Hallelujah ― 2026/02/07 19:45
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いよいよ、冬季オリンピックが始まった。フィギュアスケート・ファンとしては最大の注目イベントである。もう昨日からテレビにかじりつき、ぎゃぁぎゃあ大騒ぎ。明日の早朝も起きてみるつもりだ。まだ団体戦なのにこんなに盛り上がってしまって、どうするつもりだろう…
フィギュアスケートで使用される曲には流行りがある。浅田真央が強かった頃はショパンがよく使われていたし、ワンシーズンに日本人が「オペラ座の怪人」を三人も使ってしまい、「オペラ座問題」などと言われたものだ。ほかには、ベートーヴェンの「月光」や、ドビュッシーの「月の光」なども人気曲だ。
前回のオリンピックあたりから、採用する人が多くなったのが、”Hallelujah” ー もちろんヘンデルではなく、レナード・コーエンの ”Hallelujah” である。もっとも、コーエンのオリジナルを使う人はいない。さすがに踊りにくいだろう。
使われたのは、まずジェフ・バックリーのバージョンだった。切々として、シンプルで美しい。
今シーズンも2人くらいはいると思うが、女声と男性コーラスだっと思う。男性コーラスはベルカントの大人数でやる、最近のスタイルで私の好みではないが。
検索していて知ったのだが、なんと1988年のライブではディラン様がカバーしていた。わぁお、これは聴かねば。
さすがはディラン様!素晴らしく格好良い。まさに絶唱だ。フィギュアスケートには使えないが、私の心に一番突き刺さるのは、結局ディラ様なのだった。
さて、フィギュアスケートは、女子シングルの順位争いが熱くなるだろう。なにせ、団体の予選をやっただけでも、どの選手もしっかりピーキングをしてミスのない演技が連発されている。期待大。
今シーズンのこれまでの戦いで、ほぼアリサ・リウ、アンバー・グレン、坂本花織のメダル争いと見られていたが、ロシアから戦争に対する中立表明で出場するアデリア・ペトロシャンの出場でわからなくなった。なんでも、トリプルアクセルと、三つの四回転が跳べる…らしい。まともに評価されれば金メダル候補だが、今のジャッジはジャンプの完成度とスケーティングの美しさに重きを置いているので、さぁどうなるか。
この2週間、私は未明の観戦を何度も繰り返すことになる。選手と一緒に私も頑張るぞ…!
フィギュアスケートで使用される曲には流行りがある。浅田真央が強かった頃はショパンがよく使われていたし、ワンシーズンに日本人が「オペラ座の怪人」を三人も使ってしまい、「オペラ座問題」などと言われたものだ。ほかには、ベートーヴェンの「月光」や、ドビュッシーの「月の光」なども人気曲だ。
前回のオリンピックあたりから、採用する人が多くなったのが、”Hallelujah” ー もちろんヘンデルではなく、レナード・コーエンの ”Hallelujah” である。もっとも、コーエンのオリジナルを使う人はいない。さすがに踊りにくいだろう。
使われたのは、まずジェフ・バックリーのバージョンだった。切々として、シンプルで美しい。
今シーズンも2人くらいはいると思うが、女声と男性コーラスだっと思う。男性コーラスはベルカントの大人数でやる、最近のスタイルで私の好みではないが。
検索していて知ったのだが、なんと1988年のライブではディラン様がカバーしていた。わぁお、これは聴かねば。
さすがはディラン様!素晴らしく格好良い。まさに絶唱だ。フィギュアスケートには使えないが、私の心に一番突き刺さるのは、結局ディラ様なのだった。
さて、フィギュアスケートは、女子シングルの順位争いが熱くなるだろう。なにせ、団体の予選をやっただけでも、どの選手もしっかりピーキングをしてミスのない演技が連発されている。期待大。
今シーズンのこれまでの戦いで、ほぼアリサ・リウ、アンバー・グレン、坂本花織のメダル争いと見られていたが、ロシアから戦争に対する中立表明で出場するアデリア・ペトロシャンの出場でわからなくなった。なんでも、トリプルアクセルと、三つの四回転が跳べる…らしい。まともに評価されれば金メダル候補だが、今のジャッジはジャンプの完成度とスケーティングの美しさに重きを置いているので、さぁどうなるか。
この2週間、私は未明の観戦を何度も繰り返すことになる。選手と一緒に私も頑張るぞ…!
