Ralfe Band ― 2011/10/28 23:57
ラルフェ・バンドを知ったのは、英国コメディ,「ザ・マイティ・ブーシュ」を知ってから間もなくのこと。中心メンバーのオリヴァー(オリー)・ラルフェがブーシュ ― とりわけジュリアン・バラットと親しかったため、このコメディ作品に何度か登場していた。
ジャンル分けはよく分からない。「ブリティッシュ・フォーク・ポップス」と呼んでいるケースもあるし、これは外れていないだろう。ある意味、リンディスファーンに近いような、泥臭くて素朴なポップス。もっとも、私がラルフェのアルバムを買ったとき、「テクノ・ポップス」の棚に置いてあったのは何かの間違いだと思うが。
まずは、彼らの代表曲と言うべき、"Women in Japan"。突如、「日本」が登場するが、これは当時のバンドメンバーの一人に日本滞在経験があったかららしい。
このとぼけたような、脱力系のサウンドが何となく心地良い。歌詞もなんだかヘンテコで良い。特に、「顔の無い老婆がぼくの名を呼ぶ 彼女が言うには スペインから来た公認会計士に刺されたらしい」…というところが好き。「公認会計士」が出てくるところが、いかにもUK。
ブーシュへの出演シーンで一番好きなのは、ファースト・シーズンに登場した「グラム・フォーク」。ギターを弾いている方がオリー。顔が全然分からないけど…
ラルフェ・バンドのビデオで使われているイラストや、ジャケットデザインの多くはは、オリー・ラルフェ自身による。彼にはこういう才能もあるらしく、映像作品も幾つか作っている。

非常にどうでも良いことを気にして恐縮なのだが、英国男子にとってストライブTシャツというのは何か特別意味があるものなのだろうか。
まず、この人が着て話題をさらったり…

ジュリアンも私服で着てるし。

定番オシャレアイテム…なのかな?
ジャンル分けはよく分からない。「ブリティッシュ・フォーク・ポップス」と呼んでいるケースもあるし、これは外れていないだろう。ある意味、リンディスファーンに近いような、泥臭くて素朴なポップス。もっとも、私がラルフェのアルバムを買ったとき、「テクノ・ポップス」の棚に置いてあったのは何かの間違いだと思うが。
まずは、彼らの代表曲と言うべき、"Women in Japan"。突如、「日本」が登場するが、これは当時のバンドメンバーの一人に日本滞在経験があったかららしい。
このとぼけたような、脱力系のサウンドが何となく心地良い。歌詞もなんだかヘンテコで良い。特に、「顔の無い老婆がぼくの名を呼ぶ 彼女が言うには スペインから来た公認会計士に刺されたらしい」…というところが好き。「公認会計士」が出てくるところが、いかにもUK。
ブーシュへの出演シーンで一番好きなのは、ファースト・シーズンに登場した「グラム・フォーク」。ギターを弾いている方がオリー。顔が全然分からないけど…
ラルフェ・バンドのビデオで使われているイラストや、ジャケットデザインの多くはは、オリー・ラルフェ自身による。彼にはこういう才能もあるらしく、映像作品も幾つか作っている。

非常にどうでも良いことを気にして恐縮なのだが、英国男子にとってストライブTシャツというのは何か特別意味があるものなのだろうか。
まず、この人が着て話題をさらったり…

ジュリアンも私服で着てるし。

定番オシャレアイテム…なのかな?
Come Stai / Vasco Rossi ― 2011/09/20 22:27
イタリアから無事帰国。
ローマもフィレンツェも気温30度以上、強烈な日差しで真夏そのものだった。
地域で一番良かったのは、正味四時間ほどしか滞在しなかったフィレンツェであり、スポットでは、フィレンツェのサン・マルコ美術館(サン・マルコ修道院。フラ・アンジェリコの宝庫)がダントツだった。ローマでは、午前中のフォロ・ロマーノおよびパラティーノの丘(古代遺跡),国立絵画館(バルベリーニ宮殿),あとは教会のサン・ジョヴァンニ・ラテラーノと、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ。これらの共通点は、観光客が少なくて静かだったということ。
そう、ローマは特に、見たのは観光客の群れ(地元民は観光客相手の商売か、聖職者などしか見なかった)と、溢れる車ばかり。ちょっとうんざり。私もそのうんざりの構成物なのだが。
海外旅行に行くと、夜は早く宿に帰ってテレビを見る。イタリアでは、バラエティ番組や、歌番組に人気があるらしく、かなり時間を使って派手にやっている。特に、土曜日の夜に三時間に渡って放映された、お子様(8~12歳程度)歌謡合戦が凄かった。イタリア人はみんな歌がうまそうだが(刑事コロンボが「イタリア系で音痴ってのはあたしだけ」と言っていた)、それにしてもお子様たちの凄まじい歌唱力に圧倒された。
そして、MTVのようなミュージック・ビデオ・チャンネルが面白かった。ヒップホップ、ソウル系、テクノ、バラードあり、シンガーソングライター系、そしてロックポップス系など、色々と面白い。
ロック系では特に良い曲もたくさんあったが、メモをしていなかったので、覚えていない。唯一覚えているのが、ヴァスコ・ロッシの "Come stai"。「よう、元気?」という意味。(「ご機嫌いかがですか?」は "Come sta?")
このヴァスコ・ロッシというおじさんは1952年生まれ、1977年にデビューして以来、現役のポップ・ロック・シンガーソングライターとして有名らしい。なるほど、これだけのスタジアムがこれだけ一杯になって、盛り上がっているのだから、納得できる。
誰かに似ているような気がするのだが…誰だろう。ビデオではほかにも、ウォールフラワーズっぽいバンドとか、ビリー・ジョエルっぽい人とか、フィル・コリンズもどきとか、はたまたイタリアの佐野元春か?浜省とか…?だんだん「誰に似ているかを言ってみる大会」になってきて、楽しかった。
女性はとりあえず大人の女っぽさをアッピール。おじさんはおじさんのまま頑張っている。さすがに、歌手と名乗るのに問題があるような若い子のグループはなかった。
私はもともとショッピング欲が少ないので、ブランド店はもちろん、買い物そのものをあまりしなかった。数少ないCDショップも覗いたが、意外にもTP&HBのアルバムも数点揃っており、なかなか優秀だった。
テレビで音楽以外に面白かったのは、ドラマ。日本の2時間ドラマのような、[Don Matteo] が面白かった。「刑事コロンボ」や、「ジェシカおばさんの事件簿」も吹き替えで放映されており、人気らしい。
ローマもフィレンツェも気温30度以上、強烈な日差しで真夏そのものだった。
地域で一番良かったのは、正味四時間ほどしか滞在しなかったフィレンツェであり、スポットでは、フィレンツェのサン・マルコ美術館(サン・マルコ修道院。フラ・アンジェリコの宝庫)がダントツだった。ローマでは、午前中のフォロ・ロマーノおよびパラティーノの丘(古代遺跡),国立絵画館(バルベリーニ宮殿),あとは教会のサン・ジョヴァンニ・ラテラーノと、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ。これらの共通点は、観光客が少なくて静かだったということ。
そう、ローマは特に、見たのは観光客の群れ(地元民は観光客相手の商売か、聖職者などしか見なかった)と、溢れる車ばかり。ちょっとうんざり。私もそのうんざりの構成物なのだが。
海外旅行に行くと、夜は早く宿に帰ってテレビを見る。イタリアでは、バラエティ番組や、歌番組に人気があるらしく、かなり時間を使って派手にやっている。特に、土曜日の夜に三時間に渡って放映された、お子様(8~12歳程度)歌謡合戦が凄かった。イタリア人はみんな歌がうまそうだが(刑事コロンボが「イタリア系で音痴ってのはあたしだけ」と言っていた)、それにしてもお子様たちの凄まじい歌唱力に圧倒された。
そして、MTVのようなミュージック・ビデオ・チャンネルが面白かった。ヒップホップ、ソウル系、テクノ、バラードあり、シンガーソングライター系、そしてロックポップス系など、色々と面白い。
ロック系では特に良い曲もたくさんあったが、メモをしていなかったので、覚えていない。唯一覚えているのが、ヴァスコ・ロッシの "Come stai"。「よう、元気?」という意味。(「ご機嫌いかがですか?」は "Come sta?")
