フレデリックスバーグ ― 2009/07/11 00:32
リーの率いる、南軍による北部侵攻作戦,メリーランド作戦が、アンティータムの戦いで挫折した後、逆に北軍が南部連合への侵攻作戦を実行に移し、バーンサイド率いるポトマック軍が南下した。
最初の大規模な戦闘は、ヴァージニア州フレデリックスバーグで行われたのだが、その地理的理由は、地図を見れば一目瞭然だ。

北部連邦首都ワシントンと、南部連合首都リッチモンドを結ぶ最短経路の、ほぼ中間にフレデリックスバーグは位置するのである。さらに、南北に流れるラパハノック川の西岸に町があり、背後にはメアリー高地という丘が控えていた。
1862年11月17日、12万の北軍が川の対岸に到着した直後に、バーンサイドが何らかの無理な手を使ってでも、軍を渡河させて、フレデリックスバーグに突入してしまえば、この町の名が歴史に残ることもなかったかもしれない。
この時、フレデリックスバーグの南軍は、せいぜい500ほどしか居なかったのだから、占領は造作もなかっただろう。
しかし、バーンサイドは渡河のため橋の構築に手間取り、その完成を悠長に待った。橋の遅れ自体は後方支援の責任だったが、現場責任者のバーンサイドはグズグズするべきではなかった。
北軍が川を渡りあぐねている間に、リー以下、ロングストリート,ストーンウォール・ジャクソン,スチュアートなど、歴戦の名将たちが70000の兵を率いてフレデリクスバーグに集結してしまった(それでも、数の上で南軍は北軍の6割にも満たないのだが)。
12月13日の明け方、バーンサイドは苦心惨澹の末、いよいよ渡河と総攻撃を命じた。
戦場は大雑把に言って南北に分かれていた。
フレデリックスバーグの市街地から南に5キロほど下流の西岸には、スローンウォール・ジャクソンと、ジェブ・スチュアートの騎兵が配された。数の上では北軍が圧倒していたが、北軍フランクリンの進軍は勢いを欠いていた。たちまち、スチュアートにやられてしまい、退却を余儀なくされた。
特に、スチュアートの部下で、わずか24歳の若い少佐ジョン・ペラムの砲撃は目覚ましい成果を上げ、リーの印象にも残った。このペラムというのは、3月9日の、スチュアートの記事に登場した、ペラムである。
一方、フレデリックスバーグ市街背後のメアリー高地では、まさにどうしようもない戦闘が展開されていた。渡河した北軍はせっせとメアリー高地に向かって進撃し、ばたばたと丘からの砲撃に倒された。
正規の軍隊による戦闘などと呼べる代物ではなかった。自殺行為だの、虐殺だの屠殺だのと記述されるほど、北軍の進軍は馬鹿げていた。そのことにバーンサイドが気付いて退却するにも、驚異的な時間がかかった。
指令部のリーは、名言を吐いた。
「戦争がかようにむごたらしいのは、いいことだ。そうでないと、我々は戦争が好きになり過ぎるかもしれない。」
これは、この状況で、しかも高潔な人格で知られたリーが言ったからこそ、意味がある。リーは余りにも愚かなこの状況を、当事者でありながら正確に把握していた。
日暮れになって、やっとバーンサイドは戦闘停止と撤退を決めた。それに際して、バーンサイドはリーに死傷者の回収を願い出た。「リーは寛大に受け入れた」と表現されるのだが、リーにしてみればこの状況で寛大も何もあったものではないだろう。
死傷者、北軍は12000(死傷率1割!)、南軍は5000だった。
最初の大規模な戦闘は、ヴァージニア州フレデリックスバーグで行われたのだが、その地理的理由は、地図を見れば一目瞭然だ。

北部連邦首都ワシントンと、南部連合首都リッチモンドを結ぶ最短経路の、ほぼ中間にフレデリックスバーグは位置するのである。さらに、南北に流れるラパハノック川の西岸に町があり、背後にはメアリー高地という丘が控えていた。
1862年11月17日、12万の北軍が川の対岸に到着した直後に、バーンサイドが何らかの無理な手を使ってでも、軍を渡河させて、フレデリックスバーグに突入してしまえば、この町の名が歴史に残ることもなかったかもしれない。
この時、フレデリックスバーグの南軍は、せいぜい500ほどしか居なかったのだから、占領は造作もなかっただろう。
