Six Degrees of Separation ― 2011/04/11 21:53
あの地震から、ちょうど一ヶ月を迎えた。
私の中で、地震前と地震後で、三月が二分されている。前半についての記憶がほとんどない。地震が起きてから、これまでに経験したことのない、思うこと、感じること、実感すること、行動することなどが連続的に起こり、首都圏に暮らす私にとってはいつもの日常でありながら、どこかが「違う日常」を送りつつある。生まれてからずっとすごしてきたこの世が、どこかで違っている。奇妙な気持ちがする。
改めて、地震とそれに伴う困難に苦しめられている方々にお見舞いを申し上げたい。そして、突然絶たれた余りにもたくさんの命に、せめて今は安らぎがあらんことを祈る。
この国には、「一つになろう、日本!」とか、「みんなで一体になってがんばろう!」…といった肩に力の入ったメッセージの連呼に、違和感や疑問を持つ人も居るだろう。一体化を強制されることに対する拒否感は、よく分かる。
ただ、これほどの大惨事が起きると、決して他人事ではないことだけは、記憶しておくべきだろう。直接の生命や、生活上の被害は受けずとも、経済活動への影響は、確実に私たちの身辺へ、そして世界へと波及している。
実際、私の仕事の取引先でも山陽地方の事業所がストップしたり、中部付近の客先が北関東分の製造を肩代わりしたりしている。私もそれらへの対応でいくつものプレゼン資料を作り、対策会議をいくつも持つ必要に迫られているのだ。世界は意外に狭い。
世界は意外と狭いという事の論証に、Six Degrees of Separation(六次の隔たり)という仮説がある。知りあいの知り合いをたどると、6人で世界中の人間でつながりを持つことになるという話だ。いくつかの実験も行われているようだが、いずれも5人から7人あたりを、答えにしている。条件という複雑な要素もあるので、単純には証明できない話だが、面白い仮説だ。<br>
私と、トム・ペティの間には何人居るだろうか?
マイク・キャンベルに私の友人MayuさんとToshiさんがインタビューを行っているので、「面識がある」というだけでも可とすれば、私から3人目でトム・ペティにたどりつく。そうすると、ボブ・ディランにジョージ・ハリスン、リンゴ・スターなど、とにかく多くのロックスターたちが4人目に位置することになる。
もう一つの経路を考えてみる。以前、とある雅楽の演奏会に行った。古典と現代曲がその演目だった。終演後、私は演奏者である芝祐靖先生を、楽屋に訪ねた。楽屋のドアをノックして開いてみると、そこには演奏された現代曲の作曲者,一柳慧(いちやなぎとし)氏が居た。私は彼に芝先生はどこにいらっしゃるのかと尋ねた。この一柳慧が、小野洋子の最初の夫である。そして、小野洋子の三人目の夫がジョン・レノンだ。芝先生を介して、私から4人目にジョン・レノンが居ることになる。
クラシック界で見てみる。私の亡くなった伯母(血の繋がりはない)はチェリストだった。彼女の友人が小澤征爾なので、彼にはたったの2人でつながる。そうすると、世界の名だたるクラシックミュージシャンの多くが、3人目か4人目でつながる。
「六次の隔たり」仮説は、現在存命中の人のみを対象にしているのだろうか?その点はよく分からない。
試みに、思いきって私から何人でベートーヴェンにつながるのかを調べてみた(ゆうべ、N響がベートーヴェンだったので…)。
私を音大に合格させた偉大なる師は、ピアニスト,内田光子の友人だ。内田光子の師がヴィルヘルム・ケンプ(ドイツ 1895-1991)。ケンプの師がカール・バルト(ロシア 1847-1922)。バルトの師がハンス・フォン・ビューロー(ドイツ 1830-1894)。ビューローの師がフランツ・リスト(ハンガリー 1811-1886)。リストの師がカール・チェルニー(オーストリア 1791-1857)。チェルニーの師が、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(ドイツ 1770-1826)である。
私からベートーヴェンまで8人。リストはベートーヴェンに直接会ってキスされているので、7人と数えることもできるだろう。
全てのピアノ弾きにとって、状況は私とほぼ同様であろう。リストの弟子たちが、現代ピアニストたちの源流を成しており、すなわち師をたどっていけば、大抵ベートーヴェンにたどりつく。私のように内田光子につながらなくても、日本洋楽草創期のピアニストたちの師の多くが、リストの孫弟子だからだ。
最近は、ツイッターや、フェイスブックなどの登場で、直接の面識にこだわらなければ、世界はますます小さくなっているそうだ。
だからと言って、世界が変わるわけでもラブ&ピースの理想世界ができるわけでもない。ただ、自分がどこかでジョージ・ハリスンやトム・ぺティにつながっていると思うと、少しだけ、嬉しい気持にはなれるだろう。それって、悪くないよね。