このヴァスコ・ロッシというおじさんは1952年生まれ、1977年にデビューして以来、現役のポップ・ロック・シンガーソングライターとして有名らしい。なるほど、これだけのスタジアムがこれだけ一杯になって、盛り上がっているのだから、納得できる。
誰かに似ているような気がするのだが…誰だろう。ビデオではほかにも、ウォールフラワーズっぽいバンドとか、ビリー・ジョエルっぽい人とか、フィル・コリンズもどきとか、はたまたイタリアの佐野元春か?浜省とか…?だんだん「誰に似ているかを言ってみる大会」になってきて、楽しかった。
女性はとりあえず大人の女っぽさをアッピール。おじさんはおじさんのまま頑張っている。さすがに、歌手と名乗るのに問題があるような若い子のグループはなかった。
私はもともとショッピング欲が少ないので、ブランド店はもちろん、買い物そのものをあまりしなかった。数少ないCDショップも覗いたが、意外にもTP&HBのアルバムも数点揃っており、なかなか優秀だった。
テレビで音楽以外に面白かったのは、ドラマ。日本の2時間ドラマのような、[Don Matteo] が面白かった。「刑事コロンボ」や、「ジェシカおばさんの事件簿」も吹き替えで放映されており、人気らしい。
エリック、来てたんだ! ― 2011/08/30 21:29
今朝のニュースを見て初めて知ったのだが、エリック・アイドルが初来日を果たしていた。
モンティ・パイソンのエリックが初来日
パイソンの中では、エリックが一番好きな私。言ってよ、エリック!迎えに行ったのに!
時期も時期だっただけに、「日本の首相になる準備のために来日しました」と、やおらかましてくれたらしい。さすがエリック!
「スパマロット」というパイソンネタ満載のミュージカル作品が、果たして日本でウケるのかどうかは分からない。どうせなら、久しぶりにパイソン普及大作戦でどの作品も放映してくれれば良いのだが。
エリック・アイドルと言えば、「ナッジ・ナッジ」や「旅行代理店」に代表される、喋りキャラであるとともに、音楽担当として卓越した才能を発揮した。私の一番のお気に入りパイソンがエリックであるところは、やはりこの音楽要素のせいだろうか。
ヘンテコな宗教目白押しスケッチでは、ジョン・レノンもどきに扮している。ラットルズでの上手すぎるポールもどきも面白かったが、こちらもなかなか。

パイソンの中からは、"Money Song" をどうぞ。まじめな経済番組だと思ったら、ひたすら現金フェチのエリックが歌い出す。可愛い。「マルクス主義とか言って、むーりむり♪」
そんなエリックなだけに、ソロでも音楽を用いて大活躍。パイソンミュージックをライブで披露したアルバムもあって、これがなかなかの力作。"Always look on the bright side of life" など、不覚にも涙が滲んでしまう。

ジョージとエリックの友情も有名。パイソンは「コメディ界のビートルズ」などと言われているが、そのレベルは同等とみて間違いないし、両者の関係の深さを思うと、珍しくこの表現は妥当。
映画[George Harrison: Living in the material world] にもエリックは出演しているし、予告編に登場した写真もとても素敵。二人とも若くて輝いている。

日本のお笑い界もそれなりに面白いし、実力もあると思うが、いかんせん英国とはテレビ番組の作り方が違いすぎる。予算はそれほど与えずとも、駆け出しの若手にチャンスは与えて、彼らがが「クリエイター」として、作品を好きなように作ってゆく英国の手法は、厳しい一方で(出来が悪ければ容赦なく打ち切る)、本物しか生き残らないので、当然レベルが上がる。
ミュージカルが受けるかどうかは別として、何回目かとなる英国コメディブームが沸騰してくれれば、ザ・マイティ・ブーシュももっと知名度が上がるのでは無いだろうか。エリック御大にすがりたい気もする。
モンティ・パイソンのエリックが初来日
パイソンの中では、エリックが一番好きな私。言ってよ、エリック!迎えに行ったのに!
時期も時期だっただけに、「日本の首相になる準備のために来日しました」と、やおらかましてくれたらしい。さすがエリック!
