Truth is the daughter of Time2012/10/07 20:43

 F1日本GPに関しては、まだこれから見る方もいらっしゃるだろうから、後日に回す。私はCSの生中継で観戦済み。疲れた。
 それにしても、F1が地上波で生中継されないというのは、どうにもけしからん。

 先週、日本経済新聞の夕刊文化面に、某信託銀行の社長さんが「こころの玉手箱」というコラム連載をしていた。
 この社長さん、「40年以上のめり込んでいる」という、エリック・クラプトンのファンだそうだ。「魂震わされ続け40年 エリック・クラプトンのCD」と題したその文章に、以下のような部分があった。

 彼の演奏を最初に聞いたのは、16歳ぐらいの頃。ビートルズの「ホワイトアルバム」だった。ビートルズはそれほど好きではなかったが、何となく「ホワイトアルバム」を聴いていたら、妙にギター音が気になる曲がある。曲名は、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」。  ジョージ・ハリソンってこんなに上手かったかなと、クレジットを見返してみると、作曲ジョージ・ハリソン、ギター演奏エリック・クラプトンとあった。それからクラプトン追跡が始まり、「クリーム」だ、「デレク・アンド・ザ・ドミノス」だとなり、クラプトン関係のレコード、CD、DVDは100枚くらい持っている。

 この話は、本当だろうか?
 最初に断っておくが、私はこの手のコラムに、厳格な正確さは求めていない。飽くまでも思い出話、エッセイである。たとえ本当ではなくても、この社長さんを非難するつもりもなけば、悪く思うわけでもない。むしろ、お堅い信託銀行社長に、私と同じような趣味があるとは、微笑ましいとすら思っている。
 ただ、私はグレイフライヤーズ・プロジェクトで、リチャード三世でないかという遺骨が発見されて以来、「時の娘 The Daughter of Time」(ジョセフィン・テイ Josephine Tey)を、日本語,英語で読み直している。伝聞や記憶・思い込みと、真実の間を、追求したくなる「ブーム」が来ているのだ。

 まず、この信託銀行の社長さんが「16歳ぐらいの頃」という記述。
 社長さんは1952年2月17日生まれなので、「16歳」だったのは、1968年2月17日から、1969年2月16日まで。一方、ビートルズの[White Album] は、英国で1968年11月22日、米国で11月25日、日本では翌1969年1月21日発売ということになっている。
 つまり、社長さんが「16歳」で二枚組の [White Album] を聴いていたとしたら、あの時代にわざわざ輸入盤を速攻で手に入れたか、日本発売されて25日間内に入手したことになる。そうなると、「ビートルズはそれほど好きではなかったが」という記述は怪しくなる。好きな方でなければ、そこまではしないだろう。二枚組で通常のアルバムより高価だったとなると、なおさらだ。
 むしろ、社長さんの「16歳ぐらいの頃」という記述が重要だ。本当に「ビートルズはそれほど好きではなかった」としたら、[White Album] を聴いたのは既に17歳になって以降だと考えるのが妥当だ。しかし、新聞のエッセイには、「ホワイト・アルバムの発表年 1968年」から、「自分の生年 1952年」を単純に引いた「年齢」を書いたのだろう。

 さて、社長さんは "While my guitar gently weeps" を聞き、ギターが気になり、「クレジット」を見ると、「ギター演奏エリック・クラプトン」とあったと言う。本当だろか。
 まず、「クレジット」という言葉をそのまま解釈すると、この記述は誤りだろう。[White Album] には、エリック・クラプトンの名前はクレジットされていない。これは有名な話だ。リマスターされたCDの「解説」にこそクラプトンの名前が中にあるが、私が持っている昔のCDには「クレジット」されていないし、1968年や翌年に発売されたLPにも、クラプトンの名前は「クレジット」されていないはずだ。もし、「クレジット」されている現物をお持ちの方は、ぜひご一報を。

 では、社長さんが見たのは、「クレジット」ではなく、「解説」だったらどうだろうか。私が持っているようなCDになら、解説にクラプトンの名前が載っている。つまり、ギターの音が気になって解説を見ると、クラプトンの名前があったというパターンだ。ただし、ビートルズのCD化 ― つまり1980年以降の話。
 ここで疑問がわくのが、この社長さんが聴いた時代の日本国内盤のアルバムには、どのような「解説」がついていたかという問題だ。社長さんが16歳ではないにしても、せいぜい1970年ごろまで。日本盤の「解説」には、クラプトンの名前はあったのか、否か?これは大いに興味があるので、これまた現物をお持ちの方には、ご一報願いたい。

