Für Elise2009/07/31 23:50

 私は、「エリーゼのために」を弾いたことがない。

 ピアノを習う子供たちにとって、小学生になるころには、「エリーゼのために」を弾けるか弾けないかが、ある一定の指標になっていた。
 私は一応、それなりに熱心にピアノを習っていたつもりだったが、いつまで経っても先生は私に、「エリーゼのために」を課さなかった。特に弾きたいと熱望していたわけではないのだが、結局一度もこの曲を弾くことなしに、今に至る。

 「エリーゼのために」はベートーヴェンの作品の中でも、最高に有名な部類に入るだろう。ピアノの名曲であることは広く知られている。では、その楽曲としての分類はどうかというと、ピンとは来ない。調べてみると、「バガテル」とのことだった。
 バガテル Bagattelle というのは、「つまらないもの、ちょっとしたもの」という意味(フランス語。イタリア語の場合はbagattella)で、別に形式としての定義があるわけではなさそうだ。何となく浮かんだ曲想を、忘れるのももったいないので書きとめた…ぐらいの感覚だろうか。
 つまり、アルバム収録するほどの曲にはなっていないけど、デモ用のカセットテープ(カセットテープでなければいけない)に断片を入れておいて…アンソロジーとか、ブートレッグシリーズとか、プレイバック・ボックスなどに、オマケで入っている曲…みたいなものと想像する。

 分類不能で、取りとめもない作品となれば、クラシック・ピアノの学習過程に入りにくいのかも知れない。
 ベートーヴェンの「六つのバガテル op.126」などは、組曲的な意図が見て取れるが、「エリーゼのために」は単独曲。本当に「ちょっとしたもの」となり、なんの脈絡もなく、いきなり課題にするのも、間の悪い感じがしてしまう。
 ちなみに、私が最初にベートーヴェンを弾いたのは、おそらく7歳のころ。ソナチネだった。その後、バリエーション(変奏曲)を、ソナタに入る前に2曲ほど弾いた。この時、バリエーションというジャンルに、自分の性格が合っていないことを思い知った。高校生以降はソナタのみ、試験曲として付き合い続けることになる。

 従来、「エリーゼのために」のエリーゼは、ベートーヴェンの恋人の一人と目されていた「テレーゼ」が、故意の変更か、もしくは悪筆ゆえか、「テレーゼ」として伝わったというのが、定説になっていた。
 このたびドイツの学者が、この「エリーゼ」は、ベートーヴェンの友人の妹,「エリザベート」ではないかという新説を打ち出したそうだ。

 真相は別にどうでも良いのだが、曲想の美しさと可憐さ、悲しさを思うと、従来の(いくらかベタな)設定の方が、人気を得るだろう。