Let the Good Times Roll ― 2026/02/01 19:28
ボブ・ディランのブートレグシリーズ Vol. 18 [Through the Open Window] を購入。バカでかい箱にはこりているので、CD二枚のコンパクトタイプにする。
最初の一曲は、1956年 ー ディランまだ15歳のときの、プライベート音源。とても印象的だった。曲は “Let the Good Times Roll” ー シェリー&リー が同年に発表した曲なので、ロバート少年は最新ヒット曲を録音したことになる。
この曲、どこかで聴いたなぁと記憶をたどると、ハリー・ニルソンの録音だった。
ほかにどんなカバーがあるのかと検索してみると、ロイ・オービソン御大があった。もっとも、彼のあの美声の魅力を活かしているとは言えないと思うが…
ディランにとってはとてもお気に入りの曲だったらしく、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとのツアーでも披露している。
残念ながらディラ様とトムさんのツインヴォーカルを楽しめる!というけではないが、このコラボレーションらしい格好良い仕上がりだ。
最初の一曲は、1956年 ー ディランまだ15歳のときの、プライベート音源。とても印象的だった。曲は “Let the Good Times Roll” ー シェリー&リー が同年に発表した曲なので、ロバート少年は最新ヒット曲を録音したことになる。
この曲、どこかで聴いたなぁと記憶をたどると、ハリー・ニルソンの録音だった。
ほかにどんなカバーがあるのかと検索してみると、ロイ・オービソン御大があった。もっとも、彼のあの美声の魅力を活かしているとは言えないと思うが…
ディランにとってはとてもお気に入りの曲だったらしく、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとのツアーでも披露している。
残念ながらディラ様とトムさんのツインヴォーカルを楽しめる!というけではないが、このコラボレーションらしい格好良い仕上がりだ。
Mike Cambplell and The Dirty Knobs in LA ― 2026/01/12 19:33
Heartbreaker’s Japan Party さんのメールマガジンによると、マイク・キャンベル&ザ・ダーティ・ノブズは去年のクリスマスに LA のユナイテッド・シアターでライブを行い、[Christmas All Over Again” をプレイしたとのこと。フロントマン亡きあと、物語の続きがあるバンド、それがトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズである。
何が素晴らしいといって、スティーヴ・フェローニのドラムスである。前のドラマーさんも悪くはなかったが、桁違いの巧さである。特にこの曲は冒頭のドラムが特徴的なだけに、図抜けていることが分かる。
マイクは相変わらずのトムさん憑依っぷり。マイクの自伝を読むと、初めて歌ってみようと試みたときから、自分の歌い方も歌声も、トムさんにそっくりであることを自覚していたとのこと。今となってはインタビューに答える喋り方、声もトムさんにそっくりなので、本当に特異なコンビだったと感心する。
同日のライブでは、”Jammin’ Me” も演奏している。これの面白いところは、マイクがアコースティック・ギターに終始しているところだ。
マイクのアコギのほかは、ベースと、キーボード、ドラムス。それだけで、これほどしっかりしたロックンロールをかっ飛ばすのだから、彼らの腕の良さが際立つ。
それと同時に、ディランとの共作でもあるこの曲が、いかに根っからのロックンロールで、ほかにどうにもならない名曲だということだ。スクリーンにディランとのツアーのときの写真が映し出されるが、当時の若きロックンローラーたちの息遣いが再現されていて、とても素晴らしいと思う。
ディランとマイクが奇跡の共演を果たしたのは、一昨年だったか。今年辺り、また何か一緒にやってほしい。YouTubeのウィルベリーズ映像がいったん下げられたりしているので、ウィルベリーズ関係でなにかあるのかもしれない。期待している。
何が素晴らしいといって、スティーヴ・フェローニのドラムスである。前のドラマーさんも悪くはなかったが、桁違いの巧さである。特にこの曲は冒頭のドラムが特徴的なだけに、図抜けていることが分かる。
マイクは相変わらずのトムさん憑依っぷり。マイクの自伝を読むと、初めて歌ってみようと試みたときから、自分の歌い方も歌声も、トムさんにそっくりであることを自覚していたとのこと。今となってはインタビューに答える喋り方、声もトムさんにそっくりなので、本当に特異なコンビだったと感心する。
同日のライブでは、”Jammin’ Me” も演奏している。これの面白いところは、マイクがアコースティック・ギターに終始しているところだ。
マイクのアコギのほかは、ベースと、キーボード、ドラムス。それだけで、これほどしっかりしたロックンロールをかっ飛ばすのだから、彼らの腕の良さが際立つ。
それと同時に、ディランとの共作でもあるこの曲が、いかに根っからのロックンロールで、ほかにどうにもならない名曲だということだ。スクリーンにディランとのツアーのときの写真が映し出されるが、当時の若きロックンローラーたちの息遣いが再現されていて、とても素晴らしいと思う。
ディランとマイクが奇跡の共演を果たしたのは、一昨年だったか。今年辺り、また何か一緒にやってほしい。YouTubeのウィルベリーズ映像がいったん下げられたりしているので、ウィルベリーズ関係でなにかあるのかもしれない。期待している。
Steve Cropper ― 2025/12/17 20:53
