代打、デイヴ・グロール!2009/08/02 22:20

 Cool Dry Placeに、「カントム」からチャプター11の翻訳をアップした。[Wildflowers] 制作期。このアルバムが一番好きで、最高とするトムさん。同時にスタンとの決別、そして始まりつつあったハウイの問題…傑作が生まれる瞬間なんだけど、霧のかかったような、ちょっと気がかりがあるような。
 私が傑作[Wildflowers] に抱いている、「どこか遠くに存在している」感覚の根拠は、このあたりにありそうだ。

 それにしても、トムさんはいつも期待を裏切らない。歌詞をブックレットに載せる理由。文学としての詩作がどうとか、文字の向こうにある感情がどうなどと、一見格好良さそうだが、全然面白くない事を言い出したらどうしようかと思ったら…「俺、発音が悪いから。」
 そう言えば、[Full moon fever] のあたりで、CDも良いけど、LPが好きだとコメントしている理由が、「ジャケットが大きくて良いじゃん。」…やれ、アナログの音の深味がどうとか、音の厚みがああで、こうで、音の本質が云々…なんて言わないところが良い。
 物ごとの理由。その説得力。トムさんのそれはいつもシンプルで、構えた所がない。彼の音楽がその答えの一つだし、話し方の上手さも、シンプルで非常に明晰な思考が、反映されているような気がする。

 スタンが抜けたあとのドラマーについて、スティーヴ・フェローニに決まる前に、デイヴ・グロールが検討されていたことが、語られている。
 サタデー・ナイト・ライブでの [Honey Bee] 演奏は、映画 [Runnin' down a dream] に登場する。髪を振り乱し、激辛カレーを我慢しているみたいな凄い顔で、ドラムをぶっ叩くデイヴ・グロール…。私はあの映像を見るたびに笑ってしまう。
 本の [Runnin' down a dream] には、デイヴ・グロールのコメントが載っている。

 ニルヴァーナが終わりになったのは、1994年10月のことだった。これからの人生が、自分でもまったく分からなかった。二ルヴァーナの全てがとにかく大事だったが、カート(・コベイン)が死んで、すべてがストップしてしまった。長い間、音楽を聴くことさえ困難だった。すべてが、カートや、ニルヴァーナを思い起こさせてしまうからだ。(中略)
 俺のマネージメントの誰かが、電話をしてきて言った。トム・ペティが、俺さえ良ければ、SNLでドラムを叩いてほしいって言ってる。(中略)俺は超トム・ペティのファン。「どこに行って、いつ、何をすれば良いんだ?」
 これが、ニルヴァーナ終焉後、俺が本当に何かをやろうと思った、最初だった。


 ニルヴァーナが悲劇的な終わりを迎え、深く傷ついたデイヴが、TP&HBと一緒にプレイしたことにより、再起する…と言う、かなり感動的なエピソード。こういうのは、ジョージがやりそうな話だ。
 しかし、実際の [Honey Bee] の映像を見ると、そういう「いい話」がぶっ飛んでしまう。

 その爆笑 [Honey Bee] は、RDADで見てもらうとして。ここには、おなじライブで演奏した、[You don't know how it feels] をはり付けておく。



 アレンジが昨今のものとは、だいぶ異なっていて、かなりハードな感じ。ドラマーの影響だろうか。やはり、ハウイが居る時のハーモニーは無敵だ。
 トムさんのチャレンジ精神の表れである髪型は、そっとしておく。…最初は「ウッ」と思うあの前髪だが、しばらく見ているうちにやはり格好良く見えてくる。さすがはトム・ペティ。
 ひとこと言いたいのは、マイク。なんですか、その上着。犬の散歩(いや、ブタの散歩?)から帰ってきたら、そのままスタジオに連れて行かれてしまったみたいな格好ですよ。

ピッチャー、八名!2009/08/05 22:20

 八名信夫は俳優になる前、北海道日本ハムファイターズの前身にあたる、東映フライヤーズのピッチャー、つまりプロ野球選手だった。

 TP&HBファンのオフ会ではたびたび、興味深い映像を仲間と一緒に鑑賞し、楽しんでいる。
 私がオフ会に参加させてもらうようになって間もなく、1994年11月サタデー・ナイト・ライブに出演した際の、ライブ映像を見せてもらった。すなわち、8月2日の記事で紹介した映像である。
 この時のトムさん何を思ったか、前髪を上げるという大冒険に出た。それを見るやいなや、トムさん大好き女の子 ― 「トムさん」という呼称を発明し、広めた大偉人。容姿を重要視する我々女子ファンの鑑とも言うべき、伝説のトムさんファン ― が、叫んだ。

