She / Sie2024/03/02 20:08

 仕事中は、モバイルスピーカーからランダムに音楽を流しているのだが、急に音圧の高い曲が流れて、ビクっとなってしまった。
 ジェフ・リンがカバーした "She" である。



 これでもかとばかりに重ねられたヴォーカルが分厚く、ギターサウンドも当然重ねて録られて、更にストリングスも重ねて、その過多な厚みに圧倒される。
 映画の影響で、エルヴィス・コステロによるカバーも有名だ。あれはあれで、情感豊かに歌いすぎて、表現過多でもある。

 オリジナルは、フランス人のシンガー・ソングライター,シャルル・アズナヴールの "She" であり、英語で歌っている。アズナヴールは多言語話者で、フランス語以外で歌うこともごく普通である。
 さすが伝説のシンガー。声量が圧倒的で、オーバーダビングは不要である。



 そういえば、この曲は他の言語では歌われていないのかと調べると、あった。まずフランス語は、これだけタイトルの趣が異なり、"Tous les visages de l'amour" という。"All faces of love" といったような意味だそうだ。
 ほかにも、イタリア語の "Lei", スペイン語の "Es", ドイツ語の "Sie" が存在する。断然ドイツ語が気になる!



 あのドイツ語をどう歌うのか、興味津々だったが、やはりそこはさすがのシャルル・アズナヴール。それなりに美しく歌い上げてくれるの。ただし、語尾の "st" がやけに印象に残る。

Even the Loser / Fermata2024/03/05 19:14

 今更感が半端ないのだが、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズに興味のある人は、ぜひとも Heartbreaker's Japan Party さんが毎月発行している、メールマガジン [Depot Street] を登録して読んで欲しい。1999年1月に発刊され、なんと今年26年目を迎え、最新号は Vol. 218 というのだからまさに偉業である。
 毎月楽しみにしているが、先月からさらに楽しみが増えた。"The Guitars:Tom Petty's Gear - Guitar Trivia” というコーナーが始まったのだ。その名の通りトムさんのギターを解説してくれる。もっとも、トムさんのギター、即ちマイクのギターだったりするし、トムさんのギターを語る人がマイクのギターを語らずには済まないと思う。

 1本目に紹介されているのが、Rickenbacker 625-12 Fireglo ―― "Damn the Torpedoes" のジャケットでトムさんが持っているギターと言えば一番分かりやすい。"So you want to be a rock 'n' roll star" のビデオで、マイクが弾いているのもこれだ。

 トムさんの早い晩年はあまりライブステージに登場しなかったが、最近はマイク・キャンベル&ザ・ダーティ・ノブズのライブの "Even the Losers" で使用されているとのこと。ワクワクしながらその動画をあさっていたら、面白い演奏にあたった。



 ドラマーがスティーヴ・フェローニなので、最近のノブズなのだが、なんとスティーヴが大間違いをしているのだ。ミドル・エイト明け、"God, it's such a drag when you're living in the past..." のところで、フェルマータ休止なのだが、スティーヴはいつもの通り勢いよくサビに飛び込んでしまったのだ。
 スティーヴも会場も大笑い。ややあって、おもむろにマイクがサビを歌い出すのも面白い。

 そもそも、ミドル・エイト明けをフェルマータ休止する様式は、トムさんの生前、"Even the Losers" をアコースティック・ヴァージョンで演奏する際、主に用いられていたようだ。



 マイクはエレクトリック・ヴァージョンでミドル・エイト明けをフェルマータ休止したため、スティーヴの混乱を呼んだ模様。
 素敵なギターを使って、イカしたノブズの曲と、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの名曲…ダーティ・ノブズのライブにも行きたくなった。マンハッタンのどこか行きやすい所でやってくれないかな…

 ちなみに、楽譜上で頻繁に目にするフェルマータだが、その音か休符を適度にのばす、たっぷり奏でるという指示である。ただし、fermata というイタリア語はもともと「停止」という意味。音大生の間では有名な話しだが、バス停も ”fermata"と言う。さらに、頭髪がフェルマータ記号のように残りつつ消滅している現象もまた、 "fermata" と言う。

Why Didn't They Ask Evans2024/03/10 16:25

 アガサ・クリスティのファンなので、映像化はそこそこ見るのだが、近年の映画もテレビも不作続きである。ケネス・ブラナーの映画も、ジョン・マルコビッチのテレビも最初の作品で見る気を失った。
 今夜から NHK で、いわゆるノン・シリーズの「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」の放映が始まる。あまり期待していなかったのだが、制作がヒュー・ローリーだときいて俄然興味が湧いた。彼も出演するし、エマ・トンプソンまで出演するというのだから、必見である。



