Green Book ― 2024/08/04 20:25
夏の休みの時期、すこし映画を見ることもある。
「グリーンブック Green Book」は2018年の映画で、いろいろな賞を獲得しているし、ピアニスト関係、友情の物語という事で、もっと早く見ていてもよさそうな作品だったが、なんとなく今まで機会を逃していた。
一流かつ高名な黒人ピアニスト、ドン・シャーリーは、映画ではクラシックのピアニストとなっているが、実際にはジャズを取り入れた自作を演奏する人であり、純粋な意味でのクラシック・ピアニストとはいえなそうだ。バッハを思わせる対位法を駆使し、ジャズ的な味わいで、個性豊かな演奏が映画でも再現されて、とても印象深かった。
物語としては、1962年当時の黒人差別、「黒人らしさ」「白人らしさ」という価値の決めつけ、セクシュアリティも相まって、孤独との闘いに考えさせられた。それゆえの困難、苦しみがあっても、友情を得ることもできるという、希望の映画であった。その救いの点がこの映画の言いたいところだろう。
黒人のクラシック・ピアニストと言えば、真っ先に思い出すのはアンドレ・ワッツ。去年亡くなった。 ワッツはシャーリーより約20歳若かった。母親はハンガリー人という点も、シャーリーとは異なる。
ともあれ、ワッツはそのすさまじいヴィルトゥオーソぶりで、世界を圧倒した。動画サイトなどを見るとひどく下手な 「ラ・カンパネッラ」溢れていて辟易するが、私がこの曲の演奏を人に勧めるとしたら、断然アンドレ・ワッツだ。
映画の中で、シャーリーが大衆的な(黒人が入れる)レストランの舞台で、ピアノの腕を披露するシーンで、ショパンのエチュード「木枯らし」を弾いた。この曲は私でも弾くぐらいなので、「最難曲」というわけではないが、短くて派手で技術を見せつけるにはうってつけの選曲だ。
小林愛実さんの演奏を聞いたら、映画での演奏が吹っ飛んでしまうくらい素晴らしかった。けた違い。
一流かつ高名な黒人ピアニスト、ドン・シャーリーは、映画ではクラシックのピアニストとなっているが、実際にはジャズを取り入れた自作を演奏する人であり、純粋な意味でのクラシック・ピアニストとはいえなそうだ。バッハを思わせる対位法を駆使し、ジャズ的な味わいで、個性豊かな演奏が映画でも再現されて、とても印象深かった。
物語としては、1962年当時の黒人差別、「黒人らしさ」「白人らしさ」という価値の決めつけ、セクシュアリティも相まって、孤独との闘いに考えさせられた。それゆえの困難、苦しみがあっても、友情を得ることもできるという、希望の映画であった。その救いの点がこの映画の言いたいところだろう。
黒人のクラシック・ピアニストと言えば、真っ先に思い出すのはアンドレ・ワッツ。去年亡くなった。 ワッツはシャーリーより約20歳若かった。母親はハンガリー人という点も、シャーリーとは異なる。
ともあれ、ワッツはそのすさまじいヴィルトゥオーソぶりで、世界を圧倒した。動画サイトなどを見るとひどく下手な 「ラ・カンパネッラ」溢れていて辟易するが、私がこの曲の演奏を人に勧めるとしたら、断然アンドレ・ワッツだ。
映画の中で、シャーリーが大衆的な(黒人が入れる)レストランの舞台で、ピアノの腕を披露するシーンで、ショパンのエチュード「木枯らし」を弾いた。この曲は私でも弾くぐらいなので、「最難曲」というわけではないが、短くて派手で技術を見せつけるにはうってつけの選曲だ。
小林愛実さんの演奏を聞いたら、映画での演奏が吹っ飛んでしまうくらい素晴らしかった。けた違い。
Mitsuko Uchida: 2024–2025 Carnegie Hall Perspectives Artist ― 2024/07/18 21:45
ニューヨーク・カーネギー・ホールの動画に、内田光子が登場していた。いわば看板ピアニストとでも言うべきか。内田さん自身は英国籍のロンドン在住だが、カーネギー・ホールやニューヨーク・スタイン・ウェイの看板でもある。
内田さんが喋っているのはあまり聴いたことがなかったが、なかなか独特な英語を話す。英語のうまいどの日本人とも違う感じ。UK が長いということもあるが、たぶん音楽的に話すからだろう。
さすがこれほどの最高のピアニストともなると、若い頃から好きな作曲家が違う。
シューベルト!渋いというか、難しいというか … 歌曲はともかく、ピアノ・ソナタなんて、学生が自由曲には普通選ばない。私など、縁がなさすぎて…学生の時に1曲?社会人になってから1曲?それくらいしか弾いていない。
2019年の来日リサイタルはシューベルトのソナタだけ3曲という凄い内容で、もうサントリーホールの再後列で絶句してしまった。その緻密さ、繊細かつ雄大で自信に溢れ、知的で気高い、超絶演奏だった。しかもシューベルトだけで世界ツアーをしていたのだから、そんな凄まじいピアニストがほかにいるだろうか?
