Krystian Zimerman Piano Recital Japan Tour 20212021/12/10 23:03

 12月8日、サントリーホールにクリスチャン・ツィメルマンのピアノ・リサイタルに行ってきた。入国規制に引っかかりはしないかと心配したが、規制がかかる前に来日していた。日本公演のときは、かなり前もって来日,滞在するらしい。
 来日公演の多い人だが、私は今回が初めての鑑賞。(そもそも、私は海外でも無い限り、クラシックの演奏会には普通行かない)
 なにせ、曲目が面白い。ツィメルマンと言えば、ベートーヴェン,ブラームス,ショパンといった、古典後期~ロマン派に強い人という印象があるが、今回はなんと、バッハのパルティータ組曲1番,2番を演奏するという。パルティータなら私も弾いているので、興味津々。
 更に、得意のブラームスの「三つの間奏曲」と、ショパンの「ピアノ・ソナタ3番」という、ラインナップだけでかなり満足な内容だ。

 ツィメルマンというと、どうもこのアルバムのせいで、永遠の「若手のホープ」もしくは「中堅」という印象が強かったのだが ――



 サントリー・ホールの大ホールに現れたのは、堂々たるマエストロだった。
 そりゃそうだ。18歳でショパン・コンクールを最年少優勝してから、もう46年が経っているのだ。(ストーンズやディランのファンにしてみれば、トム・ペティは永遠の若手なのと同じ)
 重厚かつ繊細、思慮深い演奏に定評があり、昔はバーンスタインや、今ではサイモン・ラトルなどと共演してクラシック音楽界を引っ張る存在である。かつての細身の美青年ではなく、堂々たる白髪の、そしてオーラのあるマエストロの登場に、会場が沸いた。



 そして息をのむようにして、バッハのパルティータが始まる。
 熟知している曲なだけに、私にも一家言ある。
 言うなれば、「バッハをどうやって『ピアノで』弾くか」という大命題が、そこにあるのだ。
 飾音、ペダル、強弱、アーティキュレーション … 考え始めたらきりが無く、私ですら先生と意見が合わないことがある。結局、究極的に「グールド」に行き着いてしまうのだから、バッハを弾くのは実に難しい。
 ツィメルマンは、ひとことで言えば「情感たっぷりに弾く」タイプだった。とにかくペダルを多用する。しばらく彼の足下ばかり見ていたくらいだ。華麗な装飾も、過剰とは言わないまでも、かなり多いほう。煌びやか、かつ情熱的で、ロマン派的な解釈だ。テンポも強弱も自在に操って、かなり濃い味付けをしている。
 名手には違いないが、評価が分かれるだろう。私がバッハを弾く上で目指す演奏かと訊かれると、たぶん違う。
 ところが、ツィメルマンの生演奏の影響はかなり強かったようで、翌日練習したバッハで(しかもパルティータ組曲3番)、ちょっと考え込んでしまった。ツィメルマンのように、もっとペダルを踏んでもいいし、もっと情感たっぷり弾いても良いのかも知れない。確かに、先生に言わせると私の演奏はやや淡泊すぎるのだ。


 前半のバッハで盛り上がりきっているのはたぶん私くらいで、多くの聴衆にとって本番は後半のブラームスとショパンだっただろう。
 ブラームスの間奏曲は、いかに穏やかに、透き通るように、静寂を音楽で表現するかが重要になる。ピアノの『ピアノ(弱音)』をどう響かせるかという、ピアニストにとっては果てしない課題だ。
 ツィメルマンがあまりにもメロディは明確でありながら、静寂を表現しすぎているので、私はてっきりソフトペダルをべた踏みしているのかと思った。しかしクレッシェンドしていっても全く音色が変わらないので、つまりはあの繊細な音色を指先で操っていることが分かり、卒倒しそうになった。バリバリぶっ叩くように弾くのもピアニストだが、これもピアニストの真骨頂だろう。

 一番の盛り上がりは、やはりショパンの「ピアノ・ソナタ3番」。ショパンの数々の名曲の中でも最高峰に位置する。
 私がツィメルマンに持っていた印象だと、「かなりもったいぶって、用心しながら、完璧に弾くことを心がける人」だったのだが、実際の演奏はかなり勢いよく飛び込み、大胆にテクニックを披露し、「これがショパンを弾くと言うことだ!」と激しく説得してくる感じだった。ああ、こういう風にその音楽的才能を爆発させる人だったんだなぁと、急に思い知ったような気がする。
 特に第一楽章は重厚かつ疾走感があって、500kgぐらいある駿馬のようだった。そして、やはり最終楽章の豪華絢爛、超絶技巧、ピアニストができる最高の技を爆発させる感じ、会場がピアノの音の渦に飲み込まれる感じが圧巻だった。
 ブラームスや、ショパンとなると、私なんぞ「弾ける」とすら言えないレベルなので、もう「凄い!上手い!尊い!」という、ひたすら頭の悪い感想になってしまう。

 ちょっと意外だったことが二点。
 まずアンコールがなかったこと。どうやら今回の日本ツアーはそうらしい。私はショパンが終わってもまだもう一曲聴けるものだと思い込んでいたので、ちょっと拍子抜けた。
 そして、最初から最後まで、譜面を置いていたことである。譜面立ては伏せた形で、横に長い譜面を置いている。楽章の間でめくっているが、あれは絶対に曲全体をカバーしていないし、第一まったく見ていない。何のために置いてあるのか疑問だが、そこは思慮深いツィメルマンのことなので、なにか考えがあるのだろう。
 ともあれ、私は今後も、堂々と発表会で楽譜を見ることにする。

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