Shadow of a Doubt (Novel)2018/04/01 00:00

 いずれはトム・ペティに関する映画などが制作されるとは思っていたが、まず小説が出るとは思っていなかった。しかも推理小説だというのだからびっくり。
 アメリカ,イリノイ州出身の作家、イノック・アーデンによる [Shadow of a Doubt] は、6編から成る。探偵役はもちろんトム・ペティ。ワトスン役はローディのバグズで、舞台は1980年代だそうだ。

楽屋の死体 The Body in the Back Stage
 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのライブツアー中、楽屋で身元不明の女の死体が発見される。バグズが容疑者として警察に拘束されるが、トムがその容疑を晴らすべく、捜査に乗り出す。

キャンベル家のブタ The Potbellied Pig of the Campbells
 スコットランドの旧家から、マイクがキャンベル家最後の男子となったので、家を継いで欲しいという知らせが来る。さもなければ、キャンベル家に語り継がれる呪いのミニブタの祟りがあるという。マイクを放したくないトムは、呪いの真実に迫る。

ピンクの館の秘密 The Big Pink Mystery
 有名なビッグ・ピンクにやってきたTP&HB。中に入ろうとしたその瞬間、銃声が響き、スタジオで富豪の死体が発見されるが、ほかには誰も家の中にはいなかった。犯人はどこから逃走したのか。

Dの悲劇 The Tragedy of D
 ハートブレイカーズ宛てに、「"American Girl" のキーをDからAにかえろ。さもなければステージで人が死ぬ」という脅迫状が届く。数万人が見守る「開かれた密室」で何が起ころうとしているのか。

ギターが多すぎる One Guitar Too Many
 TP&HBのツアー貨物の中に、謎のギターが一本、紛れ込んだ。それは高額で取引されるプレミア付きのギターで、ニューヨークのオークション会場から消えたものだった。一体、だれが何のために紛れ込ませたのか。

音の娘 The Daugher of Sound
 壁を殴って骨折し、入院を余儀なくされたトム。暇つぶしに昔のブルースを聴いていたが、やがてロバート・ジョンソンの死因について疑問を持ち始める。誰もが毒殺だと信じているが、これは伝説であり、真実はほかにあるのではないか。時空を越えた捜査が始まる。


 既にテレビ・ドラマ化が決定し、日本でも放映される。邦題「名探偵はロックスター」。乞うご期待。

武侯祀2018/04/07 20:31

 中国四川省、成都と聞いて、パンダを思い浮かべるか、三国志を思い浮かべるか。私は両方だった。

 成都は、三国時代に劉備がその帝国,蜀の都とし、蜀の丞相であった諸葛孔明の根拠地となった。  三国時代は二世紀から三世紀のことであり、その時代をしのぶ遺構というものは成都にほとんど無いが、ただ諸葛孔明を祀った、「武侯祠」がある。武侯とは孔明の諡だ。
 木曜日の午前中で会議が終わり、午後が空いたので、一人で武侯祠に行くことにした。昔は成都の城外にあったことが杜甫の詩でも分かるが、いまとなっては、街のど真ん中。私が宿泊していたホテルからは、徒歩で50分ほどかかる。地下鉄もあるが、あまり効率の良い移動手段でもないし、タクシーはちょっとおっかないので、歩いて行くことにした。
 トコトコ中華人民をかき分け、成都の街中を歩くこと50分。武侯大通りに面して、このいわゆる「諸葛孔明神社」のようなものがある。司馬遼太郎が「街道を行く」でも訪れているが、べつに人で賑わっているとは書いていなかった ― が、これが今やもの凄い量の観光客で、大賑わいであった。



 武侯祠はすでに四世紀には作られていたらしい。孔明や劉備が物語の登場人物として世間の人気者になる遙か以前のことであり、彼らが同時代に、既に尊崇を集めていたことが分かる。今の武侯祠は、明朝から清朝時代に整備され、「三国志演義」の世界観で作られている。
 まずは大きな門と、入場口。有料だ。音声ガイドもある。もちろん有料で、外国人には多めのデポジットがかかるので、いくら現金が必要だ。この音声ガイドの日本語はあまり上手くないが、あった方が楽しめる。
 境内(?)は木々に囲まれ、まず劉備を祀る社殿(?)となる。中央に劉備、両脇に関羽,張飛の巨大な像が祀られ、その左右の回廊に超雲や黄忠などの有名な武官,文官の塑像が並んでいる。
 あらためて私にとっての「三国志」は何かと言えば、子どもの頃に見た人形劇が最初だった。ビジュアル的には、これがほぼ決定的になっている。しかしあれらの顔は、江戸時代の文楽人形を基礎とした、細面で上品な、和風の容姿。武候祠にならぶ塑像はもっと大陸的でぼってりとした、極彩色の、そして人によっては異形を持つ、造形として出迎えてくる。
 私にとっての三国志は、岩波少年文庫と、吉川英治を読んで終わりで、その知識もすっかり薄れており、居並ぶ人形たちの名前を見て「この人誰だろう」も多かった。