 「ぎゃー!青汁ーッ!」

 それ以来、1994年秋の一時期、前髪を上げていたトムさんの事を、「青汁」と呼ぶ。
 要するに、前髪を上げて頭蓋骨の形が露わになった姿が、八名信夫に良く似ているということ。



 はじめて、30秒バージョンのCMを見た。「青汁は体に良いんですよ!サンキュー、オヤサイ、覚えやすい番号でしょう?」…なんだ、そのあてつけがましさは。自分で自慢げに言うのは、野暮というものだ。日本人の美意識には合わないぞ。
 それでも、八名信夫、イコール青汁という図式が常識になるのだから、やはりこのCMは大したものだ。

 トムさんの娘、エイドリアを見ればわかることだが、トムさんのあの額の形は毛髪の問題というより、頭蓋骨に由来している。トムさんのファンである以上、彼の頭蓋骨まで愛するべきではあるものの、あの長く美しい金髪と、絶妙な流れ具合に惚れている我々としては、青汁は心臓に悪い。(青汁は体に良いんですよ!)
 見慣れると青汁も格好良いのだが、サングラスがないと、青汁加減がさらに濃くなるだろう。結局、この姿は短命に終わったので、「不評」だったと判断するべきだろう。

ステージから Free Fallin'2009/08/08 22:43

 8月6日、エアロスミスのスティーヴン・タイラーがステージから落下して負傷。何でも、サウンドシステムの故障中に、観客を退屈させまいとダンスを披露していたら落ちたというのだから、その根性は見上げたものだ。
 そうは言っても、スティーヴンも、もうイイ年である。体には気をつけて、活動を続けてほしい(踊らないでくれとは、決して言わない!)。スティーヴンに関しては、あの歌唱力もさることながら、やはりあの声質に圧倒される。独特のメタリックな声 ― 私はグラスハープの音色に似ていると思っている。

 ステージから落ちると言えば、トム・ペティも落ちたことがある。1978年12月、サンフランシスコのウィンターランドにて、ステージの縁を歩いていた時に、観客に足を取られ、その中に落下してしまったのだ。
 シャツ,ベストは破れ、唇を切って流血。この時の様子は映像にも残っていて、RDADにも出てくる。本気で「ぎゃー!」と叫んでいる。この時のことに関して、カントムではこのように語っている。

 空気がなくて、ぼくは本当に死ぬんだと思った。しかも何もかもが真っ暗で見えなくなった。
 突然、上の方で小さな穴が開いたように見えた。ステージから覗き込んでいるバグズの姿が、その穴から見えた。するとバグズは文字通り、プールに飛び込むみたいにして、手からダイブしてきた。そしてその穴 ― ぼくの上に落ちてきた。そしてぼくの肩をつかんだ。その次の瞬間、ぼくら二人とも絶望的になって目と目を見合わせた。この群衆の真ん中で、二人とも死ぬんだと思った。
 やがてセキュリティのスタッフが飛び込み始め、人の鎖みたいなものを作り、ぼくらを順々に引き上げていった。ステージに戻ったとき、ぼくは茫然自失だった。


 死を覚悟するトムさん。そして、プールに飛び込むかのように、手からダイブするバグズ!(アラン "バグズ" ・ウィーデル。TP&HBデビュー当時からのローディ。レコーディングでも、ライブでもTP&HBに欠かせない存在。ウィルベリーズのローディ&写真係も務めている)。
 凄いぞバグズ!格好良いぞバグズ!でも、真上に落ちてきて、二人して絶望して顔を見合わせている…つまり、あまり助けにならなかったらしい。
 写真もカントムに載っている。白いシャツがビリビリな若きトムさん。きゃぁ。

 RDADの映像を見ると、トムさんがボロボロになってステージに戻ってくる。ステージでは、それまで演奏を持続させていたハートブレイカーズが待っていた。彼らが心配してたかどうかはともかく、明らかにマイクは笑っている。かなり笑っている。
 待っていた方にとっては笑い話だろうが、落ちた本人は本当に怖かっただろう。こんなきっかけで、つまらない喧嘩にならなきゃ良いけど。とにかく無事で良かったね。

