Via resti servita2023/01/20 20:26

 ジェフ・ベックが亡くなった時は、そういう時代が来たのだから仕方がないなどと言っていたが、こうも立て続けによく知っているミュージシャンが亡くなると、けっこうこたえる。デイヴィッド・クロスビーの訃報に接し、寂しい気持ちでいっぱいだ。

 一番好きなオペラは、モーツァルトの「フィガロの結婚 Le Nozze di Figaro」―― そもそも、大してオペラ好きという訳でもないが、クラシック音楽全般の中でもかなり上位に来る、大好きな作品だ。
 ウィーンで「フィガロ」を見たときの感想で、この作品はかなり百合っぽいということを書いた。まず女声の主役にスザンナと伯爵夫人があり、さらにケルビーノという男性役の女性が華のある役柄で活躍する。この三人がとにかくイチャイチャする。ほかに、年増女のマルチェリーナと、ケルビーノのガール・フレンドのバルバリーナも登場する。
 物語は、フィガロがスザンナと結婚式をあげる当日に、主人である横暴で好色な(今で言うセクハラ)伯爵を懲らしめるドタバタ劇として展開する。伯爵という旧来の権力に対して、フィガロという逞しい庶民が、伯爵の被害者である女性達と協力して立ち向かうという構図には、18世紀の貴族批判、啓蒙思想、そして革命への機運などが盛り込まれている。
 そのような訳で、主従であり、親友でもある伯爵夫人とスザンナは策を練り、伯爵宛の偽手紙をでっちあげるのだが、そのシーンは「手紙の二重唱 Sull'aria」として有名で、映画「ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption」でも使用された。

 「手紙の二重唱」が聞きたくて YouTube を見ていたのだが、途中で第一幕のスザンナ(ソプラノ)とマルチェリーナ(アルト)による、二重唱「お先にどうぞ Via resti servita」の聞き比べを始めてしまった。
 マルチェリーナは、フィガロとは「親子ほど」年の離れた年増女だが、借金帳消しと引き換えにフィガロとの結婚を企んでおり、スザンナとは恋敵ということになる。伯爵の屋敷ではち合った二人は、互いに道を譲りつつも、心にも無いお世辞、皮肉、当てこすりの応酬の末、スザンナが「お歳も l'eta!」と一撃を食らわし、マルチェリーナを激怒、退場させるという短いシーンだ。

 まずは往年の名演。スザンナはルチア・ポップ、マルチェリーナはジャーヌ・ベルビエで。



 この曲は別名「喧嘩の二重唱」とも言うそうだ。スザンナは飽くまでも若々しく、マルチェリーナは貫禄が必要で、聴く方も年を取るとマルチェリーナに共感してくるから面白い。
 もう一つ思い出すのは、音大時代のこと。声楽科(歌科「うたか」という)の連中が授業で、よくこの二重唱を演じていた。学生とは言えさすがは歌科、みんな演技が上手で、その巧みさはスザンナよりも、歳のこと言われて「キィー!」と怒るマルチェリーナの方によく反映された。このシーンでのマルチェリーナの切れっぷりはオペラ全体の評価にも影響すると、個人的に思っている。そしてこの二重唱もまた、「フィガロ」の大事な百合要素だとも思う。

 こちらのデトロイト・オペラは比較的最近の演奏だが、歌手の個性が強くてかなり面白い。思い切ってこれくらいやった方が、「お先にどうぞ」はすかっとする。ただし、第三幕、第四幕の演出はどうするのかがちょっと読めないが…