「スパマロット」というパイソンネタ満載のミュージカル作品が、果たして日本でウケるのかどうかは分からない。どうせなら、久しぶりにパイソン普及大作戦でどの作品も放映してくれれば良いのだが。
エリック・アイドルと言えば、「ナッジ・ナッジ」や「旅行代理店」に代表される、喋りキャラであるとともに、音楽担当として卓越した才能を発揮した。私の一番のお気に入りパイソンがエリックであるところは、やはりこの音楽要素のせいだろうか。
ヘンテコな宗教目白押しスケッチでは、ジョン・レノンもどきに扮している。ラットルズでの上手すぎるポールもどきも面白かったが、こちらもなかなか。

パイソンの中からは、"Money Song" をどうぞ。まじめな経済番組だと思ったら、ひたすら現金フェチのエリックが歌い出す。可愛い。「マルクス主義とか言って、むーりむり♪」
そんなエリックなだけに、ソロでも音楽を用いて大活躍。パイソンミュージックをライブで披露したアルバムもあって、これがなかなかの力作。"Always look on the bright side of life" など、不覚にも涙が滲んでしまう。

ジョージとエリックの友情も有名。パイソンは「コメディ界のビートルズ」などと言われているが、そのレベルは同等とみて間違いないし、両者の関係の深さを思うと、珍しくこの表現は妥当。
映画[George Harrison: Living in the material world] にもエリックは出演しているし、予告編に登場した写真もとても素敵。二人とも若くて輝いている。

日本のお笑い界もそれなりに面白いし、実力もあると思うが、いかんせん英国とはテレビ番組の作り方が違いすぎる。予算はそれほど与えずとも、駆け出しの若手にチャンスは与えて、彼らがが「クリエイター」として、作品を好きなように作ってゆく英国の手法は、厳しい一方で(出来が悪ければ容赦なく打ち切る)、本物しか生き残らないので、当然レベルが上がる。
ミュージカルが受けるかどうかは別として、何回目かとなる英国コメディブームが沸騰してくれれば、ザ・マイティ・ブーシュももっと知名度が上がるのでは無いだろうか。エリック御大にすがりたい気もする。
Sweet / Big Boss Man ― 2011/08/29 21:17
私が好きな英国コメディ,「ザ・マイティ・ブーシュ」の二人,ジュリアン・バラットと、ノエル・フィールディングはデュオを組んでからずいぶん経つ。彼らの代表作であるブーシュ以前にも、色々と一緒に仕事をしているが、2000年にジェイムズ・ピルキントンが監督した短編映画, [Sweet] でも共演している。主演はノエルの方だろう。
この10分ほどの短編映画、YouTubeにも上がっているのだが、どうやら18禁らしい。まぁ確かに…そういう内容だ。ノエルの脱ぎっぷりと熱演が…凄い。断っておくが、私がこの映画を見たのは、ブーシュの英国DVDボーナス映像としてくっついてきたからである。

ロンドンに暮らすいかにもイマドキな若者,ピート・スウィート(ノエル)は、相棒のスティッチ(ジュリアン)と、楽しく毎日を過ごしている。
ある日、友人に「想像上の妹・ポピー」を紹介され、すぐに恋に落ち、ラブラブ三昧の毎日を送りはじめる。ところが、その「想像上の彼女」との間にすきま風が吹き始めた頃、今度は「実在の彼女」であるデイジーともつきあい始める。ポピーともよりを戻し、二股をかけてお楽しみのピートを、スティッチは快く思って居らず、思わぬ邪魔立てをする。スティッチの罠にはまるピート。しかし、スティッチの真意とは…?!
「想像上の」と言うところが意味不明なのだが、これは見てもらわないと分からない。一応、YouTubeのリンクを張っておく。
Sweet
私はオチをまったく予想しておらず、普通にびっくりしてしまったのだが、友人には「UKモノのお約束だろう!」…と、馬鹿にされた。
さて、この映画は全編にわたってビッグ・ボス・マンというバンドの音楽を使っている。"Big Boss Man" というと、複数の有名な楽曲があるが、この場合は英国のジャズ・フュージョンバンドのこと。映画でのエンディング・テーマでは、それこそ曲名が "Big Boss Man" という曲を使っている。
私はこの "Big Boss Man" がすぐに好きになってしまい、映画のエンディングロールが終わる前にネットでアルバムを予約してしまったほどだった。収録はアルバムは、[Humanize]。映画のほかの楽曲もこのアルバムの曲を使っている。
Big Boss Man
フュージョンというのは私の好きなジャンルではないが、この曲のイカした格好良さには参ってしまった。なんと言っても、オルガンの格好良さがたまらない。ボーカルもはっちゃけているし、クールでホットで最高の乗りの名曲だ。
同アルバムでは、インストゥルメンタルも含めて、粒ぞろいの名作。かなりお勧め。
この10分ほどの短編映画、YouTubeにも上がっているのだが、どうやら18禁らしい。まぁ確かに…そういう内容だ。ノエルの脱ぎっぷりと熱演が…凄い。断っておくが、私がこの映画を見たのは、ブーシュの英国DVDボーナス映像としてくっついてきたからである。

ロンドンに暮らすいかにもイマドキな若者,ピート・スウィート(ノエル)は、相棒のスティッチ(ジュリアン)と、楽しく毎日を過ごしている。
ある日、友人に「想像上の妹・ポピー」を紹介され、すぐに恋に落ち、ラブラブ三昧の毎日を送りはじめる。ところが、その「想像上の彼女」との間にすきま風が吹き始めた頃、今度は「実在の彼女」であるデイジーともつきあい始める。ポピーともよりを戻し、二股をかけてお楽しみのピートを、スティッチは快く思って居らず、思わぬ邪魔立てをする。スティッチの罠にはまるピート。しかし、スティッチの真意とは…?!
「想像上の」と言うところが意味不明なのだが、これは見てもらわないと分からない。一応、YouTubeのリンクを張っておく。
Sweet
私はオチをまったく予想しておらず、普通にびっくりしてしまったのだが、友人には「UKモノのお約束だろう!」…と、馬鹿にされた。
さて、この映画は全編にわたってビッグ・ボス・マンというバンドの音楽を使っている。"Big Boss Man" というと、複数の有名な楽曲があるが、この場合は英国のジャズ・フュージョンバンドのこと。映画でのエンディング・テーマでは、それこそ曲名が "Big Boss Man" という曲を使っている。
私はこの "Big Boss Man" がすぐに好きになってしまい、映画のエンディングロールが終わる前にネットでアルバムを予約してしまったほどだった。収録はアルバムは、[Humanize]。映画のほかの楽曲もこのアルバムの曲を使っている。
Big Boss Man
フュージョンというのは私の好きなジャンルではないが、この曲のイカした格好良さには参ってしまった。なんと言っても、オルガンの格好良さがたまらない。ボーカルもはっちゃけているし、クールでホットで最高の乗りの名曲だ。
同アルバムでは、インストゥルメンタルも含めて、粒ぞろいの名作。かなりお勧め。
Yummy Yummy Yummy ― 2011/08/21 21:43
私のブリティッシュ・コメディ好きは、ビートルズの映画などを見るにつけて芽生えてきたとは思うが、なんと言っても決定打になったのは、モンティ・パイソンである。
そのモンティ・パイソンにも色々な作品があるが、一番面白いのは、やはりテレビシリーズ,[Monty Python's Flying Circus]だと思う。中でも第1シリーズと、第2シリーズの出来は群を抜いている。私は最初に音声は英語,日本語字幕でなれてしまったので、日本語吹き替えは苦手にしている。
第2シリーズ,エピソード11も、好きなスケッチ(コント)が詰まっているのだが、"How Not to be Seen" という作品がある。「身を隠す方法」。親切な政府広報番組として、「身を隠す方法」が伝授されるのだが、実際は「身を隠さないと消されます」という理不尽な話である。
最初は「お立ち下さい」と言われた庶民が素直に立ち上がると、狙撃される。学習した庶民、身を隠すが容赦なく爆破で消される。行き先を告げずにバカンスに出かけても、隣人(ガンビー)の密告により、消される。密告したガンビーも消される。家も、町も、国も!…
その模様を伝えたテレビ番組は、三輪車で大陸横断をこころみる間抜けそうなおじさんの話題を伝えると、サッカー選手へのインタビューに移る。このサッカー選手、身を隠していないと消されるということを学習しているので、見事に書類ケースに隠れた。しかし、「声は聞こえますよ」で、容赦なく爆破。
最後に、音楽をお送りしてお別れです。曲名は、"Yummy Yummy Yummy, I've got love in my tummy" それを歌うバンドも学習しているので…?!
