Benmont Tench talks about his first ever solo album2014/06/21 20:16

 Keyboard誌にベンモント・テンチのインタビューが載り、ネット上で読めるようになっている。このインタビューは、ハートブレイカーズの新譜ではなく、ベンモント自身のソロアルバム [You should be so lucky] についてのもの。
 私は「機材」には興味は無いが、「楽器」には興味があるので、そういう意味でも面白い内容だった。

Benmont Tench talks about his first ever solo album



 なんでも、このインタビューを行った場所は、ニューヨークのスタインウェイ・ホールとのこと。
 このニューヨークのスタインウェイには、私も行ったことがある。ホールにこそ入らなかったが、ピアノのショールームはまさにピアノ・ワンダーランドで、一番高そうなピアノで平均律を弾いてきた。



 このインタビュー、時おり日本語が登場する。インタビュアーによると、[You should be so lucky] の "Today I Took Your Picture Down" では、"Zen-like" なピアノコードが鳴っているそうだ。禅がなんたるか、私には皆目わからないが。
 "Blonde Girl, Blue Dress" は、Haiku 俳句っぽいそうだ。ベンモントは、ハイクとは褒めすぎだが、トム・ペティの「最小限の言葉でこそ、最高にエモーショナルなインパクトが生まれる」とう言葉を参考にしているとのこと。

 "Wobbles" では、プロフェサー・ロングヘアの影響が聞き取れるという。ニュー・オーリンズの音楽の影響について、ベンモントはこう答えている。

 ぼくはあそこ(ニュー・オーリンズ)の大学に2年間いた。(中略)ニュー・オーリンズに行くなり、すぐにプロフェッサー・ロングヘアやザ・メーターズに衝撃を受けたよ。それ以来、ずっとニュー・オーリンズの音楽を聞いている。

 ピアノの種類に関する質問については、こう答えている。

 このアルバムには、幾つかの異なったサウンドのピアノを使用している。ギター・プレイヤーはスタジオに来ると、「この曲では1957年のレスポールを使って、次のでは、2000年のストラトキャスターを使おう」とか言うだろ。ピアニストは、そのスタジオにあるピアノを良い楽器だろうが、悪い楽器だろうが、使わなければならない。それに、アルバム全体で、たった一つのピアノのサウンドに限定されてしまう。
 それでグリン(プロデューサー)とぼくはこう考えたんだ。「家からアップライトを持ってこよう。使いやすいから。」木目調のヤマハU7。実はかなり調子が悪くなってしまって、セッションの後、オーバーホールしなくちゃならなかった。参ったよ。
 (グランドピアノは)サンセットサウンドのスタジオ3にあった、スタインウェイB。
 (アップライトとグランドは)たぶん、違いがある。タッチも違うし、音色的にも違う。ぼくはヤマハU7の、ハンマーと弦の間にフェルトを挟んで、音を小さくするミュート機能が、大のお気に入りなんだ。とても静かに演奏できるからね。グランドピアノの時も、ほとんどの場合ソフトペダルを使っている。


 このコメントは非常に興味深い。
 まず、ヤマハのU7だが、このシリーズは1964年から1974年まで生産されたアップライトピアノ。この頃は、まだ象牙の鍵盤があっただろう。この60年代から70年代にかけて、ヤマハやカワイが大量生産した一般家庭向けのアップライトピアノというのは、名器が多い。それこそ今でも、平成生まれの新しいものより、ずっと良い音がするのだ。
 アップライトピアノの場合、真ん中のペダルの有無はモデルによって違うが、ベンモントのU7はある方の仕様だ。真ん中のミュートペダルは、彼も言っているとおり弦とハンマーの間にフェルトを挟んで、音を押さえる仕掛けになっており、しかもロックすることができる。ちなみに、左ペダルのミュート機能は、ハンマーと弦の距離を短くして、強く叩けないようにする仕掛け。
 グランドの左ペダルはソフトペダルと言い、鍵盤ごと僅かに横にスライドして、ハンマーのシンで弦を叩けなくすることによって、音を小さくするようになっている。
 ベンモントが、このミュート,ソフトペダルの機能が好きだというのには驚いてしまった。私を含め、ほとんどのクラシック・ピアニストはこのミュート,ソフトペダルが好きではないと思う。最近、音大仲間にも聞いたのだが、やはり音を小さくするのは指の技術であり、ペダルには極力頼らないようにしているという。
 ペダルで音を小さくすると、音がこもる、音が抜けない、鍵盤を叩いたときの違和感がするなどで、イライラするのだ。一方で、ベンモントのようにバンドのために演奏をするピアニストに言わせると、良い機能だそうだ。なるほど。
 グランドピアについては、スタインウェイのBと言っている。これはサロン,スタジオ、小規模なリサイタルホール向けのモデルだ。
 グランドとアップライトでは音もタッチも違うと言うが、これは同感。アップライトは僅かだが、鍵盤の反応が遅いため、早く弾くと少し違和感を覚える。まぁ、僅かな差なので、大した事ではないのだが。

 家からスタジオに持っていったら、調子が悪くなってしまったというのには、笑った。ピアノは基本的に、移動させることを前提としていない楽器なので、そういう事もあるだろう。いちいち調律も必要だし、外に出すと天候によってはハンマーやダンパーがダメになる。ピアニストの宿命として、その場にあるピアノで自分なりに最高の演奏をするしかない。
 プロのピアニストによっては、自分の楽器を世界中にもっていくそうだが、もの凄い経費だろう。ハートブレイカーズはどうなのだろうか。いちいち、ベンモントご自慢のスタインウェイを持っていくのだろうか。そのたびに調律というのも、面倒だと思うのだが。

 インタビューの中で、40年間の活動について尋ねられ、こう答えているのが印象的だった。

 ぼくは、自分のお気に入りのバンドに所属している。誰も、ビートルズや、ローリング・ストーンズのメンバーには、なりたくてもなれないだろう。でも正直言って、ぼくはなりたいとも思わないんだ。ぼくは、ぼくとって「正しい」バンドにいるのだから。このことが、ぼくにインスパイアーをもたらしている。どうしようもないくらい、ぼくはハートブレイカーズなのさ!

 最後に、ロック・キーボーディストを目指す人へのアドバイスを残しているが、これぞまさにロック界にその人あり、凄腕キーボーディスト、最高のハートブレイカー,ベンモント・テンチ。素晴らしいコメントをしている。こんなベンモントだからこそ、トムさんも、マイクも、そして私たちファンも、ベンモントが大好きなのだ。

 アドバイスをするとしたら、よく聞くことだね。ぼくの感性や、ぼくがどんな音楽からここまでたどり着いたかを知りたければ、ブッカー・T・ジョーンズや、ニッキー・ホプキンズ、ジェリー・リー・ルイス、プロフェッサー・ロングヘア、アレン・トゥーサンなどを良く聞くといい。
 それから、リンゴ・スターや、チャーリー・ワッツのようなドラマーもいいね。彼らは決して「ドラム・パート」をプレイしない。彼らはシンガーの歌をよく聞いて、その「歌」を演奏しているんだ。これが良い教訓だね。