XVIII Chopin Competition2021/10/19 21:52

 ショパン・コンクールもいよいよ大詰め ―― らしい。一応、各ステージ通過者をチェックしたり、断片的に演奏を聴いてみたりするのだが、どうにもクラシックは長くて困る。

 ファイナルがピアノ協奏曲というのは、どうなんだというのは、学生の頃も議論になったものだ。
 ショパンはピアノに関しては天才だが、オーケストレーションとなると、二流である。私の個人的な意見では、決勝はソナタかファンタジアで良いとおもう。それに対して、オーケストラをバックに大曲を弾ききる技量も必要だという意見もある。それもそうかな…

 ファイナルで、ピアノ協奏曲1番を弾けば勝つというのは、有名なジンクスだ。チャレンジャーは2番を弾くが、確実に勝ちを狙うなら、1番というわけ。
 さっき、既に演奏の終わった四人の曲をチェックしたが、全員1番だった。この調子で12人全員1番だったら、聴く方も大変だな。

 誰が勝ってもいいし、誰も勝たなければそれでも良いだろう。ショパン・コンクールは、「優勝該当者無し」も度々ある。
 勘違いしてはいけないのは、コンクールは才能ある若者の発掘の場であり、「世界で一番ピアノが上手い人」を決める試合ではないということだ。
 コンクールは飽くまでも出発点であり、ピアニストとして大成するかどうかは、その後にかかっている。せっかく優勝しても、残念ながら大成しなかった人もいる。誰とは言わないが…いる。
 そして、二位だったアシュケナージや内田光子がその後世界最高のピアニストになったことや、エフゲニー・キーシンは出場さえしていないことを、忘れてはいけない。

 そんなことを思いながら、ぼんやり YouTube を眺めていたら、なんかとてつもなくおバカなものが引っかかった。
 メタル・ギタリストによる、幻想即興曲!



 うわー、バカだなー!おバカ・メタルを極めてて、やたらと笑える。
 どうせやるなら、左手パートも録音して、重ねればいいのに。その辺りの中途半端さが、メタル・バカっぽくていいね。

Tchaikovsky Piano Concerto No 12021/09/29 19:43

 世界アンチ・ドーピング機関(World Anti-Doping Agency, WADA)の裁定のため、いまロシアは国際スポーツ大会で、国として参加することは出来ず、国旗,国歌も使用できない。
 東京オリンピック・パラリンピックでは、ロシアからの選手が金メダルを取った場合は、国歌の代わりに、チャイコフスキーのピアノ・コンチェルト1番の冒頭をアレンジした曲が用いられたという、話は聞いていた。
 それってアイディアとしては凄いと思う。そりゃもう、格好良く、派手で威厳に満ちた、イケてる曲であることに関しては、これ以上ない ―― 反則じゃん!と突っ込みを入れたいくらいの ―― 選曲だ。

 F1 もこの制裁の対象で、ロシアでグランプリこそ開催されるものの、国旗,国歌は使用できない。シーズン前、ハースのカラーリングがロシア国旗を想起させる物ではないかと、待ったがかかったが、この問題はとりあえず「無関係」ということになっている。
 決勝レースの前、毎回国歌(地域によってはもっと狭い範囲の曲)を演奏することになっているが、先週のロシア GP でも「ナショナル・セレモニー」というものが行われ、ここでもチャイコフスキーの出番となった。
 ところが、これがやってみると、なんとも珍妙なパフォーマンスになっており、もの凄く強烈だった…
 チャイコフスキーをバックに、グルグル回るピアノとピアニスト、ピアノの上には白鳥のバレリーナがクルクル踊る…シュール過ぎる…
 世界のトップレーサー20人が神妙な顔をしているのも、そのシュールさを際立たせた。



 そもそも、私はピアノの上に人を載せるという趣向があまり好きではないのだ。
 ロシアの芸術の誉れ,チャイコフスキーの要素をこれでもかと詰め込んで、よく分からないシロモノになってしまった。これにはピョートルもびっくりだろう。

 レースそのものは凄く面白かった。私としては、もちろんノリスに優勝して欲しかったが、あの雨は難しすぎた。ハミルトンの強さというのは本物で、運の強さ、決断力、チーム力、間違いなく最強だと思う。でもノリス君、きみはすぐに勝つよ。その日は遠くない。応援してる。
 セバスチャンも雨にやられた。アレがなかったら、チームメイトよりも前だったし(ストロール、ミラーを見たまえ)…一方で、帰ってきたライコネンがちゃっかり上位なのだから、この人、本当に引退するのかと不思議な気分だ。

L.v.Beethoven / Complete Piano Concertos2021/07/26 20:25

 クリスチャン・ツィメルマンが、ベートーヴェンの生誕250年記念に、ピアノ協奏曲五曲全てを、サイモン・ラトル指揮,ロンドン交響楽団と録音したという。

 こ れ は 買 い だ ろ !

