自分で驚いている。マイティ・ブーシュのジュリアン・バラットとほぼ二人芝居の短編映画にマーティンが主演していて、しかも何ヶ月も前からそのDVDを持っていたのに、すっかりその存在を忘れていたのには、我ながらびっくりした。

 それはともかく、マーティンの出演作品でメジャーな内に入るのが、映画「銀河ヒッチハイク・ガイド」だろう。さすがにこれはずいぶん前に見ているし、DVDも持っているし、原作のシリーズは一通り読んでいる(もちろん日本語で)。
 あの頃のマーティンの確認のためにもう一度見たら、[SHERLOCK]でのマーティンがいかに格好良いかを再認識してまたびっくり。「ヒッチハイク」の時は、役作りでウェイトを増やしていたのかも知れない。[The Office] の時はもう少しやせていないかなぁ?([The Office] は私のタイプのコメディではない)

 「銀河ヒッチハイク・ガイド」の原作者ダグラス・アダムスがかなりの音楽好きとあって、音楽ネタが小説にも盛り込んであるのだが、映画でまず印象的なのは、イルカのオープニング。そして、「ガイド」登場のシーン。



 曲は、イーグルスの "Journey of the sorcerer" のカバーとのこと。印象的なバンジョーでも分かるとおり、バーニー・レドン(トムさんの旧友トム・レドンの兄)の曲。イーグルスの方のオリジナルは、こちら
 ちなみに、映画のナレーションはスティーヴン・フライ。さらにちなみにだが、スティーヴン・フライはガイ・リッチー監督の映画「シャーロック・ホームズ」の2作目で、マイクロフト役だそうだ。…確かに向いている…太り具合が。

 なぜ映画の「ガイド」登場シーンがイーグルスなのか。そもそも、この「銀河ヒッチハイク・ガイド」はラジオドラマから始まり、小説、テレビとメディアを広げたのだが、80年代にテレビ化されたときのオープニングタイトルが、すでに "Journey of the sorcerer" だった。それがこちら。



 さすがに画面が古風。ファンとしてはこのテレビ版の方もチェックしたくなるが、映画のマーヴィン(鬱病ロボット)を知ってからだと、テレビのマーヴィンの容姿には耐えられないらしい。

 「銀河ヒッチハイク・ガイド」は膨大な「ネタ」をぎゅうぎゅうに詰め込んだ作品だが、その中でももっとも有名なのが、"Don't Panic."「パニクるな!」と、究極の答え「人生,宇宙,全ての答え」だろう。
 「人生、宇宙、全ての答え」を、超巨大コンピューター,ディープ・ソート(どうやらアップル社製らしい)が、750万年かけてはじき出し、それを知らしめた瞬間が、これ。



 あまりにもあんまりな答えのため、逆に「究極の問い」をはじき出すための更なる超超巨大コンピューターを作ることになるのだが、あれやこれやでおしゃかになり、仕方が無いので、今度はごく普通の英国男子アーサー・デント(映画ではマーティン・フリーマン)の脳のを採取して「究極の問い」を獲得しようとするのだが、もちろんアーサーはまっぴらごめん。そこでアーサーはでまかせの「究極の問い」をあれこれ出すのだが、その中で一つだけ、「良いかもしれない」となるのが、…この歌の冒頭というわけ。



 このフレーズは、確か原作にも出てきた。
 テレビ版のオープニングにイーグルスを持ってきたのもダグラス・アダムスだし、要するに彼は好きな音楽をふんだんに盛り込みたかったのだろうと思う。彼は映画の脚本執筆中に急死している。希代の才人の退場は、地球人にとってのバイパス工事なみに、唐突だったらしい。