 ヒュー・ローリーといえば、ブリティッシュ・コメディ界の大スター。名門ケンブリッジ大学のフットライツ出身で、盟友のスティーヴン・フライとともに名作スケッチの数々を生み出した。ちなみに、エマ・トンプソンもフットライツ以来の盟友である。ローリーはコメディのみならず、医療ドラマの主演を経て俳優としても活躍している。

 ローリーの良いと思うところの一つが、音楽が得意なところだ。ギターもピアノも玄人はだし。
 以前も貼り付けたことがあるこちらの [Protest Song] というスケッチでは、ボブ・ディランのパロディとおぼしきミュージシャンが活躍する。



 歌詞の肝心な所を忘れてしまい、適当にごまかすのが最高。
 もう一つ面白かったのが、F1 ウィナーのインタビュー。最初に挿入される映像を見ると、80年代末頃かな?面白いことに、ボソボソとしたしゃべり口がキミ・ライコネンに、姿は痩せすぎたセバスチャン・ベッテルに似ている。要するに好きだ。



 ひどく後ろ向きなウィナーに、どうしても "happy" と言わせたいインタビュアーがどんどんエスカレートする辺りは、[Dead parrot] を彷彿とさせる。ローリー&フライのスケッチは、最終的に切れたフライがローリーをぶん殴って終わらせることが多い。

 今夜からの放映は、ブリティッシュ・カルチャー好きを満足させることが出来るのか?要チェックである。

Backing Vocal by Mick Jagger2024/03/13 20:37

 ピーター・ウルフのソロ曲で、"Nothing but the Wheel" というものがあり、それが素晴らしく名曲だと思った。そして、バッキング・ヴォーカルにいる人が、ちっともバックになっていなくて、それはそれで良いと思う。



 もちろん、ミック・ジャガーである。ハーモニカも吹いている。この曲、フォーク・ロック色が強くて私の好みに合致するのだ。そしてディラン様のお気に入り曲でもある。作曲は、ジョン・スコット・シェリルというナッシュヴィルのソングライターだそうだ。

 ピーター・ウルフというか、J・ガイルス・バンドというか。決して私と相性が悪いわけではなさそうに思えるが、今のところ特にハマってはいない。JGBのライブを最初に聴いたのだが、何かがズレていた。あの熱過ぎる感じがイマイチなのだろうか。考えてみればビートルズやトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズにはスマートさ、クールさ、そしてちょっとだけ華奢な感じががあって、そこにぐっとくるのだ。

 ちっともバックになっていないミックのバック・ヴォーカルといえば、ロニーの最初のソロ・アルバムでの "I Can Feel the Fire" である。ロニーは典型的なギタリスト声の人で、けっしてヴォーカルがうまいわけではないので、そりゃあミックに圧倒されて当たり前だ。



 「俺と仲間」という邦題で有名な [I've Got My Own Album to Do] というこのアルバムは、録音が1973年から74年頃で、フェイセズ末期の頃。翌年にはロニーはストーンズに加入するので、その辺りで人の行き来があったし、ミック、キース、ロッドが揃って参加している。そんな素敵な70年代の雰囲気を湛えている。
 仲間の何人かはもうこの世を去ったりして寂しいが、生きている人は生きている人で、友情の素晴らしさを精一杯楽しみ、味わって欲しいと思う。

Sue Me Sue You Blues2024/03/17 20:37

 F1 はスポーツとして好きなので、レースが見られればそれだけで良いのだが、世の中はいろいろ複雑で、面倒なことが周囲でおこり、フェリペ・マッサの2008年のチャンピオンシップをめぐる訴訟の話もその一つだ。確かにこの年、彼はシンガポールGPでポイントを失ったし、最終戦は渾身の走りで優勝したが、チャンピオンシップだけは彼の指の間からすり抜けた。
 16年後の今、マッサの心の内はどんなものか、想像すらできない。すきなドライバーだったので、彼の人生がより豊かで幸せな物になることを祈っている。それは必ずしも訴訟とは結びつかないかも知れないけど。

