敦盛2010/01/26 22:13

 昨日、なんとなくネットニュースを見ていたら、こんな記事があった。

信長ロボが大立ちまわり 能の「敦盛」も舞えます
 名古屋開府400年に合わせて、よろいをまとった織田信長の二足歩行ロボットを名古屋市内の業者が制作した。剣術だけでなく、信長が好んだ能の演目「敦盛」も舞える。徳川家康と豊臣秀吉も開発中で、4月には三英傑が勢ぞろいする。


 あまりにも「お約束」が守られ過ぎて、思わず笑ってしまった。即ち、少し物を識った風の人が、必ず「信長が舞うのはの『敦盛』じゃなくて、幸若舞の『敦盛』ですよ!」という訂正(ツッコミ)を行う。

 まず、敦盛。
 平敦盛というと、一ノ谷の合戦で熊谷直実に討ち取られ、青葉の笛を所持していた ― 以外のエピソードが思い浮かばない。そもそも誰の息子だったかと一瞬迷ったが、確認してみると経盛(清盛の次弟)の末っ子だった。
 経盛その人が良き弟としての穏やかなサポート役という印象がある。有能な歌人でもあった。彼の息子たちも経正が琵琶、敦盛が笛の名手と、典雅な雰囲気のある一家だ。
 一ノ谷と言えば奇襲中の奇襲で、これほど完璧に遂行されれば、逃げ遅れもするというものである。一ノ谷では、平家の公達が多く命を落とし、敦盛もその一人だった。1169年生まれと伝わっているので、死んだとき15歳。数えで16歳だった。

 平家物語に登場する敦盛と直実のエピソードをもとに、作られた能が「敦盛」である。無論、二番目物 ― 私は修羅物という呼び方の方が好きだ。
 源平合戦の後、出家して蓮生と名乗った直実が、かつての戦場を訪れ、敦盛の霊にと出会う ― という、能によくあるストーリー。作者は世阿弥となっているが、どうも能で作者が良く分からない場合(それがほとんど)、片っぱしから「世阿弥作」ということにしておくという傾向があるような気がする(余談だが、雅楽の研究をしていた友人が資料を読んでいると、何事かあれば何でもかんでも「楽制改革で、博雅三位(はくがのさんみ,源博雅のこと)がそうした!」と書いてあり、辟易したらしい)。
 面は、「十六」という敦盛の歳にちなんだ名前の、若い貴公子を表すものを用いる。そのほか、前シテが3~4人のツレ(しかも草刈男という良く分からない職業)とともに出てくること、ワキが故事の当事者であることなどが、この能の特徴だ。
 ただし私自身の稽古の記憶に、「敦盛」は無い。舞台も一度しか見たことがないし、能の定番かどうかは分からない。

 織田信長が桶狭間の戦いに臨んで、「敦盛」の一節を謡いつつ舞ったというのは、有名なエピソード。その場面は信長とほぼ同時代人である太田牛一が記した「信長公記」に登場するので、真っ赤な嘘というわけではなさそうだ。
 「信長公記」には、こうある。

此時 信長敦盛の舞を遊ばし候 人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり

 私の手持ちの観世流百番集を見ても、この「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり」という一節は出てこない。このことをもって、信長が舞ったのは能の「敦盛」にあらず、幸若舞の「敦盛」だと分かる。
 しかし、肝心の幸若舞というものは、どうもよく分からない芸能らしい。15世紀には成立したらしく、室町時代に栄えた。謡と舞を伴う。その題材の多くは軍記物から発しており、能の修羅物にも通じる。当然武士に愛好されたのだが、能ほどの愛好者人口は得られず、江戸時代の終焉とともに、廃れてしまった。

 幸若舞は福岡県の保存会で、詞章と一部の節回しだけが、わずかに伝承されていたに過ぎない。これまで、テレビや映画に登場した信長の舞は、能や歌舞伎、その他の芸能から所作を拝借して、「作った物」であり、残念ながら想像上の幸若舞である。
 それでも、幸若舞は、恵まれている。長い歴史の中で、数知れぬほどの歌や舞、音楽が忘れ去られていったのだ。
 信長という最高ランクの歴史有名人がひとさし舞ったという記述があったからこそ、いまだに私たちは幸若舞という芸能の存在を知ることになったのだ。信長が舞わずに、ただ湯づけをかき込み、馬を出してしまっていたら、21世紀のロボットも舞うことはなかっただろう。

 どうでも良いことだが、ドラマなどで信長の「敦盛」のシーンを見ると、いつも思うことがある。
 「濃!鼓をもて!」「はいッ!」…と、ばかりに、素早く濃姫が鼓をぶっ叩いて信長が舞い始めるのだが…
 あの鼓は最初から組んであるのだろうか?
 私がその役を仰せつかるとしたら、まずワタワタと風呂敷袋を解いて(私は風呂敷に包んでいるんだ!)、さらに袋から胴と皮を出して、組んで、結んで、調(しらべ)を…調節…するのだが、あまり上手くいかない。ペシッ!あ、鳴らない。ペシッ!だめだ!先生!先生、お調子見てください!息を吐きかけ…いや、桶狭間は土砂降りだったんだ。清州にも湿気もかなりあったはずだから…ペシッ!だめだ!ペシッ!…そんな事をモタモタやっているうちに、信長にぶった斬られてしまいそうだ。

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