17th October 1987 Monday London2022/03/18 23:56

 ここ数日、YouTube がなんとなく私に見ろと促しているような気がする動画がある。どうやらジョージのライブ映像らしい。
 何の気なしに見たら、素敵な物だった。
 1987年10月17日ロンドン。ボブ・ディラン with トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのステージに飛び入り参加したジョージとの、 "Rainy Day Women # 12 & 35" である。



 何が凄いって、ステージに立っている面々が凄すぎる。最初から、ボブ・ディランとトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズという取り合わせで豪華すぎるのに、さらにジョージと…後ろにいるのは、ロジャー・マッグインだろう。
 あまりにも迫力がありすぎて、トムさんが映り込まない。遠慮しているのだか、場所が狭いのだか、とにかく舞台右手のほうに居るのだろう。
 マイクが満面の笑みを浮かべているのが最高。もう夢のような気持ちだったのではないだろうか。この時点で既にウィルベリーズは結成されたも同然で、その序章がこのロンドンでのライブというわけだ。

 有名な逸話によると、このボブ・ディランとトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのツアー最終日、楽屋ではトムさんの誕生日祝いが行われ、ジョージがケーキを持ってきた。このときの記念写真は、トムさんの宝物である。



 必死に映り込もうとするノーベル文学賞受賞詩人…ちなみに、この写真を撮影したのは、マイクである。マイクとディランのローディさんが入れ替わったバージョンもあるのだ。
 そしてこの打ち上げの後、ディランはジョージのおうちにお泊まりしている。他にもだれか泊まりに行ったのか?いや、ディラン様のジョージ独占特権が発動されたのか?
 とにかく想像するだけでもワクワク、ドキドキな1987年10月17日だった。

Echo in the Canyon / The Philosophy of Modern Song / If Not For You2022/03/10 21:40

 興味深いニュースが、いくつか入ってきている。
 まずはこちら。待望の "Echo in the Canyon" の日本での公開だ。

『エコー・イン・ザ・キャニオン』5月27日(金)公開決定!

 わーい!これは心待ちにしていた。まさにロック最盛期「ウェストコースト・ロックの聖地、ローレル・キャニオンの歴史的音楽シーンのルーツを紐解くドキュメンタリー映画」である。
 トム・ペティ関係の映画ではあるが、彼はちょっと当時の音楽の偉大さをジェイコブ・ディランに向かって、リッケンバッカーを抱えて語るだけである。それだけでも要素過多だが…重要なのは、おそらくこの映画に登場するトム・ペティのインタビューが、彼の生前最後の「動画によるインタビュー」であろうことである。
 無論、ザ・バーズ、ビーチボーイズ、CS&N などなど錚々たる面々の音楽を、大物ばかりが揃って証言するのも面白いし、ジェイコブとその仲間たちとのライブも見応えがある。楽しみだ。

 ボブ・ディランは久しぶりに本を出すらしい。

『The Philosophy of Modern Song』11月8日に発売

 「スティーブン・フォスター、エルヴィス・コステロ、ハンク・ウィリアムズ、ニーナ・シモンなどのアーティストの楽曲についてディランが執筆した60本以上のエッセイが収められています」とあるので、一つ一つのエッセイは短そうだ。これは英語読書再開だな…
 それはいいけど、ディラン様。バイオグラフィーの続きはどうなったの?さらなるジョージ・エピソード、トムさん・エピソードを待っているのですが。

 ジョージとディラン様といえば、[Concert for Bangradesh] での "If Not For You" の様子が、ファンによってレストア,公開されたというニュースも流れてきた。一ファンの行動が翻訳ニュースになるのだから、たいした物だ。

ボブ・ディランが71年にジョージ・ハリスンと「If Not For You」をリハーサルしている映像 ファンが4Kレストア化

 肝心の動画が、こちら。



 いいね…いつ見てもいい…。最高。
 ジョージの顔に視線を釘付けにするディラン様に釘付け。ジョージを見つめてないと窒息でもするかのようだ。しかめっ面のようで、実は終始ニヤニヤしている。二人で "I judt wouldn't have a clue" のところで、笑い声を上げてしまうのも、可愛さ大爆発。
 この動画、うまくジョージやスティル・カメラマンのコメントなどを前後につなげて、このときのディランやジョージの様子を伝えている。
   さらに、これまで見ていたものより、演奏後のざわついた感じのシーンが長く、3分30秒ぐらいで、ジョージの右手がアップになるのなんて、たまらーん!ジョージの美しい腕,手の甲,浮き出た血管がはっきり見えるともう、発狂しそう。ファンというのは、そういったものだ。