内田光子の語る音楽の世界は「好奇心」と「発見」の連続。それらが彼女に新しい音を紡ぎ出させているのだろう。
もう一度生で聴きたいピアニストの一人だ。
断片的だが、モーツァルトのピアノ協奏曲20番。内田光子の弾き振り。
うわぁお!これも見たい!
内田さんが喋っているのはあまり聴いたことがなかったが、なかなか独特な英語を話す。英語のうまいどの日本人とも違う感じ。UK が長いということもあるが、たぶん音楽的に話すからだろう。
さすがこれほどの最高のピアニストともなると、若い頃から好きな作曲家が違う。
シューベルト!渋いというか、難しいというか … 歌曲はともかく、ピアノ・ソナタなんて、学生が自由曲には普通選ばない。私など、縁がなさすぎて…学生の時に1曲?社会人になってから1曲?それくらいしか弾いていない。
2019年の来日リサイタルはシューベルトのソナタだけ3曲という凄い内容で、もうサントリーホールの再後列で絶句してしまった。その緻密さ、繊細かつ雄大で自信に溢れ、知的で気高い、超絶演奏だった。しかもシューベルトだけで世界ツアーをしていたのだから、そんな凄まじいピアニストがほかにいるだろうか?
内田光子の語る音楽の世界は「好奇心」と「発見」の連続。それらが彼女に新しい音を紡ぎ出させているのだろう。
もう一度生で聴きたいピアニストの一人だ。
断片的だが、モーツァルトのピアノ協奏曲20番。内田光子の弾き振り。
うわぁお!これも見たい!
Maurizio Pollini ― 2024/03/26 21:57
2023年3月23日、ピアニストのマウリツィオ・ポリーニが死去した。まさに巨星落つ。1960年から、50年間は間違いなく世界一のピアニストだった。
私が世界のピアニストというものを知るようになる頃には、ポリーニはトップ・オブ・トップの大御所ピアニストだったが、当然ながら彼にも駆け出しの時代はあった。
50年代末からいくつかのコンクールで実績を残し、1960年のショパン・コンクール優勝が彼の名声を決定づけた。18歳だったというのだから正真正銘の天才なのだ。
当時の動画はあまり多くないが、ショパンの24曲のプレリュード、24番の演奏がある。私も弾いた曲なので実感があるのだが、とにかくポリーニの手の大きさには驚かされる。体格はそれほど大きくはないのだが、この天才である要素のひとつが、この手の大きさだった。左手の手首がびくともしない!あり得ない!
そして24番の右手は、ぶっ叩いてなんぼの世界である。上品なすまし顔で、さらに高速でぶっ叩くのだからたまらない。
ポリーニは多くの名演奏を録音した。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音は有名だ。私など、ベートーヴェンは特に思い入れがない限り、ポリーニを買っておけば間違いないと思っている。
「クラシックのピアノでこれという一枚を教えてくれ」と言われたら、ポリーニが録音したショパンのバラードとスケルツォのアルバムを薦める。オリジナルはバラード4曲と、ファンタジア、プレリュード Op.45の組み合わせらしいが、少なくとも日本にはバラードとスケルツォの組み合わせに、このジャケットで発売されている。そして、この世で一番のピアノのレコードだとすら言われている。
やはり私も弾いたから分かるが、バラードの3番は絶句ものである。
コンサート活動も熱心に行っており、日本公演も多かった。COVID-19 の前に来日したときに、サントリー・ホールで鑑賞できたのはラッキーだった。私にとって最初で最後のポリーニのリサイタルだった。
ライブ・リサイタルは行けるなら行くべきだと、いまさらながらに実感している。
私が世界のピアニストというものを知るようになる頃には、ポリーニはトップ・オブ・トップの大御所ピアニストだったが、当然ながら彼にも駆け出しの時代はあった。
50年代末からいくつかのコンクールで実績を残し、1960年のショパン・コンクール優勝が彼の名声を決定づけた。18歳だったというのだから正真正銘の天才なのだ。
当時の動画はあまり多くないが、ショパンの24曲のプレリュード、24番の演奏がある。私も弾いた曲なので実感があるのだが、とにかくポリーニの手の大きさには驚かされる。体格はそれほど大きくはないのだが、この天才である要素のひとつが、この手の大きさだった。左手の手首がびくともしない!あり得ない!