 迷わず、買いだろう!今この世に、それ以上のものを望めるだろうか?
 そもそも、ツィメルマンは安易に「全集」に手を出さないタイプだ。その彼が、満を持してベートーヴェンのピアノ・コンチェルト全曲を、しかも盟友ラトルと録音するというのだから。
 値段なんて見ずに即買いである。

 

 現物が届き、開いてみると … おお、きれいなアルバム。
 私は CD の装丁にはあまり興味のない方だが、ただでさえクラシック界きっての美男子であるツィメルマンの笑顔と、綺麗な緑色のCD盤が三枚並ぶのは、圧巻だ。

 演奏内容も文句なし。
 私は2番と3番にあまりなじみがなかったのだが、両方とも5番にも劣らないような華麗さ、美しさ、力強さを兼ね備えていて、聴き応えがあった。
 今年、66歳と65歳になるラトルとツィメルマンだが、重厚さを強調するのではなく(そもそも曲そのものが重厚だし)、あくまで軽やかで、爽快に、ドライブ感いっぱいに、縦横無尽に、踊るように奏でる。

 これは本当に凄く良い。かなりお薦め。国内版で5500円 ―― 3枚組で、ベートーヴェンのピアノ・コンチェルト全曲なのだから、お買い得ではないだろうか。

Can't Help Falling in Love / Piacer d'amor2021/03/13 19:34

 [1970 with Special guest George Harrison] で初めて、ディランによる "Can't Help Falling in Love" を聴いた。[DYLAN] を持っていないのだ。
 調子っぱずれなのに、変に説得力のある、ディランの力業が堪能出来て、面白いし、楽しい。こういうディランもけっこう好き。
 もっとも、こういう昔の曲のカバーは、彼の自作の曲をたくさん聴かせてくれる合間に、ちょっとだけ入るから良いのであって、懐メロのオンパレードをディランで聴きたいわけではない。

 しかし、ディランのバージョンばかり聴いていたら、この曲の本来の良さを見失うので、ちゃんとエルヴィスのバージョンも聞かなければ。
 そう思って聴いたら、あまりのエルヴィスの上手さに、鳥肌が立った。やっぱりエルヴィスは凄い。



 この "Can't Help Falling In Love" には、元ネタになった曲がある。
 18世紀から19世紀にかけて活躍した、フランスの作曲家,ジャン・ポール・マルティーニの作品で、原題は "Plaisir d'amour" ―― 「愛の喜びは」だが、内容としては「愛の喜びは長続きしない」というような切ないものだ。
 この曲、イタリア語版の "Piacer d'amor" も非常に有名。音楽高校,大学で声楽をやった者なら、必ず歌った、「イタリア歌曲集」に入っている。
 私も音高時代に歌っており、譜面には発音に関するメモが残っている。
 私の声楽の成績は惨憺たるものだったが、音高生一般の感覚として、「イタリア歌曲集」というのは、クラシック音楽を勉強している中で、大人の領域に一歩踏み出した感じがして、すごく好きだったと思う。発声のコンコーネ,音程のコールユーブンゲンに対して、このイタリア語の歌詞で情感豊かに歌い上げる「イタリア歌曲集」は、やりがいがあったともに、格好良かった。

 動画を検索すると、フランス語版も多いし、男声も多かった。
 その中で、こちらは女声だし、調も Es-Dur (中声用)、ピアノ伴奏なので、私や音高の仲間たちが歌っていたバージョンである。
 ボブ・ディランとはかけ離れた世界だが、これを聴いてからまたディランを聴くのも、味わいがあって良いだろう。

ヴァイオリン職人シリーズ(ポール・アダム)2021/01/11 20:28

 UKのミステリー作家,ポール・アダムの、いわゆる「ヴァイオリン職人シリーズ」は、日本語訳が出ているだけではなく、第三作にいたっては、日本のファンのリクエストに応える形で書かれたという。
 いわゆる「特別な職業の探偵」ものである。探偵役はプロの探偵や警察ではなく、他の分野の専門家で、その知識を生かして事件を解決するというジャンルだ。
 このシリーズの探偵役は、イタリアはクレモナ(16世紀以降、ヴァイオリン類を主とする楽器生産で有名)郊外に住む、ヴァイオリン職人のジャンニがつとめている。彼の周囲で起きる、ヴァイオリンを巡る殺人事件に、友人であり、刑事であるアントニオと共に挑む。