 回廊の壁には、「出師の表」も掲げられている。孔明が北征にあたって書いた上奏文として有名。



「臣、亮、もうす。 先帝(劉備)、創業いまだ半ばならずして、中道に崩殂せり。 今 天下三分して、益州疲弊す。 此れ誠に危急存亡の秋なり」

 劉備の社殿の先が、孔明を祀る「武侯祠」であり、ここにまた巨大な孔明像がでんと構えている。その奥にはさらに劉備,関羽,張飛が義兄弟の契りを結んだ事を記念したお堂などがあり、こうなると成都とは直接関係ない、「三国志演義」テーマパークの様相を呈してきた。三国志ファンとしてはたまらなく楽しいだろう。

 そもそも、どうしてここに「武侯祠」が作られたかというと、劉備の墓があるからだ。「恵陵」という円墳で、かなりの大きさがある。



 本当にこの丸い山に劉備玄徳が葬られているのかどうかは、よく分からない。とにかく昔の話だ。ともあれ、三顧の礼をもって孔明を迎えた主君劉備の墓があり、それを護るかのように、孔明をまつる祀堂ができたということらしい。

 境内には三国志資料館のような建物もあるが、その周りの橋に彫刻があって、三国志の名場面が刻まれているのが面白かった。これは、曹操と食事をしていた最中に、思わず箸を落としそうになる劉備。



 三国志が好きなら、まず行って良い所が「武侯祀」だろう。町中なのでアクセスも良いし、隣りには賑やかな商店街が整備されている。
 司馬遼太郎が来た時は「門前町はない」とあるが、その後観光名所として整備され、中国の伝統的な様式の小路になっている。その両側が飲食店や、お土産物屋になっていて、ここだけでも十分楽しめる。伊勢の「おかげ横町」のようなものだろう。私もお茶などのお土産を購入。中国語と英語で通じているような、全く通じていないような会話で、楽しかった。



 さすがに現代で、三国志に登場する面々 ― もちろん劉備とその配下のものばかりだが ― も、いわゆる「キャラ」になっている。

 

 甥のために買った「孔明くん人形」は500円ほどだった。

 後になって、同僚にこの「諸葛孔明神社」を歩いて往復したことを言ったら、仰天された。初めて来た中国で、一人でそこまでトコトコ出かけて、帰ってきたというのが驚きだったらしい。昼間だし、天気も良かったので、良い運動だ。
 成都に来たら、パンダと武侯祠。この二つはおさえておきたい。

LADY Chieftains - Celtic Heart2018/04/15 14:23

 4月13日、めぐろパーシモンホール小ホールでの、レディ・チーフタンズのコンサートに行った。
 収容人数200人のホールが、七割ほど埋まっていただろうか。



 レディ・チーフタンズは、アイルランドの大物バンドザ・チーフタンズ結成50周年来日記念として結成された、日本人女性によるトリビュートバンドだ。最初は軽い余興的な、カバー・バンドのようなものだったが、本家チーフタンズとの舞台上での共演や、各地パブ、野外フェスなどでの演奏を経て、すっかり立派なアイリッシュ・バンドになっている。
 こうなると「レディ・チーフタンズ」という名前がそぐわなくなっている観もあるが、ともあれ、このバンドのホールでの演奏会が開かれたというわけだ。

 実のところ、私はお酒の席、薄暗いところ、人で混雑しているところ、音楽を聞きたいのに人の話し声が聞こえるところ、そして野外が苦手なため、なかなかレディ・チーフタンズの演奏を聴く機会がなかった。そういう点で言うと、今回のようなホール公演はとても嬉しい。
 演奏は、五人のレディ・チーフタンズに、ゲストの男性ギタリスト、そしてアイリッシュダンサーが三人ゲストが参加した。

 曲目は、多くは良く知られているアイルランドのトラディショナルな楽曲を様々にとりまぜ、絶妙なセットにして聞かせてくれた。ボシー・バンドを理想としている私としては、このトラディショナルの曲を上手く組み合わせて演奏してくれるのはありがたかった。
 演奏は、総じて上手い。特にフィドル,フルート,ハープの三人は熟練しており、自信と独創性を持ってこのバンドを支えている。ホールという場所と、PAの力を借りて音楽の隅々までしっかりと聞かせている。
 アイリッシュ・ミュージックの演奏というと、美しくゆったりとしたエアーに終始されるのは退屈で困るのだが、今回はダンスの曲も多く、聴き応えがあった。
 上手い演奏とは言え、まだまだ伸びしろもあると思う。たとえばボシー・バンドの音が、地面からわき上がるのような落ち着きと底力に満ちているのに対し、彼女たちはまだ演奏が上半身の辺りで漂っている。ちょっとしたテンポの乱れや、フワフワした感じが、これからどう落ち着き、貫禄を身に着け、それでいて軽妙なダンスを圧倒的に放出してゆくのか、楽しみが残っている。