12月3日にスティーヴ・クロッパーが亡くなったと聞いた。彼の死去を受けていろいろな写真をネットで見たが、とびきり若い頃(20代?)の美男子っぷりに度肝を抜かれた。
スティーヴ・クロッパーと言えば、私にとっては「ニール・ヤングと握手する人」である。ボブ・フェスの一番の盛り上がりどころ、”My Back Pages”の冒頭だ。
ボブ・フェストと言えば、ジョージの出番でのスティーヴ・クロッパーも忘れがたい。ギター・ヒーローのくせに、このときはリズムギターしか弾かなかったジョージ。ボブのためのコンサートだということもあるし、スティーヴ・クロッパーがいるなら、彼に任せるべきだとでも思ったのだろう。ジョージは本当に幸せそうにプレイしている。
ジョージはあまりライブが得意ではなく、声に波のある人だが、ボブ・フェストは絶好調だった。
そしてもう一つ、私にとってのスティーヴ・クロッパーは、ブルース・ブラザーズ・バンドの人だ。特にお気に入りは名曲(というか、ブルース・ブラザーズの中でも特にお気に入り) “Soul Man” 。あのギター・リフは超名作である。
改めて映像を見ると、曲良し、演奏良し、ダンスも良し。非の打ち所がない。
スティーヴ・クロッパーと言えば、私にとっては「ニール・ヤングと握手する人」である。ボブ・フェスの一番の盛り上がりどころ、”My Back Pages”の冒頭だ。
ボブ・フェストと言えば、ジョージの出番でのスティーヴ・クロッパーも忘れがたい。ギター・ヒーローのくせに、このときはリズムギターしか弾かなかったジョージ。ボブのためのコンサートだということもあるし、スティーヴ・クロッパーがいるなら、彼に任せるべきだとでも思ったのだろう。ジョージは本当に幸せそうにプレイしている。
ジョージはあまりライブが得意ではなく、声に波のある人だが、ボブ・フェストは絶好調だった。
そしてもう一つ、私にとってのスティーヴ・クロッパーは、ブルース・ブラザーズ・バンドの人だ。特にお気に入りは名曲(というか、ブルース・ブラザーズの中でも特にお気に入り) “Soul Man” 。あのギター・リフは超名作である。
改めて映像を見ると、曲良し、演奏良し、ダンスも良し。非の打ち所がない。
You Ain’t Going Nowhere ― 2025/06/13 20:04
ポピュラー音楽界は、もっぱら亡くなったブライアン・ウィルソンの話題でもちきりだろう。だが、私は彼やビーチボーイズにはあまり縁がない。[George Fest] で “My Sweet Lord” を歌っていた…くらいかな。
マイク・キャンベルの自伝を冒頭から読み始め進めているのだが、もう何もかもが胸がキュンとする展開で、萌え散らかして悶絶している。
まず、マイクの家庭環境の貧しさがなかなか厳しくて、シャイで無口な少年が可愛そうでしょうがない。高校を出たらどこかで働くか、軍隊に入るくらいしか選択肢のなかったマイク少年。ところが、進路指導員が言うには学業成績が抜群に良い。学生生活を通じてすべてAを取っているのだから、進学するべきだとアドバイスする。でも、学校に行くお金はないんだと、涙をこらえながら言うマイク。指導員が資料を見るために後ろを向いた隙にそっと袖で涙を拭くところで、私も大泣きしてしまった。
マイクが学業成績優秀だったという話はいたく私を喜ばせた。私はロックンローラーも好きだが、インテリも好きなのだ。このマイク、学業優秀につき学資金を提供されたことが、ロックの歴史の一部となる。そうでなければマイクはゲインズヴィルには向かわなかった。
基本的に一人でネコ相手にギター(かの有名な日本製のグヤトーン)を弾いていたマイク。一応バンド友達もいるが、あくまでも趣味、遊びの範疇。自分は家族から孤立し、お金もない、寄る辺もない、あるのは音楽への愛情だけ。人生の見通しのなさに孤独と不安を抱えていたある日、キャンパスでなかなか上手なバンド(主にカントリー)の演奏を目にして、感銘を受ける。ブロンドを長く伸ばしたベーシストが印象的に言う。「ありがとう、俺らはマッドクラッチ」。 その時演奏していたのが、ザ・バーズ,バージョンの “You Ain’t Going Nowhere”だった。
程なくしてマイクはマッドクラッチに加わるのだが、そのシーンはもうブロンドを長く伸ばし、シャープな顔つきで、チェロキーらしく頬骨が高く、青い青い、瞳をしている ― トムさんの独壇場だった。マイク曰く、その目の青さは、青すぎて見つめ続けられな硬そうだ。プロ・ミュージシャンとしてのキャリアも積んでいるトムさんは、自信満々で、マイクがバンドに入るということにまったく疑いを持っていなかった。
それから数十年が経ち、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズはボブ・ディランと長いツアーを共にし、ロジャー・マッグインもそれに加わる。そこでマッグインとトムさんがワン・マイクで “You Ain’ Going Nowhere” を歌うのだが、それを見ながらマイクはあの、初めてブロンドのベーシストを見た日のことに思いを馳せるのだ。マイクは、あの瞬間が人生を導いたと信じている。胸に迫るものがあっただろうし、そして読んでいる私も胸が苦しくなるほどキュンキュンして半ば発狂していた。
こちらは2016年マッドクラッチのツアーに、ロジャー・マッグインがゲスト参加したときだろう。トムさんが亡くなる前年だと思うと悲しくなる。でも、当人たちはもちろんそんなことは想像だにせず、ニコニコしながら ― 特にマイクはニコニコしている ― 思い出深い “You Ain’t Going Nowhere” をプレイするのであった。
マイクの自伝は読み進めながら印象的だったり、キュンキュンしたところに付箋をつけているのだが、もうかなり付箋だらけになっている。
英語としてはとても短い文章が多く、簡潔で読みやすい。ハートブレカーズ・ファンで英語読書に挑戦を考えている人には、とてもおすすめだ。