ヴァイオリン職人の探求と推理 The Rainaldi Quartet
ジャンニの友人で同僚だったライナルディが殺され、彼の死と伝説のストラディヴァリの名器をめぐる謎を追う。

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 Paganini's Ghost
パガニーニの名器,イル・カノーネを修理したジャンニ。翌日、美術品ディーラーが殺され、そこにはパガニーニをめぐる宝物と歴史の謎が潜んでいた。

ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器 The Hardanger Riddle
ジャンニの弟子だったノルウェー人が殺害され、彼が持っていた、ノルウェーの伝統的なフィドル,ハルダンゲル・フィドルが消える。謎を追ってジャン二はアントニオと共にノルウェーに向かう。

 ミステリーとしての出来は…うーん、イマイチかな。おお、凄い!と思わせるような驚きもないし、ああ、そうか!と思わせる「やられた感も」もない。
 むしろ、ミステリーの体裁を取った、ヴァイオリン蘊蓄を楽しむ作品と言うべきだろう。あとは、各地の観光案内も兼ねている。
 このシリーズの良いところと言えば、刑事アントニオ(私の中では、ビジュアルが完全にアンディ・ガルシア)と、ジャンニも関係だった。友人であり、親子のような二人は、信頼感があって、心温まる。ミステリー作品において、警察が探偵を邪魔者扱いする下りは、不要だと思っているので、その点は満足だった。

 第一作では、ストラディヴァリや、グァルネリのような、いわゆる「名器」を巡る、お金の絡んだ、やや馬鹿げた熱狂がよく分かる。
 私はクラシックにおいて、ある程度の品質の楽器の使用は重要だと思っている。 しかし、さすがに億円単位の価格が、真の楽器の価値だとは思っていない。「名器」は楽器としてというより、その希少さに価値のある、骨董品になってしまっている。ストラディヴァリとグァルネリを、異常に有り難がる風潮には、同調できない。

 第二作は、パガニーニをはじめとする名演奏家たちと、歴史に関するあれこれのエピソードが絡む。
 パガニーニと言えば、まずは「24のカプリース」だろう。ここは、ヤッシャ・ハイフェッツの演奏で。



 第三作は、「名器」のみならず、ノルウェーのハルダンゲル・フィドル(ハーディングフェーレ)が登場する。これが中々興味深かった。
 ハルダンゲル・フィドルは、華麗な装飾が施され、通常の四弦のほかに、五本の共鳴弦が張られていることが特徴だ。こういう、様々な楽器を紹介してもらえるのはありがたい。
 すごく魅力的で、自分がヴァイオリニストだったら、きっと手を出しているだろう。日本にも愛好家がいるそうだ。確かに、日本人は好きそうだ。

Pastoral2020/12/18 20:04

 めでたく、ベートーヴェン先生の250回目の誕生日を迎えた。
 テレビなどを見ていると、彼の凄さについて、「一つの短いモチーフを徹底的に展開し続けた」という点を強調することが多く、「メロディ・メイキングの名手ではなかった」とまで言っている番組もあった。
 そうだろうか…
 私は、音楽家として、世紀の大天才だったと思う。

 仕事をしている間に聴くCDを、入れ替えるのが面倒で、ここのところずっとベートーヴェンの交響曲ばかり聴いている。
 一番好きな交響曲だということがわかったのが、6番の「田園 Pastoral」だ。
 ロンドン・レーベルの、ウィークエンド・クラシックスというシリーズの中の1枚として、6番「田園」と、1番の入ったCDを持っている。自分で買ったわけではなく、たぶん音大時代の「CD頒布会」で入手したのだと思う。音大の学科がら、研究室にはレコード会社から、大量の試聴版が届く。先生たちも面倒なので、それらをいちいち聴くこともなく、かと言って捨てるのももったいないので、学生たちに、ただで配ってくれたのだ。



 演奏は、ウィーン・フィルで、指揮はシュミット=イッセルシュテットだから、古いなぁと思って確認したら、1969年の録音だった。いい音だ。
 実にスタンダードな演奏で、クセもなく、誰にでも好かれる演奏だろう。

 この版をあまりにも聞き倒したので、他の指揮者,オーケストラでも聴いてみたくなった。ネットで検索すると、だいたいのクラシックに詳しい人は、ブルーノ・ワルターを薦めている。あとは、カラヤンとか。
 せっかくなら、新しい、最近の録音が欲しいと思ったら、選択肢があまり多くないのだ。クラシック音楽なんて、売れないから、あまり出ない物なのか…?