シンセ,メロトロン2009/08/12 23:06

 先日、ティン・ホイッスル(アイリッシュ・ミュージック)のレッスンで、こんなことがあった。

 先生が、ある現代アイリッシュ・ミュージック奏者のCDを聞かせた。その曲には、壮大な宇宙のイメージによく使われるような、シンセサイザーの「ストリングス音」(具体例で言うと、スネークマン・ショー「愛のチャンピオン号」が分かりやすい)が用いられており、それをホイッスルの伴奏としていた。

私  「これ、誰ですか?」(←この作品を制作したアーチスト名を尋ねている)
先生 「(某有名アーチスト名)。」
私  「わたし、こういうシンセサイザーのストリングス音って嫌いなんですよね…」
先生 「今度のセッションでこの曲をやるために、この音が出せるシンセサイザーの人を、お願いしてあるよ。」

 私は自分を呪った。

 呪わしい舌禍についてはともかく、私が「あの手の音」を苦手にしている。
 「これは効果音的な電子音で、それを用いた電子音楽です」と割り切っている使い方ならまだ良い。電子楽器の作品だという割り切りなら、感覚をそちらに切り替える。ものによっては、好きになる場合もある(「愛のチャンピオン号」など)。

 一方で、どうもあのボワァーンとして、エコー過多で、エッジの無い、異様に大仰な、そのくせチープな肌触りの音に、アコースティックな楽器(もしくは、エレキギターのように、生音に近い電気増幅音)や、人の声を合わせられるとやりきれない。せっかくの生音が、ボワァーンによって台無しになるような感覚がする。
 ポップスならまだ我慢できる。しかし、トラディショナルな曲、もしくはそれっぽいものとなると、生の楽器と、シンセの安っぽさの間が乖離しすぎて、いたたまれなくなる。

 もともと、シンセサイザーにサンプリングした音は、本物の(アコースティックな)ストリングス音かも知れない。その音を一つ一つ細切れにして鍵盤に割り当てても、音楽としての流れ,緊張感,張りは、当然失われている。それらをつなげれば、当然アーティキュレーションも、アクセントも、息遣いもないから、音のエッジが消え、ボワァーンになる。
 「ボワァーン嫌い」は、性格の問題であると同時に、ピアノのせいかも知れない。私は日々、ハンマーでピアノ線をぶっ叩いている。アクセント過剰なこの楽器の音を和らげるために、ペダルで「ボワン」とさせる機能があるのだが、私はそれをやらなさ過ぎると、先生に指摘されている。

 シンセサイザーが一般化する前、ストリングスなどのサンプリング音を鍵盤にあてはめた楽器としては、メロトロンが存在した。
 ビートルズが “Strawberry fields forever” のイントロで使っているのが、最も有名だろうか。アンソロジーで、ポール自ら解説している通り、この曲ではフルートの音をサンプリングしたサウンドを用いている。
 アンソロジーのこのシーンを見直して、苦笑してしまったのだが、鍵盤がカタカタ鳴るのがやるせない。ちょっとイラっと来て、庭でメロトロンを燃やしてしまったリック・ウェイクマンの気持ちが分からないでもない。

 そもそも、この楽器の仕掛けが凄い。複数のストリングスなり、人の声なり、フルートなり、オルガンなりを、各音程ごとにサンプリングした磁気テープを鍵盤に仕込み、キーを抑えるとテープが再生ヘッドに触れて、音が鳴る。テープの長さに限界があるので、数秒しか音を持続できない。
 昔懐かしいカセットテープの再生パーツを細切れにして仕込んだ…ということを想像するだけでも、音が「へたる」のは容易に想像できる。音にキレや、エッジの鋭さを期待するのは無理だが、そのかわり「へたった音」としては、素晴らしい表現力がある。その表現力を演奏者がコントロールするのが難しく、多分に偶然性に依っているようだが…。
 ともあれ、メロトロン製作者が意図したとは思えないが、この機構ゆえの音の揺れ、ふわふわした触感、へたり具合に使い道を見出し、多いに活用したのが、ビートルズやストーンズ、ゼッペリンなどのロック黄金期の巨人たちであり、プログレッシブ・ロックの面々だった。

 私は、こういったメロトロンの音に関しては、意外にも好意を持っている。それは、ロックバンドという基本的にエッジのきつい楽器揃いのユニットの中にあって、非常に効果的に使われたケースばかりを聴いているからだ。
 メロトロンを使ったロッカーたちは、この楽器の扱いにくさ、欠点、その向こうにある、「ほしい音」をつかむための創意と工夫に満ちている。私がシンセのボワァーン音を苦手にしているのは、安易に鳴り響かせるばかりの、「ほったらかし感」も好きではないからかもしれない。
 裏を返せば、安易にメロトロンの音を垂れ流すだけの使い方をすれば、やはり私のツボにははまらないだろう。

