George Fest (その2)2016/03/04 23:14

 資格試験を控えており、なかなかゆっくり記事が書けない。
 それでも、通勤時だけは音楽に浸ることにしている。もっとも、先週からずっと、[George Fest] しか聴いていない。知っている出演者は少数だし、好きな人も特に居ないのに、いくらでも聴けるのだから、ジョージと、その音楽を愛する人々、恐るべし。
 このライブの記事をどうまとめるか考えたのだが、うまくまとまらない。結局、順を追って全ての曲に言及するしかないらしい。

Old Brown Shoe / コナン・オブライエン
 まずは、コメディアン,コナン・オブライエンの登場。バンドは彼の番組のハウスバンドなので、良い蹴り出しだ。まずはジョークで会場を温める。ジョージにコメディはつきもの。
 歌詞を見ながらとは言え、歌もなかなか上手で、格好良い。バンドの演奏にも余裕がある。終わり方が独特で面白い。

I Me Mine / ブリット・ダニエル
 ビートルズ時代のジョージの作品として、昔からもっと評価されても良いのではないかと思っていた作品なので、この選曲は嬉しい。ダニエルの弾くギターが面白い。テレキャスのセミアコースティック?
 贅沢を言うと、AメロはBとの対照のために、もう少し滑らかで柔らかに歌ってくれるとなお良い。

Ballad of Sir Frankie Crisp (Let It Roll) / ジョナサン・ベイツ
 このコンサートの重要人物,ジョナサン・ベイツ登場。深みのある声をしており、これが後々活きてくる。そして、貫禄のついたダニーもお目見え。
 流れの速い川のような曲だが、このライブでは "Oh, Sir Frankie Crisp..." というコーラスをつけて、これが水を打ったような効果をもたらす。そしてコーダでのコーラスの繰り返しは、雨が作り出す波紋のようで美しい。間違いなく名演奏。

Something / ノラ・ジョーンズ
 数少ない、「名前を知っている人」が、スタイル悪く見えるファッションで登場。でも歌声は抜群に良い。オリジナルからキーを少し上げて、女性版 "Something" を完璧に再現してみせている。バンドも、ビートルズの名演をそのまま再現するべく、気合いが入っているようだ。
 彼女はジョージと直接の交流はあったのだろうか。ジョーンズとラヴィ・シャンカールがどの程度交流があったかにもよるだろうが、その辺りは良く知らない。

Got My Mind Set on You / ブランドン・フラワーズ
 ザ・キラーズの人登場。コーラスがポイントになる曲でもあるので、ジョナサン・ベイツも参加。そしてこの曲をシングルカットすることをジョージに進言(?)したダニーも加わっている。フラワーズとダニーは個人的にも仲が良さそうな様子。この二人はよくじゃれている。
 フラワーズのメタリックな声が、この曲にとても良く合っている。歌い出しだけで好きになってしまった。「ジョージの原曲じゃないのか」なんて言っているが、これはもう、「ジョージの曲」と言って良いと思う。このヒット曲を聴いた若い人が、ジョージだけではなく、ビートルたちのソロ・ワークに目を向けるきっかけにもなったに違いない。

If Not For You / ハートレス・バスターズ
 イントロで号泣してしまった。このイントロを聴いただけで、ジョージとディランの永遠の友情を思って泣いてしまう。
 鼻にかかった声の女性シンガーの、オリジナルよりも力強い歌声に、オリジナルに忠実な演奏がうまくマッチしている。

Be Her Now / イアン・アストベリー
  殆どがアメリカ人の中で、英国人登場。しかも、ザ・カルトの人。そのイメージを裏切らない、幻想的で荘厳な "Be Here Now" は良いチョイスだ。そもそも、ジョージのトリビュートと言って、この曲を選ぶ人はほとんど居ないのではないだろうか。
 ジョージのスピリチュアルな一面を、美しい音楽で、でも説得力を持って伝えている。

