Leave Virginia Alone2020/10/03 20:10

 トム・ペティが亡くなって、三年が経った。私は彼が亡くなった日のことを、10月3日(日本時間)で認識している。
 偉大なロックンローラーを66歳で失ったのは、音楽史上の痛恨事だった。もはや、彼の新しい音楽を聴くことが出来なくなってしまった。
 その一方で、彼は66年の生涯で、あらん限りの力で、大量の素晴らしい音楽を私たちに送り届けてくれた。そのことに心から感謝したい。

 さて、[Wildflowers and All the Rest] から、"Leave Virginia Alone" のビデオが公開された。
 うーん、このビデオ。イマイチ。娘のエイドリアがディレクターのひとりなので、高評価してあげたいんだけど、正直イマイチ。よくある使い古された感じがして…これ、いらないなぁ。トムさんの映像だけをコラージュしちゃえば良かったのに。



 ロッド・スチュワートのバージョンになれていたので、すごく新鮮。
 [Wildflowers] というソロ作品の楽曲だが、やっぱりトムさんはザ・ハートブレイカーズのミュージシャンなんだなぁと、再認識した。
 グルーヴを支えるリズムギターに、暖かなオルガンと、まさに "weep" という鳴り方をするギター。トムさんのヴォーカルは主張が強くなく、ロックバンドとしての調和と、格好良さを追求した楽曲だ。

 では、ロッドのヴァージョンと比べると?
 私はロッドの方が好きだ。トムさんファンなので、トムさんに軍配を上げたいが、そこはシンガーとして何枚も上手のロッドが勝った。ロッドの歌唱に凄く良く合っているし、味わい深く、感動的。
 良い人に良い曲を提供できた、絶妙の一言につきるケースではないだろうか。

ベートーヴェンをめぐる攻防2020/10/07 19:25

 今年は、ベートーヴェン・イヤーだ。生誕250年。12月生まれなので、たっぷり一年間お祭り騒ぎできるはずだったが、悪い年に当ったものだ。1970年の生誕200年は、それはそれは盛大に祝われたと聞いている。

 学生時代、「ベートーヴェンの手紙」という岩波文庫(上下)を買った記憶があったので、探してみたら ―― 楽譜の間にあった。音大時代も、べつにクラシックにさほど興味があったわけではないのだが。どうして買ったのかは謎。
 拾い読みをしてみたが、ベートーヴェン本人の手紙もさることながら、解説が豊富で面白い。
 ベートーヴェンには複数の恋人(正体不明も含む)の存在が有名だが、初恋の人であろう、エレオノーレ・フォン・ブロイニングが、ぐっと来た。ベートーヴェンの一歳年下で、彼らが故郷ボンにいた13,14歳の頃から、エレオノーレがベートーヴェンの友人でもある医者と結婚し、べートーヴェンがウィーンで亡くなるまで ―― その死の床まで、ふたりの友情は続いた。
 こういうの、いいよね。

 1809年、ライプツィヒのブライトコップ&ヘルテルに宛てた手紙が、なかなか興味深かった。
 ブライトコップ&ヘルテルは、有名な音楽出版社。私も2013年12月15日の記事にしている。
 この手紙によると、ベートーヴェンはウィーンを離れ、ヴェストファーレン国王の宮廷楽長として、赴任することを決心していたのだ。
 解説によると、「ナポレオン・ボナパルトは末弟のまだ二十二歳で海員あがりのジェロームを、1807年7月に結んだティルジット講和条約にもとづいて作りあげたヴェストファーレン国王にすえた。それはプロイセンの西の地域の諸王国領をよせ集めてでっちあげた王国に過ぎなかった。」とある。