そして24番の右手は、ぶっ叩いてなんぼの世界である。上品なすまし顔で、さらに高速でぶっ叩くのだからたまらない。
ポリーニは多くの名演奏を録音した。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音は有名だ。私など、ベートーヴェンは特に思い入れがない限り、ポリーニを買っておけば間違いないと思っている。
「クラシックのピアノでこれという一枚を教えてくれ」と言われたら、ポリーニが録音したショパンのバラードとスケルツォのアルバムを薦める。オリジナルはバラード4曲と、ファンタジア、プレリュード Op.45の組み合わせらしいが、少なくとも日本にはバラードとスケルツォの組み合わせに、このジャケットで発売されている。そして、この世で一番のピアノのレコードだとすら言われている。
やはり私も弾いたから分かるが、バラードの3番は絶句ものである。
コンサート活動も熱心に行っており、日本公演も多かった。COVID-19 の前に来日したときに、サントリー・ホールで鑑賞できたのはラッキーだった。私にとって最初で最後のポリーニのリサイタルだった。
ライブ・リサイタルは行けるなら行くべきだと、いまさらながらに実感している。
お薦めの曲 ― 2023/10/29 20:50
スポーツをテレビで見るのが好きな私。ただでさえ、野球,F1,フィギュアスケートの三大スポーツに、ラグビーが重なったので、さぁ大変。
今週末のタイムテーブルはこのようになった。
28日土曜日 4:00 ラグビー・ワールドカップ三位決定戦
28日土曜日 14:00 フィギュアスケートGPシリーズカナダ男女ショート(録画)
28日土曜日 18:30 プロ野球日本シリーズ第一戦
29日日曜日 4:00 ラグビー・ワールドカップ決勝戦
29日日曜日 6:00 F1 メキシコGP 予選
29日日曜日 14:00 フィギュアスケートGPシリーズカナダ男女フリー(録画)
29日日曜日 18:30 プロ野球日本シリーズ第二戦
30日月曜日 5:00 F1 メキシコGP 決勝
実は先週、ラグビーの準決勝があって、同じような進行が二週連続なのだ。これらを全て見るのだが、さすがに全てをオンタイムで見るわけには行かない。基本的にラグビーと野球は生で見て、フィギュアとF1は録画で後追いという形を取っている。
いよいよ始まるフィギュアスケート本番。4Aを飛ばずに勝ったマリニンの今後の作戦に注目している。スケートアメリカの女子フリーを放映しなかったテレビ編成、許さん。ルナヘン(ベルギーの、ルナ・ヘンドリクス)のフリー見たかったのに!!
大好き坂本、好き好き坂本。坂本花織はGPシリーズ初戦から絶好調である。ジャンプもスケーティングも、振り付けの切れも絶好調で、笑顔も絶好調。これだから坂本ファン幸せなのだ。
フィギュアスケートはスポーツとしてだけではなく、舞踊の要素があるところが面白い。当然、音楽との相性などは重要だ。フィギュアの場合はシンクロナイズドスイミングとは違って、既存の良い音楽を巧みに踊るところが良い。私はシンクロのあのオリジナル音楽がダメ。うけつけない。
しかし、そのフィギュアスケートの人気曲にも、私の好みに合わないものもいくつかある。この数年、ずっと好きじゃないのが、映画「ムーランルージュ」と、ミューズの「エクソジェネシス交響曲」。両方とも大袈裟で空振り気味な曲調。前者は全体的に騒々しく、後者は下手なベートーヴェンとショパン要素のなんちゃって加減が我慢ならない。
私個人的には、この曲でだれか滑ってくれないかなぁと思っている曲もある。
今、自分で弾いているせいか、ショパンのプレリュード3曲くらい組み合わせたどうだろう。16番に、4番を挟んで、24番で締めるとかどうだろう。うまく編曲してほしい。
単独の曲では、ベッド・ミドラーの "Rose" これで滑る人が居ないのが不思議。
モーツァルト,ドン・ジョヴァンニによる幻想曲も、個人的にとてもお薦め。だれかショートで滑ってくれないかな。
GPシリーズも始まったばかり。これからさらなる名作の登場を心待ちにしている。
今週末のタイムテーブルはこのようになった。
28日土曜日 4:00 ラグビー・ワールドカップ三位決定戦
28日土曜日 14:00 フィギュアスケートGPシリーズカナダ男女ショート(録画)
28日土曜日 18:30 プロ野球日本シリーズ第一戦
29日日曜日 4:00 ラグビー・ワールドカップ決勝戦
29日日曜日 6:00 F1 メキシコGP 予選
29日日曜日 14:00 フィギュアスケートGPシリーズカナダ男女フリー(録画)
29日日曜日 18:30 プロ野球日本シリーズ第二戦
30日月曜日 5:00 F1 メキシコGP 決勝
実は先週、ラグビーの準決勝があって、同じような進行が二週連続なのだ。これらを全て見るのだが、さすがに全てをオンタイムで見るわけには行かない。基本的にラグビーと野球は生で見て、フィギュアとF1は録画で後追いという形を取っている。
いよいよ始まるフィギュアスケート本番。4Aを飛ばずに勝ったマリニンの今後の作戦に注目している。スケートアメリカの女子フリーを放映しなかったテレビ編成、許さん。ルナヘン(ベルギーの、ルナ・ヘンドリクス)のフリー見たかったのに!!