マイク・キャンベルの自伝を冒頭から読み始め進めているのだが、もう何もかもが胸がキュンとする展開で、萌え散らかして悶絶している。
まず、マイクの家庭環境の貧しさがなかなか厳しくて、シャイで無口な少年が可愛そうでしょうがない。高校を出たらどこかで働くか、軍隊に入るくらいしか選択肢のなかったマイク少年。ところが、進路指導員が言うには学業成績が抜群に良い。学生生活を通じてすべてAを取っているのだから、進学するべきだとアドバイスする。でも、学校に行くお金はないんだと、涙をこらえながら言うマイク。指導員が資料を見るために後ろを向いた隙にそっと袖で涙を拭くところで、私も大泣きしてしまった。
マイクが学業成績優秀だったという話はいたく私を喜ばせた。私はロックンローラーも好きだが、インテリも好きなのだ。このマイク、学業優秀につき学資金を提供されたことが、ロックの歴史の一部となる。そうでなければマイクはゲインズヴィルには向かわなかった。
基本的に一人でネコ相手にギター(かの有名な日本製のグヤトーン)を弾いていたマイク。一応バンド友達もいるが、あくまでも趣味、遊びの範疇。自分は家族から孤立し、お金もない、寄る辺もない、あるのは音楽への愛情だけ。人生の見通しのなさに孤独と不安を抱えていたある日、キャンパスでなかなか上手なバンド(主にカントリー)の演奏を目にして、感銘を受ける。ブロンドを長く伸ばしたベーシストが印象的に言う。「ありがとう、俺らはマッドクラッチ」。 その時演奏していたのが、ザ・バーズ,バージョンの “You Ain’t Going Nowhere”だった。
程なくしてマイクはマッドクラッチに加わるのだが、そのシーンはもうブロンドを長く伸ばし、シャープな顔つきで、チェロキーらしく頬骨が高く、青い青い、瞳をしている ― トムさんの独壇場だった。マイク曰く、その目の青さは、青すぎて見つめ続けられな硬そうだ。プロ・ミュージシャンとしてのキャリアも積んでいるトムさんは、自信満々で、マイクがバンドに入るということにまったく疑いを持っていなかった。
それから数十年が経ち、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズはボブ・ディランと長いツアーを共にし、ロジャー・マッグインもそれに加わる。そこでマッグインとトムさんがワン・マイクで “You Ain’ Going Nowhere” を歌うのだが、それを見ながらマイクはあの、初めてブロンドのベーシストを見た日のことに思いを馳せるのだ。マイクは、あの瞬間が人生を導いたと信じている。胸に迫るものがあっただろうし、そして読んでいる私も胸が苦しくなるほどキュンキュンして半ば発狂していた。
こちらは2016年マッドクラッチのツアーに、ロジャー・マッグインがゲスト参加したときだろう。トムさんが亡くなる前年だと思うと悲しくなる。でも、当人たちはもちろんそんなことは想像だにせず、ニコニコしながら ― 特にマイクはニコニコしている ― 思い出深い “You Ain’t Going Nowhere” をプレイするのであった。
マイクの自伝は読み進めながら印象的だったり、キュンキュンしたところに付箋をつけているのだが、もうかなり付箋だらけになっている。
英語としてはとても短い文章が多く、簡潔で読みやすい。ハートブレカーズ・ファンで英語読書に挑戦を考えている人には、とてもおすすめだ。
Mike Bloomfield ― 2025/06/07 20:28
私が働いているビジネス(この場合は商売という意味)のプレジデントが来日した。アジアのセールス・リーダーが来ることはあるし、それでもかなりエライ人。さらにプレジデントとなると、もっともっと上で、彼の上にはもう CEO しかいない。
いち社員も気楽にティータイム・セッションで話そう!とはいっても、やはり下っ端はガチガチで、プレジデントが話してばかりいた。
ところが仕事の話が終わって、さぁ、エライ人達は次のスケジュールの確認でも…というところで、必殺「アメリカ人にはトム・ペティ投入作戦」を実行する。素晴らしい効果があった。とてもエライ・プレジデントは最初度肝を抜かれたような顔をしていたが、もう一人のエライ・アメリカ人と私の三人で、飲み物片手にロック談義で大盛り上がり。「ライブ・エイド見た?」「小学生だったけどテレビでやってたよ!」「うちのハズバンドはフィリーの現場で見てたのよ!」などなど…。日本の部長が「大丈夫?あの人プレジデントだよ?」と感心するより心配するほどだった。トム・ペティは世界をつなぐのだ。
マイク・キャンベルの自伝の拾い読みをやめて、冒頭から読み始めた。印象的なところに付箋をつけていく。普段の読書ではやらないが、英語の場合はそうしないと見失ってしまう。
拾い読みしたときは、ラスト・エピソードがジョージで締められたのにびっくりしてしまったが、プロローグで「彼(トム)はおなじミューズから生まれた兄弟であり、なにものをしても引き離すことは出来ない」と、ちゃんとトムさん愛を語っていたので安心した。
まだ冒頭部分だ。知ってはいたつもりだが、それ以上にマイクが貧しい家庭に育ったことを実感した。英語がわからないからという理由で辞書を引くのは稀だが、アメリカ特有の文化についてはググらないとならない。たとえば「ボローニャ・サンドイッチすら賄えないのにギターどころではなかった」というところ。ボローニャ・サンドイッチを知らないと話にならない。
マイクがラジオやテレビを通じてビートルズにのめり込むのは、60年代少年少女のお約束。エド・サリバンショーでも痩せていてダークヘアーのギタリスト(もちろんジョージ)にロック・オン!するのを忘れない。
教則本のお世話にもなるビーチボーイズに続いて、ディランの “Like a Rolling Stone” に衝撃を受けるマイク。バーガーショップのバイトで、椅子をテーブルに上げ、フロアにモップをかけながらこの曲を聞くところは、まるで映画のワンシーンのようだ。やせっぽちで大人しくて、貧しくて、でも音楽を心から愛するマイクの姿はいじらしくて、いとおしい。