 ベートーヴェンと言えば、それまでは教会や宮廷の使用人に過ぎなかった音楽家の地位から脱して、自立した、自由人としての音楽家の先達とされている。そのベートーヴェンが、よりによって、ナポレオンの「でっちあげられた王国」のお抱え宮廷楽人になろうとしていたというのだから、驚きだ。
 それだけ、提示された年俸も高額だったらしい。ナポレオン側としても、ドイツの誇りである ―― 実際、経済的に大成功していたかどうかはともかく、高名な、人気のある作曲家になっていたベートーヴェンを、「招いて箔をつけようというのであった。」
 ベートーヴェンはベートーヴェンで、先進的な自由人音楽家ならではの苦労もあって、高給かつ仕事もそれほど制約されない、宮廷楽人の気楽さに惹かれる。耳の病気のことも、ウィーンで自由人としてたくましく振る舞うのに、厳しい状況だっただろう。
 しかし、そこはドイツ人たちが黙っていなかった。我らがベートーヴェンを、ボナパルトごときにとられてなるものかと、友人であり、パトロンでもあったウィーンの貴族たちが、ベートーヴェンに終身年金を与えることによって、彼をウィーンに引き留めることに成功したのだ。

 この、ベートーヴェンをめぐる政治的、そして芸術的な攻防の結果は、結局彼を終生ウィーンの、自由人音楽家たらしめた。この駆け引きは、今に残されている彼の名曲の数々にも、結果的に影響していただろう。
 ヴェストファーレン王国は、ナポレオンの没落とともに、消滅した。これは、ベートーヴェンを守り抜いた、ドイツ,ウィーン、そして芸術そのものが、得たひとつの勝利だった。

Don't Let Me Wait Too Long2020/10/11 19:19

 ジョージ・ハリスンという人は、根がシンガーではなく、ギタリストである。声質もいわゆる薄い「ギタリスト声」で、偉大なヴォーかリストというわけではない。そのギタリストが、一生懸命歌う加減の健気さも、好きだったりするポイントだ。
 ソングライティングにおいても、音楽的にはギター中心に作りあげる感じがする。有名なスライドギターは、ギターに歌わせている。

 ギター主体で、ギターの鳴り方にこだわりをもっていると、ジョージの声の音域とちょっと合わない曲もできてくる。
 けっこうあるのが、ジョージの声の音域より、高めの設定の曲 ―― "You" などはその代表だし、この "Don't Let Me Wait Too Long" も、ギターのキラキラした高めのコードに合わせて、歌も高くしたら、ジョージ自身の音域の中では、かなり苦しい高さになってしまった例だろう。
 ディランなら、問答無用でキーを下げそうな所だが、ジョージはこの高音域の響きが好きだったに違いない。




 この曲、あまり話題に上らないけれど、すごく良い曲だ。明るくてポップで、豊かな音色。
 もっとカバーされて良い曲だと思う。

Emotionally Yours2020/10/15 21:55

 1960年代、ロックの黄金時代に青春を過ごし、ヒットを飛ばしたアーチストにとって、80年代をどう生きるかは、それなりの難しさがあっただろう。
 爆発的な60年代、その勢いを駆る70年代を経て、年齢もかさね、ある程度の業績を残して80年代を迎えると、それまでとは性質の違う音楽世界が始まる。滑稽なほどポップで、プラスチックの質感のするピカピカした世界。マシンによる作り込みが進み、サウンド・エフェクトも過剰 ―― 
 ある人は一線から退いて隠遁生活をしているように見られたが、それも一つの賢い生き方だったと思う。
 若い頃からのドラッグの悪癖が80年代に代償となり、健康を害した者、この世を去った者もいる。ジョンなど、80年代の最初にいきなりその命を神が召し上げたほどの時代だった。

 そんな中、ボブ・ディランの80年代も、それなりの時代の一つだった。彼の業績の中でクローズアップされにくい時期かも知れないが、よく作り、良く演じたと思う。
 この "Emotionally Yours" など、分厚いエコーに、ピコピコしたサウンドが、意外とうまくディランに寄り添っていて、絶妙に出来ている。



 80年代の特徴として、ミュージック・ビデオの隆盛が挙げられるが、その点においても、この曲はうまくやりこなせた感がある。
 そもそも、冒頭にマイク・キャンベルの姿を挿入した制作者を褒めたい。あの素朴なたたずまいが、お姉さんがグルグル回る馬鹿らしさを緩和してくれた。

