Rockin’ Around (with You)2025/08/04 19:25

 マイクの自伝をなかなか読み進められていないが、とにかくマッドクラッチが解散し、ハートブレイカーズが結成された。そして最初のアルバムの録音となるのだが、そこでのエンジニア,マックス&ノアとのやりとりが、かなりおかしかった。特に “Rockin’ Around (with You)” の録音のところがぶっとんでいたので、一部翻訳してみよう。

 スタンが “Rockin’ Around (with You)” で別のビートを刻んでいると、部屋にノア・シャークが手にカメラのフラッシュを持って飛び込んできた。
「スタン!」
 スタンが顔を上げると、ノアはスタンの目に向けてフラッシュライトをたいた。スタンは体を丸めて目をこすった。
「止めるんじゃない、そのまま続けるんだ!」
 ノアの目は瞳孔が開いていた。部屋の向こう側では、マックスが顔を上げた。
「スタン、白いドアを突き抜けるんだ!白いドアを突き抜けろ!」
 スタンは目がくらんでまぶたを閉じ、頭を振りながら叩き続けた。するとこの曲にぴったりのビートを掴み始めたのだ。
 ノアとマックスはコントロール・ルームに駆け戻っていった。スタンはスティックを置いて目をこすり、私の方を見て首を振ってみせた。
「連中、頭がイッちゃってるな」スタンが言った。
 私が振り向くと、すぐ後ろにノアのニンマリした顔で立っていた。マックスは、そのノアの背後にいる。二人はロンに呼びかけた。
「ロン、ベースラインを弾いてくれ」ノアが言った。
 ロンが弾くと、マックスが雷にでも打たれたようにのけぞった。
「リラックス、リラックス、ロン!」ノアが説明した。
「きみはゾウなんだ、ロン。大きくて美しい灰色で、足取りの軽いゾウだ!足取り軽く!マイクはどこだ?マイク!」
「ここにいるけど」
「弾け!」
 私がリフを弾き始めると、ノアが止めた。
「きみはネズミなんだ、マイク。小さくてデリケートなネズミだ。ロンはゾウ。そしてネズミとゾウが…」
 彼は突然、部屋を見回した。
「スタンはどこ行った?」
 スタンはドラムセットの前に座ったままだった。スタンは腕を組んで私を見やり、眉を上げてみせた。
「スタン?スタン!」ノアが呼ばわった。
「いいか、お前は白いドアを突き抜けろ。ネズミとゾウも、その白いドアを同時に突き抜けるんだ。でも、ゾウはネズミを怖がっているんだ、マイク。ゾウのほうがずうっと大きいのに、小さなネズミが怖い。だからお前はゾウを怖がることはないぞ。ドアを突き抜けるとき、ゾウのすぐ隣りを進むんだ。立ち止まるなよ!ゾウにネズミを踏ませるんじゃないぞ、マイク!」
「あのさ」私は尋ねた。「ふたりとも、なんかヤクとかやってる?」
 マックスは笑みを浮かべながら頷いた。ノアも頷いた。
「もちろん、やっているとも。仕事中だからな」

 ノアとマックスがかなり強烈なキャラクターだったということは、以前から知っていたが、実際のやり取りを聞くとほぼ発狂の域である。呆れてマイクの顔を見るスタンはかなり まともと言えるだろう。

 結局 “Rockin’ Around (with You)” は、記念すべきファースト・アルバムの冒頭を飾ることになった。マイクとしては断然 “American Girl” のほうが自信があり、冒頭に持ってくるべきだと思っていたし、いまでもそう思っているいるらしい。この時期に彼の最初の子どもである長女が誕生したことも、その彼の考えに影響しているようだ。
 私の好みでいうと、”Rockin’ Around (with You)” が冒頭に来る構成も素晴らしいと思う。フェイド・インして、ワクワクする感じ。これから素晴らしいことが起きると期待を持たせてくれる。そして永遠の名曲がアルバムを締めるというのは、とても格好良い。

No Matter What2025/08/13 19:51

 夏の保養地に滞在した2週間あまりの間も、いつもと変わらず仕事をしていた。いわゆる「ワーケーション Worcation」というものだろう。
 当然は土日は仕事が休みだが、もう子どもではないので、保養地にいてもピアノを弾くか、本を読むか程度しかやることがない。そこで、ここ数年は映画を見ることにしている。

 まず見た一本は、かなり話題になっていた「教皇選挙」。ちょうど8月からアマゾン・プライムでみられるようになった。評判どおりになかなか面白い映画だった。構成もよくできていたし、終わり方も良かった。
 興味深かったのは、シスター役のイザベラ・ロッセリーニ。母親はイングリット・バーグマンだ。中年で化粧っ気のないシスター役が、母親の「オリエント急行殺人事件」における伝道師役とかぶり、やはり親子だなぁと思わせるそっくり加減だった。
 映画は面白かったが、音楽的には特筆するべきことはなかった。ちなみに、この映画を見たら(見なくても)おすすめの小説は、新川帆立の「女の国会」かな。

