手前で終わる薬指2010/07/30 23:48

 先週末、アイリッシュ・パブでのセッションがあった。私は例によって、ティン・ホッスルでリールのセットを演奏した。
 アイルランドの音楽にはいくつかの種類があるし、テンポの早いダンス・チューンでも、速度やリズムの異なるものがある。私が毎回セッションで演奏するリールは、もっとも速度が速く、難しい類なのだが、私はもはやリール以外が許されないに近い状況になってきている。私はともかく、一緒に合わせるフルート,フィドル,バウロンなどはプロなので、必死になってついていっている。
 それにしても、今回はさすがに凄まじかった。私のセットは、"The Water dog's hole"と、"Glasgow Reel" の2曲。1曲目が始まって、私も吹き始めようとするころに、背後に居たバンドマスターが、トコトコと前に回り、フィドルとバウロンの二人に、「2曲目でテンポ上げて」と指示したではないか。ええええ、待ってくれ。まじですか。リハしてないんですけど。うろたえる私をよそに、曲は進む。
 演奏本番が始まった以上、、焦っても倒れても脱水症状になっても、どうしようもない。ほぼヤケクソになって吹き切るしかない。いよいよ2曲目に入るその瞬間、突如ギアがトップに入ったように、見事にテンポアップした。あとで録音を聴いて感心したのだが、我ながらよくついて行っている。無論、私の演奏そのものについては、色々と問題があるのだが、それにしても。なかなかやるもんだと思った。

 私のホイッスル歴もそれなりの期間になり、楽器も2本目になった。そろそろ、私もアイリッシュ・フルートを始めてみようということになった。
 そもそも現在、オーケストラや吹奏楽部で見られる金属製で、穴を塞ぐ蓋(キー)がついているフルートというのは、モダン・フルートと呼ばれるもので、19世紀後半に開発が始まり、20世紀になってから現在のような姿になった。要するに非常に新しい形態なのだ。
 アイリッシュ・フルートは、フルートという楽器の原型に近いと考えて良い(もっとも、フルート自体、その成り立ちがやや曖昧な点があり、リコーダーの一種であるフラウト・トラベルソなどもあるのだが、ここでは説明を割愛する)。主に黒檀などの木製の横笛に、簡素な穴を空け、それを「指で塞いで」音程を作る。指のシステムとしては、小中学生の時に吹いたリコーダーとほぼ同じと思って良い。
 百聞は一見にしかず。ザ・ボシー・バンドや、チーフタンズで活躍したマット・モロイの演奏を参照してほしい。彼のフルートにはいくつかキーがついているが、これは複数の調を吹くために、補助的な役割をしているもので、基本となる指使いの穴には、蓋つきのキーは無い。



 先日、私は初めてアイリッシュ・フルートのレッスンを受けた。
 私は楽観していた。15歳までの4年ほど、モダン・フルートをかじっていたし、音大時代から社会人の数年は龍笛を吹いていたので、横笛には慣れているし。さらに指使いはホイッスルとほぼ同じだ。
 しかし、結論としては、私は早々とアイリッシュ・フルート演奏を諦めなければならなかった。理由は、私の手の小ささである。

 マット・モロイの手を見ると分かるが、左手はまず、人差し指で第一孔、中指で第二孔を押さえる。ここまでは良かった。薬指で第三孔を押さえようとしたのだが、私の薬指は穴のだいぶ手前で終わっていた。
 ― 手が小さすぎて、穴が押さえれなかったのである。

 では、私が15歳まで吹いていたフルートは一体どうしていたのか。あの時のフルートはモダン・フルートであり、全ての穴は、それを覆う蓋で塞いでいた。蓋は当然穴より大きいわけで、私はこの蓋の縁を辛うじて押さえていたにすぎなかったのだ。
 一方、龍笛は長さがフルートの半分程度なので、指が届かないという事態にはならなかった。もっとも、穴が大きいので、指の太さが足りず、多少苦労したのは事実だが。

ともあれ、アイリッシュ・フルートを構えるに際して、不自然に手首を捩ればなんとか穴を塞ぐこともできるのだが、これでは早い曲 ― リールなどを、イン・テンポで吹くことは不可能だ。早い曲を正しいテンポで演奏できない以上、私にとって演奏する意味がない。
 こうして、レッスン1回目にして、私はアイリッシュ・フルートを諦めることになった。

 ティン・ホイッスルだって、もっともっと練習して上達できるわけだし、そもそもピアノの下手さをどうにかしなければいけないのだから、フルートをどうしてもやらなければならないわけではない。それでも、さすがに落ち込んでしまった。
 まぁ、ケルト民族の巨大な樽のようなアイリッシュ男子が、ビュービュー吹きまくるようなゴツい楽器を、典型的なモンゴロイドで、平均よりもかなり小さな体格の私に吹けるはずがない。そう思って、諦めるしかない。

 まじまじと、自分の手を見て思った。この手でクラシック・ピアノを弾くというのも、実は狂気の沙汰なのかも知れない。

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