 マイクのギターには、ジョージっぽさが現れ始めている。ディランに合わせて、邪魔にならないようにエレキのフレーズを入れると、ジョージが手本になるというのは、興味深いところだ。
 ロビー・ロバートソンが、ディランと肩をがっちり組んで、一緒にツカツカ歩く感じのギターだったのに対して、ジョージとマイクは、ディランの強烈な個性を、優しく包み込むような空気を作り出している。

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズが、微妙に60年代レジェンドたちより年下だったことが、ディランにも幸いした。シンセサイザーと肩パットの嵐の中で、ハートブレイカーズは若いながらも、地に足の着いたロックンロールを奏で、一緒に歩んでくれたのだ。
 そういう風に仕組まれた音楽の歴史は、なかなか上手く出来ていると思う。

Wildflowers & All the Rest がやってきた ヤァ!ヤァ!ヤァ!2020/10/17 13:55

 いよいよ到着、トム・ペティの [Wildflowers & All the Rest -Super Deluxe Edition] ―― フェデックス、ご苦労であった!

 わーい、わーい!早速開封!
 私のボックセットナンバーは、2633。
 おまけも色々 … ロゴのワッペンとシールが意外とでかい。うーん、シールはスマホに張れるくらいの大きさが良かったかな~



 内容がたっぷりあるので、まずは Disc 2 の [All the Rest] から聞くことにしよう。いわば、[Wildflowers] に入り損ねた面々である。
 印象的なところでいくと、まず "Leave Virginia Alone" ―― ロッドのバージョンの方が好きだと言ったが、取り消す。トム・ペティのバージョンも十分すばらしい!あのビデオが良くなかったんだな。
 純粋に曲だけ聞くと、大好物のフォーク・ロックの名曲を、爽やかに軽やかに、でもどっしりとした足下で聞かせてくる。素晴らしい演奏だ。これぞまさに、ハートブレイカーズ!という感じ。

 "Harry Green" は古い友人を懐かしみ、その痛ましい思い出を歌った曲。悲しくてすごく良い曲だ。恐ろしく暗いんだけど、人生ってこういう悲しみの積み重なりの上に成り立っているんだなぁと、しみじみと思わせる。
 ロックンロール・スター,トム・ペティのアルバムに入れるには悲しすぎたのかも知れない。今回、こうして日の目を見て本当に良かった。

 "Somewhere Under Heaven" は、数年前に発表されたときから、どうしてこれがお蔵入りになったのかと、恐ろしくなった曲だ。シングルにできる、カラフルでゴージャス、格好良い名曲。

 [She's the One] には、[Wildflowers] に入りきらなかった曲が収録されたというのは有名な話だが、同時に今回の[Wildflowers & All the Rest] では、[She's the One] の収録曲のいくつかが、別バージョンで納められている。
 その中で素晴らしかったのが、"Climb That Hill" ―― [She's the One] よりもライブっぽくて、バンドワークが堪能できる。こっちの方が断然好きだ。

 さて、あとディスク3枚ある。ゆっくり楽しむことにする。

Crawling Back to You2020/10/21 20:36

 [Wildflowers & All the Rest] の中で、一番印象的で、素晴らしいと思ったのは、"Crawling Back to You" のライブバージョンだった。

 そもそも、[Wildflowers] というアルバムの中では、私の評価はそれほど高くなかった曲である。[Sound Stage] でのライブ・パフォーマンスがすごく良くて、改めて良いと認めたところがある。
 今回のボックスには、ホーム・レコーディングも収録されている。このバージョンは、曲としては中レベルのできだろう。ズンチャッカ、ズンチャッカと表拍に乗ったサビは、ややダサい。何かに似ていると思ったら、「炭坑節」だった。
 それが、公式レコーディング・バージョンでは、"I keep ... crawling back to you" に半拍入って、素晴らしくクールになった。胸がいっぱいになって、何かに突き動かされるように、詞がほとばしる。
 マイクのギターも、その「ほとばしり」感を共有している。特にリハーサルなどはなく、ジャムをやっている間に、こうなったという。

