Tom Meets Mike2019/06/08 22:48

 バンド結成秘話というのは、良いものだ。
 友達がチューニングができる奴を連れてきたとか、幼友達とダートフォード駅で再会するとか、「あなた、アフガニスタンに行ってましたね」とか。

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのバンド結成秘話は、間違いなく1970年にトムさんがマイクに初めて会った日のエピソードだろう。ほとんど伝説化していて、当の本人の口から語られても、ディテールが違って面白い。

 まず、最初に広く流布したのは、ボックスセット "Playback" のライナーに記載されていたバンド史だと思う。
 それによると、ドラマーのランダル・マーシュのオーディションのために、その住まいを訪ねたトムさんと、トム・リードン。マーシュのルームメイトはギターが弾けると言うので ――

 間もなく彼(マーシュ)は、マイク・キャンベルという名の痩せて物静かな若者を連れて戻ってきた。ペティは彼に「ジョニー・B・グッド」を弾けるかと尋ねる。キャンベルは「やれると思うよ」ともぐもぐ答えたが、演奏が始まると2人のトムは彼のピッキングに惹き込まれ、興奮してしまった。ペティとリードンは互いに顔を見合わせ、キャンベルを見つめると「僕らのバンドに入るんだ!」と言った。

 私は学生時代にこのボックスを手に入れて読んだのだが ―― つまり、自分以外のトム・ペティ・ファンを知らない頃 ―― そのときから、このエピソードが大好きだった。
 当人たちも好きだったようで、「カントム」こと、[Conversations with Tom Petty] (2005)によると、こうなっている。

  ぼくらはジャムを始めた。ぼくらがマーシュに「リズムギターが居ると良いよな」と相談すると、「俺のルームメイトはギターを弾くぜ」と言う。それで、マイクを引き入れた。
 マイクが日本製のギターを持っていたので、ぼくは言った。「俺、リッケンバッカーを持ってるから、使っても良いよ。」
 すると、マイクは「これでいいよ」と言った。
 マイクは "Johnny B Good" を弾き始めた。そして曲が終わるなり、ぼくらは言った。
「バンドに入れ!」


 ここでは一言「日本製」と言っているが、その意味するところは、トムさんが自分のリッケンバッカーをいくらか自慢げに貸そうとしたところからも、だめなギターだったことが分かる。
 ハートブレイカーズの伝記映画 [Runnin' Down a Dream] (2007)になると、トムさんから語られる話に、さらに色が加わる。

 それでギタリストが二人は必要だという話になった。ランダルは奥の部屋にいる友達が、ギターを弾くと言った。
(ランダルが)こう言うのが聞こえた。
「マイク、お前リズムギターを弾けるか?」
   すると、声が返ってきた。「うん、できると思うよ。」
 その部屋に居たのが、マイク・キャンベルだった。あいつは、裾を切り落としたジーンズを着ていたけど、あれ以来見てないな。
 マイクは80ドルの日本製ギターを持っていた。この時点でぼくらは一斉に視線を落とした。「うわぁ。こいつじゃ、だめだ。」ってね。マイクが “Johnny B. Good” を演奏し始めると、ぼくらはもはやドラマーどころじゃなくなった。
 歌が終わると、ぼくはすぐに言った。 「おい、バンドに入るんだ。」
「ええ、でも…」
「でもじゃない。入るんだ。」
 その場ですぐに、ぼくらは友達になった。


 日本製のギター、80ドルになった。そしてマイクが変なジーンズをはいている。
 しかし、話はこれでは終わらない。時は過ぎ、2017年。トムさんの「伝説盛り」はここまでくる。



 友達の車でマーシュとマイクのところにやってきたトムさん。まず、ドアを開けたのが「身長が7フィートくらいありそうな(2メートルくらい?)妙な男」ということで、いきなり縦長過ぎるマイク登場。
 しかも、「たった1ドルのギターだ。たった1ドルの、日本製のギターを持っていた!」それじゃあ、道で拾ったのと同じじゃないか。そして、"Johnny B. Goode" を演奏し終わると、
「あんたが何者か知らないけど、バンドに入れ!これからずっとだ!」
 重要なのは、"forever" という言葉だろう。その1970年から47年。"forever" の言葉通り、マイクはずっと一緒のバンドにいたのだから。

 さて、2019年1月、マイクも Guitar World のインタビューで、初めてトムさんと会ったときのことを話している。
 さすがにギターは1ドルではないが、80ドルでもない。

 ぼくが部屋に入ると、髪の長いトムがいた。ほかの連中も髪が長かった。ぼくはそのとき髪が短くて、裾を切ったジーンズをはいていた。しかも60ドルの日本製のギターを持っていた。完全にオタクだよね。彼らの顔が「だめだこりゃ。絶対無理」って言っているのが分かった。 そういうことはほかにもあったんだよ。でもぼく自身、連中がクールだなと思った。
 とにかくみんなで座ると、「何をやる」とぼくが尋ねた。すると彼らが「何ができる」と訊き返すので、"Johnny B. Goode"を提案した。
 演奏し終わると、トムがぼくを見て言った。
 「あんたが何者か知らないけど、バンドに入れ。これからずっとだ。」
 それがトムに会った夜だった。


 "Johnny B. Goode" を言い出したのは、マイクになっている。そしてトムさんや仲間の長髪が印象的だったようだ。マイクはそれ以前にフロリダ大学の芝生で演奏する彼らを見て、格好良いと思っていたので、なおさら自分のイケてなさが目立ったのだろう。安物の日本製ギターも含めて。
 しつこく言及される「日本製」は、絶対に褒め言葉ではなく、もちろん貶しているのだが、日本人としてはちょっと嬉しい。笑い話の一部になれたのだから。
 トムさんの最後の台詞は、たぶんトムさんがライブで語ったのが、マイクに伝染したのだろう。"forever" という言葉は、トムさんが世を去ったことで現実になってしまった。

 この手の伝説は、真実が語られる事なんて、ちっとも重要じゃない。当人たちが盛りに盛って、おおいに結構。そこには、彼ら自身の思い入れと、愛おしみが込められているのだ。人にはそういう青春の思い出があって良いし、それをバンドのファンも愛しているのだから。