Wild One Forever2016/01/04 22:02

 年始めだし、iPodをアルバムでシャッフルし、最初に流れたTP&HBのアルバムから1曲ピックアップしようと思ったら、ファースト・アルバム [Tom Petty & The Heartbreakers] がヒットした。ものの始めにはちょうど良い。

 "Wild One Forever" は、彼らの曲の中で特にヒット曲というわけでも、有名な曲というわけでもないが、ちょっとした名曲だ。トムさんによると、休憩時間に作った曲だとのこと。ギターを鳴らしながらちょっと歌ってみた曲を、そのまま引き延ばし、ヴォリュームを ― 音量,楽器の厚み共に大きくしたような曲だ。
 若いトムさんの切々とした歌声がぐっと心を掴むようで、若さだけが持っているパワーを感じさせる。ギターソロの無い、独特の構成も面白い。

 [Conversations with Tom Petty] によると、ロンはチェロを弾いているとのこと。コーラスのところでかすかに聞こえると、トムさんは言っているが ― これが難しい。アレかなぁ…くらいしか、認識できない。



 最近ではすっかりライブで演奏しなくなった曲だとのこと。確かに、若い内の方が向いている曲かも知れない。あの独特の緊張感は、若さと危うさの産物なのではないだろうか。
 [Live Anthology] では、1980年の演奏が収録されており、ベースはロン。印象的なコーラスは、もちろんスタン。ハウイの美しさも良いけど、スタンのいなせな感じも大好きだ。



  最後にちょっとだけマイクがソロっぽいパッセージを奏でていて、これがとても美しい。
 スタジオ録音でもそうだが、ベンモントの分散和音の淡々とした感じが、トムさんの声の目一杯な感じとのコントラストという意味で絶妙だ。シンセサイザーの音がちょっとだけ違和感があるが、これは致し方無しか。
 トムさんはもうとっくに若い頃の声ではなくなっているが、スコットを加えた厚みのある編成で、どんな演奏になるか、聴いてみたい気もする。

Tribute to the memory for my friend2016/01/08 20:41

 友人のATさんが亡くなったという報に接しました。ご冥福をお祈りします。

 ATさんとの出会いは、インターネットでした。彼女は中世の英国王リチャード3世に関する詳細なブログサイトを運営しており、英国史に興味のある私が、そのサイトをたびたに閲覧していたことに端を発します。おそらく、世界でも有数の、リチャード3世サイトでしょう。
 はじめはサイトを見るだけだったのですが、ある時、ATさんが記事の中でボブ・ディランに言及したことがあり、彼のファンだということが分かったのです。そこで私からメールを差し上げたところ、実はTP&HBにも興味があり、TP&HBのファンサイトに出入りしていた私のことを知っておられたのです。しかも、ディラン・ファンでもある私の影響で、TP&HBのファンにもなったとのことでした。

 それ以来、盛んにメールのやりとりをして、歴史や音楽について語り合いました。ATさんは古楽にも興味があり、いつか私の母校の楽器資料室にご案内しようとか、同じ海外ドラマが好きだったりとか、英語読書に挑戦しているとか、とにかく共通の話題が多かったのです。
 ATさんは北日本在住で、首都圏在住の私とお会い出来る機会はなかなかありませんでした。2010年のディラン来日のとき、彼女の街での公演がなかったので、どうにか都合のあう東京公演のチケットを取ろうと、チャットをしながら躍起になったものです。残念ながら、このときのATさんは、ディランを見ることが出来ませんでした。
 メールだけではなく、物のやりとりも盛んにしました。私は遠征に行くと必ずお土産を送り、またスティーヴ・フェローニのサイン入りCDが手に入ったときも、プレゼントしました。ATさんも、歴史に関する本や、トム・ペティが愛飲しているお茶を送って下さいました。そして、マンガに関して門外漢の私に、いかにして歴史に関するマンガを入手すれば良いかも、教授して下さいました。
 ATさんのブログサイトに関して、歴史の話に花を咲かせる一方、私の、このブログもよくご覧になって下さっていました。ご自身のブログサイトで使っているハンドルネームで、コメントを下さったことも、何度もあります。