Wah-Wah / ニック・ヴァレンシ
 ザ・ストロークスの人による、"Wah-Wah" は、[Concert for George] の名演があるだけに、なかなかのチャレンジだ。何と言っても、エレクトリック・ギタリストとしては憧れの曲ではないだろうか。
 格好良く行くかどうかは、ドラムとベースのがんばりにかかっているが、この曲の持つパワーと明るさを爆発させている。ドラムのマット・ソーラムは、ザ・カルトの人で、ガンズ・アンド・ローゼズの人で、モーターヘッドの人でもあるとのこと。なんだか良く分からないが、凄い。
 ギター・ソロに入る前に、一瞬ワウギターだけで保たせるパートがあるが、ちょっとテンポがもたついた。これは転ばないようにテンポを保つ方が難しいのであって、[CFG] の時のクラプトンは、やはり凄かったのだと思い知る。
 大事なポイントでもあるホーン・セクションは、もう少し粘っこく、重く演奏した方が良いだろう。ピアノとオルガンの音を大きくミックスしているのは格好良い。

If I Needed Someone / ジェームズタウン・リバイバル
 コーラスの美しい、ちょっとサイモン&ガーファンクルみたいな二人。学校の同級生だそうだ。
 イントロ以外は、ビートルズのオリジナルに忠実なのだが、面白いことに誰もリッケンバッカーを弾いていない。そういえば、[CFG] でも飾ってあった以外、ほとんどリッケンバッカーは使われていなかったと思う。ここはやはりロジャー・マッグインの登場が待たれる。

Art of Dying / ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ
 唯一、イントロで何の曲か分からなかったのが、この曲。このコンサートの中では珍しく、オリジナルとは大きく異なる解釈で演奏している。クラプトンのワウを再現する人がいなかったという推理も成り立つが。
 不気味で、地を這うようなプレイが、ジョージのダークな面を出していて、味わい深い。

Savoy Truffle / ダニー・ハリスン
 いよいよダニーの登場。まずこの選曲が大好き。私もお気に入りの曲なのだが、ほとんどカバーで取り上げられないのが寂しかったのだ。
 ダニーの、ジョージとよく似ているけれど、よりメタリックでエッジの利いた、力強い声がこの曲に良く合っている。シニカルでぶっきらぼう、クールでユーモアがある曲を、完璧にプレイしている。エンディングの格好良さには痺れる。ちょっと惜しいのは、やはりホーン・セクション。ちょっと軽快過ぎた。もっと重く、粘っこくして欲しかった。

For You Blue / チェイズ・コール
 オシャレなお姉さんによる、オシャレな "For You Blue"。オリジナルはかなりアコースティックな曲だが、ここでは思い切ってエレキサウンドでポールとはひと味値違った魅力を引き出している。

Beware of Darkness / アン・ウィルソン
 ハートというグループのことは良く知らないが、その姿はMTVで見たことがあり、そのイメージでいたら、これまたスタイル悪く見える格好の、この人がアン・ウィルソンその人であることにビックリしてしまった。そのことを人に言ったら、「昔から、角度を選ぶ人なんだ」とのこと。
 演奏はさすがにソウルフルで格好良い。ジョージの中では女性向きとは言いがたい曲だが、存在感たっぷりの良い演奏だ。タンバリンを叩いているお兄さんが、ダークホースTシャツを着ている!

(その3につづく)

George Martin2016/03/09 21:33

 ジョージ・マーティンが亡くなったというニュースを知った。90歳だったとは言え、やはり驚きであり、悲しみだ。安らかでありますように。

 最初にジョージ・マーティンの存在を知ったのは、2時間のドキュメンタリー作品 [The Compleat Beatles]。たしか、邦題は「ビートルズのすべて」だったと思う。1982年のドキュメンタリーを、NHKが後に放映したのだ。ちなみに、原題の綴り, "Compleat" は、ビートルズの綴りに合わせたもの。
 このドキュメンタリーは、[The Beatles Anthology] の2時間バージョンとでも言うべき作品で、コンパクトかつ分かり易く、ビートルズのヒストリーをたどっている。その中に、当時50代後半のジョージ・マーティンがたびたび登場していた。
 私がこのドキュメンタリーを見た頃は、まだビートルズのファンになりたてで、メンバーの顔と名前が一致していなかったのだが、このハンサムな紳士がビートルズに大きく貢献していたことは良く分かった。
 印象的だったのは、その端正な佇まいと、柳生博による吹き替え。「いかんせん、ピートはドラムが下手でした」と言っていたと思う。ドラマーの交代に関して、マーティンは関与していないというのが最近の説のようだが、私の記憶違いだろうか。

