Mo Ghile Mear2013/07/28 21:01

 今日は年に2回恒例、アイリッシュ・パブにおけるセッションがあった。前回、私はソロで "Congress Reel" を吹いたのだが、今回は特にソロ曲もなく、気軽に参加。暗譜が怪しいところがいくらかあったが、楽しめた。

 セッションで誰もが演奏できそうな、定番になっている歌の曲がある。タイトルは "Mo Ghile Mear" なのだが、正確にはどう発音すれば良いのか分からない。カタカナでどう書くべきかも良く分からないが、一応「モギレマー」と呼ばれている。
 この曲は、ザ・チーフテンズと、スティングのコラボレーションが断然格好良い。



 この堂々たる演奏、圧倒的だ。ハーモニーの重厚さも、潔さがあって良い。私はエコーの強すぎる音が苦手だが、これには降参。
 歌詞はアイルランド土着の古い言語である、アイルランド・ゲール語。文字を見ただけではどう読めば良いかわからないし、英語の知識も全く役に立たない。イングランド,ニューカッスル出身のスティングは、頑張って覚えたのだろうか。

 歌われている内容が面白い。「わが輝かしき(雄々しき)かの人よ」と歌われているのは、チャールズ・エドワード・スチュアート。名誉革命で退位に追い込まれたイングランド・スコットランド王であるジェイムズ2世の孫にあたる。
 そもそも、スチュアート王家はスコットランドの王家だった。
 イングランドのエリザベス1世が亡くなったとき、彼女には子がなかった。一方、エリザベスの父方の叔母はスコットランド王家に嫁しており、そのひ孫がジェイムズ6世としてスコットランド国王になっていた。エリザベスの後は、このジェイムズがイングランド王としてはジェイムズ1世として、二つの王国の王を兼ねることになったのだ。
 つまり、スコットランド人であるスチュアート王家がイングランドの王になったというわけ。その後、ピューリタン革命,王政復古を経て、ジェイムズ2世(スコットランド王としてはジェイムズ7世)が即位したのだが、名誉革命で王位を追われ、娘とその夫であるメアリー2世と、ウィリアム3世のオラニエ=ナッソウ家に王位が移った。
 その後、アン王女を経て、次の王はもの凄い代を遡り、ハノーヴァー(今のドイツ)王家に移ったのだが、このハノーヴァー王家の時代に、ジェイムズ2世の孫にあたる、チャールズ・エドワード・スチュアートが、正当な王位継承者であるとして、兵をあげたのだ。
 通称、小僭称者,ザ・ヤング・プリテンダー。美男だったらしく、「麗しきプリンス・チャーリー」,ボニー・プリンス・チャーリーとも呼ばれる。

 ハノーヴァー王家はほぼ100パーセント「ドイツ人」であり、イングランドでも一部不人気であったらしい。一方、ボニー・プリンス・チャーリーはスコットランド人であり、カソリックの信者。そのスコットランド人の一部や、カソリックの支持を受けて、彼の王位を賭けた反乱は勢いを持っていたが、結局は鎮圧されている。
 このハノーヴァー王家がその後女王(ヴィクトリア)を経て、今に至るわけだ。

 "Mo Ghile Mear" は、ボニー・プリンス・チャーリーが敗北し、去っていったことを嘆く美しい曲だが、歌詞の途中で‘S Éire go léir faoi chlócaibh dubha という言葉が入る。Wikipediaに載っている対訳では、And Ireland completely under black cloaks となっており、「アイルランドは黒衣(喪服?)に覆われた」とでも解釈するべきか。
 スコットランド人であるボニー・プリンス・チャーリーに対して、当時のアイルランド人は期待をかけていたのだろうか。イングランドの支配下にあり、熱心なカソリック国であるアイルランドに、このような歌が残っていると言うことは興味深い。
 ボニー・プリンス・チャーリーに関しては "The Skye boat song" という曲もあるが、だんぜん "Mo Ghile Mear" の方が良いと思う。

 私はケルティック・ウーマンには興味がないが、彼女たちもこの曲を歌っている。YouTubeで見たが、まず歌詞が違う。何よりも、この曲をこんなにしてはいけないよ…という感じだったので、またチーフテンズとスティングを聞くことにする。

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