 デイモン・ヒルはさすがのユーモア感覚を披露している。

F1王者ヒル「もし父の王座を奪うなら...訴えてやる!」とジョーク飛ばす

 ヒルの顔を見ると、必ず思い出すのはジョージの姿。ジョージと訴訟と言えばもちろんこの曲だ。



 この曲は、ビートルズ解散以来、泥沼化していた訴訟のやり合いにインスピレーションを得ている。ジョージ自身、訴訟を起こしたり、起こされたりでだんだん馬鹿馬鹿しなってきたのだろう。ビートルズのパロディ・バンド(ジョージも制作に関わっている)ザ・ラットルズでもメンバー同士が訴え合い、一人は間違えて自分で自分を訴えたりしているのだ。
 演奏に参加しているのは、ゲイリー・ライト、ニッキー・ホプキンズ、クラウス・フォアマン、そしてジム・ケルトナー。さすがジョージのセッション、豪華メンバーがお揃いだ。

 この曲は、ジェシ・エド・デイヴィスに提供されている。



 ジョージの演奏より、よりブルーが濃い感じがする。ヴォーカリストとしては、さすがにジョージのほうが上手だ。ギタープレイとしてはジェシ・エド・デイヴィスの魅力を存分に味わうことが出来る。

Lucille2024/03/22 21:48

 リトル・リチャードの映画が見たいのだが、なかなか都合の合う場所の、都合の合う時間に上映されていない。うかうかしていると見逃してしまう。

 リトル・リチャードの数ある名曲の中でも、"Lucille" は完全にトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのバージョンですり込まれている。彼らのファンになったばかりの頃にフィルモアの音源をブートで聴いていたので、そのあまりの格好良さに、ほかのバージョンは、本家リトル・リチャードですら、かすんで聞こえたのだ。
 公式発売された [Live at Filmoe 1997] にも収録されているが、ここは1999年のライブ映像で見てみよう。



 何が良いって、他の誰よりも、TP&HBのバージョンがスローで、低音がどっしりした演奏であることと、ほぼ全てのヴォーカル・パートを、トムさんとハウイのツイン・ヴォーカルで聴かせてくれること。トムさんのリズムギターが常人で無いほど上手いこと。
 そして最初は手しか映らないベンモントの、ピアノのシュアな演奏がしびれる。簡単そうに見えて、ああいう連打は実はものすごくきついのだ。しかもテンポが抑えられて、重い演奏。手首にきそうだ。

 ほかにも色々なカバーを聴いてみたが、どれもピンとこない。TP&HBのカバーは、エヴァリー・ブラザーズのカバーとも言えるのだが、気の抜けた感は否めない。でも、エヴァリー・ブラザーズのファンであるトムさんのために、ご兄弟にお出ましいただく。聞いた話によると、トムさんの孫娘はトムさんの大好きなエヴァリー・ブラザーズにちなんで、エヴァリーちゃんだそうだ。

Maurizio Pollini2024/03/26 21:57

 2023年3月23日、ピアニストのマウリツィオ・ポリーニが死去した。まさに巨星落つ。1960年から、50年間は間違いなく世界一のピアニストだった。

 私が世界のピアニストというものを知るようになる頃には、ポリーニはトップ・オブ・トップの大御所ピアニストだったが、当然ながら彼にも駆け出しの時代はあった。
 50年代末からいくつかのコンクールで実績を残し、1960年のショパン・コンクール優勝が彼の名声を決定づけた。18歳だったというのだから正真正銘の天才なのだ。
 当時の動画はあまり多くないが、ショパンの24曲のプレリュード、24番の演奏がある。私も弾いた曲なので実感があるのだが、とにかくポリーニの手の大きさには驚かされる。体格はそれほど大きくはないのだが、この天才である要素のひとつが、この手の大きさだった。左手の手首がびくともしない!あり得ない!
 そして24番の右手は、ぶっ叩いてなんぼの世界である。上品なすまし顔で、さらに高速でぶっ叩くのだからたまらない。



 ポリーニは多くの名演奏を録音した。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音は有名だ。私など、ベートーヴェンは特に思い入れがない限り、ポリーニを買っておけば間違いないと思っている。
 「クラシックのピアノでこれという一枚を教えてくれ」と言われたら、ポリーニが録音したショパンのバラードとスケルツォのアルバムを薦める。オリジナルはバラード4曲と、ファンタジア、プレリュード Op.45の組み合わせらしいが、少なくとも日本にはバラードとスケルツォの組み合わせに、このジャケットで発売されている。そして、この世で一番のピアノのレコードだとすら言われている。
 やはり私も弾いたから分かるが、バラードの3番は絶句ものである。



 コンサート活動も熱心に行っており、日本公演も多かった。COVID-19 の前に来日したときに、サントリー・ホールで鑑賞できたのはラッキーだった。私にとって最初で最後のポリーニのリサイタルだった。
 ライブ・リサイタルは行けるなら行くべきだと、いまさらながらに実感している。