 マーティンのビートルズでの仕事と言えば、やはり "Strawberry Fiels Forever" や、"A Day in the Life" などでの大がかりな編曲作業が話題になる。
 しかし、私が一番彼の功績として評価したいのは、酷いデモテープを持ち込んできた、良く分からない少年たちの演奏を聴く気になったことだ。さらにレコードを作り、彼らの自作曲を積極的に採用した。
 クラシック畑で、ピアノとオーボエを演奏し、映画音楽やクラシックの録音を手がけていた彼が、アヤシゲで小生意気な(「あなたのネクタイが気に入りません」)、騒々しいロック少年たちに、すぐさま惚れ込んだというのだ。惚れさせた方も惚れさせた方だし、惚れた方も惚れた方。
 マーティンは小さなレーベルを任されており、ある程度の裁量権があったため、自由に好きなことができたことも、幸いしたのだろう。ともあれ、運命的な勘も同時に働いたに違いない。

 私が特に好きなのは、"Please Please Me" のレコーディング時のエピソードと言われている物だ。
 ジョンとポールが自作の "Please Please Me" がやりたいと(生意気にも)言ったが、それはややスローな、ロイ・オービスン風の曲だった。それが良いとは思わなかったマーテイン ― 彼らは決してロイ・オービスンではないからだ! ― は、アップテンポにすることを提案する。
 そしてレコーディングを終えると、ミキシング・テーブル越しにマーティンが言った。
"Gentlemen, you have just made your first number one record"
 「諸君、最初のナンバー・ワン・レコードが出来たぞ。」



 ストリングスなどのアレンジは、"Eleanor Regby" と "Here Comes the Sun" が傑作だと思う。それから、印象的なのは "In My Life" のピアノソロ。ビートルたちには決して作ることの出来ないポリフォニーを、美しく仕立て上げている。
 どうやら、実際のチェンバロは用いず、ピアノを弾いて速度を変えているそうだ。このソロがなければ、"In My Life" の魅力も半減だ。
 ジョージ・マーティンこそ、間違いなく「5人目のビートルズ」であり、その後のポップス史にとっては、それ以上の存在だったろう。

George Fest (その3)2016/03/13 19:04

 [George Fest] 各曲レビューの後半。

Let It Down / ダニー・ハリスン
 騒々しいギターが格好良い、このイントロが最高。そこからぐっとボリュームを落としてAメロに入るのだが、入る直前はちょっと落としすぎか。イントロの熱を少し保ち、さらに一段階下げると、もっと良かった。
 パワフルなBメロのコーラスとギターに加わるべく、ジョナサン・ベイツも参加。彼とダニーはどういうつながりなのか、良いコンビに見える。ダニーの独特の固い声は、"Wake up My Love" などを歌わせてみたい。
 それにしても格好良い。ジョージってこんな音楽を作るんだと、このライブでジョージのソロ曲に初めて触れた人は驚くかも知れない。"While My Guitar Gently Weeps" が無いかわりに、この曲でギターバトルを楽しむことが出来る。

Give Me Love / ベン・ハーパー
 もっぱらスライド・ギターの練習に精を出していた、ベン・ハーパー登場。難曲に挑戦している。ハウスバンドのギタリストと二人で、もの凄く余裕のない様子で下を凝視しながらのスライドギター。ハーパーは一部歌いながらのスライドもあって、骨が折れたろう。大変良く出来ました。

Here Comes the Sun / ペリー・ファレル
 ジョーンズ・アディクションの人登場。ザ・フレーミング・リップスや、ノラ・ジョーンズ,カレン・エルソンなども揃えて、豪華な陣容。ちょっと浮いている格好のシマウマのオネエさんは何者だろう?
 ファレル、どういうわけか殆ど口を開かずに歌っている。器用な人。

What is Life / ”ウィアード・アル”ヤンコヴィック
 アクション的には完全にコメディ枠のヤンコヴィックだが、歌唱そのものはいたって真面目で上手で、格好良い。そもそも、この曲が大好きなので、このストレートのカバーが大好きだ。
 ヤンコヴィックはジョージと直接の交流はあったのだろうか。ジョージが好きそうな人だと思うのだが。

