Superbowl 442010/02/10 23:48

 休暇こそ取らなかったが、朝の生中継をビデオに録って、スーパーボウルを見た。さすがに、2年ぶりとなるとルールを忘れている。言葉も忘れていて、「クォーター」を「ピリオド」だと思い込んでいた(「ピリオド」はホッケー?)。
 試合は面白かった。後半開始とともに、突如としてセインツの流れとなった鮮やかさが印象的だった(on side kick ? own side kick ? まぁ、追々確認することにする)。
 私の好きそうなスポーツなのだから、普段から見ていればよさそうなものだが、いかんせん野球のように日常的に目にすることが出来ない。大学フットボールでも見られれば、無条件にゲイターズを応援するのだが。F1を夜中に録画して明け方に見るくらいの情熱を傾けられないこともないが、来シーズンが始まるころには、私の頭は野球とF1の終盤で一杯だろう。

 音楽ファンとして肝心の、ハーフタイム・ショー。
 始まるや否や、私はビデオの調子が悪いのかと疑った。画像と音声が数秒単位で合っていないのだ。とっさに、ロジャー・ダルトリーがリップシンク(口パク)をしているのかと思って、真っ青になってしまった。しかし、音声も明らかにおかしい。オーディエンスがこっそり録音したみたいな貧弱な音しかしない。
 結局、日本放送協会によれば「現地テレビ局がそうだった」とのこと。
 テレビの前で待ち構えていたザ・フーのファンの心情を思うと、泣きたくなってしまった。2年前のTP&HBでこれをやられていたら、ほとんど発狂していただろう。録画放映では曲数がカットされることも、予想される。
 「どうせYouTubeで見られるから良いではないか」…という次元の話ではない。凄まじい人数の人が同時にテレビで目撃する ― エド・サリバン・ショーに出演したビートルズを、多くの人が目撃した時のような、「その一瞬の共有」に大きな意味がある。今、まさにこの同じ瞬間に、アメリカでライブをしている姿を体験することこそが、胸のときめきの正体なのだ。  その瞬間のクォリティがあれでは、苦い思い出にならざるを得ないのではないだろうか。
 不謹慎だが、「TP&HBの時にこれをやられなくて良かった」というのが、正直な感想である。



 ロジャー・ダルトリーは髪を伸ばせば良いのにと思う。マイク回しは封印されていたのだろうか。時間が足りないのか。
 わき見ばかりしているようだが、ザック・スターキーの雄姿が良い。彼とてもさすがに「若いのによく頑張っている」などという年齢ではないが、ロジャーとピートという伝説の域に居るロッカーのバックに座って、あの輝きは魅力的だ。
 来年のハーフタイム・ショーは誰になるのだろうか。

 …え?日テレの方?どうしてそれを私に訊くんだ…!
 ええ、こっちも録画しましたとも。見ましたとも。ハーフタイム・ショーは音こそちゃんと合っていたけど、ほぼ無視されていましたとも!

 オードリーの二人が、意外と悪くなかったと思ったのは私だけだろうか。前半は二人ともほとんど黙っており(春日など、素は大人しい性質が出てしまったような気がする)、後半からテンションが上がり、ワァワァ言うようになったものの、コメントはいたって妥当だったような印象…アメフトを知っている人にとってはどうなのだろう。
 NHKの解説者が、ヘラヘラ喋る印象が強かったのも、
オードリーに対する感想に影響しているらしい。