 ともあれ、サイモン・ラトルと、ウィーン・フィルののバージョンが目に入ったので、これを購入。本当はウィーン・フィル以外が良かったのだが…
 ネットで注文したっきり、なかなか届かなくて、半分忘れかけていた頃に、いずこかの外国から届いた。梱包を開けてびっくり、実はベートーヴェンの交響曲9曲の全集だった。ろくに見ていなかった…
 そのような訳で、シュミット=イッセルシュテット、カラヤン、バーンスタイン、ノリントンに、ラトルが加わったという次第。

 ラトルの版は…うーん、人の評論も微妙なところだし、私の評価も微妙…よく言えば、軽やかでポップな感じ。意識して重厚感を除いている感じがする。
 巨匠たちの「名盤」と呼ばれる演奏に耳が慣れていると、それらが基準になってしまって、重厚感と貫禄がどうしても、軽やかさを圧倒してしまっているようだ。

 そもそも、「田園」の何が良いのか考えた。
 明るくて、楽しくて、爽やか。健康的な音楽で、屈折したところがない。その晴れやかさは、この曲の一番の特徴だと思う。
 それから、最近思ったのは、「田園」は、「フォーク・ロックだ」ということ。
 3番「英雄」や、5番「運命」がゴリゴリのロックンロールだとしたら、そこにフォークの風合いが加わった、フォーク・ロックの感触がする。ビートルズとディランが混ざって、バーズになる感じ。
 そういう、バランスの良い音楽が「フォーク・ロック」で、その流れでトム・ペティが好きなのだし、ウィルベリーズなんて本当に最高なんだと思う。
 私が「田園」に感じるのは、そういう良いミックスのされ方、心地よさ、絶妙さなのだと思う。

あなたが選ぶベートーベン・ベスト102020/11/05 19:49

 ベートーヴェンの生誕250年記念で、NHK の「らららクラシック」が、ベートーヴェン楽曲の人気投票を行っている。
 この番組、クラシック紹介番組としてはやや中途半端で、詰めが甘い ―― のだが、まぁせっかくだから、参加する。
 サイトを見ると、30曲がまず選曲されていて、そこから3曲を投票するシステムになっているのだが ―― 入れたい曲が選曲されていなくても、自分で曲を指定して投票することもできる。期限は11月16日まで。

あなたが選ぶベートーベン・ベスト10



 私が選ぶ3曲のうち、2曲はすんなり決まった。
 まず、ピアノ協奏曲5番「皇帝」。このブログにも何度も動画を貼り付けている、堂々たる大曲。これは迷うことなく選択。
 もう一曲は、交響曲から選ぼうと考えていた。5番「運命」かな?…とも思ったのだが、仕事をしている間、ずっと交響曲を聴いていると、どうやら6番「田園」が一番好きであることに気付いた。軽やかで明るく、爽やかで、すがすがしい。特に第三楽章なんて ―― 鳴り響くホルンなんて特に!―― 最高じゃないか。

 問題は3曲目だった。ピアノ・ソナタから選ぼうというところは決めていたのだが、その先が困った。自分が弾けない難曲にするか、実際に弾いてお世話になった ―― 試験などで弾き倒した曲か。
 色々迷って結局、実際に弾いたし、試験でも使った曲、しかも広く一般に人気のある「悲愴」にした。
 そうなると、私の選んだ3曲は、すべてベスト10に入るのでは?

 ベスト10を予想してみる。
 まず交響曲、3番,5番,6番,7番,9番で、半分は占められるだろう。
 さらにピアノ協奏曲5番と、ヴァオリン協奏曲、「月光」「悲愴」までくると、あと1曲しかない。
 これは難しい。「エリーゼのために」が入る可能性が高いだろうか。

 ダークホースとして、私は歌曲 "Ich liebe Dich" を推したい。
 音楽高校時代、声楽の試験で、課題曲として数曲が提示されたとき、他がすべてイタリア語だったのに対して、この曲だけがドイツ語だった。高校生たちはちょっとざわつきながら、「格好良くない?!」とささやきあったものだ。