Behind That Locked Door / ノラ・ジョーンズ
 いたってスタンダードで普通のカバーな、ノラ・ジョーンズ。
 今回はギターを持っている。ムムっ!ギターがでかい!つまり、ジョーンズの身長が低いという事ではないか。これは小柄な女子もギターが弾けるぞという福音なのか?!早速、ジョーンズの身長をググる。
 155cm …?! そ ん な に で か い の か
 かくして、私のギタリストへの道は永遠に閉ざされたのであった。

My Sweet Lord / ブライン・ウィルソン
 レジェンド登場。私はビーチボーイズもブライアン・ウィルソンも良く知らないので、これが彼の他のパフォーマンスと比べてどうなのかは分からない。ついでに、ウィルソンの保護者みたいな人(アル・ジャーディン)もビーチボーイズの人だというのは、最近教えてもらった始末。ところで、ウィルソンの前のキーボードは何のために置いてあるのだろう。
 この日のライブの大詰めの曲だけあって、かなりの人数がステージにあがっている。やっぱりシマウマのオネエさんは浮いている?あの人、誰なのか教えて下さい。
 オリジナルと同じく静かに始まって、ドラムが大きく叩き始めて盛り上がっていくのだが、そこでちょっとテンポが上がる。どうもジョージの曲には独特の速度感があって、これを保つのは結構難しいらしい。

Isn't It A Pitty / ザ・ブラック・ライダー
 この演奏は、ライブ当日5組目だったそうだ。序盤にしては重い曲なので、収録版では後ろにまわされたらしい。
 この正真正銘の大曲,名曲を、気負わずに自然体に演奏している。[CFG]のようにソウルフルに押すのも良いが、こういう淡々とした演奏も好きだ。そしてスライドギターの二人は彫像のようにぴくりとも動かず、緊張感で張り裂けそうだ。
 [Live in Japan] や[CFG] と同じく、"Hey Jude" のコーラスを乗せるのを、ここでも採用。すごく格好良い演出なので、やりたくなる気持ちは良く分かる。

Any Road / ブッチ・ウォーカー
 オリジナルと同じようなバンド演奏に、全く異なるヴォーカルでちょっと笑える。袖無しGジャンに、タトゥーてんこ盛りのお兄さんが、頭を振りながらがなり立てる曲になるとは思わなかった。それでも、この曲の良さは損なわれてはいないので、意外と好き。最後のギターソロ炸裂も、なんだか馬鹿みたいで笑えるけど、そもそも原曲も少しおかしな曲なので良いことにする。

I'd Have You Any Time / カレン・エルソン
 最初の方からちょくちょく顔を出すカレン・エルソン。コーラスにノラ・ジョーンズも居る。エルソンは、イングランド出身のモデルで歌手とのこと。ジャック・ホワイトの元妻…顔色の悪い夫婦(だった)。
 確かに上手いのだけど、これと言った特色はなくて、あまり面白くはない。

Taxman / コール・ドウォー・キッズ
 ヴォーカルの人の、シャツをインするファッションはあれで良いのだろうか。
 パンキッシュなアプローチで、がなり立てるスタイル。ちょっと皮肉っぽさが抜けるけど、カバーとしては有り。エンディングはTP&HBが[CFG] でやったのと同じ。

It's All Too Much / ザ・フレーミング・リップス
 選曲だけでも、本当に良くやったと思う。しかもライブ演奏で。あのカラフルで溢れるような祝祭感を、見事に再現して見せた。
 とは言え、やはりライブ・ステージでは大変そうで、いくらかバタバタしているのはご愛敬。独特のスタイルでキーボードを弾くスティーヴン・ドローズは、まさに八面六臂の活躍。
 ドラえもんギターのウェイン・コインは、"Come on!" と言うのがどうやら癖らしいのだが、間がうまく取れなくて言っているような気もする。

