ヴァイオリン職人シリーズ(ポール・アダム)2021/01/11 20:28

 UKのミステリー作家,ポール・アダムの、いわゆる「ヴァイオリン職人シリーズ」は、日本語訳が出ているだけではなく、第三作にいたっては、日本のファンのリクエストに応える形で書かれたという。
 いわゆる「特別な職業の探偵」ものである。探偵役はプロの探偵や警察ではなく、他の分野の専門家で、その知識を生かして事件を解決するというジャンルだ。
 このシリーズの探偵役は、イタリアはクレモナ(16世紀以降、ヴァイオリン類を主とする楽器生産で有名)郊外に住む、ヴァイオリン職人のジャンニがつとめている。彼の周囲で起きる、ヴァイオリンを巡る殺人事件に、友人であり、刑事であるアントニオと共に挑む。

ヴァイオリン職人の探求と推理 The Rainaldi Quartet
ジャンニの友人で同僚だったライナルディが殺され、彼の死と伝説のストラディヴァリの名器をめぐる謎を追う。

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 Paganini's Ghost
パガニーニの名器,イル・カノーネを修理したジャンニ。翌日、美術品ディーラーが殺され、そこにはパガニーニをめぐる宝物と歴史の謎が潜んでいた。

ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器 The Hardanger Riddle
ジャンニの弟子だったノルウェー人が殺害され、彼が持っていた、ノルウェーの伝統的なフィドル,ハルダンゲル・フィドルが消える。謎を追ってジャン二はアントニオと共にノルウェーに向かう。

 ミステリーとしての出来は…うーん、イマイチかな。おお、凄い!と思わせるような驚きもないし、ああ、そうか!と思わせる「やられた感も」もない。
 むしろ、ミステリーの体裁を取った、ヴァイオリン蘊蓄を楽しむ作品と言うべきだろう。あとは、各地の観光案内も兼ねている。
 このシリーズの良いところと言えば、刑事アントニオ(私の中では、ビジュアルが完全にアンディ・ガルシア)と、ジャンニも関係だった。友人であり、親子のような二人は、信頼感があって、心温まる。ミステリー作品において、警察が探偵を邪魔者扱いする下りは、不要だと思っているので、その点は満足だった。

 第一作では、ストラディヴァリや、グァルネリのような、いわゆる「名器」を巡る、お金の絡んだ、やや馬鹿げた熱狂がよく分かる。
 私はクラシックにおいて、ある程度の品質の楽器の使用は重要だと思っている。 しかし、さすがに億円単位の価格が、真の楽器の価値だとは思っていない。「名器」は楽器としてというより、その希少さに価値のある、骨董品になってしまっている。ストラディヴァリとグァルネリを、異常に有り難がる風潮には、同調できない。

 第二作は、パガニーニをはじめとする名演奏家たちと、歴史に関するあれこれのエピソードが絡む。
 パガニーニと言えば、まずは「24のカプリース」だろう。ここは、ヤッシャ・ハイフェッツの演奏で。



 第三作は、「名器」のみならず、ノルウェーのハルダンゲル・フィドル(ハーディングフェーレ)が登場する。これが中々興味深かった。
 ハルダンゲル・フィドルは、華麗な装飾が施され、通常の四弦のほかに、五本の共鳴弦が張られていることが特徴だ。こういう、様々な楽器を紹介してもらえるのはありがたい。
 すごく魅力的で、自分がヴァイオリニストだったら、きっと手を出しているだろう。日本にも愛好家がいるそうだ。確かに、日本人は好きそうだ。