Here Comes the Sun / Don't Bother Me2022/03/02 19:11

 何週間か前のニュースで、Spotify でもっともダウンロードされているビートルズの曲は、"Hey Jude" でも "Let It Be" でもなく、"Here Comes the Sun" だという記事があった。
 「意外かも知れないが、コロナ禍において、この曲の明るく希望に満ちた曲調が好かれている」という脈絡で話が進むが、結局はコロナ禍以前からも ―― ビートルズが音楽配信に登場したときからこの曲が一番人気だったという結論に至る。
 つまるところ、ビートルズで最も人気のある曲は "Here Comes the Sun" ということになる。
 そりゃそうだろう。意外でも何でもない。

コロナ禍下、Spotifyで最多DL数の「意外な」ビートルズ楽曲とは

 私だって、究極的にビートルズの曲を1曲だけ選べと言われれば、"Here Comes the Sun" にする。ジョンのファン,ポールのファン、という人たちにとっては違うだろうが、「ビートルズのファン」もしくは、「ビートルズのファンではない」人であれば、"Here Comes the Sun" を無人島に携えていけば間違いない。

 名曲なので、カバーも多い。中でも私がかなり好きなのは、ジョージが亡くなった後、トリビュートアルバム [He Was FAB] に収録された、フィル・アンゴッティのカバーだ。
 ウクレレや、インド風味、ジョージのあの曲、この曲のリフを取り混ぜ、カラフルに展開して、アウトロはうるっとくる。とても上手だ。



 実は、トリビュートアルバムで次に収録されている、エイタン・ミルスキによる、"Don't Bother Me”もかなりの名演奏である。
 ジョージが最初に発表した、まさに最初期の曲を、こんなに格好良くしてくれて、ありがとう!という感じ。このノリでTP&HBが演奏したら良いなぁと、夢見たりもした。



 ジョージの才能の開花はビートルズ解散後に爆発したように思われるが、曲数が多くないだけで、ビートルズ時代も十分に開花していた。それはレノン=マッカートニーとともに、ビートルズにとって欠かせない要素であって、彼もリンゴもいなければ、世紀の巨星,ビートルズは存在し得なかったのである。

Gary Brooker2022/02/25 21:43

 2022年2月19日、ゲイリー・ブルッカーが亡くなった。76歳だった。

 とにもかくにも、まず [A White Shade of Pale] の CD かレコードを取り出し、大音量で聞かなければならない。大きな音が出せないなら、イヤフォンを使って。持っていないなら、ストリーミング・サービスからでもいいから、とにかく大きな音で聞く。
 最悪でも、この YouTube で聞く。パソコンやスマホのスピーカーを使ってはいけない。外部スピーカーか、イヤフォンを使うのだ。
 何もかも、文句のつけようのない完璧な、完全無欠の名曲を浴びるように聴かなければならない。
 「ほかにも良い曲がある」などと、ひねくれたことを言ってはいけない。ゲイリー・ブルッカー,プロコル・ハルムと言えば、この曲、一曲だけで音楽史にその名を刻むのである。



 世にも難解な歌詞で(ブルッカーが作ったわけではない)、なおかつ超名曲という珍しい作品だ。叩きつけるようなドラムス、引きずるようなベース、靄のかかったようなブルッカーの声と重厚で胸を刺すようなオルガン。これ以上、何を望むというのだろうか。

  [A White Shade of Pale] のアルバムを持っていたら、"Repent Walpurgis" も、なかなかの聴き応えのある曲だ。私はインストゥルメンタルが嫌いなのだが、この曲はなんとなく最後まで聞いてしまう。途中で、バッハの平均律第1巻1番のプレリュードが挿入される。



 「カンタータ・ロック」というネーミング・センスはともかく、バッハに非常に強い影響を受け、それをロックで昇華したことは間違いない。

 ゲイリー・ブルッカーと言えば、ジョージとも親しい仲だったことも重要だ。
 [Concert for George] では終始ステージ上にあって、存在感を発揮していた。彼が歌った "Old Brown Shoe" はエンディングに使われたが、その格好良さは絶妙だった。
 また一人、ジョージのところへと旅立った。