 2012年、リチャード3世の遺骨がイングランドのレスターで発掘されたという大ニュースがあり、この時も、盛んにやりとりしたものです。
 そして2013年、私はディランが約50年ぶりにロイヤル・アルバート・ホールでライブをするという情報を得て、渡英することにしました。そして、リチャードが発掘されたレスターに行くことも心に決めていました。次にしたのは、一度もお会いしたことのないATさんに、一緒に行かないかというお誘いのメールでした。
 ATさんのお仕事はとてもお忙しいものでしたが、スケジュールを調整し、同行すると返事を下さいました。ディランのチケットはほとんどソールド・アウトでしたが、私があれこれチケット・サイトを紹介し、どうにか舞台背後の席が取れたのです。

 2013年11月、成田空港で初めて会った私たちはロンドンに飛びました。初めて会って、いきなり一緒に海外旅行というのも、ずいぶん思い切った物です。
 しかし、とても楽しい旅行となりました。ウェストミンスター寺院や、ロンドン塔のような歴史と縁の深い場所、リチャード3世が創設した紋章院、ナショナル・ポートレート・ギャラリー、RAHの見学ツアー、フォートゥナム・アンド・メイソンでのアフタヌーンティーなど、楽しみが目白押し。そしてもちろん、一番のイベントはレスターでした。
 夜が明けきらないロンドンを出発し、朝日がのぼるイングランドの野を列車で走り、レスターへ到着しました。ATさんが手配してくださったタクシーでボズワース古戦場や、ミュージアムも堪能しました。
 レスターの街ではリチャードの発掘現場や、彼が通ったであろう道、大聖堂などを訪ねました。

 そしてもちろん、ボブ・ディランのコンサートも、もう一つのクライマックスでした。ATさんにとっては初めてのディランのライブ。どこがどうという理屈ではなく、ただ、彼と同じ空間で、直接音楽を聴かせてくれることの感動 ― 私も遠い昔に味わった、あの新鮮な体験に、ATさん感動していました。
 旅のあいだじゅう、歴史や音楽、そのほか沢山のことをお喋りしました。
 ATさんは一日早く帰国することになっており、私たちはホテルで別れました。気をつけて帰って、というのが最後にお会いしたときの会話です。

 帰国してから、私は自分のサイト Cool Dry Place に、旅行記を掲載しました。旅の道連れとして、ATさんが登場します。しかし、私は意識的にATさんの言動について詳細には記載しませんでした。ATさん自身が、帰国後、かならず旅行記を作成するとおっしゃっていたからです。ですから、私があれこれと書くまでもありません。その完成を心待ちにしていました。
 その後もメールや物のやりとりは続きました。メールのたびに、旅行記がまだ出来ていないと嘆いておられました。私は、旅の感動が薄れない内に、早く書いた方が良いとアドバイスしたものです。

 メールのやりとりは、去年の年賀状が最後になりました。
 その後、私から特に連絡することがなかったのです。ATさんのブログサイトは、更新がぱったりと止んでしまいました。更新が休止することはよくあったので、気にも留めませんでした。そのうち、またいつものように更新再開するだとうと思っていました。
 私は去年の10月にロンドンへ行きましたが、そのときもATさんのためにお土産を買ってきました。いつもなら帰国後すぐに発送するのですが、今回だけは公私ともに忙しく、すっかり遅くなってしまいました。発送しないまま12月になってしまったので、クリスマス・プレゼントにしようと、私にしては珍しく、それらしい包装をして、発送したのです。
 宅配業者から連絡があり、何度不在票をお届けしても連絡がないと知らされました。住所が変わったのだろうかと思い、何度もATさんにメールしたのですが、返信はないまま。年が明けてから、配送業者から品物が私に返送されてきました。
 ATさんが亡くなったようだという伝言つきでした。