 曲目は総じてトラディショナルで、合間合間にアイリッシュダンサーのパフォーマンスがあって、楽しかった。ただ、後半の冒頭でリバーダンスの音を使ったのは、やや興ざめだった。ダンサーの見所作りのためだとは思うが、あの音を、レディ・チーフタンズだけで演奏しても良かっただろう。
 それから、これは非常に個人的な見解だが ― アンコールで「故郷(ふるさと)」を演奏したのは、居心地が悪かった。私はこの曲が苦手なのだ。曲そのものは良いと思うのだが、あの曲を演奏する場面で、なんとなく「郷愁を誘うよね、感動的だよね」という共通認識を強いられるような感じが、好きではないのだ。ここは "Amazing Grace" か、"Danny Boy" あたりが良かったと思う。

 レディ・チーフタンズという演奏も考えもしっかりとしたバンドは、もっと知られて良いと思うし、CDを出しても良い。真っ先に買うだろう。演奏会もどんどんやって欲しい。三人程度のグループは良くあるが、五人揃っているという強みもある。
 これからの更なる活躍を楽しみにしている。

A Street Cat Named Bob2018/04/21 23:11

 飛行機の移動時間に、映画「ボブという名の猫 ― 幸せのハイタッチ」を見た。ダサい副題はともかく、良い映画だった。

 ロンドンのストリート・ミュージシャンをしながら、路上生活をしているジェイムズ。薬物からの更正プログラムを受けているが、人生はうまくいかず、どん底だった。そんなとき、てソーシャルワーカーの計らいで公営住宅に住み始める。そこで茶色の野良猫と出会い、行きがかり上、ボブと名付けて飼うことになる。



 私は特に動物が好きなわけではない。猫好きとか、犬好きとか言う方が好感度が高いのだろうが ― 嫌いでもないが、特に好きでもない。ただ、人並みに、「可愛い」とは思う。そういう意味で、この映画のボブはとても可愛かった。
 ジェイムズ・ボウエンの体験談がもとになった、ノンフィクション小説が原作で、猫のボブは当の本人が演じている。
 猫と人間の友情物語であり、人生をやりなおすセカンド・チャンスへの希望の映画でもある。ロンドンが好きな人にとっても、お馴染みの風景がたっぷり見られて楽しい。

 しかし、何と言っても良かったのは音楽だ。主人公がストリート・ミュージシャンなので、重要なファクターになっている。
 ジェイムズが歌う曲を作ったのは、チャーリー・フィンク。ロックバンド,ノア&ザ・ホエールのフロント・マンだ。どの曲もキャッチーでフォーキー。とても好みに合っており、すぐにiTunesで購入した。
 ボブ・ディランやトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズなどのフォーク・ロック,ハートランド・ロックが好きな人には、すごく合うと思う。
 映画ではギター一本での弾き語りだが、サウンドトラックではバンド・サウンドになっており、こちらの方が私は好きで、ヘヴィ・ローテーションしている。歌っているのはジェイムズを演じたルーク・トレッダウェイ自身。すごく上手くはないが、この程度の歌唱力のロックミュージシャンというのは、けっこういるだろう。

 この "Satellite Moments" などは、一小節目だけ聞くと "Don't Think Twice" に聞こえるし、"Kings Highway" にも似ている。ああ、こういうちょっと拙くても、シンプルでいじらしい感じのロックって、たまらなく好きだと思う。そして、絶妙にジョージっぽいスライドを入れるセンスもいい。



 ところでこのジェイムズとボブの実話、テレビ番組でも再現ドラマが作られていた。それもついでに見たのだが、つくづくイケメンって大事だなと思った。現実はどうあれ、イケメンって大事だ。

Last Night on Earth (Noah and the Whale)2018/04/27 21:34

 映画「ボブという名の猫」を見た時、劇中で使われている音楽が良かったので、それを作った人、チャーリー・フィンクを聞こうと思った。なんでも、ノア&ザ・ホエール Noah & The Whale というバンドをやっていたという。過去形だ。2015年に解散している。
 何枚かアルバムがあるが、試聴したところ2011年の [Last Night on Earth] が良さそうだったので、購入した。