 実は、このシンセサイザーのストリングス音,およびメロトロンの話題を持ち出したのには、前提がある。
 今、翻訳している「カントム」のある個所に、「オーケストロン」という楽器が出てきたことが、発端だった。オーケストロンとは何ぞやと思って調べてみたところで、メロトロンが先に立ちふさがったというわけ。

鍵盤ばばばーん2009/08/15 21:36

「ベートーヴェンです。これは弟子のチェルニーとシレーネ」
「先生のお噂は伺っていますよ。大変にオーケストラをいじめる方だとか。あなたの要求を満たすために演奏家ばかりでなく、楽器職人も泣かされることがあります」
「それはどうも……。御愁傷様……とでも、いうべきかな」
「なんの。先生のような作曲家がいればこそ、楽器も進歩しますです」
                    (森雅裕 「モーツァルトは子守唄を歌わない」より)


 レス・ポールが亡くなった。彼自身のパフォーマンス・ジャンルは決してロックではなかったが、彼が進歩させた楽器の存在がロックに与えた影響は、はかり知れない。

 引き続き、進歩と発明、七転八倒のシロモノ鍵盤楽器の話題。トム・ペティ,2枚目のソロアルバム [Wildflowers] に登場する、鍵盤楽器について。

 まずは、前記事で話題にしたメロトロン。"Only a broken heart" と、"Crawling back to you" に、フルート音で使われている。
 私は"Crowling back to you" のイントロ・ピーヒョロ音は、オーケストラのフルートが適当に吹いたものを、サンプリングしたと思っていた。どうやら、メロトロンで出したらしい。鍵盤のカタカタいう音が入っていないのが、神業に思える。
 「メロトロン・フルート」でピンと来た。こういう事かも知れない。
 トムさん、もしくはマイクは、ビートルズの "Strawberry fields forever" の冒頭音の正体を知りたかった。強記と健忘が同居する男、ジョージ・ハリスンが、そこは懇切丁寧に教えてくれる。ウハウハ言いながらメロトロン・フルートを導入するトムさんとマイク…。
 …と、言うイメージは、さほど突飛ではないかもしれない。

 "Higher place" に登場するのが、オーケストロン。ベンモントが弾いている。音の選択は、ストリングスだろう。
 オーケストロンは、メロトロンによく似た楽器だ。メロトロンが、発音媒体としてテープを使っているのに対して、光ディスクを用いている。これによって、音色の選択が容易,多彩になり、音の持続時間もメロトロンよりも格段に長くなった。ベンモントの演奏を聴けば分かるが、音の歯切れも、メロトロンよりは良い。
 もっとも、オーケストロンはVako社が玩具として作った「オプティガン」を、プロ仕様にしたもので、メロトロンの直接の後継機というわけではなく、別系統と見るべきだろう。
 ともあれ、その特徴はメロトロンによく似て、独特の「へたり具合」が、シンセサイザーの無機質で信号的な肌触りとは一味違う。その特徴がよくわかる映像が、YouTubeに上がっている。




 ベンモントが演奏する楽器の中に、「オルガン」と表記されているものがあるが、これは「ハモンドオルガン」のことなのだろうか?

 一方、「ハーモニウム」とあるのは、「リードオルガン」の通称だ。
 そもそもオルガンというのは、パイプ・オルガンを想像すると分かるが、パイプに空気を送り込んで音を出す楽器。それをもっと簡略化して、鍵盤の先にハーモニカのようにリードを仕込み、足踏み鞴で空気を吹き込み、オルガンに似た音を出すのが、リードオルガンである。昔、日本の小学校の各教室に供えられていた、足踏みオルガンも、その一種と見て間違いない。

 ピアノの表記には、揺れがある。基本的には、Pianoとあるのだが、"You don't know how it feels" では、Grand Piano, Electric Piano と、併記されている。電子ピアノと、アコースティックを併用していることを表すために、わざわざ「グランド・ピアノ」としているのだろう。ただのPianoが、アップライトだとは、考えにくい。
 面白いのは、"To find a friend" に表記されたTack Piano ― 普通のピアノのハンマーに、鋲などを打って、音色を硬くなるように細工したピアノである。現代音楽に ― ジョン・ケージや、ルー・ハリソンなど ― 用いられた、プリペアド・ピアノの一種だ。学生のころ、これを真似て、学校のピアノの弦に消しゴムを挟んだりして、怒られていたことを、懐かしく思い出す。