 私は事を確認する術を考えました。一緒に旅行中、更に親しくなる内に、ATさんの職場の話も聞いていたのです。そこで、私はその職場のアドレスを調べてメールを出し、彼女の消息を尋ねました。突然、人の消息を尋ねる私に対して、職場の方はとてもご親切だったのだと思います。思いがけなくも、ATさんのお母様と電話でお話しすることができました。
 お母様によると、先月の上旬、突然体調を悪くされ、亡くなったということです。お母様の口調からも、本当に突然だったのだということが分かりました。宅配の返品をしたのは、お母様だったようです。
 私は覚悟していたのですが、ちゃんとお母様とお話できたか、分かりません。ただ、お悔やみと、ATさんが良いお友達だったこと、素晴らしいブログサイトを運営されていたこと、イングランド旅行がとても楽しかったことをお伝えし、そして電話を下さったことにお礼をするしかありませんでした。

 ロンドンから戻ってすぐに、お土産を発送していれば、ATさんは受け取り、いつものとおり、私にメールを下さったでしょう。今回に限って、そうはなりませんでした。早くを送っていればと思う一方、このタイミングのずれがあったからこそ、お亡くなりになったっことが分かったのだということも、確かです。

 ATさんは私よりすこしだけお若い方でした。ごく真面目で、誠実な人柄でした。とても賢く、努力家で、それをいかしたお仕事をして、社会に貢献しておられました。
 そして、私の友人でした。頻繁に会うことはないけれど、とても遠いところにいたけれど。歴史と、リチャードと、音楽と、ディランと、TP&HBが好きな、そしてインターネットの時代ならではのつながりを持った、「同士」でした。
 ATさんの旅行記は拝見できずじまい。いつか、ジョセフィン・テイの "The Daughter of time" の新訳版を一緒に作りたいという夢も、夢のまま。

 悲しみはもちろんですが、何よりも寂しいという気持ちです。悲しみや寂しさは、消えることはありませんが、ただ、私はやがてそれに慣れてゆくでしょう。
 このブログは主に音楽に関するエッセイなので、個人的な日記を載せる物ではありません。でも、ATさんに関しては、彼女の不在に慣れてゆく私の、追悼の気持ちとして、想い出として、何かの「しるし」として、書き留めようと思います。
 ATさんの魂が安らかでありますように。

Shinko Music Mook ELO2016/01/12 21:29

 すっかり英語の勉強に倦んでしまい、日本語の本を買うという、お金の非効率的な使い方に、逃げている。しかも時間も大してつぶれないので、さらにもったいない。本屋をブラブラするのも危険だ。漫然と面白そうな本を手に取り、なんとなく買うなど、大変よろしくない。
 音楽雑誌のコーナーをウロウロしていたら、ELOのムック本が目に付いた。曰く、「Shinko Music Mook Crossbeat Special Edition ELO 祝・新作発売!!ELOとジェフ・リンの全軌跡を徹底研究」とのこと。
 うん、まぁ、まぁ。私は特にジェフ・リンやELOの大ファンだってわけじゃないし。アルバムぜんぜん揃えてないし。うん、まぁ、まぁ、立ち読みでジョージやトムさんの記事を見れば良いか~…などとペラペラ立ち読み。ウィルベリーズのアルバム解説でガン読み。
 どうしよう。面白い。ウィルベリーズのアルバム解説は数あれど、これはなかなか面白い。買おうかな。やめようかな。一晩考えるべきか。しかし、そういうことをすると、二度と手に入らない……購入決定。
 ああああああ無駄遣いだ…買ってしまった…!



 石井達也さんという方が、[Volume One] と、[Vol. 3] 双方の解説を書いている。何が面白いって、ウィルベリーズの良さを "Handle with Care" をたとえに出して説明しているところ。
 「気負いのないスリムなハリスンのヴォーカルが和やかに響き、オービスンの艶やかで澄んだ歌声が続く。」そして、「ディランとペティのヘナヘナコーラスがドヤドヤと被ってくる」と表現している。
 「ヘナヘナコーラスがドヤドヤ」って、コーラスとしては全然褒め言葉ではない。その上、「ジョージ以外の四人はコーラスに関しては素人同然」とまで言っている。
 素人扱いされた四人のファンにしてみれば一言返したいかも知れないが(ディラン・ファンは黙っているかも知れないが)、私はこの表現が気に入ってしまった。ウィルベリーズは、ある意味あまり統一感のない五人が、友情と雰囲気だけで作りあげてしまったバンドだ。
 あの何とも言えないほほえましさ、親近感、「ヘナヘナコーラスがドヤドヤ」入ってくる可愛らしさこそが、愛おしく感じられるのだと思う。中高生の男子が、部活帰りにたわいもなく楽しくじゃれあっているのを見た時の、あのなんとなく素敵な気分と同じだ。