しかし、バーンサイドは渡河のため橋の構築に手間取り、その完成を悠長に待った。橋の遅れ自体は後方支援の責任だったが、現場責任者のバーンサイドはグズグズするべきではなかった。
北軍が川を渡りあぐねている間に、リー以下、ロングストリート,ストーンウォール・ジャクソン,スチュアートなど、歴戦の名将たちが70000の兵を率いてフレデリクスバーグに集結してしまった(それでも、数の上で南軍は北軍の6割にも満たないのだが)。
12月13日の明け方、バーンサイドは苦心惨澹の末、いよいよ渡河と総攻撃を命じた。
戦場は大雑把に言って南北に分かれていた。
フレデリックスバーグの市街地から南に5キロほど下流の西岸には、スローンウォール・ジャクソンと、ジェブ・スチュアートの騎兵が配された。数の上では北軍が圧倒していたが、北軍フランクリンの進軍は勢いを欠いていた。たちまち、スチュアートにやられてしまい、退却を余儀なくされた。
特に、スチュアートの部下で、わずか24歳の若い少佐ジョン・ペラムの砲撃は目覚ましい成果を上げ、リーの印象にも残った。このペラムというのは、3月9日の、スチュアートの記事に登場した、ペラムである。
一方、フレデリックスバーグ市街背後のメアリー高地では、まさにどうしようもない戦闘が展開されていた。渡河した北軍はせっせとメアリー高地に向かって進撃し、ばたばたと丘からの砲撃に倒された。
正規の軍隊による戦闘などと呼べる代物ではなかった。自殺行為だの、虐殺だの屠殺だのと記述されるほど、北軍の進軍は馬鹿げていた。そのことにバーンサイドが気付いて退却するにも、驚異的な時間がかかった。
指令部のリーは、名言を吐いた。
「戦争がかようにむごたらしいのは、いいことだ。そうでないと、我々は戦争が好きになり過ぎるかもしれない。」
これは、この状況で、しかも高潔な人格で知られたリーが言ったからこそ、意味がある。リーは余りにも愚かなこの状況を、当事者でありながら正確に把握していた。
日暮れになって、やっとバーンサイドは戦闘停止と撤退を決めた。それに際して、バーンサイドはリーに死傷者の回収を願い出た。「リーは寛大に受け入れた」と表現されるのだが、リーにしてみればこの状況で寛大も何もあったものではないだろう。
死傷者、北軍は12000(死傷率1割!)、南軍は5000だった。
コメント
_ Swingin' ― 2009/07/12 12:28
_ NI ぶち ― 2009/07/13 22:18
>Swingin'さん
思わずのコメント、ありがとうございます!素敵なHNですね。TP&HBの居るカフェにはたどり着きましたか?
いやはは、Cool Dry Placeを見てくださて、ありがとうございました♪しかも当ブログも全制覇とは…!最近、ポメラのせいでますます長文化しているのに!ありがとうございます。
旧知の友達のようとは、光栄です。なぁに、トムさんもジョージに会ったとき(正確には2回目)、「前世でも親しかったはずだ!」と確信してますので(笑)。そういうこともありますよ。
RDADのフンイキ翻訳は、本当に雰囲気とノリと、愛だけで作ってしまいました。よりよい翻訳箇所がありましたら、教えてくださいませ♪
これからも、CDP, 当ブログ,ともども楽しんでいただけると嬉しいです!
思わずのコメント、ありがとうございます!素敵なHNですね。TP&HBの居るカフェにはたどり着きましたか?
いやはは、Cool Dry Placeを見てくださて、ありがとうございました♪しかも当ブログも全制覇とは…!最近、ポメラのせいでますます長文化しているのに!ありがとうございます。
旧知の友達のようとは、光栄です。なぁに、トムさんもジョージに会ったとき(正確には2回目)、「前世でも親しかったはずだ!」と確信してますので(笑)。そういうこともありますよ。
RDADのフンイキ翻訳は、本当に雰囲気とノリと、愛だけで作ってしまいました。よりよい翻訳箇所がありましたら、教えてくださいませ♪
これからも、CDP, 当ブログ,ともども楽しんでいただけると嬉しいです!