 これはかなり当たり。大好き。
 物の記事によると、このバンドは2006年結成のUK バンドで、British Indie Rock とか、Folk Band とか言われている。曲そのものはまさにフォーク・ロック。アレンジがポップでやや80年代風。
 このアルバムを聞いて連想するのは、ボブ・ディラン、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、ジョージの Dark Horse レーベル時代、特に [Cloud Nine]、ウィルベリーズ、ザ・ヘッド&ザ・ハート、クラッシュ・テスト・ダミーズ。

 まずは、シングルカットされた "L.I.F.E.G.O.E.S.O.N"。アルバムのタイトルはこの曲の歌詞から来ている。



 お次は、"Waiting For My Chance To Come"。トム・ペティが80年代中盤に作って提供したのだとしても、驚かない。断っておくが、音楽は好きだがチャーリー・フィンクの容姿はタイプではない。



 気に入ったバンドや人が出てくると、Tom Petty とともに検索してしまうのが習慣になっている。喪失感をそうやって埋めているのだろう。
 案の定、フィンクはトム・ペティをお気に入りのミュージシャンにあげていた。こちらなどでは、直接の影響について述べている。

Noah and the Whale: 'Going out with our head held high'
Charlie Fink: 'I've accepted who I am'

 ドキュメンタリー映画 [Runnin' Down a Dream] を見たフィンク、ソングライティングについて語られたのを聞いて影響を受けたのだと言う。曰く、"Don't bore us, get to the chorus." 長ったらしいジャムなどしていないで、さっさとサビを歌え ― だから歌詞を書きまくったとのこと。
 この"Don't bore us, get to the chorus." というのは、実はトムさんではなくマイクの台詞だ。TP&HBがオールマン・ブラザーズ風の長いインストルメンタルのジャムを長々とやるタイプのバンドではない、という話の流れ上、マイクが述べているのだ。「ぼくらにはスローガンがあった。Don't bore us, get to the chorus."」
 まったくその通りで、我がロックンロールはそうではなくてはいけない。



 この "Don't bore us, get to the chorus." という言葉は、ほかにどこか、オリジナルがあるのだろうか。1990年代にはほかのアーチストのアルバムタイトルにもなっている。

 ノア&ザ・ホエールのことを、しばらく「ノア&ザ・シャーク」だと勘違いしていた。TP&HBのファースト・アルバムのレコーディング・スタッフに、ノア・シャークという人がいたせいだと思う。
 ともあれ、TP&HBと浅からぬ縁があるようで、無いような。でもすごくお気に入りのアルバムを見つけたので、猫の映画のサウンドトラックとともに何度も聴いている。

The Bells of Rhymney2018/04/30 19:52

 8弦ウクレレで何を弾くかという問題。あれこれ考えたのだが、"The Bells of Rhymney" にした。オリジナルはウェイルズの詩であり、それを歌にしたのがピート・シーガーだが、私が目指すのは、無論ザ・バーズだ。



 まず、印象的なギター・リフ。ビートルズのジョージも拝借しちゃうくらい素敵なサウンドだ。そして美しいコーラス。これぞロックンロールの至宝ザ・バーズ。

 さて、ウクレレに弾くべく、コードの確認。先生、ネットの力を借りずにほいほい指示するのだが、二人とも"Why so worried sisters? Why? Sang the silver bells of Wye" のところで、頭上にハテナマーク。ちょっと変わったコードのようで、別に難しそうでもなさそう。リッケンバッカーの12弦特有の倍音が響いていて、聞き取りにくい。
 ここはネットの力を借りる。ヴォーカルが上昇し、それを4回繰り返すのだが、その間に D, Bm, G, E とコードが変わる。それまで Em だったのが、最後にメジャーの E に開ける感じが最高。
 カントリー風のソロは、前半 D で押し通し、G, Em, G, Ddem という結論になった。最後にディミッシュ。ディミニッシュを濫用するのではなく、ここでだけ一瞬出てくるのが素晴らしい。

 改めて名曲であることを確かめたものの、さて8弦ウクレレで弾けるのかというと、これが微妙。基本的に8弦ウクレレはコードを引くためのアイテムで、メロディやソロを弾くのには適していない。
 あきらめの早い私は、早々に8弦をクビにして、コリングスに切り替えようとする。すると「あきらめるな!やれば出来る!」と修造になる先生。
 うん、まぁ、すこし頑張ります。

 "The Bells of Rhymney" というと色々なバージョンがあるが、新しいところでは、クリス・ヒルマンがトム・ペティのプロデュースで、セルフ・カバーしたのが去年だ。
 良い録音だが、やはりバーズには敵わない。あの60年代の騒々しさ、熱量、青さはどうしても再現できないのだろう。
 一番の聴かせどころである "Why so worried sisters? Why? Sang the silver bells of Wye" がすっきりまとまりすぎか。ハートブレイカーズのようなロックバンドと一緒にライブ演奏したら面白かっただろう。