George in Australia 19822022/01/04 20:18

 以前の記事で、今年2022年はジョージの [Gone Troppo] の発売から40周年だということに言及した。
 本当に名作アルバムなので、多少なりとも注目してもらいたいと思う。
 このアルバムは、とにかく「売れなかった」と言われすぎである。ほかに言うべきことは山のようにあるのに、元ビートルズともなると、売れなかったこと自体が事件なのだろう。
 ジョージはまったくプロモーションをする気が無かったし、レコード会社もそのジョージの態度に合わせたと、私は解釈している。ワーナー・ブラザーズ・レコードのトップにいた、モ・オースティンはジョージの理解者だったのだろう。1982年はジョージの好きなようにさせて(要は積極的に売らなかった)、5年後にはもの凄い商業的な成功をするのだから、悪い判断ではなかったと思う。

 この時期 ―― 1982年のジョージというのは、アルバムを出した以外はメディアへの露出が極端に少なく、その後の「引退説」へとつながる。
 当人は別にガツガツ稼ぐ必要も無し、好きに過ごしていただけで、家族とオーストラリアのハミルトン・アイランドでの休日を楽しんでいる。
 オーストラリアの朝の情報番組、Good Morning Australia が、ジョージの単独インタビューに成功しており、その動画が動画サイトに上がっている。
 かなり画像が悪く、途中で音声が切れるが、貴重な41歳のジョージの姿だ。



 若いし、髪が短いから、まじめにデイモン・ヒルかと思った。Damon Hill と字幕をつけられたら、信じてしまう。ジョージ曰く今の自分は、「元ポップ・スター、平和主義者(peace-seeker)、庭師(笑)」
 インタビューした女性キャスターによれば、ジョージは「静かなビートル」というより、ジェントルマンで、誠実で、ユーモアがあったとのこと。最近はあまり使われる言葉ではないが、この頃はまだ、ジョージというのは「静かなビートル」とカテゴライズされていたようだ。

 やはりジョンが亡くなってから1年と少ししか経っていないので、その話題になる。自分の身の安全的にも、精神的にも大きな影響があり、どんな人も殺されて良い理由などない。
 ジュリアン・レノンについてのコメントを求められているのも興味深かった。ジュリアンのデビューは1984年だが、その前から既にミュージシャンになる(らしい)ことは、知られていたようだ。ジョージ曰く、見た目こそジョンに似ているが、ジュリアンはジョンよりずっと優しくて穏やかだとのこと。ジョンにはちょっとタフできついところがあったが、ジュリアンはお母さんに似たらしい。だから、ジョンとジュリアンを比べることは出来ない ―― 
 確かに、[Get Back] と見ていても、ジョンって時折、ややきつい感じがする。そういう所も含めて格好良かったのだろう。

 後半では、ジョージの宗教観、死生観が語られるが、ちょっと内容に(英語に?)ついていけない。
 超常現象を信じる?という話になると雨が降ってきて、話がまとまらなくなった。

 ジュリアンの話になったので、ついでに "Saltwater" を貼り付けておく。凄く良い曲だし、ジョージのスライド・ギターも完璧に調和している。

Get Back (Part 1)2021/12/06 19:59

 ビートルズの映画「ゲット・バッグ Get Back」は、ビートルズのファンなら、必見の映画である。
   だが、私にとってなんだか面倒くさい映画である。そもそも、当時 [Let It Be] という映画になった、1969年1月からのセッションは、ビートルズの行き詰まりと、我がジョージのフラストレーションの爆発、ヤケクソなルーフ・トップで終わるという、あまり楽しい展開が期待できないセッションだからだ。
 しかも、画面には常にビートルズのメンバーではなく、ひどく非音楽的な人がバンドの輪に割り込んできていて、視界に入るだけでも不快になる。
 その上、今回はディズニープラスに加入しないと見られないという、余計な手間がかかる。見る前からなんとなく面倒くさいというのが、正直なところだった。
 しかし、腐ってもビートルズ・ファンである。まだ25歳と若々しいジョージを見て、ビートルズの音楽を楽しむために、さまざまなハードルを越える覚悟をもって、私はディズニープラスに加入した。もちろん、用が済めば退会するつもり。

