How to change Ukulele Strings2017/05/04 20:52

 唯一持っている撥弦楽器,コリングスのウクレレ UC2。そろそろ弦の張り替えをしなければならないと思った。
 初めての張り替えの時は、先生のご指導の下、気楽に張り替えていたのだが、今回は一人で張り替えるべしとのご指導。
 失敗したらどうしよう!不安で一杯だが、メンテナンスが自分でできなくてどうする ― とは、ごもっとも。考えてみると、私は器楽好きだが、楽器のメンテナンスの必要性にはあまり迫られたことがない。ピアノは調律師さんに調律してもらっているし、笛はせいぜい拭く程度のメンテナンスしか必要ないのだ。

 さて、まず必要な物を揃える。もちろん、弦。これは前と同じSAVAREZ。
 弦を切るときに、本体を傷つけないように、クラフト用のニッパー。先生は「百均でいいです」と言うが、まぁさすがに100円ということもなかろう。600円にした。
 指板に塗るための、レモンオイル。
「品質に差はないので、一番安いので良いです。」
 そしてピカール。初めて知ったが、金属磨き剤だそうだ。でかいとは聞いていたが、本当にでかい。フレットを磨くためなので、ほんの少量で良いのだが。家中の蛇口でも磨くか。
 最後に、メンディングテープ。



 古い弦を外して、かるく全体をから拭きしたら、フレットの間をマスキングテープでカバー。その上で、ピカールでフレットを磨くと、フレットがピカピカ。



 マスキングテープを外したら、今度は指板に布でレモンオイルを塗る。いくらかたっぷり塗って、汚れを取り除く。さらにもう少し塗って、10分ほど放置後にから拭きして、余分なオイルを取り除く。これで指板も綺麗になった。



 ここからいよいよ、弦を張る。巻き方、向きを間違えたらどうしようと、ドキドキの連続。古い弦を外す前に写真を撮りまくり、ネットの情報を参考にして、そして先生の指導を必死で思い出す。
 そのような訳で、写真がない。余裕の無さがよくわかる。

 弦が張れたら、ブリッジにはみ出した弦をプチプチ切りそろえる。



 先生曰く「最後に、ペグの余った弦を切って仕上がりです。」



「あの、ディランみたいに伸び放題にしたら…」
「なんか言いました?」
「…何でもないです」



 こうして、無事に弦の張り替え完了。どうやら間違えずにできたらしい。最初はどんどん弦が伸びるので、音程が安定しない。



 本職はギタリストである先生はこう言う。

 「弦の張り替えで一番大事なことは何か。それは、単に古い弦を新しくすることではありません!弦も新たに、よっしゃぁ!やるぜ!と、テンションがあがることです。」

 なるほど。弦の張り替えはただのメンテナンスではなく、楽器に向かう心持ちにも、重要らしい。そういえばピアノも調律するとテンションがあがる。
 現在、ウクレレは発表会の準備中。弦も新たに、曲の仕上がりやいかに。

Knockin' on Heavern's Door (Song)2017/05/07 20:35

 NHKの語学番組の「旅するドイツ語」が好きだ。テキストも買っている。べつに音大時代に悲惨な結果に終わったドイツ語に再チャレンジしているのではない。舞台がウィーンだから見ているのだ。
 そのようなわけで、ドイツ語で「トイレはどこですか?」は言えるようになった。

 連休の間に、ドイツ語の映画を見たくなり、一番好きな映画の一つである、[Knockin' on Heaven's Door] を見直した。最初に見た時に、このブログの記事にもしている。

2010年4月29日 Knockin' on Heaven's Door

 この時、「吹き替えが欲しい」とコメントしているが、その後吹き替え版も購入している。どうやら、2002年と2009年のDVDを持っているようだが、どちらもあまり映像が綺麗ではない。
 私が持っている物よりも新しい盤としては、2011年のブルーレイと、2015年のDVDが出ているが、画像は綺麗になっているのだろうか。どなたかご存じでしたら教えて下さい。コメント欄か、右柱を参照して、「親サイト」からメアドを見つけて教えて下さると、とても感謝します。

 ボブ・ディランの "Knockin' on Heaven's Door" は映画の挿入歌として作られた。オリジナルは習作のような感じで中途半端だが、1974年の [Before the Flood] ではすでにライブ演奏しており、これが名演奏。ロックの大名曲となり、様々なアーチストにカバーされている。
 映画で使われた ゼーリッヒ Selig のカバーは最高だ。

 ハートブレイカーズとのライブ演奏が凄いのは当たり前。ただ、女性コーラスがうるさいのが玉に瑕。
 私がディラン自身の演奏で意外と好きなのが、[Unplugged]の時の演奏。ニコニコしながら、絶好調に歌い上げるのが素敵だ。