Handle with Care / オールスター・キャスト
 いよいよ、"Handle with Care" …万感の思いを込めて、"Handle with Care"…!
 これはただのロックの名曲ではない。友情の素晴らしさ、その友情という結ばれた人々が、共に音楽を奏で、愛することの素晴らしさを体現する曲だ。
 最初にウェイン・コインの背中が映るが、これは [Bob Fest] の "My Back Pages" が始まる時のニール・ヤングを意識した編集ではないだろうか。
 みんなが勢揃いして、リード・ヴォーカルを分け合い、楽しくコーラスをする和気藹々とした雰囲気が最高。この瞬間、だれもがウィルベリーになる。
 ここでも、ジョナサン・ベイツの深みのある歌声が大活躍。見事に大任を果たしている。第二ヴァースのコーラスで、ダニーがどのマイクに行こうかとちょっと見回して、マイクに飛びつくところが好きだ。そして最後に締めるヤンコヴィックが、意外なほど決まっている。
 これだけの人数を揃えて、色々な人が担当するのに、演奏そのものにバタつくところが全くない。よほど入念にリハーサルをしたのか、それとも各自の自主練が完璧だったか。多分後者。
 この演奏独特のものとして、最後にハーモニカが入らず、代わりにピアノ・ソロが入る。なかなか美しいピアノ・ソロで、これはこれでとても良かったと思う。

All Things Must Pass / オールスター・キャスト
 リード・ヴォーカルを務めるのは、ダニー以外は全員女性。"Handle with Care" は男子が好き放題だったので、ここは彼女たちがしっとりと収めている。隠れキャラのリサ・ローブも前に出てきた。
 かくして、[George Fest] は大団円を迎える。

Pictures at an Exhibition2016/03/16 22:35

 キース・エマーソンが亡くなったというニュースは、そのいたましい状況もとともに、伝わった。悲しいことだ。

 私はプログレッシブ・ロックには全く興味が無く、完全に門外漢だが、さすがに エマーソン・レイク&パーマーの[Pictures at an Exhibition](「展覧会の絵」)だけは持っている。
 言わずと知れた、クラシックの名曲のロック・バージョンだが、これはこれで、けっこう好きだ。威勢が良くて、エネルギッシュで、しかも美しく、オリジナリティもある。名演だと思う。



 「展覧会の絵」の原曲は、ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)によるピアノ組曲だ。一般にはモーリス・ラヴェルによるオーケストラ編曲版が有名で、ELPもこのオーケストラ版をベースにしているのだろう。

 ピアノ組曲に関しては、とにかく難曲。ピアノ学習者はどんなタイミングでこの曲に取り組むのだろうか。私は一生弾かないし、弾けないと思う。
 私が小学生か、中学生だったとき、あるピアノの発表会に出たのだが、そのトリが、現役のピアノ科音楽大学生だった。この音大生が、なんと「展覧会の絵」を全曲暗譜で弾いたのだ。30分はかかる。私のようなヘタな子供が残念な演奏をする発表会の最後に、どうしてそんな展開になったのか、今でも謎だ。
 とにかく、私は呆然としてしまった。感動して憧れの曲になったというのではない。ひたすら「凄まじい」という感想だったのだ。曲調のせいかも知れないが、底知れぬ恐ろしさを秘めた曲であり、ある意味、悪魔の領域に思えた。有名な冒頭「プロムナード」の晴れ晴れとした明るさも、大きく深い謎への導入でしかなく、その印象は今でも変わらない。

 ピアノ名曲名盤ガイドでは、1958年リヒテルのライブ録音を勧めている。まさに「幻の剛腕」リヒテル。



 ELPの演奏はとても良いのだが、一箇所だけ、どうしても意見の合わない箇所がある。
 冒頭「プロムナード」,第二テーマのフレージング。リヒテルのピアノや、ラヴェルのオーケストラバージョンは、上の青いスラーのように大きく弾くが、エマーソンは下の赤いスラーのように、短く切って弾く。



 オルガンという楽器の特性のせいなのか、それとも彼の解釈がこうなのか。ほかは、どう「ピー!」だの「ガー!」だの鳴っても気にならないが、どうしてもこれだけが引っかかる。
 エマーソンの死を知って、あらためて聴いてみた [Pictures at an Exhibition] で、そんなことをぼんやりと考えている。

