さよなら Moto2021/05/09 20:07

 連休中に、本と CD の整理をした。俗に言う断捨離だが、別に部屋が散らかっているわけではない。数をいくらか減らさないと、新たに購入した分を収納できないので、不要,聞かない CD は売却することにしたのだ。
 そして、とうとう全ての邦楽を処分するに至った。

 以前、時々洋楽に混じって邦楽を聴くことがあったが、最近はすっかり聴かなくなった。本当に自分は洋楽好きなんだなぁと実感する。
 そんな中でも、最後まで残っていた邦楽が、佐野元春だった。

 佐野元春を知ったのは、たぶん中学生の頃だったと思う。ビートルズに出会った後だろう。兄が佐野元春を聴いていた。代表曲の "Someday" は既に「永遠の名作」と呼ばれていた。中学生にとって、"Someday" は心に刺さらずにはいられない曲だろう。
 高校生のころ、お金をためてシングル集を購入して、聴き倒していた。
 やがてもっと自由に CD が買えるようになると、欲しい洋楽に混ざって、佐野元春のアルバムも集めていった。
 初期の名作アルバム群も良いし、90年代の [Sweet 16] や、[Barn] なども好きだった。

 しかし、2004年、[The Sun] が発表されたとき、佐野元春と私の分かれ道がやってきた。このアルバムは、発表されると同時に購入したのだが、聴いてみると、失望感が広がった。
 そこには、私の好きな佐野元春がいなかった。これは違う ―― 私の心が彼から離れた瞬間だった。あの悲しいような、空しいような体験は、忘れられない失望感として覚えている。
 そのときから、私と佐野元春の音楽は離れていった。かつて感動した数々の音楽がなんとなく空々しく思えるようになった。
 iPod のアルバム・シャッフルをして、偶然、佐野元春のアルバムになったときも、最初は懐かしく聴き始めるのだが、すぐに飛ばしてしまうようになった。
 [The Sun] というアルバム一枚が、私には合わなかっただけなのに。どうしてこうなってしまったのだろう。そう思いつつも、名曲揃いの大量の洋楽に押し流されて、私の心が佐野元春のところに戻ることはなかった。新譜も、ふっつり買わなくなってしまった。

 そして今年の春。
 私は佐野元春のアルバムを、全て処分することにした。どこかで、心の痛みや、後ろめたさを感じていたような気がする。でも、手元に残しておこうという、強い理由もなかった。
 なんとなく、また聴きたくなったら、買い直せば良いと思っている。
 こうして、本と CD 併せて90点は、6,650円の現金となり、収納スペースが増えた。たぶん、これで良かったのだと思う。

 さよなら、Moto ―― さよなら、中学生だった私。さよなら、確実に、ある時期ファンだった佐野元春。また、いつか。会う日が来るなら、その日まで ――

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