消されてなる物かと、全員箱に隠れているのだが、どうせ彼らも爆破される運命ではないだろうか…?
このふざけた楽曲は、正式なタイトルは "Yummy Yummy Yummy"。演奏しているのはアメリカのバブルガム・ポップ・グループ、オハイオ・エキスプレス。この曲は1968年に発表された彼らの代表曲だ。
これぞ、「ザ・バブルガム・ポップ」と言うべきだろうか。軽くて親しみやすく、悪く言えば安っぽい。アホっぽいボーカルもなかなか良いが、意外とコーラスの作りなどは凝っていて良い。
バブルガム・ポップスというのは、ビートルズが活動後半にコンセプトアルバムなるものを打ち出したり、ロックそのものが多様化してプログレッシブ・ロックなど、難解な物が出るに至って、それに対する反動として発生したそうだ。その一方で、ブリティッシュ・インベイジョンに対抗するために、実力よりも(表面的な)人気取りを最初から意図して作り上げたポップ・グループという意味もあり、プログレ発生以前からモンキーズのような存在も有名だった。
無論、私の好きなジャンルにバブルガム・ポップというものは入っていないが、これはこれで音楽の存在として良いと思う。"Yummy Yummy Yummy" だって聴いたところイカした曲だと思うし、おそらく「時代を超えた良さ」なるものも備えているだろう。モンキーズに至っては、未だに頻繁に耳にする。
人気先行で「作り上げる」にしても、音楽そのものの質の基本価値観レベルが高ければ、それなりの物ができあがるという好例だろう。今はやっていそうな音を適当に連ねただけの、いい加減なポップスだったら、それほどの評価は受けないだろうし、何十年後も「良い曲」として受け取られることも無いだろう。
もっとも、オハイオ・エキスプレスに音楽的実力が底力として備わっていたわけではないようで、そこはさすがに「バブルガム・ポップス」の範囲にとどまっている。"Chewy Chewy" という曲もあるそうで、タイトルも同じような物なら、曲そのものもだいたい同じような物。日本のザ・タイガースもカバーしたことがあるそうだ。
そのモンティ・パイソンにも色々な作品があるが、一番面白いのは、やはりテレビシリーズ,[Monty Python's Flying Circus]だと思う。中でも第1シリーズと、第2シリーズの出来は群を抜いている。私は最初に音声は英語,日本語字幕でなれてしまったので、日本語吹き替えは苦手にしている。
第2シリーズ,エピソード11も、好きなスケッチ(コント)が詰まっているのだが、"How Not to be Seen" という作品がある。「身を隠す方法」。親切な政府広報番組として、「身を隠す方法」が伝授されるのだが、実際は「身を隠さないと消されます」という理不尽な話である。
最初は「お立ち下さい」と言われた庶民が素直に立ち上がると、狙撃される。学習した庶民、身を隠すが容赦なく爆破で消される。行き先を告げずにバカンスに出かけても、隣人(ガンビー)の密告により、消される。密告したガンビーも消される。家も、町も、国も!…
その模様を伝えたテレビ番組は、三輪車で大陸横断をこころみる間抜けそうなおじさんの話題を伝えると、サッカー選手へのインタビューに移る。このサッカー選手、身を隠していないと消されるということを学習しているので、見事に書類ケースに隠れた。しかし、「声は聞こえますよ」で、容赦なく爆破。
最後に、音楽をお送りしてお別れです。曲名は、"Yummy Yummy Yummy, I've got love in my tummy" それを歌うバンドも学習しているので…?!
消されてなる物かと、全員箱に隠れているのだが、どうせ彼らも爆破される運命ではないだろうか…?
このふざけた楽曲は、正式なタイトルは "Yummy Yummy Yummy"。演奏しているのはアメリカのバブルガム・ポップ・グループ、オハイオ・エキスプレス。この曲は1968年に発表された彼らの代表曲だ。
これぞ、「ザ・バブルガム・ポップ」と言うべきだろうか。軽くて親しみやすく、悪く言えば安っぽい。アホっぽいボーカルもなかなか良いが、意外とコーラスの作りなどは凝っていて良い。
バブルガム・ポップスというのは、ビートルズが活動後半にコンセプトアルバムなるものを打ち出したり、ロックそのものが多様化してプログレッシブ・ロックなど、難解な物が出るに至って、それに対する反動として発生したそうだ。その一方で、ブリティッシュ・インベイジョンに対抗するために、実力よりも(表面的な)人気取りを最初から意図して作り上げたポップ・グループという意味もあり、プログレ発生以前からモンキーズのような存在も有名だった。
無論、私の好きなジャンルにバブルガム・ポップというものは入っていないが、これはこれで音楽の存在として良いと思う。"Yummy Yummy Yummy" だって聴いたところイカした曲だと思うし、おそらく「時代を超えた良さ」なるものも備えているだろう。モンキーズに至っては、未だに頻繁に耳にする。
人気先行で「作り上げる」にしても、音楽そのものの質の基本価値観レベルが高ければ、それなりの物ができあがるという好例だろう。今はやっていそうな音を適当に連ねただけの、いい加減なポップスだったら、それほどの評価は受けないだろうし、何十年後も「良い曲」として受け取られることも無いだろう。
もっとも、オハイオ・エキスプレスに音楽的実力が底力として備わっていたわけではないようで、そこはさすがに「バブルガム・ポップス」の範囲にとどまっている。"Chewy Chewy" という曲もあるそうで、タイトルも同じような物なら、曲そのものもだいたい同じような物。日本のザ・タイガースもカバーしたことがあるそうだ。
Rock of Ages ― 2011/07/28 21:02
1864年5月9日、シェリダン率いる北軍騎兵10,000がグラントの本隊を離れ、一路リッチモンドを目指したことを知ると、ただちに南軍の騎兵隊長ジェブ・スチュアート少将は、配下の3師団を吸収しつつ、その後を追った。
9日も暮れた頃、シェリダンらは南軍の補給基地であるビーバー・ダム駅を急襲し、南軍の資材,医薬品などを焼き払い、さらにリッチモンドへと兵を進めた。
スチュアートがビーバー・ダムに到着したのは、翌10日の朝で、北軍が去った直後だった。補給基地の損害状況とともに、スチュアートは自分の家族の消息を知らされた。妻のフローラと、子供たちがこのビーバー・ダムのとある家に滞在しているというのだ。
スチュアートは部隊につかの間の休憩を与え、自分は共を一人だけ連れて、フローラのもとに駆けつけた。彼は馬から下りることなく、そのままフローラにキスをして別れを告げると、ただちに部隊へ戻った。
その道すがら、普段快活なスチュアートが、黙り込んでいた。日頃、南部が戦争に負けるようなことがあれば、自分は生きていまいと陽気に語っていたスチュアートだが、この時はやや陰鬱だった。