さて、”Like a Rolling Stone” でギターサウンドに感動したマイク。この曲のリード・ギターを弾いているのが、マイク・ブルームフィールドだと知って、彼のブルース・ギターを師匠とするようになる。ポール・バターフィールド・バンドのレコードを手に入れ、回転数を落として音を拾いながら練習するのも、これまた60年代ボーイズの定番だ(たしか、デュエイン・オールマンは足でレコードの動きを止めたり戻したりしながらギターの練習をしていた)。
そういえばマイク・ブルームフィールドのことを深く考えたことがなかった。確認してみると、1943年イリノイ州出身というのだから、ディランとは同郷,歳も近かった。ジョージと同い年で、クラプトンよりは年上なので、白人のブルース・ロック・ギタリストとしてはかなり草分け的な存在だろう。マイクがお手本にするにはこの上ない人だ。
ポール・バターフィールド・バンドといえば、何と言っても “Born in Chicago” で、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズもライブでのカバーもある。もちろん素晴らしいのだが、やはり PBB を超えるものはない。”Twist and Shout” はビートルズが最高なのと同じで、誰にも超えることは出来ないだろう。
マイクも書いているが、PBB は熱量がすごい。まさに「噴出」という感じで、その説得力がこの演奏の特徴ではないだろうか。
いち社員も気楽にティータイム・セッションで話そう!とはいっても、やはり下っ端はガチガチで、プレジデントが話してばかりいた。
ところが仕事の話が終わって、さぁ、エライ人達は次のスケジュールの確認でも…というところで、必殺「アメリカ人にはトム・ペティ投入作戦」を実行する。素晴らしい効果があった。とてもエライ・プレジデントは最初度肝を抜かれたような顔をしていたが、もう一人のエライ・アメリカ人と私の三人で、飲み物片手にロック談義で大盛り上がり。「ライブ・エイド見た?」「小学生だったけどテレビでやってたよ!」「うちのハズバンドはフィリーの現場で見てたのよ!」などなど…。日本の部長が「大丈夫?あの人プレジデントだよ?」と感心するより心配するほどだった。トム・ペティは世界をつなぐのだ。
マイク・キャンベルの自伝の拾い読みをやめて、冒頭から読み始めた。印象的なところに付箋をつけていく。普段の読書ではやらないが、英語の場合はそうしないと見失ってしまう。
拾い読みしたときは、ラスト・エピソードがジョージで締められたのにびっくりしてしまったが、プロローグで「彼(トム)はおなじミューズから生まれた兄弟であり、なにものをしても引き離すことは出来ない」と、ちゃんとトムさん愛を語っていたので安心した。
まだ冒頭部分だ。知ってはいたつもりだが、それ以上にマイクが貧しい家庭に育ったことを実感した。英語がわからないからという理由で辞書を引くのは稀だが、アメリカ特有の文化についてはググらないとならない。たとえば「ボローニャ・サンドイッチすら賄えないのにギターどころではなかった」というところ。ボローニャ・サンドイッチを知らないと話にならない。
マイクがラジオやテレビを通じてビートルズにのめり込むのは、60年代少年少女のお約束。エド・サリバンショーでも痩せていてダークヘアーのギタリスト(もちろんジョージ)にロック・オン!するのを忘れない。
教則本のお世話にもなるビーチボーイズに続いて、ディランの “Like a Rolling Stone” に衝撃を受けるマイク。バーガーショップのバイトで、椅子をテーブルに上げ、フロアにモップをかけながらこの曲を聞くところは、まるで映画のワンシーンのようだ。やせっぽちで大人しくて、貧しくて、でも音楽を心から愛するマイクの姿はいじらしくて、いとおしい。
さて、”Like a Rolling Stone” でギターサウンドに感動したマイク。この曲のリード・ギターを弾いているのが、マイク・ブルームフィールドだと知って、彼のブルース・ギターを師匠とするようになる。ポール・バターフィールド・バンドのレコードを手に入れ、回転数を落として音を拾いながら練習するのも、これまた60年代ボーイズの定番だ(たしか、デュエイン・オールマンは足でレコードの動きを止めたり戻したりしながらギターの練習をしていた)。
そういえばマイク・ブルームフィールドのことを深く考えたことがなかった。確認してみると、1943年イリノイ州出身というのだから、ディランとは同郷,歳も近かった。ジョージと同い年で、クラプトンよりは年上なので、白人のブルース・ロック・ギタリストとしてはかなり草分け的な存在だろう。マイクがお手本にするにはこの上ない人だ。
ポール・バターフィールド・バンドといえば、何と言っても “Born in Chicago” で、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズもライブでのカバーもある。もちろん素晴らしいのだが、やはり PBB を超えるものはない。”Twist and Shout” はビートルズが最高なのと同じで、誰にも超えることは出来ないだろう。
マイクも書いているが、PBB は熱量がすごい。まさに「噴出」という感じで、その説得力がこの演奏の特徴ではないだろうか。
A Girl from North country ― 2025/05/31 19:58
ボブ・ディランの公式動画で、 “A Gilf from North Country” に関する短い動画を公開した。好きな曲なので、とても嬉しい。
この動画によると、ディランが1962年にはじめて UK へ行った際に、フォーク・シンガーであるマーク・カーシーと知り合い、彼にスコットランド民謡 “Scarborough Fair” を教えてもらい、それが元になったらしいという見解である。
