聴音2019/07/01 21:23

 聴音というと、私にとっては音楽を耳で聞き取り、五線譜にうつすことを言う。
 子供の頃に訓練すると、これができるようなりやすいのだが、私もその伝で、その質は劣悪ながら、ある程度の聴音はできる。
 質が悪いというのは、音がとれる種類に非常に限りがある。まずピアノが一番聞き取りやすい。あと、調性が分かっていれば、当然取りやすい。
 自分がやらない楽器や、人の声はほとんどとれない。

 ともあれ、最近はティン・ホイッスルの曲を五線にする必要に迫られ、時々聴音をする。
 そして、Heartbreaker's Japan Partyさんの Project X の一環として、けっこう乱暴な聴音をすることに・・・



 今は、コンピューターで処理すれば、簡単に五線譜ができるそうだが、どうもそういうハイテクは性に合わない。楽譜もパソコンで打てるはずだが、どうしても手書きしかやる気が起きない。
 この写真の譜面は草稿なのだが、まだきれいな方。学生のころは、もっとひどい楽譜を書いていた。おたまじゃくしの玉なんて書かず、短い斜め線だけで済ましていたのだ

 不思議なもので、ウクレレの先生にコードだけ習ってジャカジャカ弾いているうちは気にならないのに、単音楽器用に聴音をし始めると、細かい箇所の半音が気になる。
 やはり自分は、クラシック出身のピアノ弾きなんだなぁと、改めて実感した。

Itzhak Perlman2019/07/05 23:20

 ヴァイオリニスト、イツァーク・パールマンのドキュメンタリーを見た。
 彼の演奏そのものよりも、人生に焦点を当てた作品で、なかなか面白かった。

 何が面白いって、パールマンが共演する人がいちいち超大物過ぎて、基準がどこにあるのか、さっぱり分からなくなることだ。
 バッハの伴奏は、マルタ・アルゲリッチでなくてはならぬと言い、アルゲリッチほどの人が、少ししか出てこない。
 一番凄いなと思ったのが、チャイコフスキーのピアノ三重奏の練習風景で、一瞬だけ映ったピアニストが、エフゲニー・キーシンだったこと。キーシン!超のつくピアノ・ヒーローなのに、ほんの一瞬の登場だった。
 2015年にカーネギーホールで、チェロのマイスキーも含めて演奏会をしており、その練習だったようだ。



 パールマンはクラシックの枠を超えたマルチな演奏家で、映画音楽も担当している。
 ドキュメンタリーでは、ビリー・ジョエルのコンサートに参加して、その存在感を見せていた。
 こちらは、オーディエンス・ショットではあるが、"We Didn't Start the Fire"――



 ビリー・ジョエルとパールマンには共通点が多いようだが、ニューヨーク・メッツのファンであることもそうらしい。

しあわせな水曜日だった2019/07/10 23:23

 7月5日に亡くなった、芝祐靖先生のご冥福をお祈りいたします。

 芝先生は、楽家に生まれ、宮内庁楽部に勤められ、若くして退官された後は、さらに広い世界で雅楽の演奏、普及に努めてこられた。龍笛の名手にして、ほかの楽器にも精通されていた。そして古楽の復曲、新作の作曲に情熱を傾けられ、伶楽舎をはじめとする雅楽団体での演奏を盛んに行われた。
 後進の指導にもつとめられ、多くの学校や教室、団体で雅楽愛好者に指導された。こどものための雅楽の作曲や上演、普及活動にも熱心だった。
 芝先生の存在なしに、今日、私たちが雅楽を楽しめる世界はあり得なかった。まさに、雅楽における太陽であった。

 私の音大時代、芝先生は毎週水曜日に大学にいらした。
 まず先生自身が和室の掃除をして、二限目の初心者クラスを待っていた。明るく、優しい先生は、やってきた学生たちを、「いらっしゃ~い!」と素敵な笑顔で迎えてくださった。
 お昼休みは、学科の研究室でランチを食べる。もともと明るい研究室が、芝先生の存在でさらに明るくなった。ふだん傲岸な教授も、芝先生の前ではこども同然だった。
 三限目中級、四限目上級。私や雅楽好き仲間は、必須ではない四年生になっても上級クラスに出て、先生との授業を楽しんだ。
 お茶やお菓子が出て、我が母校らしいほのぼのとした雰囲気は最高だった。さすがに音大生で、学生たちは器用だ。先生は様々な曲に挑戦させてくださった。
 私たちが三年生の時、「陵王一具ができるよ」と言い出したのは、芝先生だった。「蘭陵王」の舞楽、「陵王一具」をやるなどという大それたことは、私たち自身は想像もしていなかった。でも、先生のひとことで、私たちはすっかりその気になった。やろう、やろうと言って、本当に学園祭で披露したのだ。装束はすべて先生が貸してくださった。