チャンピオンはFABがお好き2011/10/10 19:54

 F1日本グランプリは、無事終了した。
 久しぶりで、鈴鹿でチャンピオン決定。やっぱり良いものだ。日本人としてのひいき目とは別に、鈴鹿は確かに世界屈指の名サーキットだと思う。
 日本人レーサーを応援する方としては、予選が一番の盛り上がりだった。右京さんも早々に泣いてしまったようだが、あの気持ちは分かる。
 セバスチャン・ベッテル、2年連続ワールドチャンピオンおめでとう!応援していただけに、嬉しい。今年は本当にぶっちぎりだった。可愛い顔して、クレバーでクールな走りもできるようになった。さて、シューマッハのごとく一時代を築くことになるだろうか?
 今年のレースもまだ幾つか残っているが、来年のことも気になる。シートに関してはあまり大きな動きはなさそう。レギュレーションはどうなるだろう。KARSも、DRSも良いシステムだが、タイヤはどうだろう。あのわざと摩耗しやすくしてあるタイヤ設定は、ピット作業が多すぎて煩わしい。F1はあくまでも、最高水準の技術を駆使する舞台であってほしい。わざと性能を落としてあるレギュレーションもなくはないが、タイヤの設定はやり過ぎだと思う。

 何度か話題にしたが、ベッテルはビートルズとモンティ・パイソンが好きな若者である。マシンにビートルズ関連の名前をつけたり、ビートルズのレア・アルバムをオークションで競り落としたり。

 雑誌(たぶん、Rolling Stone)取材のフォトセッションでは、[Abbey Road] を持ってご機嫌!



 ドイツ語圏で販売された、豪華なビートルズ・カタログ・ブック、[Help!]のHPにも、ベッテルくんがニッコリ♪



そんなベッテルくん、去年のブリティッシュGPでのパーティステージに、引っ張り出されてしまった。テレキャスター渡されちゃったんだけど…



 ごめん、弾けない!…そうだよね、世界チャンピオンだもん。これでギターまで弾けたら困るよね。
 と、思ったら、デイモン・ヒルはまともにギターが弾ける。コステロや、ジュールズと一緒に、"Stand by Me"
 デイモンは、ジョージとセッションできるくらい弾ける。デイモンは顔も格好良いし、性格も良いし、走りも好きだし、しかもジョージに愛されて、ギターも弾ける!さぁ、ベッテルくん、ヒルを目指して猛練習だ!

Swing low sweet chariot2011/10/13 22:28

 ここ2週の「N響アワー」(日曜夜9時ETV)は、良い演奏が続いた。先週は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。先々週は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」だった。
 「新世界から」で印象的だったのは、第一楽のテーマについて。この曲はいくつかアメリカ民謡や、そのルーツであるヨーロッパ民謡の影響が見いだされるとされているが(作曲者本人は否定気味だ)、中でも第一楽章のテーマの一つは、学生のころ「あ~らやだ~ま~たやっちゃった~♪」と歌っていた。この映像(2010年プロムス)では、4分10秒付近から。



 指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットも解説していたが、この曲は "Swing Low Sweet Chariot" を引用しているという。ブロムシュテットが歌いながら「Swing low sweet chario...フンフフフフンフ~ン…Swing low…」とごまかしたのは可愛かった。
 "Swing Low Sweet Chariot" を私が最初に聴いたのは、おそらくエリック・クラプトンのレゲエ・バージョンのカバー。



 1969年のジョーン・バエズのバージョンもあるが…これはちょっともったいぶった歌い方過ぎるかな。



 面白いのは、この曲はイングランドでラグビー応援歌として愛唱されていると言うことである。どうやら1988年頃から始まった習慣らしい。クラブチームの応援にも歌うし、ワールドカップでも歌うらしい。今回のワールドカップでも歌ったのだろうか?