 初っぱなからげんなりしたのが、三部構成でパート1だけで2時間以上ある。参ったな。
映画タイトルが入る前、「これまでのビートルズの歩み」が流れるのだが、それらのどれもが魅力的で、こっちを見ている方が楽しいだろうと確信してしまう。
 セッション開始初日から数日、髭の生えていないジョージ。改めて見ると、うわぁ若い!美男子!私のジョージはやっぱりハンサム。レス・ポール・スタンダード“ルーシー”を抱えているのだが、ルーシーとあわせて赤系の服を着るおしゃれさんでもある。―― と、思ったら途中でルーシーが転がり落ちたりして、けっこう扱いが雑。
 マイクを握ってハウリングを起こし、感電して「キャッ!」となるジョージ。みているこっちもキャッ!
 エリック・クラプトンがどれほど素晴らしいか力説するジョージ。しかし「そりゃジャズだ」と落とすポール。このバンドでのジャズの不人気具合が分かる。私もジャズは好きではないが、クラプトンがジャズっぽいと思ったことはないなぁ。
 ビリー・プレストンがどれほど凄いか力説するジョージ。ここは後々、重要になるだろう。

 とにかく数週間後にはライブ・ショーをやって、テレビ特番を作らなければならない。そのために新曲を揃えなければならいはずだが、どうにもみんな集中力がないようで、ダラダラとセッションが続く。これを、パート1だけでも、あと2時間見るのかと思うと、げんなりする。
 そんな中でも、時々見所がある。ビートルズが "All thing must pass" を演奏。ジョンがオルガンを担当しつつ、歌詞にアドバイスをくれる。凄く感動的で、CFGでのポールの演奏の良さの理由が分かった。
 ”Mighty Quinn"とか演奏しているのも、面白い。ディランはみんなのアイドル。さらにジョージが、自分の精神を安定させるためのようにディランの “Mama, You Been on My Mind” を歌うのが美しい。
 最終的にはアコースティックな味付けになる “Tow of Us“ が最初はバリバリのロックンロールだったのが格好良かった。このバージョンでもまともな録音で聞きたくなる。

 スペシャル・ショーをやろうという企画はあるものの、誰も具体的で実現可能な案を持っていない。みんなの意見は?と、いちおう民主主義的なやり方をして、結局なにも決まらない。ビートルズは音楽以外のことを実行するには、その才能と経験に乏しく、リーダーが不在。ポールがリーダーのように振る舞っても、誰もそれを認めていない空気が痛い。
 スタッフは「ビートルズならどんなに突飛なことでもやってのけるに違いない」という魔法を信じている。どうやら、映画の “A Hard Day’s Night” で、ジョンとポールが驚異のスピードで曲を仕上げていったことの、再現をしてくれると思っているようだ。しかし、ビートルズは変容し、そのようなバンドではなくなっている。理想と現実が乖離し、何も生み出せない、不毛な状態に陥っている。辞めたくもなるだろう。
 それを思うと、「コンサート・フォー・バングラデシュ」を、2週間の準備期間でやりとげたジョージは凄かった。具体的な目標、現実的なプラン、誰もが認めるリーダーがいたからこそ、実現できたのだ。
 めったに発揮はしないが、やるとなったらリーダーを買って出て、やり遂げてしまう(ウィルベリーズなどもそうだ)ジョージの才能だ。

 ともあれ、グダグダするセッション、明らかにジョンとポールに魔法を期待しているスタッフ、さらにジョンとポールの曲に集中して始めると、ジョージのフラストレーションがたまり、ついに「辞める」と言い出す。ニール・アスピノールや、ジョージ・マーティは、ジョージの立場のつらさを分かってくれている様子。
 かわりにクラプトンを入れろと言うジョン。そりゃ、ジョージがあれだけ推していたんだから、あり得る話だ。
 ジョージが抜けるなり、いままで一生懸命視界に入らないように細心の注意を払っていた、「音楽的ではない人物」が奇声を発して、まったく音楽的ではないカオスになって、最悪だった。
 こうして、パート1終了。
 最後にジョージの言いようのない、悲しくて美しい “Isnt’ it a pity” が流れるのが上手い演出だ。ジョージは、やめどきなのだ。この収拾の付かなくなったバンドから離れて、彼自身の豊かな音楽世界を表現するべきなのだ。

 パート1を見る限り、確かに仲良くやっている表情もあるし、協力もちゃんとしていることもあるが、やっぱり私が最初にこのセッションに持っている嫌な印象を拭い去ることは出来なかった。
 さて、パート2,パート3はどう展開するのか?ちょっと時間をかけてみる必要がある。ディズニープラスにお金を払うのが1ヶ月で済めば良いのだが。

