The Big Three2009/06/12 23:55

 トム・ペティと、マイク・キャンベル、ベンモント・テンチの三人が、5月にオールマン・ブラザーズ・バンドにゲスト出演したとのこと。デュアン・オールマンの伝記を読みつつ、ジョージ断ちをしている身としては、至れり尽くせりのシチュエーションで、極めて嬉しい。
 この映像はオーディエンスの撮影だが、楽しそうな雰囲気は伝わる

 もうすぐ出会って40年にもなる人たちに(トムさんとベンモントはそれ以上か)今更こう言うのもなんだが…あんたら、仲良しねぇ。オフは別行動じゃないの?

 デュアン・オールマンは1946年に生まれ、1971年に亡くなるわけだが、オールマン・ブラザーズ・バンドのデビュー,1969年は、伝記の真ん中に位置する。
 ABBがファースト・アルバムを録音するにあたって、当初はトム・ダウドがプロデュースをする予定だった。しかし、ダウドは超売れっ子であり、多忙を極めている。そこでダウドは、自分の信頼する同僚を推薦してきた。名前を、エイドリアン・バーバー(Adrian barber)という。  バーバーについて、デュアンの伝記ではこう説明している。

Adrian Barber had been a member of the Big Three, a late-1950s / early 1960s Liverpool band managed by Brian Epstein.

 私は読んだその瞬間、とっさには意味がつかめなかった。下手にリヴァプールだの、ブライアン・エプスタインだの言う、お馴 染みの単語があるのが、邪魔なのだ。The Big Threeが、バンドの名前であることに気付くのに、多少時間がかかった。
 エイドリアン・バーバーは、1950年代末にザ・ビッグ・スリーの原型が結成された時の、オリジナルメンバーで、リードギターを担当していた。当時の貧弱なパワーのアンプを山と積み重ね、凄まじい大爆音を出していたらしい。なかなか面白い男だが、バンドがブライアン・エプスタインとマネージメント契約を結ぶ前に脱退している。
 その後バーバーはアメリカに渡り、演奏するよりも機械をいじくりまわすほうが向いていることに気づき、やがてダウドのもとでエンジニアを務めることになった。ABBのファーストアルバムには、エンジニア兼プロデューサーとして関わった。

 一方、バーバーが抜けた後のザ・ビッグ・スリーは、ブライアン・エプスタインをマネージャーとし、デッカからレコード・デビューした。実のところ、あまりパッとしないバンドだが、ビートルズをオーディションで落としてしまったデッカとしては、無理をしたくなる気分だったのだろうか。
 ともあれ、ザ・ビッグ・スリーの代表作は、1963年のシングル、"Some othe guy" ということになっている。この曲は何と言っても、ビートルズのライブ・パフォーマンスが有名だが。
 エプスタインとの契約は63年には早くも解消され、翌年バンドは空中分解した。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの制作者名最初のアルファベット半角大文字2文字は?

コメント:

トラックバック