伝説の歌姫 フローレンス・F・ジェンキンス2008/07/01 23:15

 音痴はつらい。それが音楽好きの音痴ともなると、なおさらだ。私がこれにあたる。
 むかし、音大受験のために声楽のレッスンに通った。あまりにも私が音痴なので、先生は「落ちる」と断言した。
 幸い、志望の学科は声楽を重視しなかったので、私は入学を許された。 フローレンス・フォスター・ジェンキンスを知ったのは、この音大での講義においてだ。

 講義主題は「音楽美学」。音楽の価値判断という非常に難しい内容を、今は学長を務めている先生が講義した。これがとても面白かった。
 新聞の音楽評論や、レコードの帯、解説は何を基準に音楽の価値判断をしているのか?…と来れば、多少の掴み所はできる。
 彼女が登場したのは、「ある音楽を聴いた人々が笑ったとしたら、いかなる美学的基準を元にしているのか?」という話題の時だった。
 フローレンス・F・ジェンキンスは、1868年アメリカ・ペンシルベニア州に生まれた。明治維新の年だ。幼い頃からプロのソプラノ歌手になることを夢見ていたが、叶わなかった。しかし親が死去して莫大な遺産を得ると、それを元手にトレーニングを受けなおし、44歳にして初めてのリサイタルを披いた。

 なにはともあれ、彼女の十八番,モーツァルト作曲,歌劇「魔笛」から、「夜の女王のアリア」を聞いてもらいたい。

 あまりにも破壊的 ― もしくは、破滅的な歌唱に、笑うべきか、悶えるべきか。
 ウィキペディアの表現を借りれば、「リズム,音程,音色,全ての歌唱能力が完全に欠落している lack of rhythm, pitch, tone, and overall singing ability」。短く言えば音痴。
 フローレンス・F・ジェンキンスはこの歌唱能力をもって、豪華な衣装を身に着けつつリサイタルを行った。恐ろしい事に、レコーディングも行っている。しまいには、音楽の殿堂カーネギー・ホールの舞台に立った。映画「ブエナビスタ・ソシアル・クラブ」のラスト・シーンが同じカーネギー・ホールだったことを思うと、眩暈がする。
 聴く方にしてみれば、これは陽気な娯楽だ。誰でも知っている「夜の女王のアリア」を、あのように歌われて笑わない人は居ないだろう。当人は自信満々で、自分を優秀な歌手だと思っているのだから、なおさらだ。
 ある意味、悲劇だ。私も含めて、聴衆は彼女を「笑いもの」にしていることを、認めなければならない。
 しかしジェンキンス夫人自身は真面目であり、おおいに努力し(アメリカ人の彼女が、まがりなりにもドイツ語を発音している…はず。はっきり聞こえない)、全力で歌い上げている。
 彼女の堂々たる態度は、自分を信じる力、誇り、胸を張って生きることの凄さを、体現している。ある意味、尊敬に値する。簡単には真似できない。笑いとともに、こんな高尚なことまで考えさせるジェンキンス夫人は、凄い。

 更に感心するのは、ピアノ伴奏・マクムーン氏の存在である。彼のピアノは真面目に立派なものだ。必死に歌手と歩調を合わせ、独奏部分になるとすさまじい速さで駈けぬけて行く。「脱兎の如く」という言葉が、頭をかすめる。
 例の音楽美学を講義した先生も、「この伴奏が無闇に速くて上手いのが、なおさら可笑しい。」と言っていた。まったくそのとおりで、この演奏のツボはマクムーン氏のピアノかもしれない。

 これほどの演奏である。録音がそう簡単にこの世から消え去るはずもない。現在、ジェンキンス夫人の歌声は、2種類のCDになっている。

 Murder on the High C's (ハイ-Cの殺人者:ナクソス)ナクソス…良い仕事するなぁ…
 The Glory (????) of the Human Voice (人間の声の栄光(????):RCAビクター)????も正式なタイトル。

 私が持っているのは、後者。「夜の女王」のほかにも、最高音程が出ることで有名なオペラ「ラクメ」の、「鐘の歌」が含まれている。天晴れとしか言いようがない。

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