ベートーヴェンをめぐる攻防2020/10/07 19:25

 今年は、ベートーヴェン・イヤーだ。生誕250年。12月生まれなので、たっぷり一年間お祭り騒ぎできるはずだったが、悪い年に当ったものだ。1970年の生誕200年は、それはそれは盛大に祝われたと聞いている。

 学生時代、「ベートーヴェンの手紙」という岩波文庫(上下)を買った記憶があったので、探してみたら ―― 楽譜の間にあった。音大時代も、べつにクラシックにさほど興味があったわけではないのだが。どうして買ったのかは謎。
 拾い読みをしてみたが、ベートーヴェン本人の手紙もさることながら、解説が豊富で面白い。
 ベートーヴェンには複数の恋人(正体不明も含む)の存在が有名だが、初恋の人であろう、エレオノーレ・フォン・ブロイニングが、ぐっと来た。ベートーヴェンの一歳年下で、彼らが故郷ボンにいた13,14歳の頃から、エレオノーレがベートーヴェンの友人でもある医者と結婚し、べートーヴェンがウィーンで亡くなるまで ―― その死の床まで、ふたりの友情は続いた。
 こういうの、いいよね。

 1809年、ライプツィヒのブライトコップ&ヘルテルに宛てた手紙が、なかなか興味深かった。
 ブライトコップ&ヘルテルは、有名な音楽出版社。私も2013年12月15日の記事にしている。
 この手紙によると、ベートーヴェンはウィーンを離れ、ヴェストファーレン国王の宮廷楽長として、赴任することを決心していたのだ。
 解説によると、「ナポレオン・ボナパルトは末弟のまだ二十二歳で海員あがりのジェロームを、1807年7月に結んだティルジット講和条約にもとづいて作りあげたヴェストファーレン国王にすえた。それはプロイセンの西の地域の諸王国領をよせ集めてでっちあげた王国に過ぎなかった。」とある。

 ベートーヴェンと言えば、それまでは教会や宮廷の使用人に過ぎなかった音楽家の地位から脱して、自立した、自由人としての音楽家の先達とされている。そのベートーヴェンが、よりによって、ナポレオンの「でっちあげられた王国」のお抱え宮廷楽人になろうとしていたというのだから、驚きだ。
 それだけ、提示された年俸も高額だったらしい。ナポレオン側としても、ドイツの誇りである ―― 実際、経済的に大成功していたかどうかはともかく、高名な、人気のある作曲家になっていたベートーヴェンを、「招いて箔をつけようというのであった。」
 ベートーヴェンはベートーヴェンで、先進的な自由人音楽家ならではの苦労もあって、高給かつ仕事もそれほど制約されない、宮廷楽人の気楽さに惹かれる。耳の病気のことも、ウィーンで自由人としてたくましく振る舞うのに、厳しい状況だっただろう。
 しかし、そこはドイツ人たちが黙っていなかった。我らがベートーヴェンを、ボナパルトごときにとられてなるものかと、友人であり、パトロンでもあったウィーンの貴族たちが、ベートーヴェンに終身年金を与えることによって、彼をウィーンに引き留めることに成功したのだ。

 この、ベートーヴェンをめぐる政治的、そして芸術的な攻防の結果は、結局彼を終生ウィーンの、自由人音楽家たらしめた。この駆け引きは、今に残されている彼の名曲の数々にも、結果的に影響していただろう。
 ヴェストファーレン王国は、ナポレオンの没落とともに、消滅した。これは、ベートーヴェンを守り抜いた、ドイツ,ウィーン、そして芸術そのものが、得たひとつの勝利だった。

椿姫を見ませんか2020/08/12 19:12

 豊島園が閉園するのだという。テーマパークの類にまったく興味のない私が、行ったことのある、数少ない遊園地のひとつだ。
 豊島園が重要なキーになっている、ミステリー小説がある。森雅裕の「椿姫を見ませんか」 ― 初版が1986年だというのだから、昭和のミステリー小説である。

 小説の舞台は新芸術学園。架空の私学,美術・音楽の二学部のある芸術大学という設定だが、要するに東京藝術大学が舞台だと言っていい。作者が芸大の美術学部出身なのだ。母校をモデルとして、芸術大学とオペラ公演、絵画、寮生活などを生き生きと描いている。
 音大のオペラ公演「椿姫」(ヴェルディ作曲)の練習中、主人公,ヴィオレッタ役のソプラノ女子学生が毒殺される。その死は、二十三年前のマネの贋作事件を発端にしているのではないかと、日本画科の学生,守泉音彦は調査を開始。一方、その親友(悪友)で、ソプラノ学生歌手である鮎村尋深(ひろみ)は、死んだ学生の代役として、ヴィオレッタを務めることになる。
 事件は新芸術大学、財界、画壇、音楽界を巻き込みつつ謎を深め、いよいよオペラ公演の本番を迎える ― 

