伶倫楽遊:大名の楽しんだ雅楽2013/12/27 20:50

 年末恒例、伶楽舎のコンサート。毎年、仕事が忙しくて行けなかったり、後半しか見られなかったりするコンサートだが、今年は無事に最初から観賞できた。
 今回のテーマは、「大名の楽しんだ雅楽 - 徳川春宝をめぐって-」。江戸時代の大名 ― 紀州徳川家のお殿様,徳川治宝(はるとみ)の楽しんだ雅楽を中心としている。
  去年の博雅三位以来なのだろうか、今回もチケットは完売したとのこと。雅楽ファンとしては嬉しい限りだ。



 雅楽は奈良時代から平安時代に隆盛期を迎え、その後は寺社仏閣や御所でほそぼそと演奏され、明治維新を期に宮内庁楽所(がくそ)が作られ、現在に至る ― というのが、普通の説明だ。
 室町、戦国から江戸期にかけて、武士は能をたしなみ、江戸時代の庶民の間では歌舞伎や文楽に代表されるような大衆芸術が発達したわけで、古色蒼然とした雅楽が表舞台に立つことはほとんど無かっただろう。
 かといって、私がこれまで想像していたほどの地味な継承では、物が音楽だけに、滅んでしまう恐れがある。寺社仏閣,御所のほかに、時の為政者 ― 武士の間でも、演奏されていたほうが、雅楽が現代まで命脈を保つには合理的な説明になるだろう。なるほど。
 今回、テーマになった徳川治宝(1771-1852)は、若い頃から琵琶や笙を学び、舞や箏もたしなんだとのこと。そして、楽曲の紙面での保存に尽力したため、当時の雅楽演奏のヒントがたくさん残されているのだ。

 まず、芝祐靖先生の琵琶独奏で、「春鶯囀 遊声(しゅんのうでん ゆうせい)」。演奏会の始まりに相応しい、重厚で印象深い演奏。さらに静かに笛の唱歌を口ずさむことによって生まれる空気感が素晴らしかった。大名楽人が、ひとり静かに稽古をする様子が目に浮かぶようだ。
 次に、同じく「春鶯囀 颯踏(さっとう)」を、調弦の異なるふたつの箏と共に演奏する趣向。違う調弦の同じ楽器を同時に鳴らすという、やや現代音楽じみた演出だが、そこは雅楽なので、普通に調和しているように感じられた。
 さらに少し変わった拍子の催馬楽,「安名尊(あなとう)」。

 後半は、まず「越天楽」。雅楽において一番良く知られている曲であり、雅楽を習った人間なら、まず暗譜している有名曲を、紀州徳川家の雅楽譜をもとに、演奏してみるという趣向から始まる。
 これが面白い。明治時代に統一規格として定められた「明治撰定譜」以前、それぞれの場所、それぞれの集団の間で伝承されていた雅楽。当然、いくらかの違い ― 多様性があったはず。この紀州徳川家伝来の「越天楽」にもその多様性が見られる。今回の演奏は、その耳慣れた「越天楽」との違いを味わおうという趣向だ。
 私は龍笛吹きなので、はっきり分かったのは、龍笛の節の違い。「三行目」と呼ばれる箇所でお馴染みの「越天楽」とは大きく異なる節が流れると、のけぞってしまうほど、ドキっとする。
 私の耳ではその程度しか分からなかったが、笙では一行につき、数カ所異なるそうだ。
 ちょっと気になったのは、「越天楽」の尺 ― 長さである。「越天楽」の場合、譜面が三行に分かれており、行数を数字にすると、1-1-2-2-3-3-1-1-2-2 という演奏順になる。これがけっこう長く、学生時代はかなりヘトヘトになっていたものだ。
 しかし今回の演奏は、1-1-2-2-3-3-1-2 と、二行分短かった。果たして、これは紀州徳川家伝来の「越天楽」がそういう演奏指定なのか、単に時間の関係で省略したのか…?
 気になったので伶楽舎のメンバーに確認してみたところ、単に時間の関係で省略しただけだとのこと。
 「違いに注目してください」という解説で演奏している以上、この長さの違いは「違い」の内ではないということを説明しておくべきだろう。
 伶楽舎はいつも興味深いテーマに、素晴らしい演奏を聴かせてくれるが、ややプレゼン下手なのが玉に瑕。昔よりだいぶ上手になったと思うが、もう少し改善の余地がありそうだ。

 最後に、華やかな舞楽を二曲。
 「陵王」は、箏と琵琶、さらに和琴(わごん)が加わるという、かなり珍しい編成だった。舞楽は通常、弦楽器を伴わない。
 弦の加わった舞楽は、きらびやかで華やかで、とても素晴らしかった。残念ながら和琴は音が小さ過ぎてほとんど聞こえなかった。視覚の助けを借りて、かろうじて分かると言う程度。一応、控えめにスピーカーも仕込んでいたのだが、それでも埋没してしまった。
 徳川春宝は自ら和琴を演奏し、その音色の素晴らしさを大絶賛している文書が残っているそうだが、これはお殿様のためのお世辞ではないだろうか。

 徳川春宝は、みずから舞も舞ったとのこと。そのような訳で、四人で舞う「甘州」が最後を飾った。やはり美しい装束で四人揃って舞うと、迫力がある。
 今回は以前、舞をやっていた友人(学生時代、私たちが「陵王一具」をやったときの舞人でもある)と一緒だったので、「あの四人で一番上手いのはどれ?!」など、そんな話題も楽しかった。どれも同じように見える舞だが、動きのなめらかさや、顔の持っていきかたなど、よく見ると違いがあって、面白い。

 今回の演奏会は演奏楽曲の全てが古典だった。
 言いたくはないが…やはり古典は良い。雅楽は古典が良い。現代音楽など、チャレンジングな楽曲もあるが、大抵は「やっぱり古典が良いよね」という結論になってしまう。コンサートでは現代曲を後半にもってくるので、終演後に僅かながっかり感が残る。その点、今回は最初から最後まで雅楽の素晴らしさを満喫できるプログラムだった。
 しかし一方で、新しいものに挑むことも大切。難しいところだ。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの制作者名最初のアルファベット半角大文字2文字は?

コメント:

トラックバック