私の中で、地震前と地震後で、三月が二分されている。前半についての記憶がほとんどない。地震が起きてから、これまでに経験したことのない、思うこと、感じること、実感すること、行動することなどが連続的に起こり、首都圏に暮らす私にとってはいつもの日常でありながら、どこかが「違う日常」を送りつつある。生まれてからずっとすごしてきたこの世が、どこかで違っている。奇妙な気持ちがする。
改めて、地震とそれに伴う困難に苦しめられている方々にお見舞いを申し上げたい。そして、突然絶たれた余りにもたくさんの命に、せめて今は安らぎがあらんことを祈る。
この国には、「一つになろう、日本!」とか、「みんなで一体になってがんばろう!」…といった肩に力の入ったメッセージの連呼に、違和感や疑問を持つ人も居るだろう。一体化を強制されることに対する拒否感は、よく分かる。
ただ、これほどの大惨事が起きると、決して他人事ではないことだけは、記憶しておくべきだろう。直接の生命や、生活上の被害は受けずとも、経済活動への影響は、確実に私たちの身辺へ、そして世界へと波及している。
実際、私の仕事の取引先でも山陽地方の事業所がストップしたり、中部付近の客先が北関東分の製造を肩代わりしたりしている。私もそれらへの対応でいくつものプレゼン資料を作り、対策会議をいくつも持つ必要に迫られているのだ。世界は意外に狭い。
世界は意外と狭いという事の論証に、Six Degrees of Separation(六次の隔たり)という仮説がある。知りあいの知り合いをたどると、6人で世界中の人間でつながりを持つことになるという話だ。いくつかの実験も行われているようだが、いずれも5人から7人あたりを、答えにしている。条件という複雑な要素もあるので、単純には証明できない話だが、面白い仮説だ。<br>
私と、トム・ペティの間には何人居るだろうか?
マイク・キャンベルに私の友人MayuさんとToshiさんがインタビューを行っているので、「面識がある」というだけでも可とすれば、私から3人目でトム・ペティにたどりつく。そうすると、ボブ・ディランにジョージ・ハリスン、リンゴ・スターなど、とにかく多くのロックスターたちが4人目に位置することになる。
もう一つの経路を考えてみる。以前、とある雅楽の演奏会に行った。古典と現代曲がその演目だった。終演後、私は演奏者である芝祐靖先生を、楽屋に訪ねた。楽屋のドアをノックして開いてみると、そこには演奏された現代曲の作曲者,一柳慧(いちやなぎとし)氏が居た。私は彼に芝先生はどこにいらっしゃるのかと尋ねた。この一柳慧が、小野洋子の最初の夫である。そして、小野洋子の三人目の夫がジョン・レノンだ。芝先生を介して、私から4人目にジョン・レノンが居ることになる。
クラシック界で見てみる。私の亡くなった伯母(血の繋がりはない)はチェリストだった。彼女の友人が小澤征爾なので、彼にはたったの2人でつながる。そうすると、世界の名だたるクラシックミュージシャンの多くが、3人目か4人目でつながる。
「六次の隔たり」仮説は、現在存命中の人のみを対象にしているのだろうか?その点はよく分からない。
試みに、思いきって私から何人でベートーヴェンにつながるのかを調べてみた(ゆうべ、N響がベートーヴェンだったので…)。
私を音大に合格させた偉大なる師は、ピアニスト,内田光子の友人だ。内田光子の師がヴィルヘルム・ケンプ(ドイツ 1895-1991)。ケンプの師がカール・バルト(ロシア 1847-1922)。バルトの師がハンス・フォン・ビューロー(ドイツ 1830-1894)。ビューローの師がフランツ・リスト(ハンガリー 1811-1886)。リストの師がカール・チェルニー(オーストリア 1791-1857)。チェルニーの師が、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(ドイツ 1770-1826)である。
私からベートーヴェンまで8人。リストはベートーヴェンに直接会ってキスされているので、7人と数えることもできるだろう。
全てのピアノ弾きにとって、状況は私とほぼ同様であろう。リストの弟子たちが、現代ピアニストたちの源流を成しており、すなわち師をたどっていけば、大抵ベートーヴェンにたどりつく。私のように内田光子につながらなくても、日本洋楽草創期のピアニストたちの師の多くが、リストの孫弟子だからだ。
最近は、ツイッターや、フェイスブックなどの登場で、直接の面識にこだわらなければ、世界はますます小さくなっているそうだ。
だからと言って、世界が変わるわけでもラブ&ピースの理想世界ができるわけでもない。ただ、自分がどこかでジョージ・ハリスンやトム・ぺティにつながっていると思うと、少しだけ、嬉しい気持にはなれるだろう。それって、悪くないよね。
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