Ricki and the Flash2016/03/19 20:54

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの "American Girl" がカバーされるという映画、[Ricki and the Flash](「幸せをつかむ歌」)を見た。



 人から、「わざわざ見るほどほどの映画ではないよ」と聞かされていたのだが…まぁ、確かにそれほどの映画ではなかった。メリル・ストリープの器用さがよく分かるだけで、構成も脚本もこれといった事も無し、オチも特に何も無しという感じで。無理に盛り上げたけど、「…それで?」という感じの終わり方だった。
 「音楽はよかった!」…と言いたいところ。確かにストリープ以外のバンドメンバーは本職なので上手いのだが、どうしてもオリジナルや、自分が慣れ親しんでいるバージョンが聴きたくなるという程度。

 "American Girl" は冒頭で使われるので、優遇だろう。ストリープのギター・ソロは要らないのではないだろうか。
 TP&HBの中でも一番好きな曲なので、やはり本家の良さが欲しくなる。



 印象的だったのは、"Drift Away" の演奏シーン。これまた重要な箇所だった。
 もともとは、ドビー・グレイが1973年にヒットさせた曲だが、私はロッド・スチュワートが1975年にカバーしたバージョンに慣れ親しんでいる。
 "Drift Away" をYouTubeで検索したら、ザ・ローリング・ストーンズのバージョンが出てきた。どうやら公式にはリリースされなかったらしいのだが、これが素晴らしいできあがり。ちょっと叙情的過ぎるかもしれないが、ストーンズのぶっきらぼうな感じと溶け合って、切なさに化学変化を起こしている。
 リリースしなかったのはとても惜しい。ライブでもやって欲しい。

Have I Told You Lately2016/03/22 20:35

 ニューヨークの風景が見たくて、映画「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」[5 Flights Up] を見た。
 ニューヨークに暮らす人の視線で、ニューヨークの風景が楽しめる。信じられないほどの富裕層の世界でもなければ、犯罪だらけの危険地帯の話でもない。穏やかな夫婦の日常と、非日常の数日のドタバタの末に、確かめる幸せ。そういう映画だった。



 音楽で印象的だったのは、ヴァン・モリソンの "Have I Told You Lately"。1989年のアルバム [Avalon Sunset]からのシングルだ。
 誠実で切々とした歌詞と、味わい深い曲調で映画ともよく合っていた。



 1995年にチーステンズがアルバム [The Long Black Veil] を制作したとき、モリソンはゲストとして参加し、"Have I Told You Lately" をセルフカバーした。タイトルは "Have I Told You Lately That I Love You?" になっている。



 これはちょっと無理矢理っぽい。無理してアイルランド音楽っぽくアレンジした感じで、窮屈。オリジナルの方がずっと良い。

Lighter in the Dark2016/03/25 20:42

 マッドクラッチの新譜が5月20日に発売決定!ジャケットが公表され、「ダサい」と言われているけど…いや、良いと思う。ダントツ最悪ジャケット "Highway Companion" なんかより断然良い。



 シスター・ヘイゼルの新譜 [Lighter in the Dark] が発売になっている。
 発売日は先月の19日で、その日に入手していたのだが、ちょうど [George Fest] とかさなったため、記事にするのがすっかり遅れてしまった。後回しにされたとは言え、その出来はいつものとおり、素晴らしいものだ。
 スタン・リンチも、2曲でコーラスに加わっている。



 前作から5年余りの間をあけての発売とあって、ため込んでいた楽曲をつぎ込み、どれも粒ぞろいの良い曲が並んでいる。そして、前作までと大きく異なるのは、バンドメンバー外の作曲者の名前がたくさんクレジットされていること。面白いのは、それらのいずれも、「ヘイゼル」っぽいできあがりであること。
 私が特に気に要ったのは、リード・ギタリストのライアン・ニューウェルが作詞作曲,プロデュース,録音も彼のスタジオ、たぶんリード・ヴォーカルもライアンと思われる、"Thoroughbred Heart"。キース・アーバンっぽい雰囲気で、ちょっと毛色が違う。ライアンお得意の優しげなギターソロが美しい。