 最後に、よく分からない物が残った。"To find a friend" でベンモントが弾いている事になっている、Zenon …ゼノン?これは一体何?
 日本人の私は、音楽とZenon と言えば、楽譜でお世話になっている全音 ― ZEN-ON が頭に浮かぶ。一応、楽器も作っているが…
 音を聞いてみると、表記の無い音としては、リード・オルガン系が聞こえる。もし、これがZenonだとしたら…まさか、全音製の鍵盤ハーモニカ、「ピアニー」?!
 謎だ。誰か教えて。もしくは、トムさんか、ベンモント、バグズに確認してほしい。

ケリーズ・フォード2009/08/18 23:07

 ポトマック軍の指揮をバーンサイドから引き継いだフッカーが、取り組んだ軍の再編成の中に、騎兵のそれも含まれていた。北軍にとって、南軍のジェブ・スチュアート騎兵隊の活躍は、実にいまいましい存在であり、それを凌駕するものを編成しなければ、士気にかかわったのである。
 フッカーは、ジョージ・ストーンマン少将を指揮官とし、ポトマック軍の騎兵隊をひとまとめにして、スチュアートのそれに対抗させようとした。

 フッカーがポトマック軍司令官になってから約二ヶ月後、1863年3月。相変わらず、南北両軍はラパハノック川を隔てて対峙していた。
 フッカーは軍の再編成にいそしんでいることを把握したリーは、自軍をいくつかに割いて、多方面に派遣するなど、かなり危ない橋を渡っていた。同時に、スチュアートの騎兵隊をラパハノック川沿いに展開して、決して北軍を油断させず、この牽制のために、フッカーは思い切った行動には出ないでいた。

 フィッツフュー・リーは、ロバート・E・リーの甥であり、スチュアートの部下として活躍していた(もっとも、スチュアートとの関係は上下のそれではなく、友人同士なのだが)。彼が率いる一団が、ラパハノック川北西付近で活動しているのに対し、北軍は対抗措置を取りかねていた。
 しかし、フッカーの我慢にも限界がある。3月17日、北軍ウィリアム・アヴェレール准将は2100の騎兵を率いて、北軍の拠点ファルマスから30キロほど北に川をさかのぼったケリーズ・フォード(ケリーの浅瀬)で、800のフィッツヒュー・リーの騎兵に攻撃を仕掛けた。
 騎兵によるこれほどの規模の戦闘は、南北戦争はじまって以来だった。しかし、その数の違いは顕著で、リーの南軍はかなり苦戦した。

 スチュアートも、右腕であるジョン・ペラム(フレデリックスバーグで活躍した24歳の若者)と共にリーの苦戦を確認したが、彼も後方に戦場を抱えており、ケリーズ・フォードにとどまるわけにもいかず、ペラムをリーに合流させた。
 並はずれた勇気で名を知られたペラムは、前線で指揮を続けたが、頭部に銃弾を受けて負傷。そのまま、後方へと護送された。
 同日の夕方までには、アヴェレールはもうひと押しというところまで来ていたようだ。しかし、リーの「兵を引いて隠しては、奇襲する」という作戦にてこずったうえ、スチュアートの存在感におびえ、付近を走る鉄道の音が、南軍の歩兵本体の襲来を予感させるなどしたため、北軍は兵を引いてしまった。

 結局、ケリーズ・フォード付近の南軍騎兵を駆逐することではできず、北軍は目的を達することはなかった
 しかし、南軍の損失は大きかった。死傷者133以外にも、馬を失うなど、騎兵の損害は高くつく。

 護送されたペラムだったが、意識を取り戻すことはなく、そのまま当日内に息を引き取った。若く、輝くがごとき勇気と活躍で、ロバート・E・リーにも称賛されたペラムの死は、スチュアートにとって精神的打撃となり、それは南軍の打撃でもあった。
 スチュアートは、妊娠中だった妻に手紙で、生まれてくる子にはジョン・ペラムと名をつけると、書き送った。生まれたのは女子だったので、ヴァージニア・ペラム・スチュアートと名づけられることになる。


ジョン・ペラム。勇敢なるペラム "The Gallant Pelham" で記憶される

 ところで、冒頭に登場した、ジョージ・ストーンマンという名前で、ピンときた音楽ファンは、かなりのザ・バンド好きだろう。"The night they drove old Dixie down" に登場する、「ストーンマンの騎兵」のストーンマン,その人である。
 もっとも、ストーンマンが、バージル・ケインの勤めていたダンヴィル鉄道を破壊するのは、ずいぶん後のことだが。