大好き坂本、好き好き坂本。坂本花織はGPシリーズ初戦から絶好調である。ジャンプもスケーティングも、振り付けの切れも絶好調で、笑顔も絶好調。これだから坂本ファン幸せなのだ。
フィギュアスケートはスポーツとしてだけではなく、舞踊の要素があるところが面白い。当然、音楽との相性などは重要だ。フィギュアの場合はシンクロナイズドスイミングとは違って、既存の良い音楽を巧みに踊るところが良い。私はシンクロのあのオリジナル音楽がダメ。うけつけない。
しかし、そのフィギュアスケートの人気曲にも、私の好みに合わないものもいくつかある。この数年、ずっと好きじゃないのが、映画「ムーランルージュ」と、ミューズの「エクソジェネシス交響曲」。両方とも大袈裟で空振り気味な曲調。前者は全体的に騒々しく、後者は下手なベートーヴェンとショパン要素のなんちゃって加減が我慢ならない。
私個人的には、この曲でだれか滑ってくれないかなぁと思っている曲もある。
今、自分で弾いているせいか、ショパンのプレリュード3曲くらい組み合わせたどうだろう。16番に、4番を挟んで、24番で締めるとかどうだろう。うまく編曲してほしい。
単独の曲では、ベッド・ミドラーの "Rose" これで滑る人が居ないのが不思議。
モーツァルト,ドン・ジョヴァンニによる幻想曲も、個人的にとてもお薦め。だれかショートで滑ってくれないかな。
GPシリーズも始まったばかり。これからさらなる名作の登場を心待ちにしている。
A Man Called Otto ― 2023/05/17 20:35
アメリカの映画「オットーという男 A Man Called Otto」を見た。原作とその映画化であるスウェーデン映画を見ていたのと、アメリカ版予告編に、トラヴェリング・ウィルベリーズの曲が使われていたので、「ウィルベリー・チェック」のために見たのだ。
原作や、スウェーデン版との違いなど、いろいろ面白かったし、まぁまぁ見て良かったと思える映画だった。車のメーカーに関する言及が興味深い。主人公のオットーはシボレーに誇りを持ち、その親友はフォードを愛用していたが、トヨタに乗り換えて絶交。フォルクスワーゲンを欲しがる若者を阻止し、いまどきのウェブ報道記者はヒュンダイに乗っている。
音楽的には特にウィルベリーズ要素も無かったのだが、エンドロールでポール・マッカートニーが出てきたのにはびっくりしてしまった。ちゃんと聞いてみればちゃんとポールなのだが、私のポールに対する感度が弱すぎるのだろう。
この曲でポールはヴォーカルのみならず、全ての楽器も担当しているとのこと。
クラシックではあるが、リストのコンソレーション No.3 も美しかった。演奏はジョージアのピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリである、リストのコンソレーション No.3 と言えばウラジーミル・ホロヴィッツ(現ウクライナ出身)の演奏が有名だが、ブニアティシヴィリの演奏も、繊細でしみ通るようでとても美しい。
原作や、スウェーデン版との違いなど、いろいろ面白かったし、まぁまぁ見て良かったと思える映画だった。車のメーカーに関する言及が興味深い。主人公のオットーはシボレーに誇りを持ち、その親友はフォードを愛用していたが、トヨタに乗り換えて絶交。フォルクスワーゲンを欲しがる若者を阻止し、いまどきのウェブ報道記者はヒュンダイに乗っている。
音楽的には特にウィルベリーズ要素も無かったのだが、エンドロールでポール・マッカートニーが出てきたのにはびっくりしてしまった。ちゃんと聞いてみればちゃんとポールなのだが、私のポールに対する感度が弱すぎるのだろう。
この曲でポールはヴォーカルのみならず、全ての楽器も担当しているとのこと。
クラシックではあるが、リストのコンソレーション No.3 も美しかった。演奏はジョージアのピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリである、リストのコンソレーション No.3 と言えばウラジーミル・ホロヴィッツ(現ウクライナ出身)の演奏が有名だが、ブニアティシヴィリの演奏も、繊細でしみ通るようでとても美しい。
Beethoven Sonata No.8 (Pathetique) ― 2023/02/21 21:15
私の家でピアノを弾いた高校一年生男子、巨大な手の持ち主。一応「幻想即興曲」を弾いたが、ちょっと色々と言いたいこともある ―― が、ここはぐっと我慢。べつに音大に行くわけでもないからね。
それで、次に何を弾きたいかと尋ねると、「悲愴の第二楽章」という。
「悲愴」は第一楽章と第三楽章があるから「悲愴」なのだ!第二楽章はおまけだ!
…と、思わず一刀両断にしたのだが、その後彼はどうしたのだろうか。あれだけの巨大な手を持っていたら、ベートーヴェンも弾き甲斐があるだろうに。
通称「悲愴」はベートーヴェンが三十歳になる前、彼がピアニストとしても名声を得ていたころの作品だ。
ダニエル・バレンボエムで聞いてみる。
冒頭のグラーヴェを過ぎると、かなり軽やかな印象で、奏者自身がそれをとても強調しているように思える。ベートーヴェンもまだ若く、モーツァルトのような華やかで軽やかな作風もまだ残っているようだ。
第二楽章については私が特にかたることもない。第三楽章は、ピアノの試験で散々お世話になった記憶と共に、楽譜に書き込みがたくさんある。学生としてピアノに接していた、青春の思い出のメロディだ。
それで、次に何を弾きたいかと尋ねると、「悲愴の第二楽章」という。
「悲愴」は第一楽章と第三楽章があるから「悲愴」なのだ!第二楽章はおまけだ!