 ウィルベリーズの二枚のアルバムを解説すると言いつつ、実は [Volume One] の良さを力説している。1本のマイクで一度に録音して、調整のしようもなかったが、それが良さである [Volume One] に対し、[Vol.3]はきちんとしたスタジオ設備で、「ヴォーカルは均整なものに整えられ、前作にあった魅力的なデコボコ感はなくなってしまった」と言う。
 もちろん、[Vol.3] の良さもちゃんと認識しており、ディランのリラックスした雰囲気と、ジム・ケルトナーの貢献を強調していたのが嬉しい。

 ジョージやトムさん、TP&HB、ビートルズ作品の仕事についても色々解説されている。
 ELOをジェフ・リンの映像作品なども網羅しているのだが、残念ながら [Concert for George] が含まれていない。ジェフ・リンの大仕事として、ぜひともピックアップしてほしかった。

 うっかり買ってしまったムックだが、後悔はしていない。まだまだ読むところもあるし。ELOのアルバムもきっと揃える日が来るだろうし。まかりまちがって、ライブを見るかも知れないし。
 でも、しばらく本屋はうろつかないことにする。

武蔵と鮭2016/01/15 23:10

 人に、「武蔵と小次郎はどうして決闘したの?」と訊かれた。
 そんな素朴なことを訊かれると困る。
 そもそも、佐々木小次郎って実在なのか?まぁいい。そこは適当に、やれ関ヶ原後は合戦もなく、身を立て仕官をするには名を挙げる決闘が手っ取り早くて、さらに戦国の風が残っていたので実際の斬り合いが盛んだったとか、そんなことを喋った。

 そもそも、なんだってそんな質問をしたかと言うと。コレらしい。
 「武蔵の遅刻理由」をご覧あれ。

びじゅチューン!

 かなりジワジワくる。他の作品と比べても、武蔵は頭抜けている。一番意味不明なのは、「武士と言えども聞き上手」!しばらく頭にこびりつく。

 某テレビ局はこの手の短いが、ヘンテコな物をよく発信してくる。
 それで思い出したのが、名曲「サーモンUSA」。これは凄い。



 海苔はさすがにUSAではないらしい。ビールがいきなり「アメリカさ!」と大雑把になる。
 何が凄いって、ちゃんと作詞・作曲者の名前が日本人で表示されること。大丈夫なのか。しかし元ネタには無い、超お洒落なブリッジがあるだけでも大した物だ。
 そして異常に歌の上手い杉山清貴。才能の無駄遣いなのか、素晴らしい使い方なのか。多分、後者。
 一番謎なのが、日本画風の鮭図で「シャケは英語でサーモーン!」と力説するのだが、落款が「鮭」なこと。シャケが描いたのか…
 こうなると、オリジナルも「一切合切USA!」にしか聞こえなくなるから、恐ろしい。



 シャケと言えば、これも好き。シャケ缶を作るために、メーカーがどれほど危険を冒して、シャケを入手しているかを知らしめるCM。

I Forgot More Than You'll Ever Know2016/01/19 22:12

 自分で注文したことをすっかり忘れていたCDが、先日届いた。TP&HB関係であることはおぼろげながら覚えていたのだが…
 これだった。



 1986年,ボブ・ディラン with トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのライブ演奏を、ラジオで放送したもの。題して [Dylan & Petty Live n the Radio '86] 「デジタル・リマスター」されているとのこと。たしか、ビデオの [Hard to Handle] と同じライブではなかっただろうか。
 このラジオの音は、友人の好意で以前から持っていたのだが、ディスクで持つのは初めて。音もすこし良いし、嬉しい。まぁ、要するにブートなんだけど。

