Searching for Sugar Man2013/04/13 20:59

 前から気になっていた映画を見た。邦題は、「シュガーマン 奇跡に愛された男」副題はちょっと合っていないかも知れない。
 予告編では、サンダンスなどでの受賞歴しか出ていないが、とうとうアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を獲得するに至っている。

 まず言えるのは、もの凄くお勧めの映画だということ。音楽が好きなら、とにかく見た方が良い。あまり情報を入れずに、とにかく見るべし。
 構成がよく出来ていて面白いし、感動的で、音楽も美しい。人間として生きることは、そう悪いことでもないと思わせてくれる。



 この予告編を見れば分かる通り、70年代初頭、2枚のアルバムを発表しただけで全く売れず、消えたミュージシャン,ロドリゲスが、なぜか南アフリカで大ヒット、一般に流布したという、摩訶不思議な現象が軸になっている。「消えた」だけであれば、他にも幾千も居たようなミュージシャンのうちの一人だっただろう。
 その南アフリカでも、ロドリゲス本人が何者なのかはまったくの謎。そもそも、どうして彼の音楽が流布したのか、そのきっかけも良く分からないし、南アフリカ自体が鎖国状態で、情報も遮断されていた。その中で、ロドリゲスは「死んだ」として、衝撃的な噂だけがが広まる ―
 中盤で私がぐっと惹きつけられたられたのは、南アフリカのファンが、ロドリゲスの正体を探るべく、調査を始めるところだ。これはまさに、「時の娘」!謎めいて、でも悲劇的な伝説だけが残り、でもとても魅力的な作品を残した男を探し始めるのだ。
 どうせなら、この "Searching for" のところを、邦題に盛り込んで欲しかった。
 探偵小説などでも常套手段になっているが、謎を探るには、まず「金の流れを探れ」である。ここはいかにもな音楽業界の「隠しておきたい側面」が顔を覗かせる。クラレンス・アヴァン(エイヴァン?日本ではどの表記なのだろうか?)の分が悪い。

 そしていかにも90年代らしく、インターネットを駆使しての「人捜し」がはじまり、さりげなく「その人、知っていますよ」というメッセージが飛び込む。
 ここから、それまではサングラスと、ぼんやりとした写真だけのイメージで、謎めいていたロドリゲスが、その実体を現し始める。こうなると、序盤,中盤の盛り上がりから、下っていくのかと思ったら、そうではないのが、この映画の凄いところ。これは見ないと分からない。
 ロドリゲスの人生と物語が、奇跡なのかは、よく分からない。ただ、人間の叡智と理性は、こんな風に息づいているのかも知れないと思わせる。奇跡というよりは、人生はそれほど悪い物ではないと教えてくれる、そういう実例のように思えた。

 映画館の帰りに、さっそくサウンドトラックを購入した。オリジナル・アルバムも欲しいところだ。できれば、良い音で。
 ロドリゲスは、とにかく歌が上手い。美しく、耳馴染みの良い素晴らしい声をしている。
 スタイルとしては、どうしてもディランを引き合いに出されるだろう。メッセージはより強いらしいが、これは仕方がない。ただ、少しオーバー・プロデュース気味だろうか。それでも、芯の美しさが強くて良い。美しくて、非常に悲しい。そういう音楽だ。
 どうしてアルバムを出したときに売れなかったのかは、分からない。もし、彼が普通に売れていて、それこそディランとか、ジョージとか、トムさんあたりとの接点でもあれば、私も普通に購入したと思われる音楽だからだ。
 当時、山のように居たであろう、「ディランっぽい人」の一人という扱いだったのか、時代に合わなかったのか。ビートルズ以降の世界での方向性には乗っていなかったのか。会社が単に売る気が無かっただけか。
 謎と言えば、この「なぜ売れなかった」のかが最大の謎なのだろうが、それはあまり重要な事ではないのかも知れない。
 とにかくとてもお勧め。電車を乗り継いででも、これは見るべき。

 最後に、どうでも良い事をひとつ。
 デトロイトのプロデューサーが、ロドリゲスに会いに行った時の話で、夜、霧のたちこめる川岸を歩いて行く時の気分を、「シャーロック・ホームズにでもなったような」と表現したが、つけられた字幕は「ロンドンにいるような気分だった」。
 「シャーロック・ホームズ」で良いじゃないか。わざわざそういう表現したことにも意味があるだろう。字数の問題だろうか。