 これ、いいな。盛り上がって、ちょっと感動する。サッカーの "Always look on the bright side of life" もそうだけど、選曲センスが良い。もっとも、ちょっと酔っていて、ちょっと好きな歌を歌ったら、広まっただけかも知れないが。

If I Needed Someone2011/10/16 21:58

 最近、ゴールデン・スモッグのアルバムを買ったので聴いている。こういうアコースティックの心地よさがロックにうまく溶け込んでいる格好良さを、再認識した。
 この手の格好良さは、ロックという音楽の成立過程を思えば当然だし、一方で60年代にロックが最高の隆盛を誇ったときに、フォークやブルース、カントリーというルーツの要素を強調した動きがあったことも、貢献している。
 その点において、ザ・バーズに代表される「フォーク・ロック」と呼ばれるジャンルは非常に重要なのだが、それをトップのトップに君臨するビートルズもまた、楽しくやってくれたことは、大きかった。
 中でも、ジョージの "If I Needed Someone" の存在は、その光彩と言っても良いだろう。



この曲は非常にビートルズ的。リッケンバッカーのキラキラしたサウンドに、美しいコーラス。簡潔な演奏だけど、一分の隙もない。

 カバーの一組目は、ホリーズ。



 このカバーはビートルズが公式に発表したすぐ後だそうだ。私はホリーズに詳しくないのだが、グレアム・ナッシュ在籍時なのだろうか?
 コーラスの精密さはさすが。ギッコンバッタンしたドラミングも、なかなか味があっていい。そうでないと、ただの綺麗なだけの演奏になってしまいかねない。

 "If I Needed Someone" の作曲過程で有名なのは、ジョージがザ・バーズの影響で作ったという話で、そうなると当然、ロジャー・マッグインのカバーが登場する。

br>
 コーラスという面で言うと、さすがに多少劣る。そもそも、ビートルズが、リードのジョージのバックに、ジョン・レノンとポール・マッカートニーというロック界でも最高のボーカリストが固めているのだから、敵うはずがない。
 一方で、ギターリフはさすが。こちらの方に力点が置かれているのだろう。

 最後に、CFGでの演奏。私は、歌ったのがクラプトンだったというのが、まず意外だった。やっぱりこの人は、ジョージの全てが好きだったんだな。



 意外とオリジナルに近い演奏。この曲が持っている、幸せな脱力感、気持ちよさがうまく表現できている。ステージ上のメンバーの面々の表情も緊張より楽しさが勝っている。格好良いロックを演奏しつつも、ほのぼの感がただよう。
 どうして誰もリッケンバッカーの12弦を弾かないのかと不思議だったが、舞台上リッケンバッカー12弦大事に据えられていた ― つまり、あのギターはジョージの象徴として一緒に居る。きっとどこかで、ジョージが楽しく弾いてくれているんだろうな。

モッズコートが欲しい2011/10/19 22:22

 モッズコートが欲しい。
 「モッズコート」と呼ぶのは、どうやら日本だけの習慣らしい。もともとは、1950年代にアメリカ軍で使われていた「ミリタリーパーカー」が、モッズファッションに取り入れられ、現在まで引き継がれた物を指すそうだ。今では、日本でもよく見かけるファッションだし、女性用も多い。
 とにかく、モッズコートが欲しい。

 まずは、こんな感じで。



 こんばんは。ちょっと着ぶくれているようだけど、それはコートの下にバクダンが巻き付けてあるからなので、気にしない。あとでひっぺがされるし。

 ファッショニスタ、ノエル・フィールディングも、もちろん着ている。映画[SWEET] の一場面。シマTシャツに、モッズコート!完璧だ!



 同じ映画の中で、ジュリアンも着ている。ノエルと共有かも知れない。低予算映画だから。



 いや、待てよ。ここまで、あこがれのモッズコートスタイルは、UKコメディばかりではないか(「こんばんは」の人も、私のカテゴリーではコメディの人)。いかん、いかん、ここは一つ、アメリカ人ミュージシャンにもお出まし願おう。



 完璧に着こなしている英国人たちに対して、明らかに「着られている」彼。どう見ても、南のワニの国の王子さまが、寒い国に亡命したみたいだ。今にも凍死しそう。実際、インタビュアーに「やぁ、ごきげんいかが?」と言われただけなのに、受け答えが不自然だ。