 ボブ・ディランに、ハートブレイカーズというゴージャスな取り合わせが、まず最高。そして所々で、無理矢理にでもデュエットするトムさんとディラン様がイカしていて、眩しい。音だけど眩しい。
 某所で、「コーラスに関しては素人同然」と言われて、私のツボにはまったお二人。ハモる気があるのやら、無いのやら。ディランさまはメインだから、もちろん我が道を突っ切り、トムさんも力業で被せてくる。
 この取り合わせはファーム・エイドで実現しており、それがきっかけになってツアーに出よう!ということになったのだから、ディラン様の気に召したらしい。バンドの良さは言うに及ばず。

 二人のデュエットに関して言えば、映像でも有名な"Like a Rolling Stone", "Knockin' on Heaven's Door"もしくは、"Blowin' in the Wind" が印象的だが、さらに私のお気に入りは、"I Forgot More Than You'll Ever Know"。
 もともとは、1950年代のカントリー楽曲だそうだ。ファーム・エイドの時も共演しており、画質は悪いが、そのときの映像もある。



 なんだかもぅ、ヤケクソ気味のデュエットに聞こえるのだが、ふたりらしくて、とても可愛い。ハウイがマンドリンを弾いているので、ステージとしては珍しくマイクがベース。トムさんとディラン様を見るマイクの目がハートだ。
 ベンモントはどこにいるのやら、まったく見えないが、かわりに、アンプの向こうに隠れている人がいる。案の定、バグズだった。

 ブートレグをお勧めするのもちょっとどうかとは思うが ―ともあれ、このCDはとてもお勧め。ディラン様とTP&HB両方のファンとしては必聴。
 互いが妥協して調和の取れた、でもつまらない物を作りあげるのではなく、素のままでがっちり組み合い、そのちょっといびつだけど、クールな音楽は、ウィルベリーズへと受け継がれていく。そんな過渡期の音楽としてもとても意義深い。

'Hotline Bling' as Bob Dylan2016/01/23 22:17

 先週、ジミー・ファロンが新しいボブ・ディランのモノマネを披露したとのこと。これは嬉しい。早速拝見!



 やっぱり最高、ジミー・ファロン。大好き。
 本歌は、Drakeという人らしい。一応こちらもチェックしたが…よくもまぁ、70年代のディラン様, しかも "Positibely 4th Street" 風にしたものだ。
 歌声はほぼ完璧。真面目にこれをディランだと言われて聴けば、信じるレベル。ハーモニカは声ほどは似ていないのだが。
 照明やアングルも上手い。ジミー・ファロンは、がっちりした体格で、首が短い。そこが、もともと華奢な骨格のディラン様との違い。

 このモノマネの舞台裏の様子もアップされている。



 以前にも話題にしたが、ファロンがスティーヴィー・ニックス(本物)と一緒に、トム・ペティのモノマネをした時も、骨格の違いが惜しかった。トムさんも基本は華奢で、首もほっそりと長い。
 声はディランほどのレベルでは似ていない。そもそも、それほど声を似せようとしていなかったようだが、視線とか仕草とか、語尾などはそれなりに似せている。
 ハートブレイカーズのレベルが高く、 ― とりわけ、スタンとベンモント役の人がよく似ている。つまるところ、一番似ていないのはスティーヴィー・ニックス。



 こうなったら、ファロンは「一人ウィルベリーズ」をやるべきではないだろうか。五人中、二人はサングラス・キャラだし。ジョージのヒラヒラした声とか、ロイ・オービスンの美声もマネのし甲斐があるというものだ。
 合成を駆使するのはファロンの芸風ではないかも知れないが、ぜひともやってほしい。

Winter in New York2016/01/27 22:21

 私は寒さに弱い。寒がりで、すぐに寒い、寒いと訴える。夏よりだんぜん冬が嫌い。べらぼうに着込むので、ミシュランみたいになって、ノソノソ歩いている。



 日本もさることながら、アメリカ東部も猛烈な寒波とのこと。そんな大雪の中、酔狂にも娘とお散歩をしていたスティーヴン・タイラーが、CNNのお天気リポートにとっつかまった。