 珍しく、女性ヴォーカルをゲストに迎えてのしっとりとした"Almost Broken" という変わり種もあるが、これはちょっとイマイチ。

 ライブ音源集 [20 Lives] にも収録されている "Karaoke song" がスタジオ録音版として収録されているのも嬉しい。
 「誰にだってカラオケは必要なものだ」という、歌う喜びが出ていて良い。こちらは、[20 Lives] の映像。

Trailer2016/03/29 21:17

 マッドクラッチの「新曲」 "Trailer" を早速購入して聴いている。何となく [Highway Companion] に入っている曲っぽい。歌詞を見なくても、悲しくて切ない曲だということは分かる。



 ハートブレイカーズのオリジナル・バージョンは [Playback] に収録されているが、どちらも捨てがたい。今回のマッドクラッチ・バージョンは、フェイドアウトせずに終わってしまうのだが、これがちょっと惜しい。素晴らしい演奏なのだから、もっと長く続けてほしい。
 ハーモニカは誰が吹いているのだろうか。スコット・サーストンは居ないのだから、トムさんだろうか。ジミー・ファロンがディランの真似をする時に吹くハーモニカに似ている。

 [Conversations with Tom Petty] で、ハートブレイカーズ・バージョンの "Trailer" も話題になっている。Cool Dry Place から引用なので、私の訳。

Q:"Trailer" は、"Don't Come Around here No More" のB面曲です。[Southern Accents] 向けに書いたのですか?

TP:うん。この曲をアルバムに入れなかったのでは大きな間違いだった。どうして入れなかったんだろう。あのころ、ものすごく色々なゴタゴタが起こっていたんだ。体を悪くしたりとか何とか。とにかく、この曲はアルバムに入れるべきだった。
 この曲は重要だと思う。あの時期のある部分を表している。アルバムに入れるべきだったけど、B面になった。ぼくらはアルバムに入らない、B面を作るのって、好きなんだ。

Q:どうして?

TP:さらに稼げるから。アルバムを持っていても、シングルを購入する動機付けになる。
 ぼくがシングルを買うときも、それが楽しみだったんだ。アルバムに入っていないものを聴けるんだよ。だからぼくらはいつも、アルバムに入っていない曲をシングルに入れようとしてきたんだ。

Q:あなたは、"Trailer" に関して、「ぼくらは実際トレイラーで生活したし、そのことをよく理解できている」と述べていましたね。

TP:そう、そのとおりだ。ぼくらは、トレイラーで暮らしている人も沢山知っていた。
 これは一種の悲劇だよ。高校の恋人同士が勢いに乗って結婚してしまい、それは早すぎてトレイラーで暮らす羽目となり、上手く行かなくなってしまう。
"I could have had the Army / I could have had the Navy / but I had to go for a mobile home / kept up the payments / kept up my interest..." ある意味悲しい曲だ。"We used to dance to Lynyrd Skynyrd...she used to look so good at times..."
 とにかく、アルバムに入れなかったのは、返す返すも残念だ。

 「さらに稼げるから」という、B面曲の制作動機を正直にコメントするトムさんが好き。LPはジャケットがでっかいから好きだし、歌詞カードは自分の発音が悪いから必要。トムさんのそういう飾らないコメントがとても格好良い。
 歌詞に登場するレーナード・スキナードの曲は、どの曲を想定しているのかも、興味をそそる。
 B面だけの収録曲で終わらせてしまったのが、よほど惜しかったと見える。そのほとんど後悔のような心残りを、今回のマッドクラッチで解消したらしい。マッドクラッチがハートブレイカーズの曲を演奏,収録するというのはまったく想定していなかったし、本人たちも当初はしていなかっただろう。それでもこの曲を選んだのだから、余程のことだ。
 新譜 [2] は、この雰囲気の構成になるのだろうか。発売がとても楽しみだ。

 それにしても。
 例のジャケット。
 発表されるやいなや、「ダサい」の大合唱なのだが ― なんだかジワジワくる。いわゆる一つの、「ジワジワくる」。完全に意味不明なところが…ジワジワくる…



 二つ並べると、さらにその意味不明っぷりが徹底している。これは好きだ。下手に意味「ありげ」を狙うよりも、ずっと良いと思うのだ。