_ dema ― 2009/07/14 18:05
フレデリックスバーグの戦いは、北軍の拙劣な正面突撃、そしてその勇敢さに比例する膨大な損害。
司令官の無能さばかりが際立つ戦いでした。
でも、これはおそらくコールドハーバーでのグラントもおんなじです。時間あたりの死傷者数でいったらもっとひどかったかもしれません。
ただ、2人の違いはグラントが損害にめげなかったのに対し、バーンサイドはめげましたね。意地の悪い見方をすれば、バーンサイドは自分がたくさんの部下を殺してしまったことに責任を感じてしまったのに対して、グラントはいくら殺してもへーちゃらだったとも言えるかも。
何にしろ、リーは、バーンサイドもグラントも、戦術家としては二流だとしか思っていなかったのだと思います。彼が認めたのはマクレラン、ただ、この人戦略家としては二流でしたね。
司令官の無能さばかりが際立つ戦いでした。
でも、これはおそらくコールドハーバーでのグラントもおんなじです。時間あたりの死傷者数でいったらもっとひどかったかもしれません。
ただ、2人の違いはグラントが損害にめげなかったのに対し、バーンサイドはめげましたね。意地の悪い見方をすれば、バーンサイドは自分がたくさんの部下を殺してしまったことに責任を感じてしまったのに対して、グラントはいくら殺してもへーちゃらだったとも言えるかも。
何にしろ、リーは、バーンサイドもグラントも、戦術家としては二流だとしか思っていなかったのだと思います。彼が認めたのはマクレラン、ただ、この人戦略家としては二流でしたね。
_ >NI ぶち ― 2009/07/15 22:46
>demaさん
コールドハーバーを再確認してみると、なるほど…こりゃひどい。コールドハーバーの頃はすでに、南軍は圧倒的な劣勢であり、ジャクソンもスチュアートも居ないので、私の中で南軍の勝利感が薄かったのですが…やっぱり、リーの凄さは、バーンサイドと比べるべきものものではありませんね。
グラントは比べる対象になりえないというか…近代的な(人命の)消耗戦闘には、向いてる神経の持ち主ではありますけど。まぁ、それも将官には必要な才能なんでしょう。
結局、リーが認めたように、マクレランはそれなりの人材だったんでしょうね。まぁ、リンカーンじゃなくても、我慢の限界が来ると思うけど…
どうでも良いですが、南北戦争には、格好良い名前の人が目立ちますね。リーもそうだけど、アンブローズ・バーンサイードとか、ユリシーズ・グラントとか、ジョージ・マクレランとか…。
コールドハーバーを再確認してみると、なるほど…こりゃひどい。コールドハーバーの頃はすでに、南軍は圧倒的な劣勢であり、ジャクソンもスチュアートも居ないので、私の中で南軍の勝利感が薄かったのですが…やっぱり、リーの凄さは、バーンサイドと比べるべきものものではありませんね。
グラントは比べる対象になりえないというか…近代的な(人命の)消耗戦闘には、向いてる神経の持ち主ではありますけど。まぁ、それも将官には必要な才能なんでしょう。
結局、リーが認めたように、マクレランはそれなりの人材だったんでしょうね。まぁ、リンカーンじゃなくても、我慢の限界が来ると思うけど…
どうでも良いですが、南北戦争には、格好良い名前の人が目立ちますね。リーもそうだけど、アンブローズ・バーンサイードとか、ユリシーズ・グラントとか、ジョージ・マクレランとか…。
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思わずコメントしてしまいます。
NIぶちさんの「CoolDryPlace」を見つけて、とても驚きました。
1、すばらしい。ステキ。
2、熱狂的なファンとは言え、一人でこんなにアウトプットする方がいたとは。
3、しかも、おそらく同年代なのでは。
4、嗜好や感じ方に符合する部分がとっても多い。感じがする。
好きなものや興味の対象が同じ方向なのだから当然っちゃ当然ですが
手繰っていく方向や、表現の仕方が、旧知の友達みたいだと思いました。
(勝手にすみません)
ブログ、結局全部読ませていただきました。
&「RDAD」DVDの正確な情報を得られたのはNIぶちさんのお陰です。
安心して買えました。ありがとうございました。
書き込みにあたって考えてみた名前は微妙でしたが、
これからも、ちょいちょい読ませていただこうかと思っています。