 それにしても、どうして公式レコーディング・バージョンが、私の中で最高位の評価にならなかったのか ――
 分かった、あのイントロだ。イントロが長すぎた。たぶん、ベンモントがどこかで適当に弾いたメロトロンのサウンドを、拾って頭に持ってきたのだと思うが、これが私には、ちょっと面倒なイントロになってしまったようだ。

 それに対して、2017年7月 ―― トムさんが亡くなる約2ヶ月前のライブ・バージョンは、イントロからすぐにマイクのギターが飛び込んできて、瞬発的に熱量を爆発させた感じが、まず素晴らしい。
 そして、ウェッブ・シスターズがその存在を最大限に発揮したコーラスワークが感動的だ。



 ロックンロールという音楽ジャンルではあるはずが、元気が出るわけでもなければ、励まされる曲でもない。癒やしというには切なすぎて、心の傷を塩水で洗うような、痛々しい、でも人生にはつきものの感覚 ――
 そういうものが、穏やかな口調から、感情を抑えかねて、泣き出してしまうのではないかと思うほどの、どうしようもないたたずまいで噴き出してくるのだ。

 こういう、「どうしようもない」音楽が、時として、どうしようもなく好きだ。ジョージの "Isn't It a Pity" や、TP&HB の "Echo" ―― 誰かと、「良いよね!」と盛り上がれるわけでもなく、ただ孤独に、心の奥底に染みこませてゆく ―― そういう名曲であり、名演奏だった。
 トム・ペティはこの世を去る前にこの演奏をして、それが記録され、いまこうして、人々に聴かれている。幸せなことだ。

Tom Petty's 70th Birthday Bash2020/10/25 19:51

 2020年10月20日はトム・ペティの70回目の誕生日だった。
 それを祝して、多くのミュージシャンたちが、TP&HBの曲をカバーしたり、メッセージを寄せたりした "ネット上お誕生日会”が開かれ、生配信された。
 見逃した人も大丈夫、TP&HBの公式ウェブサイトで全編鑑賞できる。私もライブではなく、こちらで見た手である。

 なんだか、最初のTP&HB自らの "Free Fallin'" のライブバージョンが良すぎて、ほかが霞むような気がする。
 ライブの合間のオフショットが楽しいし、最後にトムさんのギターが落ちてしまうハプニングつき。マイクが笑っている。

 それにしても、参加するアーチストが多い!!一体何人出てきて、何曲やるんだ?約3時間にわたって続くのだ。
 基本的に若手が多いのだが、その中でジャクソン・ブラウン、デイヴ・スチュワート、ロジャー・マッグインなどのメンバーがベテラン勢。
 スティーヴィー・ニックスと、ジェイコブ・ディランはメッセージだけだったのは残念。

 一番良かったのは、ダニー・ハリスンの "Love Is a Long Road" ―― 1時間37分25秒から始まる。
 サイケなビジュアルに、分厚いギターサウンドが熱くて格好良い。ダニー、どんどんヴォーカルが上手くなってきていて、この点では父を超えているかも知れない。
 思えばこの曲が作られた頃、ダニーはジョージにくっついて、しょっちゅうトムさんの家や、スタジオにうろうろしたり、ジェイコブとファミコンしたりしていたのだ。感慨深い物がある。
 ここには、TP&HBによるライブ・パフォーマンスをはりつけておく。



ロン・ブレアや、スティーブ・フェローニのコメントなども紹介され、最後にベンモントと、マイクが登場して演奏をしてくれる。
 ベンモントによる、そっとささやくような(「蚊の鳴くような声」といった人もいる。たしかに。)"American Girl" ―― もとが元気な曲なだけに、このしっとりとした演奏は、すごく友人を失った悲しみがにじみ出している。
 そして、マイクが歌う "Something Good Coming" ―― かなり歌にも自信を持って、おまけつき。

 一カ所には集まれないけど、三年前に亡くなったトム・ペティのために、これだけのアーチストが集まった。彼の影響力の大きさは、更にたくさんのミュージシャンにも及び、それはこれからも続く。
 Tom Petty, forever !