 芝先生は、学生たちをとてもかわいがってくださり、飲み会などにも積極的にいらした。
 ある年の新入生歓迎会で、「えぇ~非常勤講師の芝です・・・」と自己紹介したときは、周りが「客員教授です!」と慌てた。
 合宿にも、卒業式後の謝恩会にも、明るく楽しい先生の笑顔があった。
 私と仲間たち数人を、ご自宅に招待してくださったこともあった。ふだんビシっとスーツできめている先生が、作務衣で迎えてくださった。

 私は卒業してからもしばらく、社会人向けの教室で、芝先生に龍笛を習った。
 伶楽舎の演奏会でも、先生にご挨拶すると、いつもの笑顔で答えてくださった。
 近年、先生は体調がお悪いこともあり、早く演奏会場を後にされることも多かったし、私も先生がお疲れにならないよう、お声をかけずに帰ることも多くなった。しかし、去年、文化勲章のお祝いを申し上げに行くと、やはり輝くような笑顔で対応してくださった。
 学生時代の思い出を話すと、さらに先生の笑顔が広がった。

 芝先生のいらした水曜日の音大は、しあわせだった。先生はそういう時の創造主であり、青春の光源だった。
 水曜日の音大の和室。芝先生の龍笛はうっとりするほど素晴らしく、琵琶を弾く姿は美しかった。しあわせな水曜日だった。

King's Road 19812019/07/15 16:11

 1981年、トム・スナイダーの番組に出演した、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ。4枚目のアルバム [Hard Promises] を発表したばかりの、若TP&HBである。
 デビュー5年目ではあるけど、今からしてみれやっぱりまだ初々しい彼らの姿からまずはじっくり鑑賞。



 トムさんの髪が短い!髪を短くしている時期というのは、時々あらわれるのだが、この時期はもみあげをすこし伸ばして、そして短髪。ブライアン・ジョーンズみたいなマッシュルームを狙ったのだろうか。それにしては、毛量とハリ・コシがイマイチだね。ブロンドにハリ・コシを求めるのも厳しいけど。
 ついでにベンモントも髪が短い。うーん、ハートブレイカーズは時々、トムさんに合わせて誰かがかならず短くする習慣でもあったのだろうか?2000年ごろにはトムさんとマイクが動じに超短かった頃があるのだが。

 演奏は格好良くてクール!それに尽きる。ギターブレイクに向かってどんどん熱量をあげていくのに、飽くまでも控えめでバンドとの調和を第一にする、そして、ヴォーカルのためにすべてを捧げるようなマイクのギター。その控えめながら、唯一無二の存在が良い。
 ベンモントのピアノ・ソロがあるのも良い。この時代にして、シンセサイザーではなく、アコースティックのピアノ。こういう自分を貫くところがハートブレイカーズは格好良い。

 どうしてトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズは日本ではそれほどメジャーにならなかったのかというのは大きな、そして永遠の謎だが、結局日本はロックンロール・ミュージックの本場ではないということも、理由の一つではないだろうか。
 ハートブレイカーズは、この演奏に見られるように、徹頭徹尾自らが愛した、60年代のロックンロールの体現者であり、70年代末から80年代にかけての時代の潮流に乗っかったバンドではなかった。サウンドも、スタイルも、ビジュアルも。
 時代の「最先端」、「潮流系」の手のバンド,グループの需要なら、日本にも一定の受け皿があっただろう。

 一方で、ロックの本場には純粋に60年代からのロックンロールを貫き通すバンドの受け皿も、十二分にあった。TP&HBは「時代の最先端」ではなくても、大事なロックンロールそのものだった。その大事なロックンロールは、やがて「ハートランドロック」と名付けられ、永遠のロックの魂として大事にされてきたし、これからもそうだろう。

 若いTP&HBが炸裂させる "King's Road" を聴くと、彼らがどれほど最高かがわかり、同時にちょっとした謎が解けるような気がする。

 それにしても、演奏後、マイクとハグするトムさん。二人とも、可愛いね!!