…と、思わず一刀両断にしたのだが、その後彼はどうしたのだろうか。あれだけの巨大な手を持っていたら、ベートーヴェンも弾き甲斐があるだろうに。
通称「悲愴」はベートーヴェンが三十歳になる前、彼がピアニストとしても名声を得ていたころの作品だ。
ダニエル・バレンボエムで聞いてみる。
冒頭のグラーヴェを過ぎると、かなり軽やかな印象で、奏者自身がそれをとても強調しているように思える。ベートーヴェンもまだ若く、モーツァルトのような華やかで軽やかな作風もまだ残っているようだ。
第二楽章については私が特にかたることもない。第三楽章は、ピアノの試験で散々お世話になった記憶と共に、楽譜に書き込みがたくさんある。学生としてピアノに接していた、青春の思い出のメロディだ。
Via resti servita ― 2023/01/20 20:26
ジェフ・ベックが亡くなった時は、そういう時代が来たのだから仕方がないなどと言っていたが、こうも立て続けによく知っているミュージシャンが亡くなると、けっこうこたえる。デイヴィッド・クロスビーの訃報に接し、寂しい気持ちでいっぱいだ。
一番好きなオペラは、モーツァルトの「フィガロの結婚 Le Nozze di Figaro」―― そもそも、大してオペラ好きという訳でもないが、クラシック音楽全般の中でもかなり上位に来る、大好きな作品だ。
ウィーンで「フィガロ」を見たときの感想で、この作品はかなり百合っぽいということを書いた。まず女声の主役にスザンナと伯爵夫人があり、さらにケルビーノという男性役の女性が華のある役柄で活躍する。この三人がとにかくイチャイチャする。ほかに、年増女のマルチェリーナと、ケルビーノのガール・フレンドのバルバリーナも登場する。
物語は、フィガロがスザンナと結婚式をあげる当日に、主人である横暴で好色な(今で言うセクハラ)伯爵を懲らしめるドタバタ劇として展開する。伯爵という旧来の権力に対して、フィガロという逞しい庶民が、伯爵の被害者である女性達と協力して立ち向かうという構図には、18世紀の貴族批判、啓蒙思想、そして革命への機運などが盛り込まれている。
そのような訳で、主従であり、親友でもある伯爵夫人とスザンナは策を練り、伯爵宛の偽手紙をでっちあげるのだが、そのシーンは「手紙の二重唱 Sull'aria」として有名で、映画「ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption」でも使用された。
「手紙の二重唱」が聞きたくて YouTube を見ていたのだが、途中で第一幕のスザンナ(ソプラノ)とマルチェリーナ(アルト)による、二重唱「お先にどうぞ Via resti servita」の聞き比べを始めてしまった。
マルチェリーナは、フィガロとは「親子ほど」年の離れた年増女だが、借金帳消しと引き換えにフィガロとの結婚を企んでおり、スザンナとは恋敵ということになる。伯爵の屋敷ではち合った二人は、互いに道を譲りつつも、心にも無いお世辞、皮肉、当てこすりの応酬の末、スザンナが「お歳も l'eta!」と一撃を食らわし、マルチェリーナを激怒、退場させるという短いシーンだ。
まずは往年の名演。スザンナはルチア・ポップ、マルチェリーナはジャーヌ・ベルビエで。
この曲は別名「喧嘩の二重唱」とも言うそうだ。スザンナは飽くまでも若々しく、マルチェリーナは貫禄が必要で、聴く方も年を取るとマルチェリーナに共感してくるから面白い。
もう一つ思い出すのは、音大時代のこと。声楽科(歌科「うたか」という)の連中が授業で、よくこの二重唱を演じていた。学生とは言えさすがは歌科、みんな演技が上手で、その巧みさはスザンナよりも、歳のこと言われて「キィー!」と怒るマルチェリーナの方によく反映された。このシーンでのマルチェリーナの切れっぷりはオペラ全体の評価にも影響すると、個人的に思っている。そしてこの二重唱もまた、「フィガロ」の大事な百合要素だとも思う。
こちらのデトロイト・オペラは比較的最近の演奏だが、歌手の個性が強くてかなり面白い。思い切ってこれくらいやった方が、「お先にどうぞ」はすかっとする。ただし、第三幕、第四幕の演出はどうするのかがちょっと読めないが…
一番好きなオペラは、モーツァルトの「フィガロの結婚 Le Nozze di Figaro」―― そもそも、大してオペラ好きという訳でもないが、クラシック音楽全般の中でもかなり上位に来る、大好きな作品だ。
ウィーンで「フィガロ」を見たときの感想で、この作品はかなり百合っぽいということを書いた。まず女声の主役にスザンナと伯爵夫人があり、さらにケルビーノという男性役の女性が華のある役柄で活躍する。この三人がとにかくイチャイチャする。ほかに、年増女のマルチェリーナと、ケルビーノのガール・フレンドのバルバリーナも登場する。