やがてシェリダンの動向情報が入り始めると、相変わらず北軍はリッチモンドへ向かっていることが分かった。スチュアートは配下の1師団をそのままシェリダンを追うルートを取らせ、自分はフィッツヒュー・リー(ロバート・E・リーの甥。スチュアートとは同年代の親友でもある)の師団とともに、南に回り込んで、シェリダンを迎撃する準備に入った。
10日の夜はトイラーズヴィルで休息し、翌11日朝、スチュアートは行軍を再開した。前年からスチュアートの副官を務めてるヘンリー・マクレラン(北軍の元ポトマック軍司令官,ジョージ・マクレランの従弟)は、この日の朝、スチュアートがいつになく沈んだ様子だったと記憶している。
やがてスチュアートはリッチモンド郊外のイエロータバン付近に到着し、リッチモンドへシェリダンの襲来に備えるように伝令を飛ばした。もっとも、10,000という大軍とは言え、騎兵だけで一都市を落とせるとは考えにくい。ともあれ、スチュアートはいかに数的に不利でも、ここでシェリダンを防ぎ止める心づもりだった。
イエロータバン付近での、南北両軍騎兵同士の衝突は、11日の正午ごろから始まった。何度も南軍が北軍を跳ね返したが、シェリダンは繰り返し攻撃を仕掛けた。スチュアートは、北軍騎兵だけでリッチモンドに傷を与えることは出来ない以上、シェリダンはこのイエロータバンに執着するはずがないと思っていたが、シェリダン当人の認識は違った。
シェリダンの目標はリッチモンドよりも、むしろスチュアートのその人だった。
戦闘は数時間続き、午後4時頃、スチュアートはまだ自軍を鼓舞しながらシェリダンの攻撃を防いでいた。北軍部隊は退却しつつあったが、その中の一人が44口径のピストルを発砲し、スチュアートの右脇腹に命中した。撃った男は結果を見ずに逃げていたので、彼が意図的にスチュアートを狙ったのかどうかは判然としない。
スチュアートの帽子が落ち、彼は脇腹を押さえ込んだが、かろうじて落馬だけはしなかった。配下の騎兵たちがすぐに将軍の負傷に気付き、スチュアートを囲んだ。スチュアートは、彼らに指示した。
「(フィッツヒュー・)リー将軍と、ドクター・フォンテインに、すぐ来るように伝えるんだ。」
スチュアートが後送されたところに、フィッツヒュー・リーが到着した。
「行くんだ、フィッツ。お前ならできる!」
こうして、指揮権はリーに移り、スチュアートは戦列を離れた。道々、南軍兵士を励ましながらだが、そんな中で彼は部下の一人に尋ねた。
「なぁ、俺の顔色はどうだ?」
「いつもの通りです、将軍。大丈夫ですよ。」
「さぁ、どうかな。神が俺の命をお召しになるというなら、心の準備はできている。」
ドクター・フォンテインは経験から、スチュアートは助かるまいと思った。とにかく、彼をリッチモンドに運び、グレイス・ストリートにある、スチュアートの親戚にあたるドクター・ブリューワー宅へ運び込んだ。
すぐに、ビーバー・ダムに居る妻のフローラに知らせるよう手配されたが、シェリダンの破壊によって電信が不通になり、さらに騎兵の戦闘のため、彼女が夫の元に駆けつけるには時間がかかった。
その間、弾丸を摘出することも出来ず、ただ傷口を冷やすだけの処置がとられた。スチュアートは死を覚悟し、副官のマクレランに細々としたことを言い残した。
「シェーファーズタウンの、ミセス・リリー・リーに、俺の戦闘用拍車を差し上げると、約束してある。サーベルは、息子に残そう。」
やがて、スチュアートの負傷を知った南部連合大統領のデイヴィスが見舞いに訪れた。しかし大統領にも、スチュアートは自分は生きられないと伝えた。
スチュアートは出血のため衰弱し、何度もフローラの消息を周囲に尋ねた。さらに、彼はドクター・ブリューワーに、自分がこの夜を越えることが出来るかどうか尋ねた。ドクターの答えは、ノーだった。
夜にかけて、スチュアートはさらに衰弱し、7時には牧師が呼ばれた。スチュアートはフローラに一目会いたいと願っていたが、それが叶わぬとも覚悟していた。
やがて周囲の人々は、スチュアートの好きな賛美歌 "Rock of Ages(千歳の岩)" を歌った。スチュアートも一緒に歌おうと試みたが、衰弱のため声にならなかった。そして7時38分、息を引き取った。
フローラは夫の回復を信じていたが間に合わず、その三十一歳という若い亡骸の元にたどり着いたのは、11時半だった。
スチュアートの葬儀は、5月13日午後5時から行われ、デイヴィス大統領も参列した。雨が降っており、遠くから、シェリダンとフィッツ・リーが攻防を繰り広げる銃声が聞こえてきた。
ロバート・E・リーにとって、スチュアートの死は単に優秀な部下の喪失にとどまらなかった。息子同様に愛していたスチュアートを悼み、リーは「彼のことを思うと、涙を流さずにはいられない」と語った。
9日も暮れた頃、シェリダンらは南軍の補給基地であるビーバー・ダム駅を急襲し、南軍の資材,医薬品などを焼き払い、さらにリッチモンドへと兵を進めた。
スチュアートがビーバー・ダムに到着したのは、翌10日の朝で、北軍が去った直後だった。補給基地の損害状況とともに、スチュアートは自分の家族の消息を知らされた。妻のフローラと、子供たちがこのビーバー・ダムのとある家に滞在しているというのだ。
スチュアートは部隊につかの間の休憩を与え、自分は共を一人だけ連れて、フローラのもとに駆けつけた。彼は馬から下りることなく、そのままフローラにキスをして別れを告げると、ただちに部隊へ戻った。
その道すがら、普段快活なスチュアートが、黙り込んでいた。日頃、南部が戦争に負けるようなことがあれば、自分は生きていまいと陽気に語っていたスチュアートだが、この時はやや陰鬱だった。
やがてシェリダンの動向情報が入り始めると、相変わらず北軍はリッチモンドへ向かっていることが分かった。スチュアートは配下の1師団をそのままシェリダンを追うルートを取らせ、自分はフィッツヒュー・リー(ロバート・E・リーの甥。スチュアートとは同年代の親友でもある)の師団とともに、南に回り込んで、シェリダンを迎撃する準備に入った。
10日の夜はトイラーズヴィルで休息し、翌11日朝、スチュアートは行軍を再開した。前年からスチュアートの副官を務めてるヘンリー・マクレラン(北軍の元ポトマック軍司令官,ジョージ・マクレランの従弟)は、この日の朝、スチュアートがいつになく沈んだ様子だったと記憶している。
やがてスチュアートはリッチモンド郊外のイエロータバン付近に到着し、リッチモンドへシェリダンの襲来に備えるように伝令を飛ばした。もっとも、10,000という大軍とは言え、騎兵だけで一都市を落とせるとは考えにくい。ともあれ、スチュアートはいかに数的に不利でも、ここでシェリダンを防ぎ止める心づもりだった。