”Scarborough Fair” の動画を探すとすべからくサイモン&ガーファンクルか、そのカバーになってしまって、けっこう邪魔。それらをかき分けて、録音としては一番古そうなものにたどりついた。1956年だそうだ。
話を “A Girl from North Country” に戻すと、ディランは二枚目のアルバムの後に、ジョニー・キャッシュとのデュエットでもよく知られている。私の好みはもちろんオリジナルの方。
この曲もまたカバーが多いが、ここでは、クロスビー・スティルス&ナッシュで。この美しいハーモニ―はもう聞くことができないのは寂しい。
”A Girl from North Country” を聞くたびに思い出すのは、10年ほど前に亡くなった友人のことだ。不思議な縁のの友人であり、人生の不思議さを知らせてくれたその人は、北国のひとだった。彼女が亡くなったときも、いまでもこの曲を聞くと彼女を思い出さずにはいられない。
この動画によると、ディランが1962年にはじめて UK へ行った際に、フォーク・シンガーであるマーク・カーシーと知り合い、彼にスコットランド民謡 “Scarborough Fair” を教えてもらい、それが元になったらしいという見解である。
”Scarborough Fair” の動画を探すとすべからくサイモン&ガーファンクルか、そのカバーになってしまって、けっこう邪魔。それらをかき分けて、録音としては一番古そうなものにたどりついた。1956年だそうだ。
話を “A Girl from North Country” に戻すと、ディランは二枚目のアルバムの後に、ジョニー・キャッシュとのデュエットでもよく知られている。私の好みはもちろんオリジナルの方。
この曲もまたカバーが多いが、ここでは、クロスビー・スティルス&ナッシュで。この美しいハーモニ―はもう聞くことができないのは寂しい。
”A Girl from North Country” を聞くたびに思い出すのは、10年ほど前に亡くなった友人のことだ。不思議な縁のの友人であり、人生の不思議さを知らせてくれたその人は、北国のひとだった。彼女が亡くなったときも、いまでもこの曲を聞くと彼女を思い出さずにはいられない。
The Beatles in Netherlands ― 2025/05/17 19:05
速さは確かだが勝利に繋がらず苦戦するランド・ノリスが、たびたびセバスチャン・ベッテルからアドバイスを受けていると告白。その記事に踊るのは “メンター” の文字。セブはミックのメンタ―だともっぱら言われて「友達だ」と笑っていたが、ランドにとっては本当にメンターだろうなぁ。頑張れランド、助けてセブ…!
何なんだ、この私しか驚喜しないような話題は…
オランダといえば?
F1好きとしてはマックス・フェルスタッペンなのだろうが、いかんせん彼のファンではない。彼以外なら誰がチャンピオンになっても大歓迎。
チューリップのも風車にも興味はないが、絵画にはとても興味がある。そう、レンブラント、フェルメール、ゴッホ、ついでにブルーナ。
明日からアムステルダム5泊の旅に出る。目的はただただ、名画である。あとはボリスの夜景とナインチェのミルクメイド。クノールのシュパ―ゲル・スープ。以上!
クラシック音楽的には、オランダ黄金時代とクラシック音楽の古典派が時代的に合致していないせいか、とくに有名なものはない。ただ、中世〜ルネサンス期にはネーデルランド楽派といって、オランダやベルギーを中心に音楽が栄えたこともある。ともあれ、有名なクラシック音楽ではない。
ポピュラー・ミュージックでオランダというと、大スターが公演しに行きました!という話程度だろうか。
ビートルズはリンゴが病欠のときにアムステルダムを訪れており、運河を船で移動し、運河に面した高級ホテルの窓から手を振る様子が印象的だ。
うーん、やっぱりビートルズはリンゴがいなきゃビートルズじゃないなぁ。リンゴが行けないなら、自分も行かないとジョージが散々ごねたのもわかるというものだ。
何なんだ、この私しか驚喜しないような話題は…
オランダといえば?
F1好きとしてはマックス・フェルスタッペンなのだろうが、いかんせん彼のファンではない。彼以外なら誰がチャンピオンになっても大歓迎。
チューリップのも風車にも興味はないが、絵画にはとても興味がある。そう、レンブラント、フェルメール、ゴッホ、ついでにブルーナ。
明日からアムステルダム5泊の旅に出る。目的はただただ、名画である。あとはボリスの夜景とナインチェのミルクメイド。クノールのシュパ―ゲル・スープ。以上!
クラシック音楽的には、オランダ黄金時代とクラシック音楽の古典派が時代的に合致していないせいか、とくに有名なものはない。ただ、中世〜ルネサンス期にはネーデルランド楽派といって、オランダやベルギーを中心に音楽が栄えたこともある。ともあれ、有名なクラシック音楽ではない。
ポピュラー・ミュージックでオランダというと、大スターが公演しに行きました!という話程度だろうか。
ビートルズはリンゴが病欠のときにアムステルダムを訪れており、運河を船で移動し、運河に面した高級ホテルの窓から手を振る様子が印象的だ。
うーん、やっぱりビートルズはリンゴがいなきゃビートルズじゃないなぁ。リンゴが行けないなら、自分も行かないとジョージが散々ごねたのもわかるというものだ。
Taxman with Mike Campbell (1992) ― 2025/03/29 15:34
まさかまさかと思っていたら、あれよあれよという間に、本当にレッドブルのローソンと角田がスワップされてしまった。しかも角田くんのレッドブル初戦が鈴鹿という…!これはとんでもないことになった。普段、フリー走行は見ないのだが、今度の鈴鹿ばかりはフリー走行1回目から見なければ…!