 久しぶりに読んでみたら、二時間ドラマ顔負けの設定なので、ちょっと可笑しかった。
 いろいろな人が都合よく血縁だったり、絶縁だったり、自殺したり、交通事故にあったり、音楽や絵の才能に恵まれたりしている。

 この作品の一番の魅力は、主役二人のシニカルで気障なセリフの、オンパレードだろうか。登場人物自ら、「気障なことは言いたくない」と語るが、実際は最初から最後まで、「気障」でぶっ通しており、それがかえって格好良い。
 ミステリーの題材としては、クラシック中のクラシックと言える「椿姫」と、印象派の巨匠マネ,そして日本画の世界が描かれており、エンターテインメントとして最上級。音楽、美術、ミステリー、いずれかが好きな人には、おすすめの作品だ。

 私はこの本を、高校生の頃に読んだ。物心ついたころから音大志望だった私は、この本を読んでさらに音大への憧れを強め、絶対に進学しようとこころに決めたものだ。
 森雅裕の描く(新)芸大は、彼が現役時代をもとにしているので、ちょっと隔世の感もあるが、「美大あるある」、「音大あるある」に満ちていて、すごく楽しい。
 「新芸には校歌なんてないぜ」というセリフが可笑しかった。わが母校にも校歌がなかった。
 声楽科を「うたか」というのも、よくあることだし、のど飴を常用するのもそう。これは声楽科に限ったことではなく、「スイス製の」のど飴といえば、ああ、あれだとピンとくる。

 違和感がある点もいくつか。
 まず、高校生の頃に声楽科だった人が、学費免除の美術部に進めてしまうなんて、現実味があまりない。
 交流授業と称して音楽部の学生が、美術部に「週2回出張してくる」というのは、多すぎるのでは?それを四年生が受講するというのも、ちょっと不自然。もっと早い学年で消化するだろう。
 それから、オペラの授業は「いつもは日本語だが、オペラ公演向けにイタリア語で歌っている」というのも、どうだろう。私の記憶だと、声楽科は通常の授業でも、当たり前に原語で歌っていた。おかげで、イタリア語の授業では、陽気な歌科の連中が歌いまくって終始していた。
 音楽大学のオペラ公演で、「椿姫」という演目の選択もどうかな … モーツァルトのように、見せ場の多い登場人物が、もっと多数存在する演目の方が無難だし、そもそもオペラ公演となると、学部よりも大学院ではないだろうか。
 それから、尋深が合同練習を欠席しがちなのも現実的ではないと思った。実際の音大だったら、一回でも欠席しただけで役がなくなる。

 作者は、森雅裕。(2016年10月5日)「モーツァルトは子守唄を歌わない」で江戸川乱歩賞を獲った作家。
 独特のシニカル、かつユーモアたっぷりの文章で、一気に読める。新刊では手に入らないが、中古では入手可能。おすすめの一冊だ。
 ここには、「椿姫 La traviata」から、レネー・フレミングの "Sempre libera" をはりつけておく。「乾杯の歌」とともに、「椿姫」のなかでももっとも有名な曲だろう。

Victor Borge2020/05/03 19:25

 気分転換には、笑うのが良いという。
 私は笑いたくなったら、だいたい、モンティ・パイソンをはじめとするブルティッシュ・コメディを見る。
 コメディと音楽が融合すると、更に最高。その点で大好きなのが、デンマーク出身のピアニスト・コメディアンのヴィクター・ボージェ。このブログでも以前、紹介したことがある。

 一番好きなのは、彼の80歳の誕生日記念コンサートでの、リコーダーとの共演。
 私は音大時代にバロック・リコーダーを吹いていたし、今もティン・ホイッスルを吹いているので分かるのだが、この手の楽器は笑うと吹けない。しかし、ボージェは容赦しない。リコーダー、たまらず「ピヒィー!」と吹き出す。
 設定アイコンから、英語字幕をつけて見て欲しい。



 やっと落ち着いてきたと思ったら、ビブラートをかけると同時に奇声を上げるボージェが最高。

 お次は、テレビ出演。
 本番前、5分でどうにかショパンのワルツを練習するボージェの元に、お掃除の人、メイクさん、ファンの少年がやってくる…
 お約束なんだけど、最高に面白い!