Bunny and the Bull2013/01/22 22:39

 [Bunny and the Bull] は、2009年のUK映画。監督はポール・キング。
 キングは私が好きなコメディ、ザ・マイティ・ブーシュの監督で、この映画では脚本も担当している。ブーシュのスピン・オフ作品ではないかと思うほど、雰囲気がそっくりで、ジャンルとしてはコメディに分類される。
 主演は、エドワード・ホッグと、サイモン・ファーナビー。前者は「もうひとりのシェイクスピア Anonymous」でロバート・セシルを演じるなど、実力派のいかにもな俳優さん。後者は、ブーシュや他の作品でもおなじみのコメディアン。他の出演者には、ジュリアン・バラットと、ノエル・フィールディングほか、いわゆるブーシュでおなじみの面々が揃っている。
 音楽はこれまた、ブーシュでおなじみのラルフェ・バンド。

 スティーヴン・ターンブル(ホッグ)は、神経症気味で収集癖があり、さらにあるトラウマを抱え、何ヶ月もフラットから一歩も外に出られずに引きこもり生活を送っている。
 ある日、室内の様々なものから、去年、親友のバニー(ファーナビー)と一緒に行った、ヨーロッパ旅行を回想し始める。
 お気楽で、無神経で、ギャンブル狂で、色魔のバニーのペースに巻き込まれ、いちいちイカれた騒ぎに巻き込まれるスティーヴン。ポーランドで、エロイーザというスペイン娘と意気投合。三人で彼女の故郷へ向かう。スティーヴンはエロイーザに好意を持つが、手の早いバニーに先を越される。
 旅の回想、もしくは幻覚、夢とトラウマに悩まされ、スティーヴンは引きこもりから抜け出すことが出来ない。やがて、旅の回想はスペインにたどりつく。旅の結末は?そしてスティーヴンのトラウマとは?




 私はこの作品を、ブーシュの関連作品として見た。もちろん、関連作品であり、コメディだ。宣伝もブーシュ関連であることを強調しているし、実際に画面の雰囲気もまさにブーシュ。ロード・ムービーなのに、ロード・ムービーのお約束は全く守られず、ほとんど全てがサイケでポップで、息の詰まるような密室セットの中、もしくはアニメーションの中で、ファンタジックに展開する。ギャグもシュールでオフビートで、ブーシュとの違いはアダルト向けなところくらい。
 このまま、ブーシュと同じく、シュールでパンキッシュなヘンテコ・コメディとして終わるのかと思ったら…

 完全に騙されていた!本当に、本当に全く完全に騙された!
 映画の冒頭から85分間、間違いなくブーシュ・ワールドが絶好調だったのに、最後の10分間でひっくり返されてしまった!
 ここからは、完全にネタバレ。ネタバレなので、見たくない人は飛ばしていただきたい。もっとも、こんなマニアックで、日本未公開で、日本語版も出ていない作品の需要がそうそうあるとは思えないが…とにかく、ネタバレである。

 実はこの映画、ブーシュ系のファンタジック・コメディであると同時に、「喪失と再生の物語」だったのだ。
 行き着いたスペインで、バニーが事故死してしまうのである(かなりアホな事故)。スティーヴンは彼を助けられなかったことをずっと後悔していたし、バニーの直接の死因が自分の名前(ターンブル)に重なっていることもあって、バニーの死がトラウマとなり、引きこもり生活を送っていたのだ。
 バニーの死の場面で、突然ロケ撮影した画像に切りかわる(ここまで、85分!)― つまり、旅の回想も、スティーヴンの幻覚だったというわけ。道理で変な作り物全開のセットで撮影されるわけだ。さんざん登場した「部屋に現れるバニー」は幽霊、もしくはやはりスティーヴンの幻覚。セットからロケに切り替わるなり、「現実に起きた事件と、スティーヴンの悲しみと、現状」が表現されるという手法だったのだ。…完全にやられた!

 親友を失った悲しみに暮れ、「ごめん」と謝るスティーヴンを、バニー(の幽霊?幻覚?)は励まし、せめてスペインのエロイーザに電話くらいしろよと提案する。スティーヴンは電話をかけ、部屋を片付け、部屋から出て行こうとする。
 「良い旅を」とスティーヴンを送り出すバニー。「寂しくなるよ」というスティーヴンに、バニーは、いかにも彼らしい最後の頼みを言い残す。スティーヴンが明るい外へ一歩踏み出し、振り返ると、もうバニーの姿はない…
 なんだ、このいかにもな「喪失と再生の物語」のお約束は!不覚にも感動してしまった!Booshのくせに生意気だ!

 そして、この感動のラストで流れるのが、ラブ(サイケデリックで、フォーキーなアーサー・リーのバンド)の、"Alone Again Or"。



 美しく流れ出るイントロのアコースティック・ギターで、胸が一杯になってしまった。こういう曲は、正真正銘フォーク・ロックが得意とするところ、ラブという選択もニクい。実はアーサー・リーは、ザ・マイティ・ブーシュに登場する有名なキャラクター,ルディのモデルの一人なので(もう一人のモデルは、ジミ・ヘンドリックス)そういう関連もあるかも知れない。
 さらに、間奏の印象的なスペイン風編曲とトランペットソロは、スティーヴンが再びスペインへ向かったことを暗示している。

 まったく予想もしてない展開で映画が終わり、しかも感動してしまった。これでUKから輸入したDVDが2.5ポンド(400円以下?)だというのだから、かなり得した気分だ。