 今回検索して、一番感動したのがこちら。
 1978年のロジャー・マッグインとジーン・クラーク。



 これは胸にズキンとくる。シンプルな演奏に、切々としたヴォーカルが、苦しくなるような突き刺さり方をする。

When I'm Sixty-Four2017/05/13 17:10

 いつもお世話になっている日本のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ・ファン・コミュニティ,Heartbreaker's Japan Party に教えていただいたのが、ベンモント・テンチによる愛器紹介動画。
 ライブ会場のステージ上で、使用楽器を紹介している。スタイン・ウェイの上にあんなに山積みにして良い物だろうか…



 色々な音が出せる楽器の例として、ビートルズの "When I'm Sixty-Four" のイントロを弾いている。
 "When I'm Sixty-Four" はアルバム[Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band] の収録曲。[Sgt. Pepper] とベンモント,トムさんと言えば、二人が初めて出会った時のエピソードが思い出される。カントムこと、[The conversations with Tom Petty] では、こう語っている。

Q:最初にベンモントに会った時のことを覚えていますか?

TP:ぼくがベンモントに初めて会った時、ベンモントはまだ全然子供で、12歳か13歳そこらだろう。ある日、ベンモントがリパム楽器店にやって来た。そして椅子に腰掛けると、オルガンで古いビートルズのアルバムの曲を弾き始めた。たしか、[Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band] だ。最初から最後まで弾いちゃったんだ。鮮明に覚えているよ。
 何せベンモントはオルガンをやめたとたんに、ハープシコードで "Lucy in the Sky with Diamonds" を弾き始めたんだから。ベンモントを見ようと、ひとだかりが出来ていた。まったく、凄い光景だった。

Q:ベンモントは歌っていましたか?

TP:いや、完全にインストルメンタルだった。楽器だけで全て表現していたんだ。あいつ、何でも弾きこなすからね。たとえば、ぼくらが何もなくて退屈してたりすると、「ベンいじめ」みたいな遊びを始めるんだ。ベンモントが弾けないようなものをやらせるのさ。でも、弾けないなんてのは、まれ。とにかく信じられないほどの天才音楽家だからね。
 ベンモントほどミュージシャンに出会ったことが無いよ。彼は本物の名人さ。

 とにかく、ぼくとバイト仲間はベンモントが演奏するのを見ていて、言い合った「おい、あのガキ信じられるか?」ぼくはそのえらい演奏の上手いガキの姿が、記憶に焼きついてしまった。
 でも、しばらくぼくはベンモントに会う機会がなかった。そう…まさに1970年まではね。ある晩、ぼくのルームメイトが若い男を連れてきた。その男はひげを生やして、髪も凄く長かった。それで、腕にはレコードを抱えている。あの頃は、よくレコードを持って人に会いに行ったのさ。
 ぼくは段々、その男がベンモントだって気づいてきた。そう、「ああ!あのガキ!」ってね。
 そしたら、ベンモントが言った。「そうだよ。いま、ぼくはニュー・オーリンズでバンドをやっているんだ」
ぼくは即座に誘った。「明日の夜、ライブがあるんだ。一緒にやらないか?」
「自分のファルフィーサのオルガンしかないけど」
「オーケー、十分だ。」

 この話で面白いのは、子供だったベンモントのことをトムさんも覚えていたし、ベンモントもトムさんのことを覚えていたことだ。[Runnin' down a dream](本)によると、楽器店で [Sgt. Pepper] を一通り弾いた少年に、トムさんは声を掛けて自己紹介をしたらしい(トムさんだってせいぜい15か16の少年だが)。少年は Benmont という変わった名前を名乗ったこが印象的だったという。一方、ベンモントはトムさんのことを「ブライアン・ジョーンズみたな髪型の人」と記憶していた。確かに、金髪のマッシュルームならそうだろう。

 さて、"When I'm Sixty-Four"。こういう曲を聞くと、ポールは本物の天才だったのだと実感する。ジョンやジョージとはまったく異なるタイプの才能の持ち主で、彼がロックという分野を選ばなくても、ある程度ポップスの分野で成功できたのではないだろうか。
 この曲の鍵は、2本のクラリネットと、1本のバスクラリネット。ジョージ・マーティンの手腕の見せ所だ。



 この3人のクラリネット奏者はどこの誰なのか。Wikipediaには名前しかあがっていない。
 ビートルズのレコーディングでオーケストラ楽器を使う場合、よくロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラのメンバーが呼ばれているので、彼らもそうではないかと想像している。
 そのようなわけで、ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラがモスクワで公演したときの、"When I'm Sixty-Four"。



 ついでにもうひとネタ。
 現在、ベルリン・フィルの主席指揮者はリヴァプール出身の英国人サイモン・ラトルだが、彼が2013年にコメントしているのが面白かった。2018年、自分が64歳になったら、主席指揮者をやめるというのだ。

"As a Liverpool boy, it is impossible not to think of the Beatles' question, 'Will you still need me.., when I'm 64?'"