Steven Tyler: Stay inside and drink hot chocolate

 「家に居ろ!ホット・チョコレートでも飲め!」
 しかし、なんだってこの状況で外に出たんだ。

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの発足メンバーはフロリダ出身で、デビューしたのも、その後もLAなのであまり寒い所と縁がなさそうだ。唯一、ベンモントだけはニューイングランド(マサチューセッツ州)の名門高校に通っていたのだが。
 トムさんが珍しく寒そうなところに居るMVと言えば、"You Wreck Me"。チラチラ映り込む街はニューヨークだと思う。雪こそ降っていないが、雨交じりで、トムさんが防寒用のマフラーをしている。



 寒そうなニューヨークと言えば、最初に思い出すのは、スティングのこの曲。
 こんなニューヨークにも憧れるが、私にはきっと無理だろう。



 さらに寒そうなニューヨークを代表する人といえば、もちろんこれ。



 雪が降り積もったグリニッジ・ヴィレッジ。ディランはやけに薄着だと思うのだが、若さ故か、二人なら寒くないっていうアレか。

 そのくせ、ディラン様というのはいつも寒そうな顔をして鼻を鳴らしている印象がある。
 その意味で一番印象的だったのは、1980年代にジョン・ハモンドのトリビュート・ドキュメンタリー番組に出たときのディラン。出た、というよりはハモンドとの対話のシーンが番組に使われていたのだろうか。
 その映像を音大時代に図書館で見たのだが、その後まったく目にしていなかった。かろうじて、この画像だけを発見。たぶん、これだ。



 左側に、ハモンドが座っている。
 これを見た頃は、ディランを好きになりたてで、南極越冬隊みたいな格好をして、不機嫌そうな仏頂面で、始終グスグス言っているディランが強烈だった。
 今ではすっかり、カリフォルニアの住人であるディラン様だが、私は冬の寒いニューヨークこそ、ディランをイメージする場所だと持っている。

There is a time for everything2016/01/31 20:11

 退職するという他国の人から、全社員宛にメールが来ていた。退職の挨拶メールというのは珍しくないが、そのメールの冒頭にはこうあった。

There is a time for everything, and a season for every activity under the heavens. – Ecclesiastes 3:1

 多くの同僚はこれは何だろうという顔をしていたが、さすがに私はピンときた。ザ・バーズの "Turn! Turn! Turn!" で有名な聖書の一節だ。「何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」
 音大の授業に、「聖書につけられた音楽について」という課題があり、この曲を選んだ。



 普通、この曲を語るときは、「伝道の書」からの一節ということになっているが、私が持っている聖書では「コヘレトの言葉」となっている。ちなみに、私が持っている聖書は、1987、1988年の新共同訳。
 英語では Ecclesiastes となっているが、これは伝道者を表す「コヘレト」の英語版で、そこから "Turn! Turn! Turn!" を説明するときに、「伝道の書」という言い方をするようだ。日本語の聖書では、ヘブライ語の Koheleth 「コヘレト」をそのまま使っている。
 ちょっと長いが、この第三章,第一節から第八節までを引用してみよう。

 何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある
 植える時、植えた物を抜く時
 殺す時、癒やす時
 破壊する時、建てる時
 泣く時、笑う時
 嘆く時、踊る時
 石を放つ時、石を集める時
 抱擁の時、抱擁を遠ざける時
 求める時、失う時
 保つ時、放つ時
 裂く時、縫う時
 黙する時、語る時
 愛する時、憎む時
 戦いの時、平和の時


 "Turn! Turn! Turn!" の最後にでてくる、"I swear it's not too late." というのはどこから来ているのかは、よく分からない。"Turn, turn, turn"という言葉と共に、ピート・シーガーが作った詞だろうか。この一言がとても効果的で素晴らしい。

 この曲を、トム・ペティがロジャー・マッグインと一緒に演奏しているときの動画が大好きだ。前半は "Mr. Tambourine Man" で、後半3分ごろから "Turn! Turn! Turn!"



 気持ちよさそうにコーラスをつけるトムさんの表情が、最高に幸せそう。
 こういうものを見ると、マッグイン一人の演奏も味わいがあって良かったが、やはりロック・バンドとして聞かせて欲しいとも思うのだ。