物語は、フィガロがスザンナと結婚式をあげる当日に、主人である横暴で好色な(今で言うセクハラ)伯爵を懲らしめるドタバタ劇として展開する。伯爵という旧来の権力に対して、フィガロという逞しい庶民が、伯爵の被害者である女性達と協力して立ち向かうという構図には、18世紀の貴族批判、啓蒙思想、そして革命への機運などが盛り込まれている。
そのような訳で、主従であり、親友でもある伯爵夫人とスザンナは策を練り、伯爵宛の偽手紙をでっちあげるのだが、そのシーンは「手紙の二重唱 Sull'aria」として有名で、映画「ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption」でも使用された。
「手紙の二重唱」が聞きたくて YouTube を見ていたのだが、途中で第一幕のスザンナ(ソプラノ)とマルチェリーナ(アルト)による、二重唱「お先にどうぞ Via resti servita」の聞き比べを始めてしまった。
マルチェリーナは、フィガロとは「親子ほど」年の離れた年増女だが、借金帳消しと引き換えにフィガロとの結婚を企んでおり、スザンナとは恋敵ということになる。伯爵の屋敷ではち合った二人は、互いに道を譲りつつも、心にも無いお世辞、皮肉、当てこすりの応酬の末、スザンナが「お歳も l'eta!」と一撃を食らわし、マルチェリーナを激怒、退場させるという短いシーンだ。
まずは往年の名演。スザンナはルチア・ポップ、マルチェリーナはジャーヌ・ベルビエで。
この曲は別名「喧嘩の二重唱」とも言うそうだ。スザンナは飽くまでも若々しく、マルチェリーナは貫禄が必要で、聴く方も年を取るとマルチェリーナに共感してくるから面白い。
もう一つ思い出すのは、音大時代のこと。声楽科(歌科「うたか」という)の連中が授業で、よくこの二重唱を演じていた。学生とは言えさすがは歌科、みんな演技が上手で、その巧みさはスザンナよりも、歳のこと言われて「キィー!」と怒るマルチェリーナの方によく反映された。このシーンでのマルチェリーナの切れっぷりはオペラ全体の評価にも影響すると、個人的に思っている。そしてこの二重唱もまた、「フィガロ」の大事な百合要素だとも思う。
こちらのデトロイト・オペラは比較的最近の演奏だが、歌手の個性が強くてかなり面白い。思い切ってこれくらいやった方が、「お先にどうぞ」はすかっとする。ただし、第三幕、第四幕の演出はどうするのかがちょっと読めないが…
Die Fledermaus / Overture ― 2022/12/30 22:41
私はてっきり、フィギュア・スケート世界選手権出場者で悶着しているのは、友野か島田かという話しだと思い込んでいた。どうやら島田か、山本かという話しだったらしい。それは意外だった。山本は確かに全日本で5位だったが、GPシリーズの実績で固いと思っていたので。
確かに、今の選び方は多角的で異論もあると思う。スポーツなだけに、一度の勝敗で潔く決めてしまうのも一理あると思う。ただ、私は音楽をやっている人間なので、複数の機会があるとしたら、ある一回だけで全て決めてしまうのには、二の足を踏むだろう。それこそ、出場枠が一つしか無ければもう少し話は単純かも知れないが ―― いや、いつぞやロシアの男子で揉めたなぁ…。難しい話しだ。
ともあれ、私が贔屓にしているのは宇野は別格として、友野一希である。彼の「こうもり」はぜひ見て欲しい。
世界選手権では、これよりも良い演技をしてもう一度このブログに貼り付けられますように。
時期的にも「こうもり」だ。もしウィーンでもっとも贅沢な年末年始を過ごすなら、大晦日に国立歌劇場で「こうもり」を見て、元日に楽友協会でウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートを見る。いや、もちろんそんな難しいことは無理だとわかっているが…ちなみに、国立歌劇場の「こうもり」はマチネーと、夜公演の二回ある。
イタリア語のオペラなら「フィガロの結婚」を薦めるし、ドイツ語なら「こうもり」。間違いない。
このブログでは、最近の ―― 21世紀になってからの動画を多く貼り付けてきたが、ここはちょっと古い動画を。1987年のニューイヤーで、指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン。晩年の指揮になる。テンポは抑えめでマエストロにふさわしき威風堂々たる―― でもやっぱり気分の上がるゴキゲンな「こうもり序曲」。