 私はむしろ、社長さんはレコードのクレジットも、解説も見たわけではないと推理している。たとえば、ラジオやテレビ、雑誌の記事などで、「"While my guitar gently weeps" でリードギターを弾いているのは、クラプトン」と言うなり、書くなりされたものを、見聞きしたのではないだろうか。
 そこでまた気になるのは、世の中で最初に「"While my guitar gently weeps" でリードギターを弾いているのは、クラプトン」という事実が知られるようになったのは、いつかという点だ。
 遅くとも、1971年8月1日までには知られていただろう。つまり、[Concert for Bangladesh] である。このコンサートで、当然のように "While my guitar gently weeps" のギターソロは、クラプトンが担当している。CFBの映画は、日本でも上映されており、当時ファンたちは何度も見に行ったという話を聞いている。社長さんも例外ではあるまい。

 そこまで考えて、私は思った ― そうだよ、ブレント・キャラダイン!
 社長さんが、クラプトンの演奏を最初に聞いたのは、[White Album] だっということも、本当は違うのではないだろうか?
 [White Almum] および、"While my guitar gently weeps" を最初にいつ聞いたのかはともかくとして、実は何かのきっかけでクラプトンのファンになった社長さんは、後になって、"While my guitar gently weeps" でリードを弾いているのはクラプトンだと知り、改めて [White Album] を聴いたのではないだろうか?
 つまり、日経に載せた「いい話」っぽいエピソードは、作り話というわけさ、ブレント。

 「作り話」などと言うと悪い印象になってしまうが、もしこの推理が正しかったとしても、私はそこに悪意があったとは思えない。
 実のところ、この「ジョージってこんなに上手かったっけ?…と思ったらクラプトンだった」という手の話は、そこらによく転がっているのだ。私はこういう話を、今までに二回か三回くらいは見聞きしていると思う。
 つまり、「いかにもありそうだけど、事実ではない話」というわけ。
 さらに、社長さんにとってクラプトンのファンになった頃と、知識を得た時期がおなじく40年以上前となると、「いかにもな話」と、自分の記憶がまぜこぜになり、まるで自分自身の体験のように錯覚しても、不思議ではない。

 さらに踏み込むなら、クラプトンのファンは、この「ジョージってこんなに上手かったっけ?…と思ったらクラプトンだった」という話が、好きだということだ。そう、トム・ペティがジョージとの思い出話をするのが大好きなように。偶然、交差点の信号待ちの隣りにジェフ・リンが居たという話をするのが好きなように。
 クラプトンの凄さを語る上で、「あの、偉大な、世界で一番有名な ― そう、音楽に興味のない人でさえ知っている ― あのビートルズの中にあっても、特異に聞こえるほど素晴らしいギターを演奏しているのが、あの『エリック・クラプトン』なんだぜ!」と、「自慢」するには、格好な、そして手頃な「物語」なのだ。

 良く出来た落語のネタのようなもので、まぁ、それを「実体験」として嬉しそうに語ったところで、別に悪くもないし、微笑ましい程度のことだろう。ただ、私のようなジョージ・ファンにとっては、なんだかジョージを悪用されたようで、良い気持ちはしない…という、正直で醜い感情は、一応表明しておく。要はこれが言いたかったんだな…
 へぇ、クラプトンって、凄いんだ。…と思ったら、その凄い演奏をさせる凄い曲を作ったジョージ、クラプトンに演奏させる気にさせるジョージ、さらにクラプトンとはまた違う凄いギターを弾くジョージ、彼のソロ・アルバムや、ウィルベリーズを聴いてくれると嬉しい。

 そういえば、「いかにもありそうだけど、事実ではない話。そのくせ、実体験として語る人が多い話」が、もう一つある。

 「アメリカで、ボブ・ディランのコンサートに行ったんだ。自分も、観客も、みんな大盛り上がりでさ。ボブ!とか叫んでるんだ。でも、実はディランがステージ上で何て歌っているのかは、さっぱり分からない。だから、隣りで盛り上がっている、アメリカ人とおぼしき白人の男に『なぁ、ボブは今、何て歌ってるんだ?』と尋ねたら、その白人にいちゃんも、『俺も分からん!』…だってさ。」

 私はこの話を、少なくとも別の日本人、二人から聞いている(一人は、南こうせつ)。
 これはおそらく、「ボブ・ディランは独特の語り口で、何を歌っているのか分からない」ということを表現するのに、格好な、手頃な、そして実体験として話すとウケる、「ネタ」の一つだろう。

* ブレント・キャラダイン:「時の娘」の登場人物。入院中の刑事アラン・グラントに変わって、リチャード三世の真実を調査する、若いアメリカ人。「時の娘」を映画化するとして、キャスティングは…ベネディクト・カンバーバッチでいいやと、いい加減に考えた。グラントは、マーティン・フリーマンで。かなりいい加減だが、意外とはまってるような気がする。