 もう一つ見たのが、2023年のアメリカ映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリデイ」。1970年の(おそらくニューイングランドの)寄宿舎学校を舞台に、クリスマス帰省がかなわなかった問題児学生と、嫌われ者の教師、寮の料理人の三人の人間模様を描く。
 ニューイングランドの寄宿舎学校!ベンモント・テンチみたいな良家の男子が集まる学園モノ…!と目をキラキラさせて胸をときめかせるのは早い。寮に残された若者は一人しかいないのだ。一応コメディということになっているが、少年と青年の間で揺れ動く難しい心情を描いたり、寄る辺のない偏屈中年の人生に対する複雑な想いを写したり。明るく振る舞ってはいても息子に先立たれた母親の悲しみなど、意外とテーマは重かった。
 舞台が1970年とあって、男子生徒たちの何割かが長髪。その髪の長さが親との衝突になったりしていて、なかなか興味深い。
 音楽もこの時代のものが使われていて楽しい。特に「おおっ」と思ったのが、Badfingerの “No matter what” ― いつ、どこで聞いても名曲だ。



 寄宿舎学校の映画といえば、[The Penguin Lessons] はどうなったのだろう?原作がすごく良かったので、見たいのだが。(もっとも、原作とは設定が大きく異なる…)

Meeting Stones2025/08/20 21:01

 マイクの自伝を断片的に翻訳するシリーズ。今回は、”Hard Promises” をリリースした頃、ハートブレイカーズはニューヨークでのテレビ出演後に、目的は知らされずに呼び出された。とある建物のエレベーターの中で、一体何事だろうかとトムさんとマイクは顔を見合わせる。
 あるフロアに到着すると、リハーサル・ルームのステージ上にあるバンドがいたのだ…

 それはザ・ローリング・ストーンズだった。
 彼らは “Shattered” の演奏中だった。
 マイクロフォンのところにはミック・ジャガーがいて、チェリー・レッドのギブスンSGを細かなリズムを刻みながら歌っていた。ロン・ウッドとキース・リチャーズがミックの背後に居て、その斜め後ろのドラムスのところにチャーリー・ワッツが居た。ロニーがシルヴァーの彫刻つきのゼマイティスを弾き、キースは黒い5弦、メイプルネックの1972年製テレ・カスタムを爪弾いていた。
 まさにストーンズだった。その8割に過ぎないにしろ、ストーンズだった。
 曲が終わると、キースがミックとなにやらゴニョゴニョと話した。ミックはキースに頷いてみせると、SGをアンプに立てかけ、挨拶しに来た。リチャード(TP&HBのマネージャー)が私たちを紹介した。ミックは明るく愛想の良い感じだった。彼らは数日後に迫った、9月からのツアーに向けてリハーサル中だった。
 私がステージ上を見ると、ものすごい量のアンプの前に、古いサンバーストのフェンダー、Pベースがあった。
「ビルはどこに?」
 ビル・ワイマンの姿はどこにも見えなかった。
 ミックがため息をついた。
 キースはいつも遅れてくるのだと、ミックが説明した。ビルはそれに嫌気が差してしまって、いつも2日後に現れるのだという。ところが今回に限ってキースが時間通りに現れた。日付を誤ってメモしたに違いない。ビルは明日まで来ないだろう。
 トムがミックにギターを弾いていることについて尋ねた。
「ほら、あの二人とだろう?」
 ミックが舞台の方を見ると、キースとロニーがタバコを吸い、飲み物を飲みながら何やら愚痴をいっている。
「俺が弾かないと、あの二人やたらと早くなるから、歌詞が追いつかないんだ。あいつらのテンポを抑えるにはこれしかない」
 トムは、なるほどなるほど、分かるよと言いながら頷いた。私は彼を睨んでやった。
 私たちとさらに数分話して、ミックはステージに戻った。彼はSGを取り上げると、バンドはチャック・ベリーの “Too much monkey business” を演奏し始めた。
 ロニーがハンマー・オンにダブルストップをかけてイントロを奏でると、バンド全員がリズムに乗り出した。ミックはギターを弾きながらマイクロフォンに向かった。
 ミックが最初の歌詞を歌いだそうとしたとき、キースがドスドスとミックに向かってきた。
“Runnin’ to-and-fr–”
 キースが手のひらをミックのギターのネックに打ち付けて、音を消した。ロニーとチャーリーがストップする。チャーリーは天井を仰いでため息をついた。
 キースはブルドッグのように唸り声を上げた。
「てめぇがバンドをリードするのは無しだ!」
 キースは細い指をミックとマイクロフォンに突きつけた。
「L、V!てめぇのしごとはそれだ、Lと fu**ing V!」
リード・ヴォーカル。
 ミックはギターをおろしてローディに手渡した。キースは自分のテレキャスターのヴォリュームを上げると、演奏に戻った。俺のヒーロー。曲はどんどん速くなっていき、ミックは歌詞を押し込むに苦労していた。
 ミックが歌詞につまづいていている間に、バンドは轟音を上げる列車のように突っ走っていく。ミックはトムと私を見やった。彼は手を上げて見せて、肩をすくめた。「ほらな?」
 曲が終わると、ロニーが私たちを見やって言った。
「おーい、誰かベー…」
「俺やる!」私はトムが口を開く前に叫んでいた。
 私はまさにステージへと一目散に走っていった。
 フェンダー Pベースを肩に掛けて、アンプをオンにする。どの曲かも言わずに、キースがしなやかなオープンGのイントロを弾いた。”Tumbling Dice” ― 私たちはすぐに彼に続いた。コーラスにくると、私はミック・テイラーのベースラインを正確に弾いた。キースは驚いたような表情だった。その時、彼は私の存在に気づいたらしい。彼は目を細めた。私はつとめてクールに振る舞おうとしたが、思わず微笑まずにはいられなかった。
 いたって微かではあったが、私は確信している。間違いない。約束できる、誓って言える。キースは私に頷いてみせたのだ。