ジョン・レノンの呪い2009/08/21 23:50

 ふと気がつくと、ビートルズのリマスター発売まで、一か月を切っている。何も考えていなかった。

 正直言うと、あまり私の気分が盛り上がっていないのだ。ビートルズは絶版になっているわけでもないし、オーディオ機器や、音質などに絶望的なほど無頓着なため、リマスターに対する欲求が強くない。
 しかも、ボックスという形態にそそられない。
 これは、映画「ヘルプ!」のどうしようもない豪華ボックス版(豪華なのは箱だけで、オマケの内容は貧弱)を買ってしまった自分に、責任がある。ともあれ、今回のリマスターボックスの縦長形状には、少々うんざりしている。しまいにくいじゃないか。
 ジョージのワーナーボックスはとても丁寧な作りで、しかもすっきりしていた。TP&HBのRDADの映画&CDセットボックスは、おまけも豪華にして、パッケージはとてもシンプル。どうも、それらとの比較で、ビートルズは分が悪い。
 私には収集癖がないので、無論ステレオ・ボックスしか買わない。初回限定モノ・ボックスの方が、箱の形状がすっきりしているあたりに、 無性に腹が立つ。

 さらに、どのネット通販サイトで買うべきなのか。CDショップ店頭で買うべきなのか。はたまた、アメリカからの輸入版でも構わない。DVDさ え再生できれば。
 しかし、字幕の問題がある。ロンドンのコックニーは、UKコメディのおかげで少しは聞けるようになったが、あいかわらずリヴァプール人が何を言っているのか、皆目分からない。いや、英語の字幕さえあれば良いのか。日本版の解説等には、もはや興味がない。
 …などと考えている間に、たちまち面倒臭くなってしまい、結局なにも決まっていない。

 しかし、私をロックの世界に導いたビートルズに対して、このような怠惰な態度はまずい。過去に、「ジョン・レノンの呪い」を体験した私は、カブトムシの呪いを避ける努力をしなければならない。

 ジョン・レノンの呪い。それは、私が学生だった、ある12月の出来事である。

 大学図書館の雑誌コーナーに立ち寄った私は、何気なく「ミュージック・マガジン」を手に取り、ペラペラと眺めていた(「ミュージック・ライフ」だったかも知れない。音大図書館なので、これらと「音楽之友」や、「ショパン」、「観世」(能楽観世流の月刊誌)などが普通に並んでいた)。
 すると、TP&HBの広告が目に入った。1ページを使って、しかもカラーだ。当時、自分以外にTP&HBファンの存在を知らなかった時代である。狂喜した私の目に飛び込んできたのは、12月8日、TP&HBのミュージック・ビデオ・クリップ集 [ Playback] が発売されるという内容だった。12月8日!まさにその日が、12月8日だったのだ!
 私はすぐさま大学を飛び出し、最寄のターミナル駅にあるレコードショップに駆け込んだ。そして店員をつかまえ、TP&HBのビデオをくれと言った。ところが、店員は「無い」と言う。その存在さえ知らない様子だ。そんな馬鹿な。「ミュージック・ライフ」の1ページに、しかもカラーで広告が載っているのに、しかも底々の大きさのお店なのに、あれほどの傑作ビデオが(実際は、まだ見ていない)置いていないとは、怪しからん!
 私はひとしきり店員と言い争い、結局手ぶらで大学に戻った。

 私はもう一度図書館に行き、未練がましく例の広告をみつめた。どこに行けば、ビデオが手に入るだろう…そして私の目は再度、発売日に行った。
 そこには、「12月18日発売」とあった。

 広告を見つけたことへのあまりの喜びに、私は日付を完全に見間違えていたのである。喧嘩をふっかけられた店員さんこそ、良い面の皮だ。
 そして私は、独りつぶやいた。「今日は、ジョン・レノンの命日だ…」

 そう、大事なジョン・レノンのことなど完全に忘れ去り、TP&HBに現を抜かしたがゆえに、罰があたったのである。私は、これを「ジョン・レノンの呪い」として以後、自分を戒めるために記憶することにした。

