Magical Mystery Tour が…やってくる…2012/08/26 21:53

 来る10月10日、ザ・ビートルズの映画 [Magical Mystery Tour] が、DVD, ブルーレイで発売される。1967年のクリスマスにテレビ放映され、その後何度かソフト化されたが、廃盤になるのが早く、あまり行き渡っていない。今回のソフト化が、おそらく決定的な機会となるだろう。

 しかし、ビートルズ・ファンの私だが、いまいち盛り上がり切れない。それは、この映画そのものの評価が、高くないからだ。いわゆる一般論もあまり高くないし、実際に見た私の感想も、良くないのだ。
 トレイラーが発表されている。困ったことに、こちらは凄く格好良い。



 予告編はどの映画も最高に面白そうだが、この作品も例外ではないらしい。

 私は、何事も「作品」には構成力を求める。小説にしろ、論評にしろ、文章にきちんとした構成があって、その基本構造の枠に作品がうまく作りあげられていると、評価が高い。ロジカルで説得力があるとさらに良い。従って、詩歌や抽象的な文学などは苦手。辻褄のあわない話、非現実的なものは苦手で、ファンタジーは門外漢。
 音楽も同様。音楽が構造的に分かり易い ― 作曲者が何を言いたいかが分かり易い曲が好きで、バッハやベートーヴェンが好きだと言うのは、その反映だ。逆に、ドビュッシーのような近代フランス物は、ぼんやしとしていて、私には何が言いたいのか分からないので苦手。こういう嗜好は、日本人女性ピアニストとしては少数派だそうだ。

 ビートルズをはじめとする、ロックンロール・ミュージックは、ほどよい長さの中にシンプルな要素をうまく組み込み、聴かせるという意味で、最高に構成力のある音楽ジャンルだと思っている。
 このロックの構成は、短さの中で実現するとちょうど良い。あまり横に長い構成にすると、ロックは弱い。だから、私は「ロック・オペラ」というジャンルの評価が高くないし、ロックなのにジャズを真似て、延々と続くジャムも、あまり好きではない。やはり、ビートルズがその頂点である、シンプルで縦方向へのインパクトに賭ける、ロックが好きだ。

 一方、映画[Magical Mystery Tour] はどうかと言うと。
 そもそも、構成らしい構成を作らないところから、この映画が始まっている。 この時点で、かなり怪しい。リアリティ・ショーにしろ、ドキュメンタリーにしろ、「作品」として発表するときには、構成力をもって編集しないと、ただのダラダラした物になってしまう。おそらく、[Magical Mystery Tour] はこの点において、評価が低いのではないだろうか。
 ポールは「(面白い)出来事を記録してゆく」と意図していただろう。私も日本語吹き替えで見たことがある、ドキュメンタリー「コンプリート・ビートルズ」はナレーション(江守徹)で「実際には何も起こらなかった」と表現したが、要するにそういうことなのだ。
 その上、編集が中途半端なため、さらに「別にこれと言ってなにも…」という感覚が強く残ってしまう。
 私がこの映画を見たときは、評価が低いと言っても、モノはあのビートルズだし、何十年も経てば、理解される内容に違いない…と、ひいき目に構えて見始めたのだ。しかし、ものの数十分で、「聞きしに勝るビミョウ映画だな…」と感じたし、今もその評価は変わらない。正直言えば、ビートルズの評価を下げる要素の方が強いのではないだろうか。
 映画としては、映画のプロが発案し、構成して撮影し、編集を施した[A Hard Day's Night] や、[Help!] の方が出来が良いのは当然。いかにポールが世界一ポジティブな精神で見直しても、それは「悪いなりにも良いところもある」という評価でしかないだろう。

 けなしてばかりいては、ビートルズ・ファンとしては失格だ。
 トレイラーを見れば、そこはビートルズ。音楽が最高であることは一聴瞭然。タイトル曲は「ツアー」と言えばしょっちゅう使われる有名曲だ。よくパロディにもなっている。私が好きなのは、漫画家いしいひさいちの、「コミカル・ミステリー・ツアー」(ホームズファン必読)
 ポールとジョンの曲は[Sgt. Pepper] の時代の良さが存分に発揮されている。それに対して、ジョージの曲はやや過渡期的で、当人もあまり煮詰めていない感じが否めない。彼が弾けるのはこの後の時期だ。
 結局、[Magical Mystery Tour] が良いのは、音楽であり、そのミュージック・ビデオとしての存在感だ。

 今回のDVD, ブルーレイ発売で、この作品に初めて触れる人たち、とりわけリマスター以来、ビートルズを聞き始めたひとたちは、[Magical Mystery Tour] をどう受け取るのだろうか。ビートルズにも失敗はあるものだと思うか、ポール並みにべらぼうなポジティブ思考で、名作と受け取るか。分かれるところだろう。

 今回の発売については、「豪華特典」のついた、デラックス・エディションが発売されるとのこと。[Help!]で懲りたので、私は通常版にしておく。今回は、ポールのコメンタリーや、リンゴのインタビューも追加されるというので、そちらには期待している。
 そもそも、映画としての出来は [Help!] の方が断然良いのに(私が一番好きなビートルズ映画は、[Help!] なのだ)、あれの特典は酷かった。ポールやリンゴの協力は得られないにしても、せめてディック・レスターなどのコメンタリーが入っていても良かったと思う。
 おそらく、ビートルズ本人(要するにポール?)の入れ込み方次第なのだろう。ポールにしてみれば、彼の輝かしいビートルズ時代において、評価を得られなかった作品だけに、どうしてもサルベージしたいという気持ちもあるのだろう。別に完璧など求めてはいないが、当事者にそういう気持ちがあるのは、分かるような気がする。