フィギュアスケートは、女子のトップ選手がショートで総崩れしてしまった。まぁ、そういうこともある。大事なのはリカバリーである。そもそも、この大会はアメリカのための大会という観がなくもない。
ジョージが最後にオーディエンスを前にしたライブを行ったのは、1992年のロイヤル・アルバート・ホールであり、バンドはクラプトンから借りた「ハイジャック・バンド」であることも有名だ。
さらに重要なのは、このときマイク・キャンベルがハートブレイカーズのツアーでロンドンにおり、ジョージに電話一本で呼び出されてクラプトンの代役を務めたことだ。マイクにとっては憧れのスターとの夢の共演である。さらに、このとき初めてマイクはスティーヴ・フェローニという超優秀なドラマーを知り、彼がハートブレイカーズに加入するきっかけにもなった。
この大事なライブの映像というのは公式には残っておらず、オーディエンス撮影の断片があるばかりだ。残念な限り。
ところがこのたび、どうやらテレビクルーが撮ったらしき、リハーサルの動画を見つけた。”Taxman” の演奏の様子だ。
まずそのクリアな映像に驚かされる。これ、もっとないのだろうか?!
リッケンバッカーを携えたマイク登場。頭髪がこれでもかと爆発している。ジョージがマイクと話すと…近い!顔が近い!ジョージ特有の距離感である。背後ではスティーヴ(若い!)がレイ・クーパーと談笑している様子も見える。この金髪のベーシストは誰だろうな?ネイサン・イーストではなかったのだろうか?
マイクのギターソロはやっぱり冴えているし、原曲よりも長い。かと言って出しゃばりもしない。[Concert for George] へのつながり思うと感慨深いものがある。
この映像があまりにも良いので、本当に他にないのかと期待してしまう。特に “While My Guitar Gently Weeps” とか。マイクがギター・ソロを聴かせてくれるのでは?ジョージとのツインリードの絡みを見せてくれるのでは?どこからか現れるのを待っている。
フィギュアスケートは、女子のトップ選手がショートで総崩れしてしまった。まぁ、そういうこともある。大事なのはリカバリーである。そもそも、この大会はアメリカのための大会という観がなくもない。
ジョージが最後にオーディエンスを前にしたライブを行ったのは、1992年のロイヤル・アルバート・ホールであり、バンドはクラプトンから借りた「ハイジャック・バンド」であることも有名だ。
さらに重要なのは、このときマイク・キャンベルがハートブレイカーズのツアーでロンドンにおり、ジョージに電話一本で呼び出されてクラプトンの代役を務めたことだ。マイクにとっては憧れのスターとの夢の共演である。さらに、このとき初めてマイクはスティーヴ・フェローニという超優秀なドラマーを知り、彼がハートブレイカーズに加入するきっかけにもなった。
この大事なライブの映像というのは公式には残っておらず、オーディエンス撮影の断片があるばかりだ。残念な限り。
ところがこのたび、どうやらテレビクルーが撮ったらしき、リハーサルの動画を見つけた。”Taxman” の演奏の様子だ。
まずそのクリアな映像に驚かされる。これ、もっとないのだろうか?!
リッケンバッカーを携えたマイク登場。頭髪がこれでもかと爆発している。ジョージがマイクと話すと…近い!顔が近い!ジョージ特有の距離感である。背後ではスティーヴ(若い!)がレイ・クーパーと談笑している様子も見える。この金髪のベーシストは誰だろうな?ネイサン・イーストではなかったのだろうか?
マイクのギターソロはやっぱり冴えているし、原曲よりも長い。かと言って出しゃばりもしない。[Concert for George] へのつながり思うと感慨深いものがある。
この映像があまりにも良いので、本当に他にないのかと期待してしまう。特に “While My Guitar Gently Weeps” とか。マイクがギター・ソロを聴かせてくれるのでは?ジョージとのツインリードの絡みを見せてくれるのでは?どこからか現れるのを待っている。
1964 Concert at Philharmonic Hall ― 2025/03/10 20:04
ボブ・ディランの伝記映画 [A COMPLETE UNKNOWN] を見る気はないし、サントラも聞く気がなかったのだが、ラジオで流れたため、はからずも聞くことになった。
大まかに言って、ティモシー・シャラメは上手いと思う。歌そのものが上手いし、ディランの真似としても上手い。ギターはどこまで彼が弾いた音なのかはわからないが。ともあれ、ディランを演じる歌唱としては、十分なクオリティだと思う。
ただ、似ているだけに、微妙に「かゆい」。気持ち悪いというか、不完全さに苛ついてしまう。やはり私はボブ・ディラン当人のファンであり、彼の容姿も声も、彼自身だからこその、大ファンということを再度認識するに至った。
「かゆみ」を鎮めるには、ディラン様本人のパフォーマンスを耳から叩き込むに限る。
「かゆみ」を発症したのはだいたい1964年頃のディランの真似だったので、ブートレグ・シリーズ Vol. 6 [Concert at Philharmonic Hall] がちょうどいい。
このコンサートと一番好きな場面は、” I Don't Believe You” の歌いだしの歌詞を忘れてしまい、イントロを長々と弾き続け、ああでもない、こうでもない。しまいには観客に「歌詞分かる人?」と呼びかけ、客先から教えてもらい、「そうだ、I can’t understand …」と歌い出すところだ。