イエロータバン付近での、南北両軍騎兵同士の衝突は、11日の正午ごろから始まった。何度も南軍が北軍を跳ね返したが、シェリダンは繰り返し攻撃を仕掛けた。スチュアートは、北軍騎兵だけでリッチモンドに傷を与えることは出来ない以上、シェリダンはこのイエロータバンに執着するはずがないと思っていたが、シェリダン当人の認識は違った。
シェリダンの目標はリッチモンドよりも、むしろスチュアートのその人だった。
戦闘は数時間続き、午後4時頃、スチュアートはまだ自軍を鼓舞しながらシェリダンの攻撃を防いでいた。北軍部隊は退却しつつあったが、その中の一人が44口径のピストルを発砲し、スチュアートの右脇腹に命中した。撃った男は結果を見ずに逃げていたので、彼が意図的にスチュアートを狙ったのかどうかは判然としない。
スチュアートの帽子が落ち、彼は脇腹を押さえ込んだが、かろうじて落馬だけはしなかった。配下の騎兵たちがすぐに将軍の負傷に気付き、スチュアートを囲んだ。スチュアートは、彼らに指示した。
「(フィッツヒュー・)リー将軍と、ドクター・フォンテインに、すぐ来るように伝えるんだ。」
スチュアートが後送されたところに、フィッツヒュー・リーが到着した。
「行くんだ、フィッツ。お前ならできる!」
こうして、指揮権はリーに移り、スチュアートは戦列を離れた。道々、南軍兵士を励ましながらだが、そんな中で彼は部下の一人に尋ねた。
「なぁ、俺の顔色はどうだ?」
「いつもの通りです、将軍。大丈夫ですよ。」
「さぁ、どうかな。神が俺の命をお召しになるというなら、心の準備はできている。」
ドクター・フォンテインは経験から、スチュアートは助かるまいと思った。とにかく、彼をリッチモンドに運び、グレイス・ストリートにある、スチュアートの親戚にあたるドクター・ブリューワー宅へ運び込んだ。
すぐに、ビーバー・ダムに居る妻のフローラに知らせるよう手配されたが、シェリダンの破壊によって電信が不通になり、さらに騎兵の戦闘のため、彼女が夫の元に駆けつけるには時間がかかった。
その間、弾丸を摘出することも出来ず、ただ傷口を冷やすだけの処置がとられた。スチュアートは死を覚悟し、副官のマクレランに細々としたことを言い残した。
「シェーファーズタウンの、ミセス・リリー・リーに、俺の戦闘用拍車を差し上げると、約束してある。サーベルは、息子に残そう。」
やがて、スチュアートの負傷を知った南部連合大統領のデイヴィスが見舞いに訪れた。しかし大統領にも、スチュアートは自分は生きられないと伝えた。
スチュアートは出血のため衰弱し、何度もフローラの消息を周囲に尋ねた。さらに、彼はドクター・ブリューワーに、自分がこの夜を越えることが出来るかどうか尋ねた。ドクターの答えは、ノーだった。
夜にかけて、スチュアートはさらに衰弱し、7時には牧師が呼ばれた。スチュアートはフローラに一目会いたいと願っていたが、それが叶わぬとも覚悟していた。
やがて周囲の人々は、スチュアートの好きな賛美歌 "Rock of Ages(千歳の岩)" を歌った。スチュアートも一緒に歌おうと試みたが、衰弱のため声にならなかった。そして7時38分、息を引き取った。
フローラは夫の回復を信じていたが間に合わず、その三十一歳という若い亡骸の元にたどり着いたのは、11時半だった。
スチュアートの葬儀は、5月13日午後5時から行われ、デイヴィス大統領も参列した。雨が降っており、遠くから、シェリダンとフィッツ・リーが攻防を繰り広げる銃声が聞こえてきた。
ロバート・E・リーにとって、スチュアートの死は単に優秀な部下の喪失にとどまらなかった。息子同様に愛していたスチュアートを悼み、リーは「彼のことを思うと、涙を流さずにはいられない」と語った。
3局リレースポーツ中継 ― 2011/06/18 23:05
今月、日本経済新聞の「私の履歴書」は、ジャズピアニスト山下洋輔の連載になっている。
私はジャズに関しては門外漢なのだが、山下洋輔とは母校が同じなため、親近感がある。私は母校を愛すること甚だしく、どのように書かれるのか気が気で無かった。結果、非常に良く書かれていてほっとした。母校は伝統もあるし、雰囲気もある良い学校なのだが、なにぶんにも商売上手というところが無い。はやりのドラマの撮影に使われるなど、おいしい宣伝とは縁遠い。山下洋輔も述べていたとおり、基本的に自由でのんびりした校風なのだ。
山下洋輔の連載においては、母校の件の他に、タモリの登場が注目点だった。このブログをお読みの方はもう気付いてると思うが、私はタモリが大好きなのだ。あの巨大な知性とセンス…心から尊敬している。
タモリは福岡に居た折、山下洋輔らのバンドがホテルで騒いでいる場に紛れ込んだことをきっかけに、「伝説の九州の男 森田を東京に呼ぶ会」が結成されるに至る。そして東京にやってきたタモリの活躍は、周知のとおりだ。
1978年というのだから、タモリが東京に来てデビューしてからそれほど年数がたっていないころの映像がこれ。
3局リレースポーツ中継
この番組、朧気ながら記憶があるようなないような…どうも判然としない。黒柳徹子と芥川也寸志のクラシック番組があったような気がする。ググってみると、NHKの「音楽の広場」のようだ。私が見たのは、この番組の末期だったらしい。私の記憶では、番組に「日本野鳥の会」の人がやってきて、オーケストラを一目見ただけで大体の人数を当てるという趣向があった。
とにかく、このタモリの芸を、NHKのクラシック番組で放映したのが凄い。古関裕而の顔も見られる。さすがは日本のスーザ。NHKのスポーツ行進曲もそうだが、「六甲颪」と、「闘魂こめて」も彼の作曲である。…確かにこの二者は似ている。
タモリも若いだけあって、やや声が高い。甲子園の決勝戦、一方は中洲産業大学付属ではないか!中洲産業大学の森田教授もお喜びでしょう。スキージャンプの余計なお世話な解説も笑える。
曲としては、NHKが古関裕而。NTVが黛敏郎。TBSのレイモンド服部は、リングネームではなく、クリスチャンネームがレイモンドとのこと。どれも名曲だが、私はやはりNHKが一番好きだ。今でもスポーツ中継の時はよく使われている。
私はジャズに関しては門外漢なのだが、山下洋輔とは母校が同じなため、親近感がある。私は母校を愛すること甚だしく、どのように書かれるのか気が気で無かった。結果、非常に良く書かれていてほっとした。母校は伝統もあるし、雰囲気もある良い学校なのだが、なにぶんにも商売上手というところが無い。はやりのドラマの撮影に使われるなど、おいしい宣伝とは縁遠い。山下洋輔も述べていたとおり、基本的に自由でのんびりした校風なのだ。
山下洋輔の連載においては、母校の件の他に、タモリの登場が注目点だった。このブログをお読みの方はもう気付いてると思うが、私はタモリが大好きなのだ。あの巨大な知性とセンス…心から尊敬している。
タモリは福岡に居た折、山下洋輔らのバンドがホテルで騒いでいる場に紛れ込んだことをきっかけに、「伝説の九州の男 森田を東京に呼ぶ会」が結成されるに至る。そして東京にやってきたタモリの活躍は、周知のとおりだ。