確かに、今の選び方は多角的で異論もあると思う。スポーツなだけに、一度の勝敗で潔く決めてしまうのも一理あると思う。ただ、私は音楽をやっている人間なので、複数の機会があるとしたら、ある一回だけで全て決めてしまうのには、二の足を踏むだろう。それこそ、出場枠が一つしか無ければもう少し話は単純かも知れないが ―― いや、いつぞやロシアの男子で揉めたなぁ…。難しい話しだ。
ともあれ、私が贔屓にしているのは宇野は別格として、友野一希である。彼の「こうもり」はぜひ見て欲しい。
世界選手権では、これよりも良い演技をしてもう一度このブログに貼り付けられますように。
時期的にも「こうもり」だ。もしウィーンでもっとも贅沢な年末年始を過ごすなら、大晦日に国立歌劇場で「こうもり」を見て、元日に楽友協会でウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートを見る。いや、もちろんそんな難しいことは無理だとわかっているが…ちなみに、国立歌劇場の「こうもり」はマチネーと、夜公演の二回ある。
イタリア語のオペラなら「フィガロの結婚」を薦めるし、ドイツ語なら「こうもり」。間違いない。
このブログでは、最近の ―― 21世紀になってからの動画を多く貼り付けてきたが、ここはちょっと古い動画を。1987年のニューイヤーで、指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン。晩年の指揮になる。テンポは抑えめでマエストロにふさわしき威風堂々たる―― でもやっぱり気分の上がるゴキゲンな「こうもり序曲」。
オタマトーン ― 2022/07/21 20:08
オタマトーンが欲しい。
オタマトーン自体は、2009年からあるが、最近この動画を見てしまい、俄にめちゃめちゃ欲しくなっている。
"Got Talent" はある程度の演出も入っているだろうから、上手く盛り上げているのだが、とにかくこのギタリストのお兄さんの演奏が凄すぎる。あの可愛くて間抜けなオタマトーンの見た目と、上手すぎる演奏、素晴らしすぎる歌声(?)しかも、超名曲 "Nessun dorma" なので、何度見ても感動してしまう。
演出上、おじさん審査員は渋い顔をしなければならないのだが、あきらかに頭を抱えて笑うのをこらえている。その後の展開はお約束通りで、無用に感動してしまう。とにかくこのお兄さんと、オタマトーンは圧巻だ。さすがプロは違う。
オタマトーンは、あの明和電機の開発した楽器,玩具である。明和電機としては、間抜けな味わいとオンチな楽器という馬鹿馬鹿しさを狙ったのだろうが、その上を越える人が居るのだから、びっくりである。
そもそもあのネック(?)の短さで、あの音域の広さである。音程調整がかなり微妙だろう。F1 で言うと、オーバーステアリング状態で、オンチになることを前提としているような気がする。
明和電機の土佐社長はさすがに上手 … なのだが、途中でオタマトーン演奏を放棄(?)するのが最高。
欲しいな~欲しいな、オタマトーン…器楽好きとしてはたまらない…だが、ギタリストのお兄さんのように上手に弾けるはずがない。それは分かっているのだが、"Nessun dorma" を熱唱するオタマトーンをまた見てしまう、そして欲しくなる…!
オタマトーン自体は、2009年からあるが、最近この動画を見てしまい、俄にめちゃめちゃ欲しくなっている。
"Got Talent" はある程度の演出も入っているだろうから、上手く盛り上げているのだが、とにかくこのギタリストのお兄さんの演奏が凄すぎる。あの可愛くて間抜けなオタマトーンの見た目と、上手すぎる演奏、素晴らしすぎる歌声(?)しかも、超名曲 "Nessun dorma" なので、何度見ても感動してしまう。
演出上、おじさん審査員は渋い顔をしなければならないのだが、あきらかに頭を抱えて笑うのをこらえている。その後の展開はお約束通りで、無用に感動してしまう。とにかくこのお兄さんと、オタマトーンは圧巻だ。さすがプロは違う。
オタマトーンは、あの明和電機の開発した楽器,玩具である。明和電機としては、間抜けな味わいとオンチな楽器という馬鹿馬鹿しさを狙ったのだろうが、その上を越える人が居るのだから、びっくりである。
そもそもあのネック(?)の短さで、あの音域の広さである。音程調整がかなり微妙だろう。F1 で言うと、オーバーステアリング状態で、オンチになることを前提としているような気がする。
明和電機の土佐社長はさすがに上手 … なのだが、途中でオタマトーン演奏を放棄(?)するのが最高。
欲しいな~欲しいな、オタマトーン…器楽好きとしてはたまらない…だが、ギタリストのお兄さんのように上手に弾けるはずがない。それは分かっているのだが、"Nessun dorma" を熱唱するオタマトーンをまた見てしまう、そして欲しくなる…!
