その時義経、少しも騒がず2008/10/19 22:37

 能の「船弁慶(ふなべんけい)」は、一つで色々オイシイ演目だ。分類としては、雑物とも呼ばれる四番目に属するようだが、鬼や妖怪がシテ(主役)となる、派手で激しい動きの五番目物(切能)に分類する流派もある。さらに、前半は女性がシテとなる三番目物(鬘物)の要素を持っている。

 平家を滅ぼした源義経は、兄・頼朝との確執から都を追われ、西国へ船で逃げることになった。弁慶をはじめとして家臣と共に海へ漕ぎだそうとする義経だったが、愛妾・静御前とは別れなければならない。静御前は別れを惜しみ、舞をひとさしまって、義経一行を見送った。ここまでが前半。むろん、シテは静御前で、彼女の美しい舞が見どころだ。
 船に乗って、瀬戸内海に漕ぎ出す義経一行。船頭はアイ(狂言方:きょうげんかた)が演じるので、ここも見どころの一つ。
 やがて海が荒れ始め、恨みを残して死んだ平知盛の怨霊が現れ、義経主従に襲いかかる。すると弁慶が祈り倒し、その法力の前に知盛は消え去る。

 義経は当然成人男子だが、能舞台で演じるのは子方(こかた。子役のこと)である。弁慶も静御前も当然大人が演じるのだが、義経が子供なので知識無しで見ると、ものすごくおかしな印象を受ける。なぜ義経を子供が演じるのか。諸説があり、研究の対象になっている。一説には、子供にやどる神聖性を、義経に持たせるためとも言う。

 「船弁慶」は比較的長い演目だが、その中で印象的な一節がある。
 後場で知盛が登場し、義経主従一行を脅かしたとき。子方演じる義経の、甲高い声が、大ノリ(一文字に一音を当てる、大きな謡い方)で響き渡る。

「その時義経、少しも騒がず ―」

 さらに地謡(コーラス部隊)が「その時義経、少しも騒がず 打物抜き持ちうつつの人に 向うが如く」と続ける。
 私はこの一節が好きでよく使う。さらに、1981年ローリング・ストーンズのライブで起こった、有名な事件が連想される。
 "Satisfaction" の最中に、観客の一人がステージに乱入。
 「その時リチャーズ、少しも騒がず ―」



 キース、冷静沈着!やる気まんまん。あわてず騒がずギターを肩から外すや、素晴らしい身のこなしで暴漢(?)を撃退する。どうも初めてやったようには見えない。当然ハウリングが起きているが、それを眺めているミックも落ち着いたものだ。
 この状況にTP&HBが陥ったら?マイクとキースはキャラが違うので、観客はトムさんに迫るのだろう。しかし、トムさんもマイクもギターが大事すぎて、無抵抗か。

コメント

_ 参星 ― 2008/10/21 22:53

こんばんは、遅ればせながらコメント失礼します。

「その時義経、少しも騒がず」←私もこれ使います(笑)
「少しも騒がず」って自分で言ってしまう義経(子役)がやたらにおもしろ可愛らしいのですよね(*´∪`*)
見所いっぱいの船弁大好きです。

そしてキースすごいww
はじめてみました。

_ NI ぶち ― 2008/10/22 23:23

>参星さん
コメントありがとうございます。能の記事にコメントをくださるのって、参星さんくらいですよね。
私はいつか、子方さんが「あわてず騒がず」と謡ってくれることを夢見ています(知盛も含めて、全員ズッコケるだろうな・・・)
船弁って…!略すんですか?!新たな驚きです。雅楽・能ではあんまり略語を使わないから…
キースの堂々とした戦いっぷりは感心しますね。特に、相手が逃げてからの胸の張りっぷり!

_ Miss O'dell ― 2008/10/24 23:08

船弁というと、「駅弁」「空弁」の兄弟みたいな感じですね。

能は観ませんけど、『平家物語』は大好物です。
「成人男子だが、能舞台で演じるのは子方」というのから『経政』を連想したのですが、あちらの場合は成人が少年の面をかぶって演じるのですね。
勘違いしていました。ひとつお勉強になりましたよ。

それにしても、日本人って義経好きだよなぁ。
私の中では、浅野内匠頭と並んで「上司にしたくない男」の筆頭なんだけどなぁ。

_ NI ぶち ― 2008/10/26 01:19

>Miss O'Dell
経政?経正かな?流派によって表記が違うかも。観世は経正。
彼も一の谷で死んだときかなり若かったけど、まぁ二十代前半くらいでしょうね。面は中将か、今若。 ― むしろ敦盛のほうが、「少年」の面をかける方ですね。童子を使う場合もあるらしい。
浅野さんはともかく、義経は解釈によって評価のまったくわかれるタイプの人ですね。ただ、時代が必要とした天才の一人であることは、間違いがなさそう。浅野さんとは、そこが違うか?

_ Miss O'Dell ― 2008/10/27 00:03

私がチェックしたのは『経政』の表記でした。流派によって違うのか。調べ出すとキリがなさそう……。

上記の通り、能は知らないのだけど、『平家物語』に関するエッセイに出てきました。物語に登場する女性について述べたものだけど、変則的に経正が出てきたんですよね。
覚性法親王の命で供養の法要をすると、法親王に仕えていた頃の稚児の姿で現れて舞う、という具合に書かれていたので、子供が演じるものと思っておりました。
で、そのエッセイでは、稚児なので女の括りで書いてたわけで。
……これ以上は言いますまい。<言ったも同然だが

義経が天才かどうかは私には判断出来ませんが、将棋や囲碁は弱そうだな、と思ふ。
まぁ、歴史に名を残すということは、聖人だろうが悪党だろうが歴史の女神に愛された人達、ということなのでしょうね。しみじみ。

_ NI ぶち ― 2008/10/27 23:09

能の演目としては「経政」で通っていたようですが、当人の名前は正確に「経正」なので、現在では観世・金剛では「経正」と表記しています。
「稚児の姿で現れ」というのは、少なくとも観世ではありませんね…うーん、五流で修羅物に分類しているから、武将の姿だと思うけど、「稚児」となると…黒頭か…菊慈童みたいな?ちょっと想像できないや。それ、出典が知りたいですね。面白そう。

_ Miss O'dell ― 2008/10/28 23:47

出典、出典、出典……。
立ち読みしたので、書名を覚えていない……。

今若の面である理由をこう解釈してみました、という話を私が脳内脚色しちゃった可能性もあります。はっきり断言しちゃって違っていると、名すら覚えていないが筆者さまに申し訳ないので、話半分に受け取っていただけると幸いでございます。

気になった時に調べる、というのは学習の基本ですね。
今後は心がけよう。……でも、いざ調べようとした瞬間に調べる内容を忘れちゃうんだよなぁ。老化だなぁ。

_ NI ぶち ― 2008/10/29 23:08

今若は若い男性の面で、修羅物においては「経正」に限ったものではないようです。「箙」、「敦盛」、「清経」、「朝長」でも今若は用いられますね。
出典、出典…三省堂の「能楽ハンドブック」は本当に重宝します。謡本は…ええと、観世の百番集しか持っていない。続百も買わなきゃいけないんだけど…高くて…(FO)

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