King of Broken Hearts2021/11/19 19:56

 仕事中、音楽を聞くことが出来るのは、WFH (work from home, いわゆるテレワーク,リモートワーク)がもたらす、たくさんの利点の一つだ。おかげで、持っている CD をアルファベット順に聞くことができる。そうして、売り飛ばされる「戦力外通告」の CD もけっこうな数に上っている。

 R のアーチストになって、リンゴのアルバムを机上に出したら、びっくり。なんと一度も聞いていないアルバムがあった。
 それが1998年の [Vertical Man] ―― 道理で!道理でトムさんも参加している、"Drift Away" に聞き覚えがないはずだ!(2021年10月11日の記事参照
 これは完全なる私のミス。一体いつ購入したのかもまったく分からないが、とにかく携帯音楽プレーヤーに落とし込むのを完全に忘れたのだ。そのせいで、まったく聞かないまま、今日を迎えたというわけ。
 考えてみれば、購入していないはずがない。トムさんも、ジョージも参加しているのだから、持っていて当たり前じゃないか。

 "Drift Away" も素晴らしいが、やっぱりぐっと心を掴まれるのは、"King of Broken Hearts" だ。ジョージがスライド・ギターを担当している。
 1998年と言ったら、ジョージの生涯ではほんとうに最後の方の演奏になる。Beatles Anthology で昔を懐かしんで、間もなく最初の癌になり、自分の生涯の終わり方について深く考えていた時期かも知れない。
 大好きなリンゴの、優しくて心和む曲のために、慈しむようにスライド・ギターを奏でるジョージの、その指の動きさえも伝わってくるような音色だ。
 リンゴのアルバムを聴いて実感するのも変な話だが、本当にジョージは亡くなるのが早すぎた。でも、その分濃密なものを残してくれた。それをジョージに感謝したいと思う。
 そうか、もうじきジョージが亡くなって二十年が経つのか…

Gone Troppo2021/10/27 22:33

 ウィキペディア日本語版によると、1982年の今日10月27日に、ジョージ・ハリスンのアルバム [Gone Troppo] が発売されたという。これは英国のリリース日だと思うが、日本では11月17日にリリースされたそうだ。
 ところが不思議なことに、ウィキペディア英語版を見ると、[Gone Troppo] のリリースは1982年11月5日になっており、本当の発売日がよくわからない。
 ともあれ、来年2022年は [Gone Troppo] から40周年なので、CRT ジョージ祭は、このアルバムを特集すると良いと思う。

 実のところ、私はこのアルバムが大好きなのだ。[George Harrison], [All Things Must Pass] に次ぐ三番目くらいに好きだ。ワーナーに移籍して以降の、明るくポップなジョージのセンスが光り、すごく充実している。80年代風に軽くはあるが、この時代をうまく生きた名作だ。
 そもそも、売れなかったとか、評価されなかったとか、余計なことを言われすぎである。そういう前置きを必ずする人は、音楽そのものをちゃんと聴いているのかどうか疑いたくなる。世の中には、作者の生前に評価されなかった芸術だの学術だのは、山ほどあるではないか。

 最初に私が [Gone Troppo] の楽曲に触れたのは、[Best of Dark Horse] (青い格好良いベスト盤。あれも再販してほしい)に収録されていた、 "Wake up My Love" である。この曲のシンセサイザーを大胆に使いつつ、ベースラインを強調した変拍子が、まず強烈だ。
 さらにディラン調のトーキング唱法に、ジョージ特有の滑らかなスライド・ギター。これほど様々な要素がうまく組み込まれた曲は、めったにない。



 もう一つ、私が大好きなのが、"Mystical One" ―― エリック・クラプトンのことを歌った事で有名な曲だ。
 「きみが現れ、ぼくの人生をリアルにしてくれた 心を溶かし、突き動かしてくれた その雨雲のような瞳と、スロー・ハンドで ――」幸せ者だな、クラプトン!羨ましじゃないか!
 もっとも、最初からこの曲がクラプトンを歌っていたのかは、よく分からない。デモではスローハンドには言及していないので、普通にラブソングを作っていたら、何となく親友の一人(ジョージには「大親友」が山盛りいる)っぽいから、そういうことにして歌詞を仕上げたのかも知れない。



 歌詞の内容的に難しいとは思うが、是非ともだれかに、ライブで演奏して欲しい。ダニーだな。こういうときに当てになるのは。いっそ,今度はウィルベリー・フェストでもやって、この曲を歌えばいいよ。

