Anvil! The Story of Anvil2009/11/20 23:05

 映画の邦題は「アンヴィル!夢を諦めきれない男たち」。
 1986年、日本で開かれた大規模なロック・フェストに参加したいずれのヘヴィ・メタル・バンドも、その後大成功した。たしかに、ホワイト・スネイクや、ボン・ジョビなら、私も名前くらいは知っている。
 ただ一つアンヴィルだけは例外だった。このときをピークとして、以降は全く鳴かず飛ばず。しかし、ボーカルのリップスと、ドラマーのロブは、地元で給食配達や、工事現場の仕事をしながら、もう一度ブレイクする夢を追って、バンド活動を続けていた。

 これは、アンヴィルの悪戦苦闘を追ったドキュメンタリー映画である。私はヘヴィ・メタルには全く興味がないが、評判が良いので見てみた。評判にたがわず、良い映画だった。

 中学生の時に出会ったリップスとロブも、すでに50歳。一大決心をしてヨーロッパ・ツアーを敢行しても、残ったギャラはなし。1万人収容の会場に200人以下しか観客がいなかったり、バーだと一桁の数を相手にしなきゃならない。そのうえ、期待していたレコード会社の目にも止まらないし、移動手段もまともに手配できずに、駅のロビーで寝るハメにおちいる。
 昔のつてでレコーディングをしようにも、その資金2百万円(安いのでは…?)さえ都合できず、リップスの姉に頼る。いざセッションに入っても、ストレスで派手な喧嘩をやらかし、喚いたり泣いたり(50歳だ!)。
 やっと自信作が出来たと確信して、LAや地元カナダなどでレコード会社に売り込むが、オファーは全くなし…。
 彼らが気の毒なのは、「いまどきの売れ線ではないのだから、インディーズでも構わないや」とは割り切れないところ。80年代のほんの一瞬ではあるが、輝いた時を知ってしまっているし、スラッシュ(ガンズ&ローゼス)のような大物が、「アンヴィルは凄い」なんてコメントしてくれちゃうので、やはりメジャーの夢を諦められない。
 そもそも、実力はあるのに(当人たちやファンたちは、そう思っている。私にとっては、守備範囲外なので、よくわからない)、ブレイクし切れなかった原因が、最初のマネージメント・レーベルからしてインディーズで、ろくなサポートをしてもらえなかったという、トラウマもあるようだ。
 夢を追うピュアで真っすぐな姿勢と、それを覆す現実のギャップが、絶妙な間と相まって、ところどころで笑えてしまう。

 挫折続きで夢への小さな明かりさえも見えないリップスとロブだが、意外に幸せな男なのかも知れない。
 状況は不満だらけとはいえ、何といっても愛する音楽を続けている。場末のバーの、少人数(しかもいつも同じ顔ぶれ)相手のパフォーマンスだって、とても幸せそうだし、みんな盛り上がっている。
 いい年をして途方もない夢を追うと、真っ先に家族がその被害を受けるが、家族たちはみな辛抱強く、愛情あふれ、それぞれにアンヴィルを応援してくれている。「もう終わってる!」と宣言しているロブの姉だって、実のところロブのことをすごく愛していることが分かる。
 リップスとロブの二人は根が良い奴で、けっして悪どいことや、自分の誠実さを騙すようなマネができない。だから器用に稼ぐこともできないし、結局は余裕ができないのだ。
 そして最も幸せなことは、この二人にはお互いという掛け替えの無い存在がいることだ。30年以上も一緒にやっているのは、お互いを愛しているからだし、だからこそ安心して(?)大ゲンカをしたり、悪態をついたりする。キアヌ・リーヴスの評のように、この映画全体を貫くテーマは、やはりリップスとロブの友情なのだろう。
 そんなわけで、かなりイタイ親父の奮闘ぶりが笑え、同時にけっこう泣ける映画だった。お勧め。
 
 小さなことだが…カナダというお国柄なのだろうか、録音のための200万円さえも都合できず、貧しい生活と言いつつ、住んでいる家はけっこうしっかりしたものだった。日本とは事情が違うのだろう。
 映画の「まとめ」に入るところで、日本という国が重要なファクターになるところが、なかなか面白かった。日本人って、律儀なのか、昔のちょっとしたことをよく覚えている人種なのか…?

 この映画をふまえて大好きなバンドのことなぞ、考えてみる。
 実力があって、それを認めてくれる多くのファンに恵まれ、レコード会社に食い物にされないように戦いつつも、やりすぎず、音楽を作り続けるためのコントロールを決して失わなかったTP&HBは、やはり大したものだ。
 「リップスを信じているんだ!」というセリフで思い出したのが、RDADで、マイクがトムのことを、「けっして間違った選択をしないあいつのそばに、いつでも居られるなんて本当にラッキーだ」とコメントしていたこと。本当、きれいごと抜きに、リーダーを信じ、彼に献身して後悔しないという事が、どれほど貴重なことか…。無論、信じてくれる人が居るということも、同じくらい貴重なのだ。