What Is Life (Covers)2019/07/19 21:58

 CFGこと、[Concert for George] は何から何まで完璧で文句のつけようが無いのだが、いかんせんジョージの名曲は多い。あの曲、この曲もやってほしかったという贅沢な思いもある。
 "What Is Life" もその一つで、サム・ブラウンがド派手に歌い上げたら格好良かっただろう。

 名曲なので、当然カバーもある。
 私が最初に聴いた "What Is Life" のカバーは、ショーン・マリンズのもの。1999年で、ジョージはまだ存命だった。私は初めてのTP&HBライブ遠征でサンフランシスコに行ったのだが、町中にやたらと GAP の店舗があり、何となく入った一軒の店内で、この曲が流れているのを聴いたのだ。帰国してから、TP&HBファンの仲間から、アーチストを教えてもらった。
 ほとんど完コピに近いカバーで、イントロなどは気をつけていないと、オリジナルと取り違える。



 お次は、ジョージが亡くなった後、2004年のニール・モース。
 こちらは、ドラムがかなり派手にアレンジされているが、やはりほぼオリジナルに近い。ただ途中で急に "Hoo!" というのは笑える。
 エンディングがちょっと残念かな。



 ジョージの生前に戻るが、1992年の、ニコラ・シルキスのはすごく面白い!



 ELO! 超 ELO!
 ジェフ・リン全開!完全に [Cloud Nine], ウィルベリーズのサウンドから発展させたことが分かる。ちょっとラットルズっぽくもある。本家よりも本家っぽいというか・・・

 [George Fest] の時のアル・ヤンコビックは至ってまっとうな、オリジナルに近い演奏だったが、"What Is Life" は完成度が高すぎて、ほかにどうしようも無いのかも知れない。その点、シルキスの挑戦は評価されても良いだろう。

Three Basses2019/07/24 20:42

 「三人ベース」と言えばコナン=ドイルみたいだし、「ベースの三人男」ならジェローム・K・ジェロームみたい。

 Heartbreaker's Japan Party さんに教えていただいた、1979年の面白い映像。オランダの音楽番組だそうだ。



 トムさん、マイク、ロンと三人が全員ベースを持っている!(もちろん口パク)
 曰く、「どう見ても、機材が間に合わなかったようにしか見えない!」
 確かに・・・よく見ると、ベンモントのキーボードもしょぼい。

 まぁ、ツアーなんてしていれば、いろいろなことが起こるだろう。適当なギターもなかったということは、ベースだけが届いてしまったとか、そういう事故だろうか。どうせなら、トムさんが手ぶらでも、それはそれで珍しくて良い。

 笑える「三人ベース」ではあるが、やっぱり若いトムさんは可愛い!しかもシャツがおしゃれ。チェッカーフラッグ!ネクタイはしていないのに、カラーピン!
 マイクはネクタイがチェッカーフラッグ・・・!おそろ?おそろ!!カワイイ!
 そしてベースを持っているけど、エンディングで健気にソロっぽい動きをするマイク。
 楽しい映像だった。

For What It's Worth2019/07/28 21:40

 1966年にリリースされた、バッファロー・スプリングフィールドの "For What It's Worth" は、スティーヴン・スティルスの作品だそうだ。
 時流の中で反戦歌として受け入れられているが、スティルスが触発されたのはナイトクラブをめぐるデモとのこと。
 実際なにを元に音楽が作られるのかはともかくとして、曲そのものが素晴らしく美しく、クールだ。



 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズもこの曲をカバーしている。
 有名なのは、バッファロー・スプリングフィールドがロックの殿堂入りセレモニーの際のジャムで、トムさんが加わったときなのだが、どうもこれはリハ不足で(特にトムさん)、グダグダ。
 それよりも、1987年のライブ・バージョンが圧倒的に格好良い。



 ドローンとしたイントロに、淡々としたトムさんのヴォーカル。曲がどんどん盛り上がり、観客の熱も上昇していく。
 この時期は、スタンのドラムスに、ハウイのベース&コーラス。この取り合わせも大好きなのだ。ちょっとスマートではない、バタバタした感じが、むしろバンドに合っている。そしてハウイの完璧なコーラスが、この曲を輝かしいものにしている。
 マイクのギターソロは言うに及ばず。思いっきり音を歪ませ、ヴォーカルの美しさとは対照的に、ひにくれたサウンドで歌い上げてゆく。これはトムさんのギターとも絡みが最高だ。

 これ、どうしてこれまでどのライヴ盤として発表されていないのか、不思議なくらいだ。TP&HBにはまだまだそういう音源がありそうで、油断ならない。