 とにかく。私はモッズコートが欲しい。
 そういう訳で、多少お店などを覗いているのだが…重大なことに気付いた。このモッズコート、やたらに重い!
「どうぞ、羽織ってみて下さ~い♪」
 などと可愛い店員さんにのせられたものの、持っただけで「おもっ!バクダンでも巻いてあるのか?!」
 そうか、そうだよな。米軍物だもんね。軽いはずがない。小柄なマーティンだって、170cmはあるんだし。トムさんだってやせっぽちだけど私よりはましだ。
 極端に体格の悪く、ひどくなで肩の私の都合など、考えているはずがない。もちろん、防寒用のライナーを外せばいくらか軽くなるのだが、私は異常な寒がりときている。
 きょうび、「かるい!」…がウリの防寒着が流行っているのに…どうしよう。

Barry Feinstein2011/10/22 23:07

 10月20日はトム・ペティ61回目の誕生日だった。おめでとう!今年は完全休養するかとおもいきや、ぼちぼち録音もしているようだし、アナログ・ライブ版も出すし、スポットだけど、ライブもやるとのこと。楽しみだ。

 お誕生日を迎えた人もいれば、亡くなった人もいる。
 写真家の、バリー・フェインスタインが80歳で亡くなったというニュースがあがっていた。名前だけではピンとこなかったのだが、ディランの [The Time, They are a-Changin']や、バーズの[Mr. Tambourine Man],ジョージの[All Things Must Pass] のカバー写真を撮った人となると、なるほどロックにとって非常に重要な人だったことが分かる。スティーヴ・マックィーンとも親しく、映画「ブリット」の写真も、フェインスタインだそうだ。

 ジョージやディランとの仕事で思い出したのだが、音楽史に残る、エポック・メイキングである、[Concert for Bangladesh]でも、フェインスタインが仕事をしていた。
 2005年にDVDが再発されたときのドキュメンタリーに、フェインスタインが登場して、当時の話をしている。



 アラン・クレインに邪険にされつつも、ステージで仕事を続けたフェインステイン。ディランとジョージを背後から撮った写真は、そのままディランのベストアルバム(Vol.2)のカバーになった良いショットだ。



 前から見ると、こう。



 ほかにも、クラプトンのソロ・ファースト・アルバムや、デラニー&ボニーの[On Tour with Eric Clapton] などの写真を手がけており、私が好きな音楽ジャンルには、非常に深く関わっていたようだ。

Bagpipes2011/10/25 21:38

 今年の文化功労賞に、雅楽の芝祐靖先生が選ばれました。おめでとうございます!先生のこれまでの業績を讃え、感謝しつつ、今後のご活躍を楽しみにしています。

   10月13日付けロイターによると、ボブ・ディランは10月上旬、スコットランドのグラスゴーでコンサートを行った際、トラディショナル・スコティッシュ・バッグパイプスを購入したそうだ。
 ナショナル・パイピング・センターのスポークスマンによると、ディランは代理人を派遣してRG ハーディ社のセットを一式購入したとのこと。マニュアルつき。
 ディランはかねてからスコットランドに強い思い入れがあり、スコットランドの詩を引用したり、民謡を取り入れたりしいる。1997年には、”Highlands”(スコットランドのこと)という曲も作った。
 記事の締めとしては、あのパイプの音と、ディランのだみ声が一緒になったら、すごいことになりそう…だとのこと。

 ディラン様、バグパイプですか!うわぁ…なんか…確かにすごそう。
 記事に出てくる「トラディショナル・スコティッシュ・バッグパイプス」というのは、「グレート・ハイランド・バグパイプ」― 日本でいわゆる「バグパイプ」と言えばまずこれが思い浮かぶ楽器のこと。英語だと「パイプス」と複数形になるのは、楽器ひとつに複数の管がついているから。
 複数の通奏管(ドローン)と、一本の旋律管(チャンター。歌担当という意味)を持つ、リード楽器。最大の特徴である大きな袋(留気袋)に、呼吸で空気をため、これを押し出して物凄い音を出す。スコットランドの民族楽器としてあまりにも有名で、その歴史・文化と深いところで強い結びつきを持っている。