 64歳というのは、指揮者にとってきつい年齢だろうか?ポールだって64歳をとっくに過ぎても相変わらず元気にやっているし、ベンモントも今年で64歳になる。
 ラトルは2018年にベルリン・フィルは辞めるとしても、その後も活躍するだろう。

The Trumpet Race2017/05/19 21:58

 先週末のF1スペインGPは、ハミルトンとベッテルの勝負で大いに盛り上がったわけだが、一番の話題をさらったドライバーは、キミ・ライコネンだったようだ。

F1 Topic:泣く子を笑顔にしたライコネンの魔力、フェラーリが少年をパドックに招いた舞台裏



 ああ、なんて良い話なんだ。川井さんも「いいことすんなー!」と叫んでいた。
 と、言うか…

 うらやましいいいいいいいいい!!!!!!

 いいなー!いいなー!いいなー!私もキミと会いたいし、フェラーリのモーターハウスに行きたいし、ついでにセブとも会ってビートルズ談義したい!!
 F1レーサーに会えただけでも凄いのに!フェラーリで、しかも一番人気のドライバー,キミ・ライコネンだぞ!セブがいるわけでもないに、ニコニコしているキミだなんて!!
 羨ましすぎてのたうち回っている。

 サーキットの話題をさらったこの子は、さらにルノーに行ったり、グロージャンとも写真をとったり。ああああ、かわってくれ……

 今回の出来事に関しては、フェラーリやキミの対応が良かったのだろうが、一番の功労者は、泣きじゃくるあの子をとらえたカメラマンだろう。ついでに言えば、あの子はセブがボッタスを抜いたときは、嬉しそうにはしゃいでいた。

 なんだか羨ましすぎて哀しくなったので、癒やしのためにセブとキミの動画を見ていたら、去年のメキシコGP前に、二人がトランペットを習う動画が出てきた。
 演奏を習うのかと思ったら、マシンの音まね競争になり…



 キミの勝ち。

新しい雅楽 次の世代へ(子どものための委嘱作品集)2017/05/26 22:35

 昨日、伶楽舎の雅楽演奏会へ行った。去年の秋は都合が悪く行けなかったので、久しぶりだ。

 今回のテーマは、「新しい雅楽 次の世代へ (子どものための委嘱作品集)」



 テーマは実に単純なことで、退屈な(私にとっては退屈ではないが)雅楽を、いかに子どもに聴かせるか、その工夫をこらした演奏会だった。

 私がとっくの昔に、「子ども」ではなくなっているだけに、評価が難しい。
 難解そうで、馴染みのない古典音楽を、どうにか説明や、ストーリー性、奇抜さで子どもにアピールしようとする努力は分かる。
 その一方で、「子どものための音楽」とは、何だろうと考えさせられた。

 私は物心ついたころから、「子どもっぽくしたもの」が好きではなかった。押しつけがましくて、馬鹿にされたような気持ちがしたのだ。運動会で、小学1年生は「お遊戯」のような出し物をやらされるのが、嫌でたまらなかった。上級生のように、スポーツで真剣勝負をする方が、よほど格好良い。
 「ホンモノ」が存在することを知りながら、それを「子ども向き」にアレンジされることが、不名誉だと本気で思っていたのだ。
 話が逸れるが、小学生の甥は戦国時代 ― 特に織田信長に夢中だ。私と会うたびに、
「信長クイズか、戦国クイズ出して」という。
 私は手加減せず、
「松永久秀が信長から差し出すように言われて、自分もろとも爆破した茶釜の銘は?」(俗説)などと言う。
 甥は呆然とし、周りの大人は私を非難するのだが、私はこれで良いと思っている。甥は私と同じ歴史好きなのだ。それを尊重し、彼の情熱を自分と対等のものとして、認めるべきである。甥は毎回めげずに、私にチャレンジしてくる。そして私は、戦国時代と、信長について知識のブラッシュアップを怠らない。

 要するに、子どもは小さな大人であって、彼らにも芸術があり、プライドがある。
「この芸術の真の素晴らしさは、『子ども向けのアレンジ』には存在していない」ということを、理解してしまっている子どもも、少なからずいるのではないだろうか。
 演奏や楽曲の善し悪しとは別に、そんなことを考えさせられた。

 ついでのようで申し訳ないが、雅楽を物語の伴奏として用いた、「踊れ!つくも神 童子丸てんてこ舞いの巻」は面白かった。
 面白かったと同時に、「笑ってはいけない雅楽演奏会」状態だった。ハイテンションな語り役は、どこかの劇団員ではなく、伶楽舎の一人であり、個人的によく知っている。笑いを必死にこらえるために、私は琵琶の黒い撥面(ギターで言うピックガード)を見つめていた。