1978年というのだから、タモリが東京に来てデビューしてからそれほど年数がたっていないころの映像がこれ。
3局リレースポーツ中継
この番組、朧気ながら記憶があるようなないような…どうも判然としない。黒柳徹子と芥川也寸志のクラシック番組があったような気がする。ググってみると、NHKの「音楽の広場」のようだ。私が見たのは、この番組の末期だったらしい。私の記憶では、番組に「日本野鳥の会」の人がやってきて、オーケストラを一目見ただけで大体の人数を当てるという趣向があった。
とにかく、このタモリの芸を、NHKのクラシック番組で放映したのが凄い。古関裕而の顔も見られる。さすがは日本のスーザ。NHKのスポーツ行進曲もそうだが、「六甲颪」と、「闘魂こめて」も彼の作曲である。…確かにこの二者は似ている。
タモリも若いだけあって、やや声が高い。甲子園の決勝戦、一方は中洲産業大学付属ではないか!中洲産業大学の森田教授もお喜びでしょう。スキージャンプの余計なお世話な解説も笑える。
曲としては、NHKが古関裕而。NTVが黛敏郎。TBSのレイモンド服部は、リングネームではなく、クリスチャンネームがレイモンドとのこと。どれも名曲だが、私はやはりNHKが一番好きだ。今でもスポーツ中継の時はよく使われている。
十字路の悪魔 ― 2011/06/01 23:03
伝説のブルースマン,ロバート・ジョンソン生誕100周年を記念して、リマスタリングアルバム,[The Centennial Collection] が6月1日に発売されるそうだ。
同時に、ジョンソンの伝説をイラストで追うミュージック・ビデオが制作された。
私もジョンソンのアルバムは1枚持っていて、24曲収録されている。ジョンソンと言えば、ロックンロールに及ぼした影響や、多くのロックギタリストによってカバーされていることが強調されがちだが、そのブルースという音楽を純粋に聴くだけで、その背筋のぞくっとするようなパワーを感じずには居られない。
クリームによる "Crossroad" などはさすがに60年代だけあって、ロックの持つパワーに圧倒されるような魅力にあふれている。しかし、最近のエリック・クラプトンによるカバーアルバムとなると、やや空虚な印象を受ける。
ジョンソンの凄まじさはただブルースとしてコピーするには無理がありすぎ、ロックという熱量が加わって、やっと太刀打ち出来るのかも知れない。
ロバート・ジョンソンの伝説として有名なのは、「27歳の時に毒殺された」という伝承と、「十字路で悪魔に魂を売り渡して、その才能を手に入れた」というものだろう。むしろ、この伝説がなかったら、これほどジョンソンは有名人では無かったかも知れない。
しかし、この伝説は、完全にオリジナルではなさそうだ。18世紀末から19世紀にかけて活躍したイタリアの作曲家,ヴァイオリニストのニコロ・パガニーニも同様の伝説を持っているからだ。彼もまたその超絶的な演奏技術のために、「悪魔に魂を売った」と本気で噂された。無論、これも「メフィストとファウストの伝説」を前提にしているに違いない。
賭け事が好きで愛器を売り飛ばしたりもしたパガニーニだが、当人はなかなか商才もあったようだ。「悪魔との契約」を宣伝にしていた形跡もある。ともあれ、この噂はかなり広く知られたらしく、1840年に彼が死去したとき、複数の教会に埋葬を断られたそうだ。
パガニーニということで、有名なカプリース。古いが、ヤッシャ・ハイフェッツの演奏で。
同時に、ジョンソンの伝説をイラストで追うミュージック・ビデオが制作された。
Robert Johnson: Devilish Detail on Nowness.com.
私もジョンソンのアルバムは1枚持っていて、24曲収録されている。ジョンソンと言えば、ロックンロールに及ぼした影響や、多くのロックギタリストによってカバーされていることが強調されがちだが、そのブルースという音楽を純粋に聴くだけで、その背筋のぞくっとするようなパワーを感じずには居られない。
クリームによる "Crossroad" などはさすがに60年代だけあって、ロックの持つパワーに圧倒されるような魅力にあふれている。しかし、最近のエリック・クラプトンによるカバーアルバムとなると、やや空虚な印象を受ける。
ジョンソンの凄まじさはただブルースとしてコピーするには無理がありすぎ、ロックという熱量が加わって、やっと太刀打ち出来るのかも知れない。
ロバート・ジョンソンの伝説として有名なのは、「27歳の時に毒殺された」という伝承と、「十字路で悪魔に魂を売り渡して、その才能を手に入れた」というものだろう。むしろ、この伝説がなかったら、これほどジョンソンは有名人では無かったかも知れない。
しかし、この伝説は、完全にオリジナルではなさそうだ。18世紀末から19世紀にかけて活躍したイタリアの作曲家,ヴァイオリニストのニコロ・パガニーニも同様の伝説を持っているからだ。彼もまたその超絶的な演奏技術のために、「悪魔に魂を売った」と本気で噂された。無論、これも「メフィストとファウストの伝説」を前提にしているに違いない。
賭け事が好きで愛器を売り飛ばしたりもしたパガニーニだが、当人はなかなか商才もあったようだ。「悪魔との契約」を宣伝にしていた形跡もある。ともあれ、この噂はかなり広く知られたらしく、1840年に彼が死去したとき、複数の教会に埋葬を断られたそうだ。
パガニーニということで、有名なカプリース。古いが、ヤッシャ・ハイフェッツの演奏で。
音大社長の訃報 ― 2011/05/09 22:14
まったく迂闊なことだが、大賀典雄さんが亡くなったことを、つい先日まで知らなかった。4月23日東京で、多臓器不全のため81歳で亡くなったそうだ。
正直なところ、ソニーというブランドに関して、個人的には強い信頼感を持っていない。高品質,コンセプトとデザインの良さ、使いやすさ、そしてブランド戦略の巧妙さは買っている。が、いかんせん骨太な信頼性がない。壊れる。変なところで異常に使いにくい。内向きにアレコレとアイディアを出して自己満足に陥る。ウォークマンの栄光に縋りすぎる。新しいPCを購入するに当たっても、国内メジャーに限定したが、ソニーは最初から除外していた。
ともあれ、ソニーは日本を代表する、そして典型的な日本クォリティのメーカーである。その繁栄を築いた人物として、大賀さんは欠かすことの出来ない人だった。そして、CDというある時代を作り上げた媒体の完成に、大きく貢献した人物でもある。私は正に、彼に感謝すべき世代だ。
大賀さんは、その異色の経歴がよく知られている。静岡県出身。音楽が盛んな土地柄だ。戦後まもなく、東京芸術大学の声楽家に進学した(バリトン)。在校中に、当時東京通信工業と呼ばれていたソニーのテープレコーダーにクレームをしたのがきっかけになり、ソニーに入社した。そうは言ってもミュンヘン国立高等音楽大学、ベルリン国立芸術学部へ留学,卒業したので、音楽の方は中途半端なレベルではなかったようだ。