トラックの切れ目の関係で、このやり取りはその前の曲 ”It's alright ma (I'm Only Bleeding)” の最後に聞くことができる。ところが、YouTube(静止画だが)だと、観客とのやりとりがまるっきり切り取られているのだ。つまり、あの面白いやりとりを聞くには、CDを買うしかない…のか?配信やダウンロードではこういうものは、どうなっているのかよくわからない。もしオミットされているのだとしたら、とんでもなくつまらない話だ。やはり私は CD を買い続けるだろう。
ラジオで流れた例の映画のサウンドトラックの中には、ジョーン・バエズとのデュエットもも含まれていた。彼女を演じた女優の歌もうまいし、ジョーン・バエズの真似もうまい。しかし、これまた「かゆい」。シャラメと合わせて二倍「かゆい」ので、やはりこれも特効薬は本物を聞くことだ。
このデュエットでも歌詞に怪しいところがあって、二人でボソボソ相談しているのが面白い。幸い演奏中のやりとりなので、オミットされていない。「そっちの番なんだけど」、「なんだっけ?」「when」とバエズがいった途端に間髪入れずに歌い出すディランのタイミングも最高だ。
ディランの長いキャリアの中で、60年代こそが最重要で映画にする価値があるというのが一般の認識だろうか。しかし、私にとっては長い長い彼のキャリア全般が素晴らしい音楽であり、性格に難のある「若気の至り」ではなくなってからの彼も、十分魅力的だ。
私がプロデューサーだったら、ディラン様とジョージの友情物語の映画を作るなぁ。そりゃぁ、もちろん漏れなくトムさんも重要人物になるわけだけど。ラストシーンはディンによる “Something” で間違いないだろう。
本人じゃないから気持ちが悪いと言いつつも、こういうことを想像するのは、この手の映画に一定の「布教活動」的な目論見があるからだろう。私にしてみれば60年代のディランにも、ビートルズにもいまさら布教活動は無用だが、ウイルベリー兄弟の物語や、ハートブレイカーズをたくさんの人に知ってもらうには、「モノマネ大会映画」も一つの手段かもしれないと思う。
大まかに言って、ティモシー・シャラメは上手いと思う。歌そのものが上手いし、ディランの真似としても上手い。ギターはどこまで彼が弾いた音なのかはわからないが。ともあれ、ディランを演じる歌唱としては、十分なクオリティだと思う。
ただ、似ているだけに、微妙に「かゆい」。気持ち悪いというか、不完全さに苛ついてしまう。やはり私はボブ・ディラン当人のファンであり、彼の容姿も声も、彼自身だからこその、大ファンということを再度認識するに至った。
「かゆみ」を鎮めるには、ディラン様本人のパフォーマンスを耳から叩き込むに限る。
「かゆみ」を発症したのはだいたい1964年頃のディランの真似だったので、ブートレグ・シリーズ Vol. 6 [Concert at Philharmonic Hall] がちょうどいい。
このコンサートと一番好きな場面は、” I Don't Believe You” の歌いだしの歌詞を忘れてしまい、イントロを長々と弾き続け、ああでもない、こうでもない。しまいには観客に「歌詞分かる人?」と呼びかけ、客先から教えてもらい、「そうだ、I can’t understand …」と歌い出すところだ。
トラックの切れ目の関係で、このやり取りはその前の曲 ”It's alright ma (I'm Only Bleeding)” の最後に聞くことができる。ところが、YouTube(静止画だが)だと、観客とのやりとりがまるっきり切り取られているのだ。つまり、あの面白いやりとりを聞くには、CDを買うしかない…のか?配信やダウンロードではこういうものは、どうなっているのかよくわからない。もしオミットされているのだとしたら、とんでもなくつまらない話だ。やはり私は CD を買い続けるだろう。
ラジオで流れた例の映画のサウンドトラックの中には、ジョーン・バエズとのデュエットもも含まれていた。彼女を演じた女優の歌もうまいし、ジョーン・バエズの真似もうまい。しかし、これまた「かゆい」。シャラメと合わせて二倍「かゆい」ので、やはりこれも特効薬は本物を聞くことだ。
このデュエットでも歌詞に怪しいところがあって、二人でボソボソ相談しているのが面白い。幸い演奏中のやりとりなので、オミットされていない。「そっちの番なんだけど」、「なんだっけ?」「when」とバエズがいった途端に間髪入れずに歌い出すディランのタイミングも最高だ。
ディランの長いキャリアの中で、60年代こそが最重要で映画にする価値があるというのが一般の認識だろうか。しかし、私にとっては長い長い彼のキャリア全般が素晴らしい音楽であり、性格に難のある「若気の至り」ではなくなってからの彼も、十分魅力的だ。
私がプロデューサーだったら、ディラン様とジョージの友情物語の映画を作るなぁ。そりゃぁ、もちろん漏れなくトムさんも重要人物になるわけだけど。ラストシーンはディンによる “Something” で間違いないだろう。
本人じゃないから気持ちが悪いと言いつつも、こういうことを想像するのは、この手の映画に一定の「布教活動」的な目論見があるからだろう。私にしてみれば60年代のディランにも、ビートルズにもいまさら布教活動は無用だが、ウイルベリー兄弟の物語や、ハートブレイカーズをたくさんの人に知ってもらうには、「モノマネ大会映画」も一つの手段かもしれないと思う。
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