 さすが、TP&HBとストーンズの組み合わせ。ツッコミどころ満載でニヤケ顔が抑えられない。
 ”Hard Promises” の頃なので、確かにミックはトムさんのことを知っていたはずだ。それで気軽に会わせてもらえたのだろう。
 常に遅刻モードのキースと、噛み合わないビル。その後の展開が予感される。ステージ上でのイチャイチャっぷりもさることながら、キースとミックのいちゃつきはリハーサルでも変わらないらしい。というか、一方的にキースが大暴れしている。そんな様子を見て、天を仰ぎため息をつくチャーリー!チャーリーが一番好きだなぁ。
 ロニーが誰かにベースを弾いてもらうことを提案すると、みなまで言わせず、しかもトムさんを押しやって飛び出すマイクが最高。その前にも訳知り顔のトムさんを睨むマイク。
 もっともキュンとするのは、キースに頷いてもらっただけでもう天にも昇るような気持ちだったマイクの健気さだ。この人は子供の頃から本当に健気だが、30歳になっても変わらない。

 ”Tumblin’ Dice” を確認してみると、確かにビル・ワイマンは参加しておらず、ミック・テイラーがベースを弾いている。そもそも、マイクはブルースブレイカーズの頃から、ミック・テイラーの大ファンなのいだ。
 レコーディングにはニッキー・ホプキンズも参加している。ストーンズのキーボーディストはベンモントも含めて名手が何人もいるが、やはり私はニッキー・ホプキンズが一番好きだ。

Sailing2025/08/27 19:38

 セイルGP, Sail GPは、海上のF1 というべき高速ヨットによるレース・カテゴリーである。国別対抗ではあるが、べつにナショナル・チームがあるわけではなく、そこは出資者やオーナーがいる点、F1レーシング・チームと同じだ。数年前から、セバスチャン・ベッテルがドイツチームに出資し、オーナーの一人になっている。私はセブがオーナーになったことで、初めてセイルGPを知ったというわけ。

 これまでも、セブがヘルメットを被って船に同乗させてもらっている動画などはあったが、この数日公開された動画は少し様子が違った。





 セブが舵輪を操作している!わぁお、びっくり!ヘルメット被ってステアリング状のものを操作する姿は、さすがに様になっている。もちろんこれはレース本番ではなく、デモンストレーション走行だろう。
 ドイツ・チームは強豪とはいえないようだが、セブが関わっている以上、応援せずにはいられない。

 sale, saling といえば、ロッド・スチュワートの録音が圧倒的に有名な “Sailing” ― 1975年のソロ・アルバムのB面に収録されている。この曲そのものはあまりにも有名なので貼り付けは省略する。
 私も小学生か、中学生くらいまではこの曲が好きだった。しかし、音大に進み、フォーク・ロック志向になると、大げさなサウンド、オーバー・プロデューシングが鼻について、好きな曲ではなくなったと思う。
 もともとは1972年サザーランド・ブラザーズの曲だ。こちらは今回初めて聞いた。



 聞いてびっくり、渋くて鈍痛がくるような不思議な曲調。これを聞くと、オーバープロデューシングとは言え、ロッドのバージョンはかなりの名曲、名編曲だということがわかる。そして今やオリジナルはほとんど聞かれず、ロッドのバージョンが広く知られているのも分かるというものだ。