 これら2曲のほかにも、アルバム・タイトル曲である "Gone Troppo", キャッチーな "Dream Away" なども好きだ。
 ジョージ・ファンなら、2時間や3時間、このアルバムだけで語り倒せると思うので、CRTで特集して欲しいというのは、本気で言っている。

Springtime in New York2021/10/07 19:29

 愛用の CD プレイヤー,Bose の Wave Music System が今年三回目の故障を起こし、入院せざるを得なかった。
   このブログを始めた頃に買ったモデルだから、もしかしたら年数的に限界なのかも知れない。いや、これは Bose だ。安くもなかった。大事に使えば一生物だと思いたい。そもそも、最新のモデルはデザイン的に気に入らない。最近流行りの Bluethoos スピーカーにも興味がない。どうして、在宅勤務中に圧縮ファイルを無線で飛ばすみたいな音質で我慢できようか。
 ともあれ、退院してきたプレイヤーで、やっとボブ・ディランのブートレグシリーズ16,1980-1985 [Springtime in New York] を聴くことができた。



 いわゆる「ゴスペル三部作」の後、[Shot of Love], [Infidels], [Empire Burlesque] の時代の、アウトテイクや、リハーサル集である。一応、未発表曲もあるが、数は少ない。
 何となくこの1980年から1985年にかけてのアルバムの別テイクを並べただけど、ブートレグシリーズにしてはちょっと物足りない内容かも知れない。
 しかし、不思議なことにちょっとしたエアポケットのように思われている、ディランのこの頃も私は大好きなのだ。もっとも、私が余り好きではないディランなんて、「フランク・シナトラ&懐メロカバー時代」だけなのだが。
 マーク・ノップラーを迎えて、ポップで温かいロック・バンド・サウンドが心地よい。ノップラーは自身の活動もあって、徹底的に付き合ってはくれなかったようだし、商業的には大成功とは言えない時期だった。でも、商業的な成功と、ミュージシャンの充実具合は、ちょっと違ったりすることが度々ある。ジョージの [Gone Troppo] などその好例だろう。
 ポップ・ミュージックなので商業的な面を無視することはできないが、ボブ・ディランほどの人なら、こういう時期があっても、少し肩の力を抜いて楽しげなロック・バンドサウンドでディラン節を聴かせてくれれば、それだけで心が安まる。



 思うに、この頃から既に、ディランにとってのウィルベリーズへの道しるべが出来ていたのかも知れない。ただ、パートナーをどうするかで多少寄り道をしたが、結局トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとの幸せなタッグが成功し、あのウィルベリーズへの実りに繋がっていく。
 結局、商業的な成功とか、評論家がどうこう言うとか、そういうことは彼の音楽の良さとはあまり関係ないのだろう。ディランが、ディランらしく、彼自身の曲を歌ってさえいれば、私はそれで幸せだ。

I Don't Want to Do It2021/09/21 21:57

 [All Things Must Pass 50th Anniversary] を一ヶ月以上聴き倒していると、あと一回、もう一回だけと延々と繰り返し、他の物が聴けなくなる。
 やっとのことで手を伸ばし、[Concert for Bangladesh] を聴いて感動。そしてまた何度か [ATMP 50] を繰り返す。それではと、[George Fest] を聴く。うん、若者たちのジョージ・カバーも素晴らしい。そしてまたまた何度か、[ATMP 50] を繰り返す。
 よし、じゃぁ [Concert for George] を聴こう! ―― と思って聴いてみたら、感動が大きすぎて脱力してしまい、仕事にならない。

 ぼんやりしている場合ではないので、どうにか立ち直るために、ジョージのオールタイム・ベスト [Let It Roll] を聴いた。ポップで、人なつこくて、お茶目なジョージとともに、重厚で荘厳なジョージ…こまった。またジョージの深みにはまって、出られない!

 [Let It Roll] には、"I Don't Want to Do It" が収録されている。
 この曲はもともとディランが1968年に作った物で、ジョージにプレゼントされたらしい。しばらくは日の目を見ず、1985年になって初めて、映画のサウンドトラックとして録音・発表された。アルバムなどには収録されなかったので、なかなか聴くことの出来ない作品だったが、[Let It Roll] で広く知られるようになったのは、"Cheer Down" と似ている。



 そして今年、[ATMP 50] で1970年のデモが発表された。
 長くはなかったジョージの生涯のうち、27歳と42歳。二つのポイントのジョージの歌声、アレンジの違い、共通する楽曲と作者への愛情などを思うと、また胸に迫る物があって…まだしばらく、ジョージしか聴けない日が続きそうだ。