武侯祀2018/04/07 20:31

 中国四川省、成都と聞いて、パンダを思い浮かべるか、三国志を思い浮かべるか。私は両方だった。

 成都は、三国時代に劉備がその帝国,蜀の都とし、蜀の丞相であった諸葛孔明の根拠地となった。  三国時代は二世紀から三世紀のことであり、その時代をしのぶ遺構というものは成都にほとんど無いが、ただ諸葛孔明を祀った、「武侯祠」がある。武侯とは孔明の諡だ。
 木曜日の午前中で会議が終わり、午後が空いたので、一人で武侯祠に行くことにした。昔は成都の城外にあったことが杜甫の詩でも分かるが、いまとなっては、街のど真ん中。私が宿泊していたホテルからは、徒歩で50分ほどかかる。地下鉄もあるが、あまり効率の良い移動手段でもないし、タクシーはちょっとおっかないので、歩いて行くことにした。
 トコトコ中華人民をかき分け、成都の街中を歩くこと50分。武侯大通りに面して、このいわゆる「諸葛孔明神社」のようなものがある。司馬遼太郎が「街道を行く」でも訪れているが、べつに人で賑わっているとは書いていなかった ― が、これが今やもの凄い量の観光客で、大賑わいであった。



 武侯祠はすでに四世紀には作られていたらしい。孔明や劉備が物語の登場人物として世間の人気者になる遙か以前のことであり、彼らが同時代に、既に尊崇を集めていたことが分かる。今の武侯祠は、明朝から清朝時代に整備され、「三国志演義」の世界観で作られている。
 まずは大きな門と、入場口。有料だ。音声ガイドもある。もちろん有料で、外国人には多めのデポジットがかかるので、いくら現金が必要だ。この音声ガイドの日本語はあまり上手くないが、あった方が楽しめる。
 境内(?)は木々に囲まれ、まず劉備を祀る社殿(?)となる。中央に劉備、両脇に関羽,張飛の巨大な像が祀られ、その左右の回廊に超雲や黄忠などの有名な武官,文官の塑像が並んでいる。
 あらためて私にとっての「三国志」は何かと言えば、子どもの頃に見た人形劇が最初だった。ビジュアル的には、これがほぼ決定的になっている。しかしあれらの顔は、江戸時代の文楽人形を基礎とした、細面で上品な、和風の容姿。武候祠にならぶ塑像はもっと大陸的でぼってりとした、極彩色の、そして人によっては異形を持つ、造形として出迎えてくる。
 私にとっての三国志は、岩波少年文庫と、吉川英治を読んで終わりで、その知識もすっかり薄れており、居並ぶ人形たちの名前を見て「この人誰だろう」も多かった。

 回廊の壁には、「出師の表」も掲げられている。孔明が北征にあたって書いた上奏文として有名。



「臣、亮、もうす。 先帝(劉備)、創業いまだ半ばならずして、中道に崩殂せり。 今 天下三分して、益州疲弊す。 此れ誠に危急存亡の秋なり」

 劉備の社殿の先が、孔明を祀る「武侯祠」であり、ここにまた巨大な孔明像がでんと構えている。その奥にはさらに劉備,関羽,張飛が義兄弟の契りを結んだ事を記念したお堂などがあり、こうなると成都とは直接関係ない、「三国志演義」テーマパークの様相を呈してきた。三国志ファンとしてはたまらなく楽しいだろう。

 そもそも、どうしてここに「武侯祠」が作られたかというと、劉備の墓があるからだ。「恵陵」という円墳で、かなりの大きさがある。



 本当にこの丸い山に劉備玄徳が葬られているのかどうかは、よく分からない。とにかく昔の話だ。ともあれ、三顧の礼をもって孔明を迎えた主君劉備の墓があり、それを護るかのように、孔明をまつる祀堂ができたということらしい。

 境内には三国志資料館のような建物もあるが、その周りの橋に彫刻があって、三国志の名場面が刻まれているのが面白かった。これは、曹操と食事をしていた最中に、思わず箸を落としそうになる劉備。



 三国志が好きなら、まず行って良い所が「武侯祀」だろう。町中なのでアクセスも良いし、隣りには賑やかな商店街が整備されている。
 司馬遼太郎が来た時は「門前町はない」とあるが、その後観光名所として整備され、中国の伝統的な様式の小路になっている。その両側が飲食店や、お土産物屋になっていて、ここだけでも十分楽しめる。伊勢の「おかげ横町」のようなものだろう。私もお茶などのお土産を購入。中国語と英語で通じているような、全く通じていないような会話で、楽しかった。



 さすがに現代で、三国志に登場する面々 ― もちろん劉備とその配下のものばかりだが ― も、いわゆる「キャラ」になっている。

 

 甥のために買った「孔明くん人形」は500円ほどだった。

 後になって、同僚にこの「諸葛孔明神社」を歩いて往復したことを言ったら、仰天された。初めて来た中国で、一人でそこまでトコトコ出かけて、帰ってきたというのが驚きだったらしい。昼間だし、天気も良かったので、良い運動だ。
 成都に来たら、パンダと武侯祠。この二つはおさえておきたい。