目指せ、The Bothy Band !2009/08/23 21:24

 今日は半年に一度の、アイリッシュ・パブ・セッションだった。
 先生が、プロのサポートメンバー(今回は、バウロン[太鼓],ギター,フィドル,キーボード,先生自身によるアイリッシュ・フルート,一部チェロ)をセッティングし、ホイッスルの生徒たちがセッションをするという、贅沢な企画だ。
 今回、私はかなりの冒険に出た。私のソロに、ダンス・チューンの中でもひときわハードな、リールのセットを選択したのである。しかも、ジグ(6/8拍子)から、リール(4/4拍子)に飛び込むという、格好良いが、かなり難しいセットである。
 お手本は、70年代トラディショナル・アイリッシュ・バンドの雄,ザ・ボシー・バンド(The Bothy Band)。私のセットとは曲目が違うが、ボシーのリールとしては、こんな映像で雰囲気が分かる。

 私のセットの曲目。The Leitrim Fancy(Double Jig), Round the World for Sport(Reel), The Enchanted Lady(Reel),The Holy Land(Reel)。
 ボシーのアルバムとしては、[Out of the Wind into the Sun](1977)収録の、"Rip the Calico" にあたる。

 さすがにこれだけの大曲ともなると、必死になって練習しなければならなかった。この数週間はほぼ毎日ピーピー弾きまくり、ホイッスル用に買った小さなメトロノームの鳴りっぱなし。
 ピアノの練習はほぼ停止状態(どうすんだよ、シューマンのゲーモール・ソナタ!)。

 さて、本番の結果は?
 まぁ、昔から「本番では、練習ベストの70%しか出ない」が、私の常識である。素人なりに、よくやったというところか。サポートのみなさまのお陰で、録音した感じでは、まぁまぁ格好良く聞こえる(プロも参加しての演奏なので、ネット上には公開できません)。
 PAシステムにも助けられた。困ったのは、私があがっているせいか、呼吸のコントロールに難があり、高音がひっくり返り気味になったこと。

 ともあれ、今回の場合、選曲から聴音,楽譜おこしも自分でこなしたので、良しとする。
 次回は、コードもつけてくるようにと言われたが、困ったな。私は和声がまったくダメなのだ。

 ところで、今回キーボードとギターを担当してくださったプロ・サポーターのTさん。かなり多才な方で、歌とギターで一曲披露してくださった。先生が冗談で「ボブ・ディランとか?」と言うので、私が即座に賛同。"Blowin' in the wind" を格好良くプレイした。
 さらに、他のゲストにチェロがあった。休憩時間、Tさんはこのチェロを触らせて欲しいと言いだし、快諾された。なんでも、Tさんは構え方だけは知っているとのこと・・・だったが、たちまち3音ほどまともに出したので、私はびっくりしてしまった。
 シンセサイザーを駆使し、ギターを弾き、歌い、しかもチェロって、そんなジェフ・リンみたいな人って・・・。いや、ジェフ自身はチェロ弾きではないか。

便利な文房具2009/08/26 21:46

 私は字が下手だ。
 読めないほどの悪筆というわけではないが、その字はいつも不格好で、センスが感じられない。悪筆は遺伝だという話を聞いたことがあるが、父や兄たちの字を見ると、そうに違いないと思う。

 習字は、小学生か中学生の時が最後だった。毛筆とは縁が切れたと思ったら、大学で復活した。原書講読の講義で、古い毛筆解読に取り組んだのだ。古い書体を覚えるには、目だけではなく、手で覚えなければならないとのことで、学生たちは筆ペンを購入し、様々な毛筆文書を薄紙の下に敷き、写し取っていったのだ。
 私にはこれが苦痛で、世阿弥の悪筆ぶりを(自分のことは棚に上げて)呪ったものだった。
 卒業して古典邦楽研究とは縁遠くなったが、そうすると実に世俗的な次元で毛筆が追いかけてくる。冠婚葬祭、いちいち熨斗紙に名前を書かなければならないではないか。

 私は、筆ペンを発明した輩を恨んでいる。
 文房具会社にしてみれば社長表彰モノの、大ヒット発明だろう。
 しかし、筆ペンというシロモノが発明されたせいで、私たちはいまだに、熨斗袋に名前を毛筆っぽく書かなければならない。さらに、記名帳に筆ペンが置いてあるのを見ると、発狂しそうになる。住所なんて書けるわけがないだろう。第一、私の名前は漢字が非常に難しい。
 筆ペンさえ発明されなければ、今頃私たちは、熨斗袋にボールペンで名前を書いていただろう。字に自信のある人は、万年筆でも使うのだろう。
 「筆ペンがなかったら、本当の毛筆で書かなきゃならないかもよ」と言う人がいたが、さすがにあれは面倒臭すぎる。きっと現状と同じように、普通には使われていまい。
 日本文化を継承するという意味で、毛筆やその「なんちゃって版」である筆ペンを毛嫌いするとは何事だと言われそうだが、私とて字が上手ければ、このように恨んだりはしない。それこそ、周恩来のように優雅に本物毛筆で記名してみせる。
 私の悪筆と、筆ペンの発明。これが諸悪の根元である。