F. Chopin: Prelude Op.28 ― 2022/02/06 20:26
去年のショパン・コンクールの映像は、いまでもよく見る。
これまでと違って、本選ファースト・ラウンドからほぼ完全に YouTubeで見ることが出来るのだから、遠いポーランドでのコンクールも、身近に感じられるようになった物だ。
一番頻繁に見るのは、最終的には立派に4位入賞した小林愛実さんの、第三ステージである。彼女は、プレリュード (Op.28) を全曲演奏した。24曲、全曲である。約1時間にわたる緊張感の連続。
私はちょうど今、ショパンのプレリュードを弾いているので、その参考にしようと見ているのもあるが、これほどに充実した演奏もなかなかないと思い、気に入っている。
24のプレリュードは、要するにショパンが12音の長調,短調を全て網羅するという意図で作っているのだが、なんと言ってもその「鬱情」がもの凄いのだ。ショパンには、独特の感情,心情 ―― 一言で言えば、「鬱情」がある。モーツァルトの軽やかさ、明るさ、ベートーヴェンの輝かしさ、力強さ、そういうものとは違う、人間として生きる苦悩と悲しみを、それを乗り越えも、克服もせずに痛みとして受け入れざるを得ない、そういう辛さ ――そういう「鬱情」がショパンをショパンたらしめているのだ。
特にこのプレリュードを作曲した時期のショパンは、上手くいっているようで、不安定なような恋愛経験と、体調不良や鬱の発症、それと同時に作曲家として脂ののりきった時期が入り交じり、独特の作品群となっている。
私の学生時代のピアノの恩師は、小学生にはどんなに技術的に優れていても、ショパンは弾かせなかったという。それは、どうしても「鬱情」というものは中学生くらいにならないと表現できないからだった。ある意味、納得できる。逆に、中学生時代くらいが、もっともその「鬱情」の対処に苦闘する年齢なのだろう。それが色々な形を取ってあの時期独特の行動になるのだ。
小林愛実さんのプレリュードは、ものすごい集中力と、研ぎ澄まされた感性が、揺るぎないテクニックに託され、ショパンが残した音楽の魅力を遺憾なく表現している。
13番の染み入るような美しさに、14番の不気味な地吹雪 ―― 圧巻は16番の卓越した力強さと技巧の見事さ。息をのむようなというのはこのことで、最後の24番など、言葉を失うほか無い。
私は、年末にバッハを弾く予定もあるし、まぁ15番「雨だれ」でも弾いたらプレリュードは放っておこうかと思っていたが、小林愛実さんのこの演奏を聴いたら、断然、最後まで弾く気になった。
ところで、小林さんは演奏の合間に、八分音符に真珠のあしらわれたペンダントに手を添えるが、あのペンダントが欲しい。
そう思っている人はけっこういるみたい。だが、いろいろ検索して見えても、これとしうものはヒットしない。たぶん、どこかのコンクールの副賞か何かなのではないだろうか。ミーハーな話だが、「これであなたも小林愛実さんになれる!」と言って同じ物が販売されたら、飛びつく人間がここに一人居る。
これまでと違って、本選ファースト・ラウンドからほぼ完全に YouTubeで見ることが出来るのだから、遠いポーランドでのコンクールも、身近に感じられるようになった物だ。
一番頻繁に見るのは、最終的には立派に4位入賞した小林愛実さんの、第三ステージである。彼女は、プレリュード (Op.28) を全曲演奏した。24曲、全曲である。約1時間にわたる緊張感の連続。
私はちょうど今、ショパンのプレリュードを弾いているので、その参考にしようと見ているのもあるが、これほどに充実した演奏もなかなかないと思い、気に入っている。
24のプレリュードは、要するにショパンが12音の長調,短調を全て網羅するという意図で作っているのだが、なんと言ってもその「鬱情」がもの凄いのだ。ショパンには、独特の感情,心情 ―― 一言で言えば、「鬱情」がある。モーツァルトの軽やかさ、明るさ、ベートーヴェンの輝かしさ、力強さ、そういうものとは違う、人間として生きる苦悩と悲しみを、それを乗り越えも、克服もせずに痛みとして受け入れざるを得ない、そういう辛さ ――そういう「鬱情」がショパンをショパンたらしめているのだ。
特にこのプレリュードを作曲した時期のショパンは、上手くいっているようで、不安定なような恋愛経験と、体調不良や鬱の発症、それと同時に作曲家として脂ののりきった時期が入り交じり、独特の作品群となっている。
私の学生時代のピアノの恩師は、小学生にはどんなに技術的に優れていても、ショパンは弾かせなかったという。それは、どうしても「鬱情」というものは中学生くらいにならないと表現できないからだった。ある意味、納得できる。逆に、中学生時代くらいが、もっともその「鬱情」の対処に苦闘する年齢なのだろう。それが色々な形を取ってあの時期独特の行動になるのだ。
小林愛実さんのプレリュードは、ものすごい集中力と、研ぎ澄まされた感性が、揺るぎないテクニックに託され、ショパンが残した音楽の魅力を遺憾なく表現している。
13番の染み入るような美しさに、14番の不気味な地吹雪 ―― 圧巻は16番の卓越した力強さと技巧の見事さ。息をのむようなというのはこのことで、最後の24番など、言葉を失うほか無い。
私は、年末にバッハを弾く予定もあるし、まぁ15番「雨だれ」でも弾いたらプレリュードは放っておこうかと思っていたが、小林愛実さんのこの演奏を聴いたら、断然、最後まで弾く気になった。
ところで、小林さんは演奏の合間に、八分音符に真珠のあしらわれたペンダントに手を添えるが、あのペンダントが欲しい。
そう思っている人はけっこういるみたい。だが、いろいろ検索して見えても、これとしうものはヒットしない。たぶん、どこかのコンクールの副賞か何かなのではないだろうか。ミーハーな話だが、「これであなたも小林愛実さんになれる!」と言って同じ物が販売されたら、飛びつく人間がここに一人居る。
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