 まずは、「世界チャンピオン」という人のソロ演奏でどうぞ。



 なんというかまぁ、男性的というか…。とにかく賑やか。言い換えると騒々しい(失礼)。音楽のフレーズとはまったく関係なく呼吸を送っているのだが、私にとってはこれがとてつもなく難しく思える。私は演奏と呼吸が完全に一致している楽器しかやったことがないし、ピアノを弾くときすら、ある程度呼吸を合わせている。
 これほど上手な演奏ができるまでに、どれほどの鍛錬が必要か、想像もつかない。ディランが七十の手習いでまともなパイパーになれるかどうかは…どうだろう…。別に彼自身が吹かなくても構わないのか?
 バグパイプといえば、軍楽隊にも取り入れられているわけで、集団での演奏も見もの。しかし、必然的に凄まじい音響であることは想像できる。屋外で聞くに如かず。


 バグパイプというのは広くヨーロッパに分布しており、さまざまな形があるが、スコットランドのそれと共に知名度が高いのが、アイルランドのイーリアン・パイプだろう。英語では Uilleann Pipe と綴る。アイルランド語(ゲール語)で、「ひじのパイプ」という意味。その名の通り、ひじでフイゴを操作し、留気袋に空気を送り込む構造。

 まずは、当世アイリッシュ・トラディショナル・ミュージックの雄、ルナサの演奏で、”Morning Nightcap”。



 私はこの曲を生で聴いたことがあるが、コンサートの冒頭でまずイーリアン・パイプがドローンのバルブを開けて、「ブーン…」と低く響かせたときの感動を忘れられない。この曲の収録アルバムが、私にとっての最初のルナサだったことも大きい。ホイッスル(一番左でピーピー言ってる楽器)で、この曲を吹いたこともあるが、当たり前だがこれほど上手くはない。
 ルナサはとても良いのだが、私の好みからすると、ややモダンに洗練されすぎているという感じもする。無論、ほかにはもっとゴテゴテとして、土の匂いのしないアイリッシュもあるが。ともあれ、私はザ・ボシー・バンドの方が好み。



 イーリアン・パイプはとてもやってみたい楽器だが、いつもの如く体格の問題でまず無理だろう。せめて、イーリアン・パイプと気持ちよく、楽しく合奏できるホイッスラーになる努力をしなければなるまい。

Ralfe Band2011/10/28 23:57

 ラルフェ・バンドを知ったのは、英国コメディ,「ザ・マイティ・ブーシュ」を知ってから間もなくのこと。中心メンバーのオリヴァー(オリー)・ラルフェがブーシュ ― とりわけジュリアン・バラットと親しかったため、このコメディ作品に何度か登場していた。
 ジャンル分けはよく分からない。「ブリティッシュ・フォーク・ポップス」と呼んでいるケースもあるし、これは外れていないだろう。ある意味、リンディスファーンに近いような、泥臭くて素朴なポップス。もっとも、私がラルフェのアルバムを買ったとき、「テクノ・ポップス」の棚に置いてあったのは何かの間違いだと思うが。

 まずは、彼らの代表曲と言うべき、"Women in Japan"。突如、「日本」が登場するが、これは当時のバンドメンバーの一人に日本滞在経験があったかららしい。



 このとぼけたような、脱力系のサウンドが何となく心地良い。歌詞もなんだかヘンテコで良い。特に、「顔の無い老婆がぼくの名を呼ぶ 彼女が言うには スペインから来た公認会計士に刺されたらしい」…というところが好き。「公認会計士」が出てくるところが、いかにもUK。

 ブーシュへの出演シーンで一番好きなのは、ファースト・シーズンに登場した「グラム・フォーク」。ギターを弾いている方がオリー。顔が全然分からないけど…



 ラルフェ・バンドのビデオで使われているイラストや、ジャケットデザインの多くはは、オリー・ラルフェ自身による。彼にはこういう才能もあるらしく、映像作品も幾つか作っている。



 非常にどうでも良いことを気にして恐縮なのだが、英国男子にとってストライブTシャツというのは何か特別意味があるものなのだろうか。
 まず、この人が着て話題をさらったり…



 ジュリアンも私服で着てるし。



 定番オシャレアイテム…なのかな?