 何の話かというと、文房具の話だ。

 「アメリカ版ビートルズを作ろう」という目論見が、ある意味で的を外し、ある意味で大成功したグループ、ザ・モンキーズ。スティーヴン・スティスルがメンバー候補だっというスゴイ話は、ここでの主題ではない。

 メンバーの一人、マイク・ネスミスの母親,ベティは、リキッド・ペーパーの発明者だそうだ。
 一般名称では、修正液と言うべきか。とにかく、あのペンキのように白い、油っぽい液体を、消せない文字の上に塗って、訂正できるという、優れモノである。

 毎日事務員として誤字脱字に苦労していたベティは、油絵が趣味で、そこから白い液体で字を消すという発想を得たらしい。そこで、身の回りにある白い絵の具で実物を作り、自分の仕事用に使い始めた。
 さらなる改良をすすめるに当たっては、息子マイクが通っていた高校の科学の先生に、アドバイスをしてもらっていた。
 やがてその便利さが認められると、ベティは自ら会社を起こして、商品名リキッド・ペーパーを商品化した。これによって、ベティは莫大な財産を得た。

 1969年に、マイクがモンキーズを脱退したとき、高額の違約金が課せられた。マイクがそれを払うことができたのは、母親の特許収入があったからだとも言われている。
 おそらく、真実だろう。

 私はこの話を、モンキーズに対する知識として得たのではなく、修正液というものを調べていて知った。修正液についての英語文章が突然、モンキーズがどうこうという話になって、最初は何のことだか分からなかった。
 モンキーズの映像と言えば、"Daydream Believer" がポピュラーだが、ここはコメディ・テレビ番組「ザ・モンキーズ・ショー」のオープニング。



 1967年から1969年まで放映された番組だが、とても楽しそう。本当はDVDがほしい。

誰の騎兵?どんな騎兵?2009/08/30 22:35

 ザ・バンドの曲の中でも、"The Night They Drove Old Dixie Down" は名曲中の名曲で、私も大好きだ。
 これだけの名曲ともなると、カバーも多い。

 まずは、ジョニー・キャッシュ。さすがにコメントしがたいほど格好良い。



 ブラック・クロウズや、オールマン・ブラザーズ・バンドのバージョンも有名だが、アレンジや歌詞など、ほぼオリジナルを踏襲している。オリジナル通り演奏すれば、そのまんま格好良い名曲。

 注目は、ジョーン・バエズ。説得力のある素晴らしい歌唱なのだが、一部歌詞がオリジナルとは違うのだ。



 オリジナルの「Til Stoneman's cavalry came ストーンマンの騎兵がやってきて」というところは、むろん実在の北軍少将ジョージ・ストーンマンを示唆している。
 しかし、ジョーン・バエズはここを「so much cavalry 大勢の騎兵が」に変えて歌っている。他のところでも、「ある日女房が呼んだ」が「言った」に変わっている。この変更は小さなものだが、なぜ固有名詞のストーンマンを、「大勢の」にしたのだろう?ロバート・E・リーはそのままなんだけど。「破壊者」として名指しするのが気の毒になったのだろうか。

 さらに、後年のライブバージョンなどでは、こんなケースもある。



 黒紋付き…?
 たしかに、「Stonewall's cavalry」に聞こえる。と、すればストーンウォール・ジャクソンの事だろう。
 …と、なるとおかしなことになる。ダンヴィル鉄道が破壊される段階では、すでにストーンウオォール・ジャクソンは戦死している。しかも、彼は南軍の将軍だ。リッチモンドの補給線であるダンヴィル鉄道を、南軍の騎兵が破壊するというのは、どうもおかしい。北軍に利用されないように破壊したという意味だろうか?

 歌詞に固執してアレコレ言うのは、ロック楽曲においては野暮というものだ。しかしこの曲ばかりは、史実に即したディテールが、強い説得力になっていると思う。
 アーチストたちは、そこまで歌詞にこだわっていないかもしれないし、私もそれで構わない…いや、でも、ジョーン・バエズだしな…。彼女に会う事ができたら、ぜひともこの点を訊いてみたい。…ディラン様がどうこうって話は、べつにいいから。