Crawling Back to You2020/10/21 20:36

 [Wildflowers & All the Rest] の中で、一番印象的で、素晴らしいと思ったのは、"Crawling Back to You" のライブバージョンだった。

 そもそも、[Wildflowers] というアルバムの中では、私の評価はそれほど高くなかった曲である。[Sound Stage] でのライブ・パフォーマンスがすごく良くて、改めて良いと認めたところがある。
 今回のボックスには、ホーム・レコーディングも収録されている。このバージョンは、曲としては中レベルのできだろう。ズンチャッカ、ズンチャッカと表拍に乗ったサビは、ややダサい。何かに似ていると思ったら、「炭坑節」だった。
 それが、公式レコーディング・バージョンでは、"I keep ... crawling back to you" に半拍入って、素晴らしくクールになった。胸がいっぱいになって、何かに突き動かされるように、詞がほとばしる。
 マイクのギターも、その「ほとばしり」感を共有している。特にリハーサルなどはなく、ジャムをやっている間に、こうなったという。

 それにしても、どうして公式レコーディング・バージョンが、私の中で最高位の評価にならなかったのか ――
 分かった、あのイントロだ。イントロが長すぎた。たぶん、ベンモントがどこかで適当に弾いたメロトロンのサウンドを、拾って頭に持ってきたのだと思うが、これが私には、ちょっと面倒なイントロになってしまったようだ。

 それに対して、2017年7月 ―― トムさんが亡くなる約2ヶ月前のライブ・バージョンは、イントロからすぐにマイクのギターが飛び込んできて、瞬発的に熱量を爆発させた感じが、まず素晴らしい。
 そして、ウェッブ・シスターズがその存在を最大限に発揮したコーラスワークが感動的だ。



 ロックンロールという音楽ジャンルではあるはずが、元気が出るわけでもなければ、励まされる曲でもない。癒やしというには切なすぎて、心の傷を塩水で洗うような、痛々しい、でも人生にはつきものの感覚 ――
 そういうものが、穏やかな口調から、感情を抑えかねて、泣き出してしまうのではないかと思うほどの、どうしようもないたたずまいで噴き出してくるのだ。

 こういう、「どうしようもない」音楽が、時として、どうしようもなく好きだ。ジョージの "Isn't It a Pity" や、TP&HB の "Echo" ―― 誰かと、「良いよね!」と盛り上がれるわけでもなく、ただ孤独に、心の奥底に染みこませてゆく ―― そういう名曲であり、名演奏だった。
 トム・ペティはこの世を去る前にこの演奏をして、それが記録され、いまこうして、人々に聴かれている。幸せなことだ。