新進の会社ではあり得ることだったのだろう、大賀さんは34歳でソニーの取締役に就任。その後、社長,CEOを歴任した。その間、CBSやコロンビアを買収したり、MDを作ったり、ゲームジャンルに打って出たり。経営者としてはやり手という印象が強く、その世間での印象や評価については、あまり知らない。
私にとって印象深いのは、なんと言ってもCDの普及に貢献したことであり、そのことについて、友人カラヤンと何度も意見交換をしていたということだ。カラヤンが亡くなったときも、身近に居た。
もう一つ印象的なのは、退職金16億円(!高いのか?安いのか?)を軽井沢町に寄付し、これでもって軽井沢大賀ホールが作られたことだ。私は去年、初めて大賀ホールに行き、その音響の良さに仰天した。正直言って、プログラム的にはあの音響を活かし切っていないのではないかという感想すら持った。
ほかにも、東京国際オーボエ・コンクール(現:軽井沢国際オーボエ・コンクール)を創設したり、指揮者として活動したりと、音楽に寄与し続けた。
私が訃報をまったく知らなかったくらいだから、あまり報道されなかったのだろうか。確かに昨今の日本は他にニュースが多すぎるのだろう。
正直なところ、ソニーというブランドに関して、個人的には強い信頼感を持っていない。高品質,コンセプトとデザインの良さ、使いやすさ、そしてブランド戦略の巧妙さは買っている。が、いかんせん骨太な信頼性がない。壊れる。変なところで異常に使いにくい。内向きにアレコレとアイディアを出して自己満足に陥る。ウォークマンの栄光に縋りすぎる。新しいPCを購入するに当たっても、国内メジャーに限定したが、ソニーは最初から除外していた。
ともあれ、ソニーは日本を代表する、そして典型的な日本クォリティのメーカーである。その繁栄を築いた人物として、大賀さんは欠かすことの出来ない人だった。そして、CDというある時代を作り上げた媒体の完成に、大きく貢献した人物でもある。私は正に、彼に感謝すべき世代だ。
大賀さんは、その異色の経歴がよく知られている。静岡県出身。音楽が盛んな土地柄だ。戦後まもなく、東京芸術大学の声楽家に進学した(バリトン)。在校中に、当時東京通信工業と呼ばれていたソニーのテープレコーダーにクレームをしたのがきっかけになり、ソニーに入社した。そうは言ってもミュンヘン国立高等音楽大学、ベルリン国立芸術学部へ留学,卒業したので、音楽の方は中途半端なレベルではなかったようだ。
新進の会社ではあり得ることだったのだろう、大賀さんは34歳でソニーの取締役に就任。その後、社長,CEOを歴任した。その間、CBSやコロンビアを買収したり、MDを作ったり、ゲームジャンルに打って出たり。経営者としてはやり手という印象が強く、その世間での印象や評価については、あまり知らない。
私にとって印象深いのは、なんと言ってもCDの普及に貢献したことであり、そのことについて、友人カラヤンと何度も意見交換をしていたということだ。カラヤンが亡くなったときも、身近に居た。
もう一つ印象的なのは、退職金16億円(!高いのか?安いのか?)を軽井沢町に寄付し、これでもって軽井沢大賀ホールが作られたことだ。私は去年、初めて大賀ホールに行き、その音響の良さに仰天した。正直言って、プログラム的にはあの音響を活かし切っていないのではないかという感想すら持った。
ほかにも、東京国際オーボエ・コンクール(現:軽井沢国際オーボエ・コンクール)を創設したり、指揮者として活動したりと、音楽に寄与し続けた。
私が訃報をまったく知らなかったくらいだから、あまり報道されなかったのだろうか。確かに昨今の日本は他にニュースが多すぎるのだろう。
Wuthering Heights ― 2011/03/27 22:48
先月末、英国BBCが大々的な募金集めの番組、[Comic Relief] を放映した。
チャリティ番組とはいえ、そこは英国。わざとらしいお涙ちょうだいな演出にはせず、徹底的にトップ・コメディアンを繰り出してくる。私が好きなコメディアンも登場するのだが、中でも今年の注目は、ダンスバトルの [Let's Dance] 。大好きなザ・マイティ・ブーシュのノエル・フィールディングが参戦したのだ。
いったい何を披露するのかと思ったら、ケイト・ブッシュの "Wuthering Heights (嵐が丘)" のアテ振りダンスだった。
最後に登場したヒースクリフっぽい人は、ノエルの相棒,ジュリアン・バラット。最後に美味しいところをもっていった。最近この二人の間に秋風が吹いているのではないかなんて噂もあったが、杞憂だったらしい。誤解のないように断わっておくが、このマイティ・ブーシュの二人はストレートである。まぁ、ホモネタ好きではあるが…そこはブリティッシュ・コメディアンの典型。
ともあれ、このノエルのダンスは普通に面白いような気がする。本ネタはどんなのだろうかと確認してみると…なんだか凄いものが出てきた。
これって、本気でやっているのだろうな?誰かがパロディにしているのではく、これがオリジナルのはず。悪いが、ノエルのパロディよりオリジナルの方が面白い!
ケイト・ブッシュは歌の振り付けと言うよりは、パント・マイムとしてやっているとのこと。マルセル・マルソーのあれか。
チャリティ番組とはいえ、そこは英国。わざとらしいお涙ちょうだいな演出にはせず、徹底的にトップ・コメディアンを繰り出してくる。私が好きなコメディアンも登場するのだが、中でも今年の注目は、ダンスバトルの [Let's Dance] 。大好きなザ・マイティ・ブーシュのノエル・フィールディングが参戦したのだ。
いったい何を披露するのかと思ったら、ケイト・ブッシュの "Wuthering Heights (嵐が丘)" のアテ振りダンスだった。
最後に登場したヒースクリフっぽい人は、ノエルの相棒,ジュリアン・バラット。最後に美味しいところをもっていった。最近この二人の間に秋風が吹いているのではないかなんて噂もあったが、杞憂だったらしい。誤解のないように断わっておくが、このマイティ・ブーシュの二人はストレートである。まぁ、ホモネタ好きではあるが…そこはブリティッシュ・コメディアンの典型。
ともあれ、このノエルのダンスは普通に面白いような気がする。本ネタはどんなのだろうかと確認してみると…なんだか凄いものが出てきた。
これって、本気でやっているのだろうな?誰かがパロディにしているのではく、これがオリジナルのはず。悪いが、ノエルのパロディよりオリジナルの方が面白い!
ケイト・ブッシュは歌の振り付けと言うよりは、パント・マイムとしてやっているとのこと。マルセル・マルソーのあれか。
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